「すばらしき世界」 2021年日 評価4


監督:西川美和
出演:役所広司、仲野太賀、六角精児、長澤まさみ、橋爪功、梶芽衣子他

2021年2月観賞

 殺人罪での旭川刑務所生活を終えて出所した三上は、堅気の生活を送ろうと東京の安アパートで暮らすが、前科者、しかも殺人を犯している三上は容易に仕事に就けない。しかし身元引受人の弁護士や、同郷のスーパーの店長などの支えを受け、何とか職を見つけ、精神的にも堅気の人間としての生活環境が整う。

 さすがはもはや日本映画界の重鎮ともいえる役所広司の演技が素晴らしいし、取り巻く俳優陣も確かな配役で、すんなりと映画の描く世界に没頭できる。

 西川美和監督・脚本作品らしい、観賞者それぞれに考えさせる結末。確かに現代は正義の主張に固執しては生きづらい。「自分だけで精一杯」という生き方でいいんだと、三上に社会との順応を進める身元引受人の弁護士夫婦や、それを後押ししてくれる役所の担当者や同郷のスーパーの店長。彼等の温かい支援があったからこそ、三上はしゃばの生活に順応し始めたのだし、それはそれで「空を高く」感じられる「すばらしき世界」を手に入れたことにつながったのだろう。

 一方で、監督は単純にそれを綺麗ごと、良かったこととしての側面から描いたわけではないと思う。現代に順応する思考を身につけ、元妻とその娘との食事の約束を取り付けた幸せの予兆を感じさせるその夜に、なぜ三上は突然死んでしまうという筋書きなのか。かつての粗暴な三上が持っていた正しい正義感も殺してしまい、三上が三上でなくなったという意味も込められてはいないか。障害のある同僚をイジル職場の上司の描写。それは間違いなく劣悪で同意してはいけない行為なのに、感情を押し殺した三上。そんな三上に対し、「堅気に戻れてよかった」などと安直に言ってはいけないのではないか。青空からの「すばらしき世界」の題名が出るラスト、私はすごく皮肉的だなと感じた。

 確かに人のことなど構わずに自分自身が精一杯生きていくこと、それだけでも大変だが、そのために無くしていった道徳もある、というあまり人が直面し認めたくはない事実をも描き出しているところが本作の本質ではないだろうか。