3.革命の日

 そして迎えた運命の日。
 その日は朝からスコールのような激しい雨が降り注いでいた。
 だが、6月17日木曜日8時30分におけるの全校生の出席率、実に100%。
 つまり、誰一人欠けることもなく今日という日を迎えたのだった。
 これは恐るべき快挙に違いない。
 何しろ、世の中には修学旅行や卒業式すら面倒くさいと休む生徒がいる。
 そうでなくても、持病だの急病だの不治の病だの仮病だので、どんな日も一人は欠席者が出るものなのだ。
 まして雨がざぁざぁ降ってるとなると、生徒たちの気力は低下し、状況は更に悪化する。
 そんな条件にもかかわらず、欠席者どころか遅刻者すら一人も出さなかったのは奇跡に近い。
 体育館で一同に会した生徒たちを目にした理事長こと増垣仙三(71)は大変満足げに壇上に上った。
「これだけのやる気を見せられては、今更何を言ったものだろう。勉学に励めだの、心身を鍛えろなどと野暮なことは言わん。存分に今日という日を楽しみ、明日の活力と変えてくれ。以上!」
 その瞬間、歓声が弾けた。
 事実上の祭り開始の宣言に狂喜する生徒たち、この蒸し暑さだというのに喜色満面で、果ては「センちゃん最高ーーっ!」と理事長にラブコールまで送られる始末だ。
 理事長は実に満足げな様子で眼下を一望すると、右腕を挙げて歓声に応えながら壇上を降りていく。
 実に模範的な光景だが、そこに誰かが慌てて駆け寄った。
 生徒会長の久瀬である。
「む、何だね君は?」
「増垣理事長。大事なことを忘れてます」
「大事なこと? はて……」
 人間七十代ともなると、そろそろ記憶力が危うくなる年齢である。
 久瀬は仕方なく、白い耳毛がぼうぼうの理事長に口を近づけて、ぼそぼそと一言二言囁いた。
 それを聞いて、理事長はこらいかんとばかりに慌てて壇上に引き返す。
「ああ、いかんいかん。大事なことを忘れるところだった。実は本日のイベントに素敵なゲストをお呼びしたので、諸君に紹介しようと思う」
 ゲスト(お客様)を忘れてどうする。
 全校生から激しい突っ込みの眼差しが壇上に注がれる。
 だが、こういううっかり者なところも、この理事長人気の理由だろう。
 ちなみに校長はというと、ご多分にも漏れず長演説を垂れるので生徒たちの人気は芳しくない。
 それどころか一年前の入学式、長演説で女生徒一人を倒れさせ、病院送りにしたという不名誉な記録の持ち主である。
 その後、倒れた女生徒は学校に来られなくなり、あわや死ぬ寸前まで行ったことから、この学校における校長の立場は最悪なところまで落ち込んでいた。
 これが理事長が壇上に立つ背景なのだが、恋しそうに壇上を眺める校長の姿は哀愁を誘う。

 眼下にはワガハイを見上げる生徒達。
 隣には立派な校旗。
 ああ、何もかもが懐かしい。
 帰りたい、あの頃に。

 街角で耳にしてしまった『演説できない校長はただのハゲだ』という嘲りが彼の耳にこびり付き、何度もその頭の中で反復されていた。
 まあ、彼の悲壮な内心は誰も知るよしもないので、放っておこう。


 さて、理事長が壇上の奥に向かって手招きをすると、まっさらな制服に身を包んだ女生徒が現れた。
 かなり緊張した様子で、左足と左手が同時に出ている。あ、転んだ。
 おパンツ丸出しでひっくり返ったその姿は、生徒ばかりか教員の笑いをも誘う。
 しかもそれが壇上なのだから、盛大であることこの上ない。
 理事長は失笑しながら倒れた彼女に手を差し伸べ、自分の隣へと導いた。
「紹介しよう。本日この学校に体験入学することになった『月宮あゆ』さんだ。ニュースで知ってる者もいるかもしれないが、彼女は七年間の意識不明から今年回復し、我が校への入学を希望している。諸君も歓迎してあげて欲しい」
「は、はじめまして。月宮あゆです。よろしくお願い……」

 ゴツッ! プピー!

