「MICHAEL/マイケル・ジャクソン」 10年 評価5
アーティストの死後、そのアウトテイクやセッションを基にリリースされたアルバムというのは過去にもあった。もちろん、それでも”売れる”ほどのビッグネームでなければいけないのだが、それでもそのどれもが、ただ単に資料としてか、マニアが、聴くのではなく保持していることにそのほとんどの価値が存在するレベルのものであった。
例えばジョン・レノンの「ミルク・アンド・ハニー」は「ダブル・ファンタジー」のアウトテイクが収められているアルバムだが、そこそこシングルがヒットしたものの、それぞれの曲の完成度は「ダブル・ファンタジー」に収められていた「ウーマン」や「スターティング・オーバー」などに全く及ばない。また、「ビートルズ・アンソロジー」や「ジョン・レノン・アンソロジー」はセッションが多く収められており、資料としての価値しかない。後者のBOXセットを持っているが1回しか聴いていないし、再度聴こうという気もない。なので、本作についても、良い評判があったもののかなり懐疑的な気持ちで聞き始めたことは否めない。
しかし、一通り聴き終えただけで、この気持ちは払拭された。元来完璧主義者のマイケルは、一つのアルバムを作るのに多くの曲をかなりの完成度になるまで作りあげ、その中から収録曲を選択するため、アウトテイクであってももともとの完成度が高い。それを、マイケルと仕事をしたことがあるプロデューサー達が仕上げたので、この種のアルバムの中で出色の出来である。
とはいえ、プロディーサーでもあるマイケルがいないためオリジナルアルバムと比較するとやはり完成度は落ちる。この結果、ハイテンポの曲は音の練り方や斬新性が足りないし、張り詰めた緊張感というものがない。逆にミディアムテンポの曲はその緊張感のなさが、暖かみを与える結果になっている。
曲は最後の2曲を除き、2000年代に製作されたものだそうで、01年の「インヴィンシブル」以降、マイケルがどういう曲を作ろうとしていたかがうかがい知れる。マスコミ批判の曲が2曲あるのだが、「ヒストリー」以降にあった同種の曲が、痛々しいくらい憎しみに満ちており、曲として聴くに耐えないものであったが、本作に収められているものは歌詞は皮肉たっぷりでも、メロディは実にPOPである。そして、ミディアムテンポの曲たちのなんと美しいことか。メロディに限界を感じさせるポップス界を鑑みると、このマイケルの楽曲の素晴らしさは完全に突出している。正直、何回か聴いただけで忘れることが出来ない曲が複数収められたアルバムというのはここ10年以上遭遇したことがなかったのではないか。
また、詩が素晴らしい。マイケルは「世界中の誰もが歌えて、聴いた人がみんな元気になって頑張れるような歌をやりたい」といっていたそうで、「キープ・ユア・ヘッド・アップ」はあらゆる人が歌え、元気付けられる歌だ。また、自分の子供達に歌った「ベスト・オブ・ジョイ」の暖かく、愛情に満ちた詩のなんと純粋なことか。あれだけマスコミに攻撃されてさえなお、強い心と愛を持ち続けた強靭な精神は永遠であってほしかった。確かに張り詰めたアルバムに収録されれば違和感を感じたであろうこれらの曲が、結果として暖かみを感じさせる仕上げも功を奏し、宝物のような柔らかな輝きを放っている。結果として、アルバムとしての完成度は高くはないが、嫌いな曲がないこと、突出する曲が多いことで、私の採点基準ではマイケル初の評価5となる。
日本人にとってうれしいのはYMOの「ビハインド・ザ・マスク」のカバーだ。「スリラー」製作の直前に作られたもので、元々は「スリラー」に収める予定だったというだけあり、声は若く、フルボーカルでかなりの完成度。もう30年も昔の日本人の曲にマイケルの本気の声が乗っかっているというのは、なんか不思議な感じだが、これがとてもよい出来で、ハイテンポの曲の中では一番いい。