「エル・スール」1983年スペイン・仏 評価5.0
監督:ビクトル・エリセ
出演:オメロ・アントヌッティ、ソンソレス・アラングーレン、イシアル・ボリャン他
1987年、2023年7月観賞
1957年。スペイン北部の町で両親と暮らす15歳のエストレリャは、早朝、枕の下に父の携帯振り子を見つけ、医師で、祖父と折り合いが悪く実家の南(エル・スール)の地に行くことを拒み続けた、どこかミステリアスな過去を持つ父がもう家に戻ってこないことを悟る。
約35年前に観た時から、私は「ミツバチのささやき」より本作の方が好きだったのだが、今回の再視聴でもその気持ちに変わりはなく、まぎれもなくスペイン映画の傑作だと思う。
本作は、父の昔の恋への慕情を娘の視点から描いたという単純な芸術的純愛映画ではない。それはその恋の破綻がスペイン戦争であることが発端としてあり、想像しうる実情が父アグスティンの所作やその昔の恋人からの1通の手紙、8年前に別れたということはつまり、今の妻とどのような展開があって今の生活になっているのかということを視聴者に考えさせる描写、ただそれだけのことで表現され、その熱量は例えば「ひまわり」と同じ高度なのだが、劇的な音楽も直接的な表現もない中で描き出しているということにまず感嘆する。
この映像化されない部分の想像を増幅するのがイタリア人俳優アントヌッティの名演。この頃、芸術的イタリア映画と言えばほぼ間違いなく出演していた名優で、本作ではかつてはかなり男性的魅力を湛えていたであろう父親から、慕情は想い出でしかなくなったことを嚙みしめる晩年を、佇まいや表情だけで表現しきっている。その演出もさることながら素晴らしい名演だと思う。
ストーリーとは別のところでも、夜明けの描写はフェルメールの絵画のように美しく、「ミツバチ~」からつながる映像としての構図的な緻密さという芸術性もこれまた素晴らしく、さらには子供視点での謎を持つ両親や祖母(と父の乳母)への心情描写も、ゆったりとした進行の中でももう一つの視点として完璧に表現されていて、全く欠点を見いだせない傑作中の傑作。
本作は、大人になったエストレリャの回想という形式をとって、彼女が病気療養で“南”の地に旅立つところで終わるのだが、実は本作の105分バージョンではなく、彼女が“南”に住む父の恋人だった女優を訪ねたあとのエピソードを加えた4,50分長い版として製作されていたという。結局は製作者の尺が長すぎるという反対により、その「事後談」はオミットされたのだが、結果的には、より父の人生が謎として残り、観る者への自由な思考を与えていて、それはそれで結果的に良かったのではないかと思う。
エストレリャの8歳の頃を演じたソンソレス・アラングーレンと15歳を演じたイシアル・ボリャン(ともに映画初出演)が非常によく似ていて、この点も若干かもしれないが映画の完成度を高めている。