「長屋紳士録」 1947年日 評価4.5


監督:小津安二郎
出演:飯田蝶子、青木放屁、吉川満子、河村黎吉、坂本武、笠智衆他

1989年、2021年3月観賞

 東京の長屋街に、親とはぐれたと言う子・幸平がその長屋の住民によって連れてこられる。貧乏くじを引いた金物屋のおたねが、幸平と共に幸平が元住んでいた茅ヶ崎まで親を探しに行くが見つからず、しばらく家においてやることにする。子のいないおたねは、幸平の面倒を見るうちに次第に不愛想な子でも愛おしくなっていき、貧しいながらも子を育てる覚悟を持ち始めていたが、ある日幸平の父親が現れ、引き取られていく。

 捨て子と思われる子を近所の男が拾ってきて、その子とおばさんが1週間一緒に暮らした後父親が現れ連れ帰るというだけのシンプルなストーリーなのだが、登場人物間の遠慮のない物言いやセリフの間、表情など、おかしくってしょうがない。そして面白い中にもわざとらしさのない人情の移ろいを醸成していき、最後には人情の温かさをも感じさせる小津安二郎初期の傑作。

 映画の中の登場人物たちは、物のない貧しい生活をしているが決して不幸せそうではない。長屋のみんなでくだらない話をしたり、飲んだり、人間の幸せはそういう中にも間違いなく存在するもので、現代の、物欲が満たされないと人生は面白くないという考えは本来的外れなものなのだろうと考えさせられる。この映画で描かれるような温かい人情を感じさせる場面というのはめったには訪れないのだろうと思うと、寂しささえこみ上げる。

 最近の映画は、映像やストーリーが凝っているとか、物語の伏線回収とか、そういう外的な刺激や構成によって面白いと感じさせるものが多い(否定するわけではない)が、単純なストーリーでも十分面白い映画は作れるという見本のような作品で、31年前の学生時代に観た時と同じ高評価。というか、よくその時にこの映画に高評価をつけたとちょっと感心してしまった。

 なお、昔の日本映画はセリフが聞き取れなくて閉口するものだが、本作は8~9割方聞き取れるので、その点に関するストレスはない。