罪と罰/ドストエフスキー 1866年 評価:5

 140年以上前の作品で、今の日本では到底考えられない極貧の生活環境が舞台だが、全く古さを感じない。文庫本にして1100頁を超える大作だが、描かれているのはたった1ヶ月程度で舞台はペテルブルクの一角のみ。

 あらすじは、精神を病み気味の大学生ラスコーリニコフが、質屋の老女とその妹を殺害するが、犯罪に対する良心の呵責と生への固執から自首するという非常にシンプルなもの。生真面目な程の善人として描かれる友達、貧しく、不幸な境遇の母と妹、彼を犯人と確信し、自首させようと試みる判事、家族のために若くして娼婦となった娘(後に主人公の心の拠り所となる)など、10人ほどの主要な登場人物が、主人公の心情の変遷に関わっていく。

 人間の行動や言動には必ず内面からの動機がある(それが事後の場合もある)のが常だが、その内面までも詳細に記述することで、本来、思考回路が不明と扱われがちな精神病者ラスコーリニコフの行動がとても現実味を帯びるのみならず、表面的には大きな事件が起きるわけではないものの、とてもスリリングな展開を感じさせ、ぐいぐいと物語に引き込まれてしまう。

 普通に書いたら1/4の物量で済むような事象である。しかし、研ぎ澄まされ、人間の心情を抉るような描写が常に付帯してくるわけで、登場人物すべての人柄、癖、そして匂いまでを感じることができる記述は、文豪と呼ばれることを嫌が応にも納得させてしまう。

 大学生の頃に読んだことがあるが、正直細かな内容は忘れてしまったし、なんとなく難しい印象があった。今回読んだバージョンは10年ほど前の新訳であり、言葉が必要以上に難しいわけではなく、それがまた古臭さを感じない要因でもあろうが、現代でも十分魅力的な名作であり、これなら「白痴」や「カラマーゾフの兄弟」なんかも読んでみたいと思う。