 すごい勢いで壇上のマイクの支柱にヘッドバットをかますあゆ。
 衝撃でひっくり返ったマイクがまぬけな音をかき鳴らした。
「うぐぅ、頭ぶつけたぁ」
「大丈夫かね? そんな激しいお辞儀は初めて見たよ」
 理事長によって彼女の行為が『お辞儀』だったと明かされた瞬間、今度は体育館内が大爆笑に包まれた。
「ほら、挨拶をするならこれでもう一度やりなさい」
「……ありがとうございます」
 マイクを起こすばかりか、理事長はその高さも調整してあゆの前に置いた。
 理事長の身長170に対して、あゆの身長は154。
 本来屈みでもしない限りぶつけるはずの無いマイクに頭が当たったのは、これが原因である。
「はじめまして。月宮あゆです。よろしくお願い……」

 ゴツッ! プピー!

 原因である……あれぇ?
「うぐぅ、またぶつけたぁ」
 繰り返しはギャグの基本と言うが、それをここまで自然にやってしまう人間も珍しい。
 しかも、今度はマイクの頭を直撃だからはるかに痛そうだ。
 再び体育館内は大爆笑に包まれた。
「……大丈夫かね?」
「おじさん、これまだ高いよ」
「おお、よしよし。この支柱がけしからん。うん、実にけしからんね。これからマイクは手に持って使うべきだ」
 大仰な台詞回しで、支柱からマイクを引き抜き、邪魔になった支柱を横に倒す理事長。
 ご丁寧に小指を上げてマイクを握る姿に、全校生はまたも大笑いする。
 これでは校長の影も髪もどんどん薄くなるのは仕方がない。
 三度目の正直でようやく挨拶を果たし、拍手と笑い声に囲まれながらあゆは顔を真っ赤にして壇を下りていった。
 しかし、壇上で理事長をおじさん呼ばわりしてコントをかますとは、実に鮮烈な学園デビューを果たしたものである。


 理事長の挨拶も、ゲストの紹介も済み、いよいよ事態は動き出した。
 時刻は8時42分。これから18分の間に隠れ役は隠れなくてはならない。
 と言ってもまあ、隠れる場所を決めてる者達は随分余裕があるもので、体育館に残って友人達と談笑している者もいた。
 何を悠長な、とも思われるかもしれないが、無理もない。
 別々に隠れると大会終了まで会える可能性は低い。
 ましてや9時から16時までの7時間、鬼役とは完全に敵同士だ。
 出かける前に一言二言交わして行きたいと思うのは、人情というものだろう。
 もっとも、腹の探り合いというのも多分にあるだろうが。
 そんな生徒達の間を抜けて、壇上の挨拶を終えたあゆが祐一と名雪の姿を探し求めていると、なにやら悲痛な叫び声が聞こえてきた。
「ちょ、ちょっと待った!」
 激しい動揺が感じられる叫び声。
 何事かと、周囲の目がそこに集中する。
 聞き覚えのある声だなぁ、とあゆが背伸びして覗き込むと、あろうことかその中心には祐一の姿があるではないか。
 傍では名雪と、何度か会った事のある親友の姉が困惑の表情で祐一を見つめている。
 察するに、祐一が脈絡もなく叫んだらしい。そりゃ周りもレスポンスに困る。
「ど、どういうこと?」
 激しく狼狽した様子であたりを見回す祐一。
 特に、それは隠れるために体育館を出て行く生徒達に向けられている。
「どうしたの祐一?」
「どうしたもこうしたもない。どうしてみんなスクール水着に着替えないんだ!?」
「はぁっ!?」
「さすがに理事長の挨拶中に水着はおかしい。だからみんな水着の上に服を着ているのだと思っていた。なのにどういうことだ。誰も脱がないじゃないか!」
「何をワケの分からないこと言ってるのよあなたは。スクール水着でかくれんぼする人がどこにいるのよ!?」
「スク水、それは勇者の羽衣。スク水、それは究極の美! 愛、憎悪、苦痛、快楽、生、死、全てがそこに……それこそスクール水着! それこそスク水!」
「ねえ、香里……どうしよう?」
「あたしに聞かないで……」
 周りを無視して意味不明なことを叫ぶ祐一に、名雪は当惑し、香里は頭を抱えた。
「ああもう、スクール水着見たいなあ!」
 完全に奇異の視線が集中し続けているというのに、あくまで欲望に忠実な祐一。
「なんでああハッキリ言えるのかしら……」
「着てあげればよかったかな」
 しかし、ここまで来ると変態性が脱却され、逆に魅力となることもあるらしい。
 名雪と香里をはじめとして、見ていた一部の女子には『馬鹿っぽいけど、そこがかわいらしい』という印象を与え、一部の男子には『奴は漢だ』という印象を与えた。
 それを除く他の人には『どうしようもない変態』の烙印を押されたのは言うまでもないが。
「うぐぅ……祐一君なんか怖いよ」
 そして肝心のあゆは、人の輪の中からその様子を見て怯えていた。
「お、相沢の彼女じゃないか。何でこんな所でコソコソ隠れてるんだ?」
 ぽんぽんと肩を叩かれてあゆが後ろを振り返る。
 相手の背はあゆより圧倒的に高い。
 目の前には胸しかないので、必然的にあゆは上を見上げる。
 見上げる先には相手の顔が……。

