2.ZONE OF EDUCATION

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【校内かくれんぼ大会 〜思い出に還る物語〜】
<開催日時>
6月17日(木)
集合 8:30(体育館)
開始 9:00
終了 16:00

<ルール>
・早い話が全校生約600名を半々に割ってかくれんぼ。
・それぞれの役は、この企画書公布日に配られたクジ結果の通りである。
・クジ結果を紛失したものは生徒会に申し出ること。
・隠れるのがメインなので、原則廊下を走ったりしないこと(普段も守ってないだろうけど一応)
・鬼役が隠れ役にタッチし、「〜〜ちゃんみーつけた」という趣旨の宣言をすることで隠れ役はアウト。
・名前の呼び上げとタッチは順不同。どちらが先でも構わないこととする。
・当日の服装は自由。
・隠れ役は名前が分かるものを身につけること。必要であれば名札用のバッジを貸し出す。
・範囲は校舎内含む校舎周辺。学校敷地外には出ないこと。
・職員室等、一部の部屋は立ち入り禁止。教員が前に立つので指示に従うこと。
・体育館は鬼役が捕らえた隠れ役を送る収容所とし、隠れ役の進入禁止区域とする。
・鬼役は捕まえた隠れ役を収容所に護送し、待機している教員に報告すること。
・上記報告で隠れ役名簿から抹消された者は、大会終了まで学校で待機。
・既に捕まっているにも関わらず、護送中に無理矢理脱走するのは絶対に禁止。
・教室やトイレ等に鍵をかけて閉じこもるのは、隠れていると言わないので失格。
・大会終了まで勝手に下校してはならない。破った者は無断欠席扱いとするので注意。
・暴力行為、その他傷害に繋がる危険行為は絶対にこれを禁じる。違反者は校則の定めに従い罰する。
・セクハラ、器物損壊、その他迷惑行為全般も慎むこと。窃盗などは論外である。
・女子はスクール水着での参加推奨。靴下or眼鏡の着用可。ただしガーターベルトは禁止する。

<賞品>
30万円分の商店街商品券。
鬼側が隠れ側を全滅させた時は鬼側の勝ちとし、鬼役300人でこれを分ける。
隠れ側が最後まで生き残った場合は隠れ側の勝ちとし、生き残った者でこれを分ける。

