「過去のない男」 02フィンランド 評価4.5(5点満点) メジャー度1

監督:アキ・カウリスマキ
出演:マルック・ペルトラ、カティ・オウティネン等

 ある男が夜行列車に乗ってヘルシンキへとやって来た。しかしヘルシンキに着き、公園のベンチで寝ているところを暴漢に襲われ、一度病院で死亡を宣告されるが、奇跡的に息を吹き返す。しかし全ての記憶を失った男は港の埋立地のコンテナで暮らし始め、救世軍(ホームレス達に救済の手を差し伸べる慈善団体のようなもの)に食事をもらったり仕事を世話してもらうことで、徐々にその生活に溶け込んでいく。そして、救世軍に務める中年女性イルマと恋におちるが、ある事件をきっかけに男の妻から連絡が来て、正体がわかり、男は元の家に戻りそれまでの自分の人生を知ることになる。2002年のカンヌグランプリ受賞作品。またイルマ役のオウティネンは主演女優賞を受賞した。

 まず、凄いことは外見的に美しいとか魅力ある人間は一人も出てこない。もう、アップになる画面に耐え切れないとまでいえるが、その皺一本一本に、表情に、深みのある人生をにじませて迫ってくる。逆に本当の悪人というのは暴漢くらいで、あとは貧しいなかでも卑屈になることなく、協力し合って生きており、心のどこかに美しいものを持っている人間ばかりで、それが映画全体を暖かい雰囲気にしている。

 100分弱という比較的短い映画だが、人間の描き方が丁寧だし、ちょっとした部屋の風景なんかでその人となりを表現しているところなんかが随所にあり(一番好きなのは、救世軍の女子寮に帰ったイルマの実に殺風景な部屋で、中年女性の悲しさを完璧にあらわしている)、すんなりと映画の中に入り込んでいける。そこには外見の美しさや際立った行為の美しさはないけども、ささやかにでも幸せに暮らすことの大事さに気付かしてくれる最良の大人の映画だ。

 人間の日常生活をちょっとしたユーモアをスパイスにありのまま描き、なんとなく全体として暖かな雰囲気を醸し出す。このフィーリングは、そう全盛期50年代の日本映画に似ているんじゃないか。と思ったら、この監督、小津安二郎を敬愛しているのだという。道理でねぇ。人間描写が秀逸だ。いや、この監督嵌りそうだよ。ちょっと過去の作品を観てみようかな。