「うぐぅーーーーっ!?」

 蛇に飛びつかれた猫は、およそ考えられない瞬発力で後ろに吹っ飛ぶという。
 この時のあゆはまさにそれで、バク転でもするかのような勢いで数人を押しのけて後ろにぶっ飛んだ。
「何だ? 今『うぐぅ』の呼び声が……ぶふぇ!?」
 どすんと尻餅ついてもあゆの勢いは止まらず、ごろごろごろーとダンゴ虫のように転がり、あろうことか祐一を轢いて停止した。
 巻き込むのが、腐れ縁の祐一だというのがいかにもあゆである。
 ちゃっかりサイドステップして道を開けてるあたり、名雪と香里もさりげに酷い。
「ふ、ふふふ、朝から激しいなハニー」
 だが、当の祐一はと言うと、怒るどころか逆に嬉しそうである。
 その声に、びくっとして逃げ出そうとしたあゆだが、時既に遅し。
 祐一の腕はしっかりとあゆを捕獲、いや、抱きしめていた。ついでに尻を一撫で。
「ゆ、祐一君! ひ、ひ、人が見てるっ! じゃなくて前見てーーっ」
「あぁ……?」
 祐一が体を起こして、あゆの指差す先に視線を向ける。
 人垣をかき分けてぬっと現れたものの姿に、祐一も叫んだ。
「うおっ!? なんて格好してるんだテメー!?」
「お化けーーっ!」
 言葉遣いまでおかしくなってる祐一に、完全に怯えて祐一にしがみつくあゆ。
「何を怯えてるんだ? かくれんぼなんだし、これくらい当然だろう?」
「しゃ、しゃべったよ!?」
「落ち着けあゆ。あれは北川だ! 人間だ!」
 あゆが騒がずとも、北川の格好は異様だった。
 いや、場所によってはそれも異様ではないだろうが、一般生徒の感覚では明らかに場違いである。
 何しろ、北川の服装はと言えば俗にリーフ迷彩と呼ばれる草原で効力を発揮する迷彩服、つまるところアメリカとかで使われてる野戦服の一種だったのだ。
 それだけならまだファッションのうちなのだが、こともあろうか野戦服に合わせて顔に緑のフェイスペイントまで施している。
 あゆがお化けと勘違いしたのは、見上げれば不気味なことこの上ないその顔色が原因だろう。
 トドメには腰に仰々しいバックパックを巻きつけ、何に使うつもりなのか胸元にはサバイバルナイフまで装備している。
「お前は戦争でもしに来たのかっ」
 服装は自由とはいえ、限度というものがあるだろう。
 『かくれんぼ』にこの格好はどう考えても異常である。
「ん、まあ、学校でリーフ迷彩なんてカモフラージュは期待できないが、どうせなら汚れたり濡れたりしても構わない服装がいいからな」
 質問の答えになってない。
 だが、香里だけは真剣な表情をして北川を見据えていた。
「北川君……あなた本気ね」
「もちろんだ。なんたって一人で勝てば30万だぞ。見せてやるぜ、北川君の大勝ち日記」
