「ハンナ・アーレント」 2012年独 評価3.5 メジャー度1


監督:マルガレーテ・フォン・トロッタ
出演:バルバラ・スコヴァ他


 「全体主義の起源」や「人間の条件」という哲学書で著名(らしい)なドイツ系ユダヤ人のハンナ・アーレントが、第二次世界大戦中のナチス親衛隊で、数百万のユダヤ人を強制収容所へ移送した責任者であり、1960年に逮捕されイスラエルに連行されたアドルフ・アイヒマンの裁判レポート「イスラエルのアイヒマン」を執筆する苦悩、また、その発刊により様々に巻き起こった論争について描いた骨太の映画。

 私はハンナ・アーレントもアイヒマンも知らなかったのだが、「イスラエルのアイヒマン」に記された、アイヒマンはただ命令に従い業務を遂行しただけの凡人、ユダヤ人の中にも同胞を選別する人がいた、ということが一番の論争の源になったらしい。今から思えば、また、当時の世相を知らない私にしてみればそんな大問題なのかな?と思ってしまうのだが、ナチスは極悪、ユダヤ人は全面的な被害者という完全な色分けがされていた当時はそうではなかったのか。アイヒマンはユダヤ人が虐殺されるということは考えずに上からの命令に忠実に従うことで思考を停止した個人。ユダヤ人の中にもホロコーストの片棒を担いだ人がいるはずがないと現実に背をそむけることで思考を停止したのはユダヤ社会。思考を停止することこそ本来持っている人間としての条件を放棄することと説いたアーレント。女性であり、ユダヤ人であったアーレントの苦悩は深かっただろうが、理解のある夫と友人の存在もあり、自身の思想を曲げずに戦った彼女の崇高さ、魅力を本作は十分に伝えていると思う。

 私はその歴史的背景をよく理解できていないこともあって、映画を見ている途中は無知による心の深層への浸透がなかったところはあるが、観終わって、彼女の思想を少し良く知ってみたいと思わせた、内容のある映画。