「あん」 2015年日・仏・独 評価5 メジャー度1
監督:河瀬直美
出演:樹木希林、永瀬正敏、内田伽羅 他
ある郊外の片隅にある数坪程度のプレハブのどら焼き屋。ここで、訳あって雇われ店長として一人、働く千太郎のもとに、店の求人募集の貼り紙をみて、働きたいと懇願する老女、徳江がやってくる。徳江の作る餡の秀逸な美味しさに店は評判を呼び、大繁盛となるが、徳江がハンセン病患者であることが人々に知れ渡り、彼らの運命を大きく変えていく。
ハンセン病療養所で隔離されて生きてきた徳江がどんなに安い給料だろうと、一般市民と一緒に生きてみたいという儚い希望は、感染力は非常に低いにも関わらず、その罹患者の風貌から、できれば関わりたくないという現実的にあるだろう差別により、あっけなく終焉を迎える。人間ってそんなに薄情なものか、と思うが、実際私がそのどら焼きを買う立場になったら、真っ向からそうはならないと否定しずらいと言うのが正直なところで、それが結局は人間のエゴというものかと、沈んだ気持ちになる。
しかし一方、この映画の主張は一時でも療養所の外で生きた徳江の幸せの一瞬と、それにより、少し人生を前向きに捕えなおした店長およびどら焼き屋で知り合った、荒んだ家庭生活の中で高校に行くことさえあきらめていた女子中学生(樹木希林の孫、本木雅弘の娘)のラストの一場面から醸し出される、一歩、一歩の明かるい未来へ踏み出すこと、踏み出せることの大切さである。
派手なものはないし、特別な演出もないが、樹木希林、永瀬正敏という芸達者が演じていることもあり、押しつけがましくない感動がひたひたと押し寄せる。また、秦基博のエンディング「水彩の月」がとても美しく、そのさみしくて、でも少し幸せなこの映画にひとり、飛行機の中で号泣してました。