憂鬱な日々は姉の一言から始まった。
「オミくん――――私たちのこの関係は終わりにしましょう」
お姉ちゃんの憂鬱
昼休み、食後の一服時のショッキング発言に彼――新沢靖臣の意識は飛びかけた。
この関係と言うのは十中八九、新沢靖臣とその姉、桜橋涼香の関係の事だろう。
長い時を共に過ごし、呪いによって別れ失い、千と一日の歳月を以って見事に復活した姉兼恋人関係。
年に一度のシリアスモードになって話を聞く靖臣。
「私たちの関係は間違ってると思うの」
確かに、世間一般的に義理とは言え姉と付き合うのは世間体的によろしくない。
子供の時とかならともかく、色々と成長しちゃってる二人のこと、よろしいはずもない。
だが、それは二人が悩んでそれでもやっぱりこの道しかない……と出した結論の果てではなかったか?
「お姉ちゃんとオミくんじゃ立場も考え方も違うの」
確かにその通りだ……と彼は思う。
彼と彼女の立場や考え方は違う。
彼は男であり弟で、彼女は女であり姉である。
そんな立場の違いがあれば考え方だって自ずと変わってくるだろう。
「――――お姉ちゃん……オミくんを甘やかせてばかりではいけないと思うの」
そう、彼女は甘やかせまくりのお姉さんである。
だからつまり――――――――――――――――――――は?
甘やかせる?
目の前のお姉様は一体なにを言っているのか?
ケーキの与えすぎでちょっと壊れたのでは? と彼は思った。
「あのー……一体、何の話?」
「だから、オミくんとお姉ちゃんの関係の話だぞっっっっっっっっっ」
「別れ話とかじゃなくて?」
「もう……オミくん、お姉ちゃんおこるわよ……ってまさか他に好きな娘でも! おっ、お姉ちゃんオミくんは恋とかまだ早いと思うんだぞっっっっっっっっっ」
「すずねえがそれを言うか?」
「とにかく、お姉ちゃんこのままオミくんを甘やかしていたらダメになると思うの」
「…………」
彼は何も言えなかった。
そりゃそうだろう、彼は甘やかされているのではなく、甘えさせられているのだから。
何かにつけて弟を甘やかせる、弟依存症にかかっているのは姉なのだから。
そんな一日に最低10回は弟を甘やかさずにはいられないような姉が甘やかしを断つ?
ありえないし、想像すらできない。
が、姉はこう言ってることだし、何日もつか解らないがそういう日々もアリだろう……そう思った。
「ああ、いいよ、すずねえ。でもそれだったら先ずはすずねえが、俺を甘やかすことを止める鉄の意志を身につけないとな」
「え……?」
彼曰く、すずねえのこんなあっけに取られた顔を見るのは後にも先にもこれっきりだろう。とのこと。
それじゃ授業があるから、と言ってとっとと去っていった弟を見送ってその姉――桜橋涼香は途方に暮れていた。
鉄の意志と言われても困る。
何せ今までお姉さんっぽく振舞っていたお陰で、世話を焼かずにはいられないのだから。
そもそも、甘やかせないのはオミくんの為であって私の本意じゃないのだから。
「…………まぁ、オミくんもそろそろお姉ちゃんに頼るのを自粛してもらわないといけないけど」
とにかく、今まで通りだと関係が改善されないのだ。
かと言って、最早、反射的に世話を焼くようになってしまっているこの身では……
考えても答えは出ず。
自分で答えが出ないのなら調べるしかないのだが、どうやって調べたものか解らない。
先程、大学の友達が電話で『……お姉さんっぽく振舞う方法を教えて欲しい』と言ってきたので教えてあげのだが、ダメ元で聞いておけばよかったかもしれない。
そもそも、身体が勝手に反応してしまうほど弟を甘やかせた姉を、甘やかさせないようにする方法なんてどうやって調べれば――――
「そう言えば、この前の課題で昔の文化を調べていた時に、厳しい姉と優しい妹の話が載った文献を見つけたような……」
記憶はかなり不鮮明だが、そういった文献を課題を調べていた時に見たような気がする。
さっそく図書室へ直行する涼香。
そして調べること30分。
「あったぞっっっっっっ! この本だったはずだぞっっっっっっ!」
その本のタイトルは――――――――――
キーンコーンカーンコーン
講義の終わりのチャイムが鳴り響く。
教師が教室から出て行き、それに続いて次の時間も講義のある生徒が足早に教室を移動していく。
そんな中、本日はもう終わりの彼――新沢靖臣は同じ講義を受けていた同期の生徒(女性)と話をしていた。