<備考>
晴天中止。
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「……なにこれ」
 ホームルーム中に配られたパンフレットを見て、美坂香里は絶句していた。
 ちなみに、今日も今日とて飽きずに雨は降り続けている。
「昨日いなくなったと思ったら、こんなことしてたの?」
「ああ、どうだ!?」
 誇らしげに語りかけてくる、発案者祐一に香里は複雑な顔をするしかなかった。
「どうだも何も……」
 本音を言えば「キタキタキタ!」と踊ってもおかしくないくらい、香里の心はどきどきしている。
 多分、ほとんどの生徒が同じ気持ちだろう。
 しかし、彼女の中では、屋上のてるてる坊主吊るしから、どういう経緯を経てこんなことになったのか、その経緯への呆れの方が上回っていた。
 ことの発端となった巨大てるてる坊主は『黄昏首吊り男』と命名され、企画のマスコットとして吊るされたままだ。
「でも、楽しそうだね。小学校の時のこと思い出すよ」
「名雪はやったことあるのか? 校内かくれんぼ」
「ううん。でも、ケイドロはやってたよ。刑事さんと泥棒に分かれて、学校で隠れたりおっかけっこしたり」
 刑事は敬称付きで、泥棒は呼び捨て。
 一応、名雪の中でも泥棒は尊敬できないお仕事なのだと伺える。
「オレは両方やったな。ていうか、1年はかくれんぼで、5年はケイドロだったんだが、やってることはほとんど同じだった」
「ケイドロでも良かったんだけどな。あれ地方でローカルルールが結構あるだろ? 俺のところは背中しかタッチできないってルールがあってさ、泥棒見つけても壁に引っ付かれるとなかなか捕まえられなかったんだ。しまいには喧嘩にもなったし、あれはまずい」
「あ、わたしのところは脱獄っていうのがあったよ。缶蹴りみたいに、牢屋代わりの教室の扉をタッチしたら泥棒役が逃げられるってルール」
「あ、それオレのところにもあったな」
「まあ、そんなわけで、ケイドロはルール一致させるのが難しいからかくれんぼにした」
「でも、かくれんぼって不思議だよね。ずっとやってたら飽きちゃうのに、こうやって時々やるってなると、なんだかとても懐かしくて楽しく思えちゃう」
 思い出に還る物語、と祐一が言ったように、校内かくれんぼの効果は絶大だった。
 何しろ、誰もがケイドロや凍り鬼など似たようなことを昔、特に小学生時代にやっていたからだ。
 勉強で忙しくなったり、趣味が他のものに移ったり、ガキくさいと反抗期特有のマセた思考で敬遠してみたり、そうやって誰もが学校を使った遊びをしなくなっていった。
 しかし、その時の楽しみはもはや遺伝子レベルで生徒たちの胸に刻まれているといっていい。
 教室、校舎、いや学校全体が、まだ開催前だと言うのに思い出語りでかつてない興奮に包まれていた。
 そもそも、何故学校でかくれんぼやおっかけっこをすることがそんなにも面白いのか?
 その理由は、単純明快なグランドや公園などと違って、学校という立体空間が入り組んでいるところにある。
 野外のおっかけっこは基本的に体力勝負で、自然と体力のある者が優位に立つ。
 どれだけやっても基本的にその結果は覆らない。ゆえに、飽きが来やすい。
 また、同じく野外のかくれんぼは隠れる場所のバリエーションが多くない。
 回を重ねれば、隠れ場所もパターン化し、やっぱり飽きが来る。
 しかし、学校はそうではない。
 体力があるに越したことはないが、知恵と発想も大きくものを言う。
 近道をするためのルート、実は通れる裏道、これらの知恵が体力差を埋める。
 また、「あんなところに!?」といった意外性の発想を発揮できる場所が数多く存在するのも重要だ。
 つまるところ、誰が優位かという優劣の差が極めて見えにくいのである。
 むしろ、それは高校生の方が憧れる競争条件ではないだろうか?
 勝負の見えた50メートル走、結果の見えた期末試験。
 だが、そこにはそれがない。
 校内かくれんぼ大会には、いつも生徒たちを型にはめようとする枷が存在しないのだ。
 生徒たちの思いは、今まさに一つになった。

