「浮雲」 55年日 評価5(5点満点) メジャー度2
監督:成瀬巳喜男
出演:高峰秀子,森雅之,岡田茉莉子他
第2次世界大戦中の東南アジアの赴任先で出会った、妻を持つ中年男性と義兄に犯され心に傷を負って赴任してきた若い女の終戦後数年間の愛憎の物語。赴任先で,終戦後は結婚しようと誓った男は実際日本に帰ってみると女に見向きもしない。女は男の家に訪ねていくがつれない態度をとられ,東京で一人,外人の娼婦になるまで身を落としながらもたくましく生きていく。男はそのうち女の家に遊びに来るようになり,また事業に失敗したことや妻が死んだことから金を借りるようにまでなる。それでも女は男を愛し,常に一緒にいたがるが,男は女と一緒に行った旅行先でもそこで知り合った人妻と関係を持ってしまう自堕落な生活を送るばかり。それでも男が最後に決断した南の孤島での仕事につく際に女がついて行き,その旅程で男の中で女に対する感情が変わっていくのだった。
自堕落な男とたくましく生きる女。なぜ,女が男と別れられないのか不可思議な関係だが,そういう情があるからこそ人間なのか。終戦後の煩雑とした,しかしエネルギーに満ちた時代を基盤に、時代の流れに乗った女と取り残された男の悲哀を対比的に見事に描きながら,この二人がもつれた糸のように生きていく姿,最後にもつれた糸が1本の糸になっていく過程を丁寧に描写することで人間の本性を見事に映像化した傑作である。
とにかくセリフの素晴らしさが特筆もの。それぞれの登場人物の会話のやり取りが生き生きとして嘘がなく,的確にその人間の性格を表現する。不思議な二人の関係がなぜか不思議ではないのだ。そして、憎まれるべく男もなぜか憎めなく,またそんな男でありながらいろんな女に好かれるというのも納得してしまうのだ。
小津安二郎にして「俺に出来ない写真は溝口の「祇園の姉妹」と成瀬の「浮雲」だ」と言わしめたほど、映画としての出来は超一流だ。特に,ラストに近づくにつれ,二人の会話は生き生きとし、二人の性格は以前と変わらないのだが二人の心の距離が確実に近くなってくる様の描き方は圧巻。そして,高峰秀子の美しさは息を飲むほどだ。終盤の彼女の美しさはそれだけでも見る価値があり,彼女の名前が映画史に刻まれることを決定的にしている。よくぞこの名作が,今まで見ることなく残っていたと感激している。