 北川の目は輝いている。
 それはもう『¥』が瞳に浮かんでるくらいに。
 その目を見た者達は、誰もが思った。
 いるよね、金品が絡むと俄然やる気になる人って。
「相沢、もう8時50分だぞ。そろそろ隠れた方がいいんじゃないか?」
「ああ、そうだな」
「隠れる場所決まってるのか?」
「一応な。何やらかすつもりか知らんが……まあ、頑張れ」
「おう、そっちも頑張れよ」
 祐一たちに手を振る北川の背中には、大会の規定どおり名前を書いた布がしっかりと縫いこまれていた。
 どうやら北川はパッチワークも得意らしい。まあ、どうでもいいか。
「じゃ、俺達もぼちぼち行くかあゆ」
「うん、そうだね。あ、祐一君これ名札」
「おう、って幼稚園のヒマワリバッジかよ。会長の野郎、なんつーもん用意してんだ。これだって分かってたら体操服着て来たぞ」
 渋々受け取ったバッジに名前を書き込み胸につける祐一。
 続いてあゆがバッジをつけるのを見て、香里が尋ねた。
「あら? あゆさんも隠れ役なの?」
「うん。招待状にクジの結果もついてたんだ」
「ちょっと残念ね。鬼だったらおしゃべりする機会もあったのに」
「あ、うん。ボクも残念かな。でも、栞ちゃん鬼なんでしょ?」
「ええ。そういえばあの子見ないわね。どこ行ったのかしら?」
 入院先の病院+αな事情で親友になった少女の姿を探すあゆに、妹の姿を求める姉。
 だが、探し人の姿は見当たらない。
「おーい、あゆ。置いてくぞ」
「あっ、待ってー」
 いい加減開始時間も近い。
 それまでに体育館を出ないと、禁止区域規定に引っ掛かって失格になってしまう。
「あゆさん」
「え?」
 慌てて駆け出したあゆを、香里が呼び止めた。
「いつも栞と仲良くしてくれてありがとう。あの子、病院生活長かったから、友達ほとんどいないのよ」
「え、えっと……」
 どう返事していいのかしどろもどろのあゆ。
 同時に二つのことを考えられない性格なので、祐一を追うべきか、返事を考えるべきかで激しく葛藤しているのだろう。
 香里はそれに感づくと、苦笑しながら言った。
「あゆさん、もうすぐ始まるわよ。隠れなくていいの?」
「あ、うん。ボク行くねっ」
 だだだっ、とあゆは振り返りもせずに慌しく祐一を追いかけていった。
 その様子を見て、香里が笑みをこぼす。
「ほんと、名雪の言う通りだわ」
「ね、あゆちゃんってかわいいでしょ?」
「同じ年齢の子に言うことじゃないけどね」
「うん。でもやっぱりかわいいよ」
 恥ずかしがったり、悪びれたりする様子も無く感想をもらす親友の姿に「そういうところ、あなたも十分かわいいけどね」と香里は溜息をついた。


