「レイジング・ブル」 1980年米 評価4.5


監督:マーチン・スコセッシ
出演:ロバート・デ・ニーロ、キャシー・モリアーティ、ジョー・ペシ他

1988年、2021年6月観賞

 1941年にボクシングプロデビューし1949年にミドル級世界王座を獲得するも3度目の防衛戦となる1951年のシュガー・レイ・ロビンソン戦で敗退。その後バーを経営するようになるが孤独に苛まれるようになった実在のプロボクサー、ジェイク・ラモッタの半生を描いた作品。

 ボクシングの実力は衆目の一致するところで、その実力だけで世界戦に上り詰めようというストイックさがある一方、美人で輝くようなブロンドの若い妻に対する懐疑心が特に強く、それがゆえに自らを孤独に追いやることになるジェイク・ラモッタはかなりエキセントリックな人物だったようで、その生きざまに共感はできないのだが、とにもかくにもデ・ニーロの怪演が凄まじい。それは劇中で20kg以上も太るという芝居根性もさることながら、現役時代の演技がもう、その当時のラモッタ自身としか捉えられない。こんな危なっかしい男はいくら世界チャンピオンだとしても付き合いたくないという気持ちになる。

 どんな名演でも自身のカラーが色濃く出るタイプ(否定はしない)がハリウッド・スターには多い(トムとかレオとか。古くはマックイーンも)が、1980年前後のデ・ニーロの演技は神がかり的な素晴らしさで、デ・ニーロという人間を感じさせない。私は普通、映画のストーリーや内容に共感できない場合評価の上限ができるのだが、本作はデ・ニーロと、本作がデビューとなり、以後何度もデ・ニーロと共演することになるジョー・ペシとの息の合った好演もあって、この二人の演技だけで上限を取っ払ってしまうほどだ。

 もちろん、デ・ニーロの演技だけではなくセピア色で通した映像も効果的だし、劇中に流れるマスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」の間奏曲もたった一人でリング上で戦うボクシングの残酷さ、崇高さを感じさせるのに効果的で、演技のすばらしさと相まって名作の分類に入ってくる傑作。

 一方でボクシングシーンはちょっといまいち。あんなお小水のように血は飛ばないし、後述のようにラモッタは典型的なブルファイターというわけではない。ボクシングに対してはもっと真摯だったはずで、ボクシングファンとすればそこはもう少しちゃんと描いてほしかったところ。

 鑑賞後にジェイク・ラモッタの試合映像を確認したが、本作で描かれていた典型的なブルファイターとはちょっとスタイルが違う。拳聖シュガー・レイ・ロビンソンと6度も戦ったということはそれだけ二人の試合内容が白熱していたことを裏付けるものだし、本作でラストファイトとして描かれる6度目のシュガーとの対戦となるミドル級世界戦を観ると、独特の低い姿勢ながらディフェンスもなかなかのものだし、何しろスピードがあって左フック3連発なんかすごい角度で飛んできて、少なくとも中盤まではあの拳聖相手に互角の戦いをしている。闇雲にパンチを出すだけのブルファイターではなく、真剣に、またかなりの練習量でないとあのスタイルは確立しないはずで、実際のラモッタは本作で描かれた印象よりもずっとボクシングに真摯に取り組んだのだろうと思う。