 ――僕らは、やっとかくれんぼで自由になれる。

 わいわい騒がしい祐一たちの教室に、眼鏡面の男子生徒がつかつかと入ってくる。
 その足取り、ちょっとステップが入ったウキウキモードだ。
「やあ、相沢君。おはよう。調子はどうだい?」
「おう、生徒会長。今日も快尿でまいっちんぐだ。今の俺なら5メートルは軽い」
「は、ははは……それは良かった」
 よっぽど、下ネタと縁のないお上品な育ちなのだろう。
 久瀬は、祐一の発言に乾いた笑いを返すしかなかった。
「で、反応どうだ?」
「バッチリだよ。まさかここまで反響があるとは思わなかった」
「全員、よっぽどストレス溜まってたんだろ。しかし、賞品30万円って随分奮発したな」
「うん、企画を持っていったら理事長が気前よく提示してくれたんだ。まあ、元手なしだからね。文化祭なんかその倍以上を無駄使いしてるかと思うとちょっと複雑だよ」
 各クラスの予算に、各クラブの予算。文化祭の予算とはとにかくお金のかかるものである。
 そして、定番のお化け屋敷等は、祭りが終わったら全部片付けることになるのだから、冷静に考えれば無駄使いも甚だしい。
 それに、かくれんぼ大会の賞品30万円分は額こそ大きいが、全校生徒600人から一律500円集めたと考えると、理事長の道楽というほどのものでもないだろう。
「ああ、そうだ久瀬。一つお前に頼みたいことがあったんだ」
「ん? 何だい?」
「あのさ、俺の知り合いにこの学校に入りたがってる女の子がいるんだ。そいつ、ゲストで大会に参加させてやれないか?」
「なっ?」
 祐一から持ちかけられた相談に、思わず顔をしかめる久瀬。
 無理もない。それは彼が最も嫌う事だったのだから。
「相沢君。いくら君が企画の立案者でも、公私混同は感心しないな」
「いや、待ってくれ。それは俺だって分かってる。でもそうじゃないんだ」
 いつになく真剣な表情の祐一に、久瀬は少々面食らった。
 そこに生徒会室で暴言の数々を彼に言い放った祐一の姿はない。
「そいつ、本当なら今俺達と同じクラスで一緒に授業を受けたり、一緒に学食行ったり、一緒に馬鹿やって笑ってたかもしれないやつなんだよ。でも事情があって、まだこの学校には来れないんだ」
「ちょっと待った。その子はひょっとして……」
 普通なら理解不能と斬って捨てる類の妄言である。
 だが、久瀬の頭にはそんな特殊な条件に該当する少女の名前が確かにあった。
「ひょっとして、その子の名前は『月宮あゆ』か?」
「知っているのか?」
「ああ。ニュースでやっていたし、学校と受験についての話し合いをしてるのも聞いてる」
「そうか……でも、やっぱり……」
「ストップだ相沢君」
 やっぱり、そういうのは駄目だよな? と祐一が言おうとしたのを久瀬が制した。
「そういうことなら任せてくれ。いや、僕にやらせてくれ。真面目な生徒のための生徒会なんだ。この学校に心から来たがってる子の願いを叶えるのは、僕の使命だよ」
「……久瀬」
 祐一がすっと右手を差し出す。
 久瀬は何も言わずにその手を取った。
 シェイク・ハンド・ウィズ、友好の証『握手』だ。
「頼んだぜ」
「任せてくれ。これで、ようやく君にも生徒会長らしいところを見せてやれる」
「ぬかせ」
 ぱんっと、小気味のいい音を立てて握手が振りほどかれた。
 そこに悪意がないことはお互いの晴れやかな顔を見れば一目瞭然だろう。
 自分のクラスに戻ろうとした久瀬だったが、何かを思い出したのか引き返してくる。
「ところで、ふと気になったんだけど」
「ん?」
「相沢君とその月宮さんとはどういう関係なんだい?」
 その質問に、祐一は何も言わずに教科書の準備を始める。
 何か気を悪くすることでも言ったかと思い、久瀬が狼狽してると、話をずっと聞いてた北川が笑いをこらえながら茶々を入れた。
「見りゃ分かるだろ、大将。野暮なこと聞くもんじゃないぞ。ぷくくく……」
 続いて、何が楽しいのか祐一の隣の名雪も嬉しそうに久瀬に囁く。
「ぞっこんのらぶらぶなんだよ〜」
 なるほどとばかりに手を打つ久瀬。
 傍若無人に暴れまわってた男が、借りてきた猫のように背を丸めてる姿は滑稽極まりない。
「……ぷ」
 北川と名雪の陽気に誘われて、ついつい久瀬も笑いを漏らす。

「うっさい! テメエら、マジ殺す!」

 恥ずかしさに耐えかねて暴れ始めた祐一は非常にかっこよろしくなかったとは、消しゴムを投げつけて彼を黙らせた香里の弁である。
 外と変わらず、彼女の雨は今日も続いていた。




 昼休み。
 教室から動くのも億劫な香里に代わって、名雪が食堂のパンを購入して戻ってきた。
 ちなみに、祐一と北川は食堂に残ってランチ中である。
「それにしても、見れば見るほど変なパンフレットね」
 焼そばパンをちびちびかじりながら、ホームルームに配られたパンフレットを眺める香里。
 諸事情により、食欲はあまりないようだ。
「そうだね。晴天中止なんて見たことないよ」
 イチゴジャムパンをかじりながら、香里の席のパンフレットを名雪がのぞきこむ。
「それもそうなんだけど、変なのはルールよ」
「どういうこと?」
「誰がどのルール書いたのか、はっきり分かるじゃない」
「そう?」
「例えばさっきの晴天中止。こんなひねくれたギャグみたいなの書くのって、相沢君くらいじゃない」
「あ、うん。そうだね」
「逆に暴力行為等、危険行為の禁止規定。これ、どう思う?」
「うーん、なんだか法律みたいな書き方だよね。祐一っぽくないかな」
「多分、この堅苦しいのは生徒会長の久瀬君って人ね」
 それにしても、と二人の視線が一箇所で交差する。