 鬼役の行動開始まであと8分と迫った8時52分。
 かねてからの相談どおり、香里と名雪は壇の前に陣取っていた。
 周りには二人に挨拶する後輩達の姿も見える。
「結構集まったわね」
「うん。みんなクラスの友達にも声をかけてくれたみたい」
「だいたい50人ね。それだけ動かせれば十分だわ。2時間で八割は狩り出せるかも」
「八割って、240人?」
「ええ」
 自信満々に頷く香里。
 一体どうやったらそんな計算ができるのか、また、どんな方法を使うのか名雪には皆目見当もつかない。
「どうしたらそうなるのって顔をしてるわね」
「え? あっ、うん」
「別に大したことじゃないわよ。名雪が考えてるようなことをちょっと効率よくやるだけだから」
「……う、うん」
「まあ、楽しみにしてて。これだけ集めてくれたんだから、あたしも期待に応えないとね」
 香里は腕を組みながら、親友のかき集めてくれた兵隊に満足した様子だった。
 と、にわかに体育館が静まり返る。
 開始を目前にして、体育館で待機している鬼役のボルテージは高まる一方のはず。
 にも関わらず突然静まり返るとは一体どういうことなのか?
「どうしたのかな? なんだか静かになったね」
「そうね。何かしら?」
 思わず顔を見合わせた名雪と香里だったが、理由はまるで分からない。
 と、思っていたら、底抜けに明るい声が響いてきた。
「あ、やっと見つけました。お姉ちゃん、名雪さーん」
 人垣からぴょこんと顔を出し、手を振る少女。
 それは紛れもなく香里の妹、美坂栞だった。
「栞? やっと来た……ぶふぅ!?」
 やっと来たのね、と言おうとした香里が盛大に噛む。
 いや、盛大に噴いた。
 その傍では名雪や他の面々も唖然としている。
 それもそのはず。
「お待たせしてごめんなさい。着がえ場所探すのが大変で。濡れると気持ち悪いですし、靴下は要らないですよね?」
「……栞」
「はい? 何ですか?」
「なんであんたスクール水着なのよっ!」
 栞は誰が見ても間違いなくスクール水着という姿だったからだ。
 しかも、凹凸の少ない胸には『みさか しおり』と丸っこくかわいらしい字が書き込まれている。
 その手の趣味の男性が見たら一発でKOされそうな姿だ。
「何でって、パンフレットに『推奨』って書いてましたよ? まったく、誰も守ってないんですから『めっ』です」
「『めっ』じゃないわよ」
 栞が人差し指を口に持っていって、スクール水着を着てない姉をしかりつけるような仕草をする。
 その姿に姉は、激しい頭痛と眩暈を覚えずにはいられない。
 何しろ、名雪に水着について訊かれたときに「水着で参加する人の顔が見てみたいわ。同性として」というようなことを言っていた。
 それがよりによって、一番の身内である妹だったのだから、そりゃショックだろう。
「栞、さっさと着がえなさい。あなたオカシイわよ、絶対に」
「む、分かってませんねお姉ちゃんは」
 頭を抱えながら、手で更衣室に行くよう指示する香里だったが、栞はあからさまに不機嫌な顔をした。
「スクール水着、それは勇者の羽衣。スクール水着、それは究極の美! 愛、憎悪、苦痛、快楽、生、死、全てがここに……これこそスクール水着! それゆえにスクール水着なんですよ!」
 すごい剣幕で栞がまくし立てる。
 その内容の凄まじさたるや、まともな女子高生が到底ついていけるところではない。
「ねえ、香里。どこかで聞いた台詞だね」
「もう何も言わないで。穴があったら入りたい……」
 まあ、赤面する女子達とは裏腹に、男子生徒たちは完全に恍惚とした表情で栞を見つめていた。
 こういう男のロマンが何たるか分かってる女の子とは希少価値があるのだ。
 ましてやひんぬーと呼ばれる控えめなお胸に、妹属性となると完全なレアモノなのである。
「本当にその格好で参加するつもり?」
「はいっ、もちろんです」
 真実一路。その目には何の迷いも無い。
 最後の最後まで考えを改めさせようと思った香里も、もうダメだと悟らされた。
「はぁ、分かったわ。でも、あなたまだ体調万全じゃないんだからあたしの側から離れちゃダメよ」
「はいっ。お姉ちゃんの側が一番安全ですから」
 他でもないこの美坂栞こそが、校長を世界のどこかで光ってるしか能の無い立場に追い込んだ原因の少女だったりする。
 新薬と賭けの様な手術の結果、死に至る病を乗り越えたとはいえ、まだ人並みの体力や免疫力はない。
 どんなに恥ずかしい格好でも、姉としてはやはり心配で側についていたいものなのだろう。
「あっ、そうだお姉ちゃん」
「何?」
「え、えと、その」
 胸を両手で覆い、両腿を内側にぴちっと合わせて周りをキョロキョロ伺う栞。
 隠しているようだが、そのジェスチャーの意味は一目瞭然である。
 男子生徒の何人かは鼻息を荒くしている。
「はいはい、分かったわよ。いってらっしゃい」
「はい。後で追いかけますから先に行ってて下さいです」
 てててて、と小走りに走り去っていく栞の姿に、香里は本日何度目になるか分からない溜息をついた。
 一応、何のことか分からない読者に説明しておこう。
 栞の向かった場所はトイレである。
 分からなかった男性諸君はデリカシーに欠ける節があるので注意してもらいたい。





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