「ミリオン・ダラー・ベイビー」 04米 評価4.5(5点満点) メジャー度4
監督:クリント・イーストウッド
出演:クリント・イーストウッド、ヒラリー・スワンク、モーガン・フリーマン等
ボクシングのトレーナー及びカットマンとして一流の腕を持つフランキーは、23年前の試合でカットマンとして同行しながら、途中で試合を中断させることができなかったことが原因で片目を失明した、今は雑用係のスクラップと昔ながらのボクシングジムを経営していた。ジムの有望株のウィリーは、スクラップでの失敗以降、教え子を大事に思う余りタイトル戦を先延ばしにするフランキーにしびれを切らし、別のマネージャーの下へと去ってゆく。そんな折、女性ボクサーのマギーがフランキーの指導を乞うが、昔気質のフランキーは女のボクサーを認めようとしない。だが連日ジムに通い詰めるマギーの熱意に、やがてフランキーの心も揺り動かされ始めるのだった。
というのが、一般的な映画紹介サイト等のあらすじ紹介。しかし、それは映画の前半部分に過ぎない。ボクシングだけが生きがいのマギーはフランキーの教えを守り、また人の何倍もの努力をし、才能にも恵まれていたことでついに世界チャンピオンに挑戦するまで上り詰める。しかし、ここからが後半部分になるのだが、チャンピオンの反則行為がきっかけでマギーは全身不随になってしまう。どの医者もさじを投げる状態でもフランキーだけはあきらめず、どうにかしてマギーを普通の生活に戻そうとするが、床ずれにより左足が壊疽を起こし切断されるに及び、マギー自身が死を望むようになる。そんなマギーの希望に応える気はなかったフランキーだったが、舌を噛み切って自殺を図って以降、精神安定剤を投与され廃人のような目つきとなっているマギーを見て心は揺れるのだった。
昨年度のアカデミー作品、監督、主演女優、助演男優賞を受賞した作品。奇しくも外国語映画賞を受賞した「海を飛ぶ夢」とある種似たような主題であるが、こちらのほうがシビアというか現実的で、さらに、はっきり言って映画からは幸せな余韻とか生きるための糧というようなものは感じられない。しかし、この魂を揺さぶられるような感動は何なのか。アカデミーが良くぞこの地味で暗い作品を最優秀としたと驚きでもある。
はっきり言って、冷徹な映画である。フランキーは娘と(悲しいくらい)絶縁状態。またスクラップの一件以降23年間毎日必ずミサに出かけている。マギーはろくな教育も受けず、田舎から出てきてウェイトレスをしながらボクシングのトレーニングに励み(ここで全く女としての魅力を描くことがない徹底振りも凄い)、試合で稼いだ金で田舎に住む母親に家を買うが喜ばれず、全身不随になっても肉親は自分を金づると見るだけ。これらのシビアな現実をイーストウッドは冷静にじっくりと描いていく。その一方、頑固であることで娘と絶縁状態となったことを、こちらも負けずに頑固なマギーとの関係の中で、補うかのようなフランキーのゆったりとした変わりよう、全身不随になったマギーを決して見捨てない父親のような表情は過度にならない程度に暖かで、そのバランスが絶妙である。
正直、何に感動しているのかわからない。考えられるものとして、緻密で、冷静で感情的にならない描写の一貫性がかもし出す映画としての質の高さが上げられる。2回目の主演女優賞を獲得したヒラリー・スワンクの凄まじい役者魂、オスカー常連モーガン・フリーマンの深みのある役作りといった高水準での演技も素晴らしい。そして、不器用な人間たちが、それぞれ大きな悩みを抱えながら、たとえそれがどんな結末になったとしても、ひとつの夢に向かって生きてきた一瞬の美しさか。総てがハッピーエンドで終わることなんかないこの世の中にあって、人生を正面きって描いたこの映画は素晴らしい。
しかし、クリント・イーストウッドは良い監督になったものだ。われわれ世代から見たイーストウッドは「ダーティ・ハリー」シリーズや「ダーティ・ファイター 燃えよ鉄拳」「タイト・ロープ」など、B級アクション映画の常連というイメージが強いが、88年「バード」あたりから監督としての評価を高め、95年「マディソン群の橋」では全く得意とは思えないジャンルの作品でも観客に有無を言わせない出来に仕上げ、「ミスティック・リバー」、そして本作である。もう75歳で先は長くないだろうが、間違いなくその名だけで映画の質が保証される監督になった。次回作が楽しみである。