「切腹」1962年日 評価4.4


監督:小林 正樹
出演:仲代達矢、三國連太郎、丹波哲郎、石浜朗、岩下志麻他

1990年、2024年11月観賞

 江戸時代初期1630年。井伊家の江戸屋敷に安芸広島福島家元家臣、津雲半四郎と名乗る老浪人が訪ね、玄関先で切腹したいと申し立ててきた。当時江戸には落ちぶれた浪人がゆすり目的に同じような申し出をしていた例が数多あり、それに反感を持っていた井伊家の家老斎藤は庭先で切腹をしろと半四郎に申し渡す。

 江戸初期は武家諸法度により、多くの大名が所領地の転換などで財政が疲弊し、それに伴い武士も職を失っていった。現代のように働く気があれば何かの仕事があるという時代ではなく、本作で描かれるような落ち武者が多くいたと容易に想像できるのだが、主人公半四郎の友人の息子であり、友人が自刃で死んだあと面倒を見てきた若い武士「もとめ」の挙動は明らかに軽率であり、井伊家の冷たい仕打ちも、井伊家側から見れば筋は通っている。一方で武士の尊厳を謳う井伊家の言動が表面つらのみだと言い放つ半四郎の言い分ももっとものような気もし、どちらに肩入れもできない感情のまま物語は進んでいく。

 とにかく、仲代達也と三国連太郎の屋敷内のやりとりや仲代と丹波哲郎の決闘場面など、時間的には回顧シーンを除いてたった1日の出来事ながら緊迫感が物凄く、一時も気が抜けない映画構成は見事というほかない。

 結局、主人公半四郎は面倒を見、娘の夫となった「もとめ」の軽率な行動に落胆し、その「もとめ」の心中を察することなく自分のプライドを捨てられなかった(刀を売らなかった)自分にも憤怒し、家族がみな死んでしまって生きる意味をなくした人生に嫌気をさして、切腹の行動に出た。一方で「もとめ」の切腹に際しての井伊家の無慈悲な扱いと、さらに武士道と言いながらそれは表面的なものという落ちぶれた精神にも怒りを覚えて、「もとめ」の扱いに対する復讐に出た。この心中は、観たものによって受け取り方は異なるだろう。浪人、井伊家双方、それぞれに言い分があり、そのどちらも理論構築に穴がある。時代によっても肩入れの強弱は変化するであろう、単なる判官贔屓とか勧善懲悪という範疇に収まらない深い意味を持った、時代物という形をとった普遍的な名作である。