「ベニスに死す」1971年伊・仏・米 評価4.8
監督:ルキノ・ヴィスコンティ
出演:ダーク・ボガード、ビョルン・アンドレセン、シルヴァーナ・マンガーノ他
1992年、2024年12月観賞
大学教授で作曲家のドイツ人グスタフは、体の不調に加え、自身の能力の限界や家庭での事故(幼い娘の死去)といった精神的疲労を癒すため、イタリアのベニスを訪れる。しかし元々人と接するのが苦手なグスタフは、老齢ブルジョアの怠惰に享楽を求める姿に嫌気がさすとともに、ベニスにコレラが蔓延してきているという情報を得る。そんな中、ホテルで美少年に出会い、彼は恋愛に似た感情が湧くのを抑えられないのだった。
トーマス・マンの原作は中編で、非常に格調高いのだが、難しい表現を使ってゆったり進展する内容で、張り詰めて隙がないある意味凄い文章ではあるのだが、哲学的に(特にギリシャ神話の引用が多い)こねくり回している感じで、正直好きではない。
そんな原作を、ヴィスコンティは遠撮でのカメラの動きとズーム、更に引きの構図を多用するとともに、セリフを非常に少なくすることで、主人公であるドイツ人で人付き合いの苦手な作曲家グスタフが、異国の観光地ベニスでどのような心持で静養しているのか、できているのかがとても客観的に描かれることになる。そこに人と人との関連性はほとんどなく、観光地に訪れる老齢のブルジョアたちの芸術とは程遠い悦楽ぶりに嫌気がさしているなかで、偶然出会う美少年の魅力あふれる眼光に魅かれてしまうという流れが鮮烈だ。また、繰り返し流されるマーラーの交響曲第5番の第4楽章「アダージェット」も非常に効果的で、ヴィスコンティは原作とは真逆のアプローチながら同じような芸術上の高みを表現していて、私としては小説を超えた表現性を達成した映画化と感じられる。
正直、最後には気味の悪い化粧もして若返りを図る中年男性グスタフの、美少年への恋心に収束していくストーリーで、気持ち悪さ(ラストの黒い髪染剤が流れ落ちていくところが秀逸)が先に立つのだが、一方でグスタフがなぜ心と体を病んで行楽地に赴いたのかの背景も断片的に挿入されるので、単なる主人公の性癖に阿た内容ではなく、一人の一生を描き切っているという点でも素晴らしい内容。
絵画的、映像的美しさも随所にちりばめ、グスタフの特異性と全編にわたり対比させた内容は、映画として極めて上等で、浄化されるような後味の良さというものは皆無だが、異色の名作の地位にある作品。