「砂の器」1974年日 評価4.5
監督:野村芳太郎
出演:丹波哲郎、加藤剛、森田健作、島田陽子、加藤嘉、佐分利信、緒形拳他
2025年7月観賞
国鉄蒲田操車場内で身元の分からない初老の男の死体が発見される。警察は捜査本部を設置するが、手がかりは近くのバーで二人の男がズーズー弁で話し込んでいて、会話の中で「カメダ」という言葉が使われていたことのみ。遅々として進まない捜査だったが岡山県から、殺された男は自分を育てた親だという男が現れる。
清張作品は今の時代に読むとやはり古さを感じてしまう。40年近く前に、1961年刊行の原作を読んだ記憶があるもののあまり強い印象が残ってないのだが、本映画版ではかなり多くの映画的改変がなされ、それが本作を名作の域にまで押し上げている。
冒頭の、ズーズー弁を頼りにした秋田県への捜査は全く物語の進展に寄与しないし、少しづつ捜査によって明らかにされる内容も都合が良い感じがして(もっとバーの聞き込みをすれば加藤剛の特徴的な端正な顔ならかなり明確な似顔絵は書けるような…、血痕が付いたシャツを切り刻んで電車の車窓から撒くなんて目立つことをなぜしたのか、など)、今西警部補を演じる丹波哲郎が飄々とした良い味を出しているとは言え、まぁ、前半は普通の警察ミステリーもの、という感じで進んでいく。
ところが加藤剛演じる天才的ピアニスト和賀のコンサートの開始と、事件の深層を切り込んでいくところから圧巻の展開を見せる。ここからは原作と大きな相違があるのだが、この映画のために作曲されたピアノと管弦楽のための組曲「宿命」に、和賀の波乱万丈の人生そのものが練り込まれ、幼少時代のハンセン氏病を患っていた父との貧しくも温かい想い出である巡礼(お遍路)と、今西警部補の真実の解明が交互に段階的に挿入されることで、この事件の悲劇性が感傷的、感動的に紡ぎ出される。この部分は今西警部補の解明以外ほとんどセルフはなく、まさに映画だからこその演出であり、松本清張が「小説では絶対に表現できない」とこの構成を高く評価したくらい、ラストへ向けての素晴らしい収束となっている。
また、要所要所で加藤嘉、佐分利信、笠智衆、菅井きん、渥美清、緒形拳、浜村純などの名優を使っていて、この点も見どころの一つ。