「人情紙風船」 1937年日 評価4


監督:山中貞雄
出演:河原崎長十郎(四代目)、中村翫右衛門、山岸しづ江他

2021年1月観賞

 江戸の貧乏長屋に住む、表向き髪結い、裏で賭場を開いている新三と、父の手紙を伝手に城への仕官を願うものの邪険に扱われる浪人侍の海野又十郎を中心に、下層階級の人生の悲哀を描いた作品。監督の山中貞雄は日中戦争で1938年に28歳で病死したこともあり、ほぼ完全な形で残されている作品はたったの3作しかないが、それでも名匠として映画史に刻まれている。その理由が如実にわかる誉れ高き遺作。

 この時代の映画なので、全体の3割はセリフが聞き取れないが、それでも若干90分弱という尺の中で、長屋の住民達の生活水準や各々の性格まで完璧に描き出すストーリーと演出のみならず、撮影の三村明の力量もあろうが、路地を縦に映すだけで貧乏長屋の全貌を把握させるカットなど、映像構成にも唸らされる。高い芸術性を保ちながらも、娯楽としての映画を追求(江戸時代の物語を現代語調にするという工夫など)し、その二つを結実させている山中監督、恐るべしという作品である。

 彼の遺書には「「人情紙風船」が山中貞雄の遺作ではチトサビシイ。最後に、先輩友人諸氏に一言、よい映画をこさえて下さい。」と記載されていたという。たった1作を観ただけでも、彼がもし戦後も生きていたらどのような名作を作っただろうと想像を巡らせてしまうほどの逸品で、早逝したのが悔やまれるが、伊丹万作、小津安二郎、稲垣浩といった盟友たちがその後の映画界を支えたことを振り返ると、彼の魂は間違いなく受け継がれたのだろうと思う。