「太陽がいっぱい」 1960年仏 評価5
監督:ルネ・クレマン
出演:アラン・ドロン、マリー・ラフォレ、モーリス・ロネ他
1984年、2020年12月観賞
アメリカの大富豪の放蕩息子でイタリアで遊び惚けているフィリップを連れ戻どすよう、フィリップの父親から依頼された貧しい出のトムは、フィリップと出会ってから彼と一緒に遊びに明け暮れる日々。フィリップのフィアンセであるマルジュと3人で、ヨットでのクルージングに出かけた先でもフィリップから邪険に扱われたトムは、マルジュに惹かれていたこともあって、フィリップに殺意を抱く。
とにかく、アラン・ドロンの造形があまりに美しすぎて重みがなく、その重みのなさがそのまま主人公トムの軽薄な人物像を表現し、彼の行動原理がこの映画全体の独特の雰囲気をも形成しているという、非常に稀有な作品になっている。
内容的には、主人公が2回の殺人事件を起こし、それがいつばれるのか、それとも隠し通して大金持ちになるのか、というサスペンス的なものであるのだが、名優でありながら前半で姿を消して二度と登場しないモーリス・ロネの堂に入った放蕩息子ぶりや、いま改めてみると個性的な美貌が美しいマリー・ラフォレ演じるマルジュのどこか浮世離れした存在感、人間としての中身もなく、大して考えもせず行き当たりばったりで罪を犯すトムの行動、突撃ロケ的な映像のイタリアの街並みなどを通じて描かれるのは、およそサスペンス的ではなく、陽の光降り注ぐイタリアという地でのどこか浮かれたボヤっとした雰囲気の中での若者の群像劇という趣が強い。
その中でもストーリーは緊迫感があって十分魅力的で、ニーノ・ロータの主題曲は忘れがたく印象的で、映画としての完成度は頗る高い中でも、上述の特徴を持つ点で独特の立ち位置にいる名画だと思う。