「シャイニング〈北米版〉」 1980年米・英 評価4.2


監督:スタンリー・キューブリック
出演:ジャック・ニコルソン、シェリー・デュヴァル、ダニー・ロイド他

2021年7月観賞

 元教師で作家志望のジャックはコロラド山中に建つ豪華ホテルで冬季休業中の管理人となり、妻子と共に移り住む。雪に閉ざされたホテルの中で三人だけの生活を送るうちに、ジャックは次第に精神に異常をきたす。やがて、超能力を持つ幼い息子ダニーは、ホテルの忌まわしい過去とやがて訪れる危機を感知する。

 キューブリック作品は1956年の「現金に体を張れ」から1975年の「バリー・リンドン」まで、「ロリータ」を除いた7作をすべて観ているが、それ以前の名作ぞろいだった作品群に比して「バリー・リンドン」は苦手なコスチューム物だったこともあって退屈な出来だった。1987年の「フル・メタル・ジャケット」は目新しさがなく他の優秀なベトナム映画の中では埋没してしまう出来と思っていて、この2作の間にある本作は、苦手なホラー系ということもあり、長らく観たいという気が起きなかったものの、「午前十時の映画祭」で封切時の国際版より25分ほど長い北米版が上映中ということで鑑賞。

 冒頭から、美しく厳粛な風景を俯瞰しつつ、徐々に何かが起きるという恐怖を植え付ける「時計仕掛けのオレンジ」を彷彿とさせる音楽が秀逸で、あっという間に映画の世界に引きずりこまれる。そして存在だけで狂気を感じさせるニコルソン(そのなりきり演技はコメディか?と感じる境界線上をウロウロしている)に、あんた、完全に狙っているでしょという精神的な不安定さを感じさせる顔付きの妻役シェリー・デュヴァルの登場で、舞台は整った!という感じ。

 本作で初めて本格的に導入されたというステディカムによる三輪車に乗るダニーの後ろを追うショットやその時の音響、シンメトリーな構図を基調とした秀逸な映像はやはりキューブリックならではのもので、血生臭い描写がほとんどなくても目と耳からの情報だけですさまじい緊張感を感じながら、2時間半弱という時間があっという間に過ぎる。ニコルソンとデュヴァルの精神的に参っていく演技もすごければ、子役のダニー・ロイド(二人の子とは思えない可愛さ)の賢明さと不気味さの2面性を持った精神の表現もなかなかのもので、ホラーとしての完成度は極めて高い。なお、さすがに40年前の作品なので、今のように必要以上にグロテスクな映像を続けることはなく、ホラーが苦手な私でも十分許容範囲。

 ただ、原作(未読)と違って、ジャックが輪廻によって過去にもこのホテルを訪れていることが、バーテンダーや給仕との会話、ラストの写真によって暗示されるのだが、そこの描き方が曖昧。本映画版はホテル建設の際のインディアン虐殺による呪いを内在するホテルの存在自体が本筋にあるようだが、単純に孤独な生活の中で精神に異常をきたしただけという見方もできてしまい、若干物語の深みが足りないような気がする。

 ともあれ、「バリー・リンドン」の興行的失敗により、ヒットを念頭にも置いた本作は、盛年の傑作と比肩するとまでは言えないものの、キューブリックらしさが満載のホラーの傑作ということはできると思う。