・セクハラ、器物損壊、その他迷惑行為全般も慎むこと。窃盗などは論外である。
・女子はスクール水着での参加推奨。靴下or眼鏡の着用可。ただしガーターベルトは禁止する。

「何なのかな、この最後の……」
「このルール自体がセクハラだと思うのはあたしだけ?」
 何ゆえセクハラ規定の直下がこれなのか?
 ただの偶然か、祐一が冗談で入れたのか。
 とにかく、他は一応マトモなだけに、その異常性が際立っているのは間違いない。
「香里、水着で参加する?」
「……するワケないでしょ。する人の顔が見てみたいわ、同性として」
「や、やっぱりそうだよね。あははははー」
 きっぱり言い捨てた香里とは裏腹に、ちょっぴりどぎまぎしながら笑い飛ばす名雪。
 香里は親友のわずかな動揺を見逃さなかった。
「名雪。やめときなさいよ。どうせこれ、あんたみたいなの騙すのが目的に決まってるんだから」
「はぅっ」
 びくっ、と背中を震わせる名雪の姿に、やれやれとばかりに香里は溜息をついた。
 彼女が注意してなかったら、間違いなく名雪はスクール水着で大会に参加していたことだろう。
「と、ところで香里。香里は鬼? 逃げる方?」
「あたし? あたしは鬼よ」
「そうなんだ。じゃあ、明日は一緒に探そうね」
「あら、名雪も鬼だったの?」
「うん。祐一と北川君は逃げる方だって」
「ふーん……」
 名雪の無理矢理な話題転換に付き合って、なんとはなしに受け答えしていた香里だったが、ふとあることに気付く。
 そして、最後に名雪が言ったことの重大さにも気付いた。
「名雪!」
「えっ、何!?」
「今、あなたなんて言った?」
「え、え、えっと……祐一と北川君が逃げる方……だったかな」
 それだけで十分だった。香里は焼そばパンを机に置いて、わなわなと震え出す。
 親友の態度の変化に、ワケが分からない名雪はうろたえるしかない。
「ど、どうしたの香里?」
「大変よ」
 香里は一言そう言い、名雪の前に配られたパンフレットを差し出す。
「この間抜けなパンフレットにすっかり騙されたわ。なんて恐ろしいルールを作るのよ、久瀬君って人は」
「そうなの?」
 言われて、首を縦横にしたり、パンフレットを縦横にしたりと、様々な角度から見てみるが、名雪にはよく分からなかった。
「名雪、一つだけ言っておくわ。無闇に何の役か人に教えちゃ駄目よ」
「え、ええっ?」
「大会中、逃げ役と鬼役の見分けをつけるのは、名前のあるものを付けてるかどうかだけ。ここがクセモノよ。例えば名札だったら前にしか名前がついてないでしょ。最初から逃げ役と知っていれば、後姿だけでも追えるけど……」
「あっ。そうなんだ。クラスの違う子とかは名前が付いてるの確認しないと逃げ役って分からないんだ」
「そういうこと。見ただけで鬼ってのが分かってたらすぐ逃げられるし、逃げ役って分かってたら名札を見ないでも捕まえられる。単純だけど、知ってるか知らないかの差は大きいわ」
「みんな集めてグッパで分けなかったのって、やっぱりそれで?」
「でしょうね。当然狙ってのことだと思うわ。他にもパンフレットのルールには巧妙な細工がしてあるわね。とにかく……」
 机に置いた焼そばパンを一口食いちぎり、苦虫を噛み潰すかのように飲み込む。
 香里はパンフレットを睨みつけながら言った。
「もう『ばかしあい』は始まってるってことね」


 同時刻、勘の鋭い者はパンフレットの真意に気付き、また何人かは既に翌日の段取りに着手し始めていた。
 こんな雨の中でも、三度の飯より好きな将棋を打ちに市民会館に出かけた雪村老人(78)はこう証言する。
 通りがかった学校は不気味なほど静まり返っていたが、確かに「燃えていた」と。
 もしも天気予報が真実ならば、運命の時まであと20時間――。





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