「どうしてチャイムはキンコンカンコンなんだと思う?」
「えー、そんなの解らないわよ。昔っから決まっているんじゃない?」
「いや、俺、この時間中ずっと講義も聴かずに考えたんだ」
「でもちゃんとノート取って……って、どうしてカレーの絵が?」
「キンコンカンコンの謎を考えてたら思わずカレーが……」
「どうしてカレーが……」
「俺はお腹が減っていたのだろうか?」
「なんで、自分で疑問系なの? …………もし良かったらだけど、お腹減ってるなら私のアパート来る? カレー作ろうかと思ってたし」
「くれ」
そんな事を和気あいあいと話す二人。
同じ講義を受けていた女性の方は少し顔を紅潮させながら、彼の話に相槌を打つ。
その光景はまさしく仲のいい友達同士、それも恋愛小説に出てきそうなこそばゆい恋人未満同士の会話に見えた。
そして、当然ながらその光景は、無言で弟を迎えに来ていた姉にも寸分たがわず同じに見えたわけである。
徐々に近づいてくる姉を見て、二人は違和感を覚えた。
静か過ぎるのだ、いつもなら砂煙をあげながら突っこんできて嫉妬する姉が静かに近寄ってくるだけなのだから。
そして、件の姉は動けぬ二人の前に立ち、にっこりと笑ったまま、小さな――されど良く通る――低い声で言い放った
「この裏切り者っ」
言い放った瞬間、表情が豹変してとてつもなく冷たい表情に変わる。
あまりの豹変振りに言葉も出ない二人。
「私という恋人がいながら、他の女と楽しそうに……虫唾が走るわっ!」
「え? あのー、桜橋さん?」
「何? 私の言葉が聞こえないの!? それなら、その馬鹿な耳を引きちぎってあげましょうか!?」
「ひっ!?」
すずねえの剣幕に悲鳴をあげて逃げていく女学生。
無理もなかった。
大学内で伝説をうち立て続けている甘々お姉さんがこのような表情で怒鳴っているのだから。
「で? オミくんは私に見せ付けるように他の女の子といちゃついていたわけね?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「いいのよ、オミくん、言い訳しなくても」
「いや、言い訳じゃなくてだな……」
「いいのよ、オミくん。謝っても許さないから」
「す、すずねえが壊れた!?」
あわてて逃げ出そうとする弟をそれを上回る速度で捕まえたその姉は、逃げようとする靖臣を後ろから羽交い絞めにする。
ぱんぱんと彼が腕を叩くが、姉を応じようともしない。
「く、くるしい、すずねえ」
「苦しいって感じられることを喜びなさい、オミくんっ!」
「んな無茶な!?」
「私のものにならないなら、あの女共々生き地獄を味わわせてやるわ!」
「殺す気かよっ!?」
「死になさい、オミくん。それだけが貴方の存在意義だから」
「す……ずね…ぇ」
きっちりと頚動脈を極められた者の末路をたどる靖臣、そして――――
「あ、あら? お姉ちゃん、ちょ〜〜っとやりすぎちゃったかしら?」
あはは、と額に汗を書きながら決まりの悪い顔で苦笑する姉の姿だけが誰もいない教室にあった。
『……ミ…ん』
『……ミくん!』
誰かが呼ぶ声がする……
誰だったか、忘れちゃいけないような、忘れていたいようなそんな声。
「オミくん?」
「……ん……すずねえ?」
「もう、オミくん、なかなか起きないから心配したぞ?」
「う〜ん、なんだか、かなりありえない事が起こったような気が……」
「きっ、気のせいだぞっっっっっっ」
そう言って、本の様な物を後ろ手に隠す涼香。
その本のタイトルにはこう書かれていた。
『佐々井亭物語』と。
あとがき
どうも、今回は銀色風味にお送りしました短編ですw
銀色、秋明さんは結構好きだけどマイナー領域にはいるのかなぁ?
まぁ、なにはともあれ、お姉ちゃんキャラと言えばすずねえの次には、このお方が出てきますw
ほら、ねーちん、いいキャラよ?
あの暴言っぷりが何とも言えずw
では、此度はこの辺でw
あー、次は誰書こう? とか思いつつ、それではーっw
おまけ
「ところで、すずねえ。後ろに何隠して……」
「な、なんにもないぞっっっっっっっっっっっっ!」
「あ、そんなに慌てると……」
パサッ
「ん? あれは俺のノート…………」
「どうしたの、オミくん? カレーの絵なんか見つめて……」
「……夢じゃ……なかった?」
「オミくん?」
「う、うわあああぁぁぁ!?」
「お、オミくん!? どうしてお姉ちゃんを見て逃げ出すのオミくん!?」
彼の憂鬱な日々は続く。