憂鬱な日々はお嬢様の一言から始まった。







 「祐一さん――――佐祐理達のこの関係は終わりにしましょう」

















 上級生の憂鬱













 昼休み、食後の屋上前の踊り場でのショッキング発言に彼――相沢祐一の意識は飛びかけた。

 この関係と言うのは十中八九、祐一、舞、佐祐理の関係の事だろう。

 幾度かの触れ合いと少しの喧嘩とたくさんの時を共にしてきた三人の関係は生涯ものだろうと思っていた祐一にはハルマゲドン級のショックだった。


 「佐祐理たちの関係は間違ってると思うんです」


 確かに、世間一般的に女の子二人と付き合うのはいわゆる浮気と呼ばれるものではある。

 よく話すとかならともかく、色々とヤっちゃってる彼には言い逃れは出来ない。

 だが、それは三人が悩んでそれでもやっぱりこの道しかない……と出した結論の果てではなかったか?


 「佐祐理や舞と祐一さんでは立場も考え方も違うんです」


 確かにその通りだ……と彼は思う。

 隣でお茶を飲んでいる舞もコクコクと可愛く首を縦に振っていた。

 彼と彼女たちの立場や考え方は違う。

 彼は二人を愛する側で、彼女達は二人で愛する側である。

 そんな立場の違いがあれば考え方だって自ずと変わってくるだろう。


 「だって――――佐祐理と舞は上級生……つまりお姉さんなんですよ?」


 そう、彼女らは上級生でありお姉さんである。

 だからつまり――――――――――――――――――――は?

 上級生?

 お姉さん?

 目の前のお嬢様は一体なにを言っているのか?

 と彼は思った。


 「あのー……一体、何の話です?」

 「ですから、祐一さんと舞と佐祐理の関係の話です」

 「別れ話とかじゃなくて?」

 「ふぇ……祐一さん、佐祐理に興味を感じなくなりましたか? ……そうですよね、佐祐理なんて可愛くも何とも……」

 「飽きたら捨てるなんて、祐一は外道」

 「だあぁ! そうじゃなくって! てっきり俺は二人から三行半を叩きつけられたのかと思ったんだよ!」


 彼の叫びに彼女ら二人は共にハテナ顔になり首をかしげる。


 「祐一……頭だいじょうぶ?」

 「そんなことしませんよ……祐一さんには将来、舞と佐祐理を養ってもらわないといけないんですから」


 お嬢様の頭の中には既に完成されたライフプランが出来上がっているらしい。


 「いや、まぁ、先のことはともかくとして……どういうことです?」

 「ですから、佐祐理たち、祐一さんよりお姉さんなのに、いつもからかわれてばっかりです。これはおかしいと思うんです」


 こくこくと舞も同意。

 舞の自殺未遂から約一年。

 あの後、なんとか卒業まで辿り着いた川澄舞と倉田佐祐理の二人がここにいるのは、想い人である相沢祐一のお腹を自らの作った物で満たしてやりたいからである。

 もちろん、毎日とはいかないので講義の無い曜日を決めて忍び込んでいる。

 まぁ、最近は休みに入ったので頻繁に押しかけているのだが。


 「どうして祐一さんはいつもいつも佐祐理たちをからかうんですかっ?」

 「そりゃあ……拗ねた佐祐理さんとか舞とかの可愛い顔を見るために決まってる」


 祐一の言葉に顔を真っ赤に染める二人。

 別に可愛いとか初めて言われたという訳では無いのだが、好きな人から可愛いと言われるのは何度聞いても嬉し恥かしなのだ。

 が、はたと、そうじゃない、これではいつもと同じじゃないですか。と正気をいち早く取り戻した佐祐理が祐一に詰め寄る。


 「もうっ、またそうやって佐祐理たちをからかうんですね。佐祐理も怒っちゃいますよ」

 「でもなぁ……」

 「でもじゃないです。祐一さんがお願いを聞いてくれないなら、もう祐一さんのお願いも聞いてあげません。延々と一人寝の夜を過してください」

 「う……」

 「うさぎさんの耳もネコの耳もしっぽとかも全部捨てちゃって、寝る時も部屋に鍵を掛けて寝ますからね!」

 「ううっ……」


 それらのアイテムで何をしているのかとか、部屋に鍵を掛けていなかった理由とかは秘密である。

 佐祐理は顔をプイと背けて頬を膨らませている。

 祐一はその言葉に衝撃を受けながらも、拗ねる佐祐理さん可愛いなぁ、とか心の中で思っていたりする。


 「じゃ、じゃあ、舞と佐祐理さんとはどういう風に接したらいいんだ?」

 「……年上のお姉さんとして扱う」

 「年上のお姉さんねぇ……」


 思案する彼の脳裏には兄弟のいない彼にとって唯一、姉と呼ぶにふさわしい人物、憧れであった人物。

 真琴さん、今頃どうしてるんだろ?

 今でも昔のままの勝気な性格なんだろうか?

 彼はそんなことを考える。

 それはともあれ、もし今、真琴さんが現れたら確かに年上の女性としての扱いをするだろう。

 いや、むしろ弟分とか下僕とかそういった扱いを向こうから一方的にさせられるだけだろうが。

 と、そこで祐一に天啓が舞い降りた。

 つまり、相手がそういった扱いをしてきたら、それに順応できるわけだ、と。



 「うーん、なら二人とも年上のお姉さんっぽく振舞ってくれないか? そうしたら俺もそれに合った対応をしよう」



















 それじゃ授業があるから、と逃げるように去っていった祐一を見送って佐祐理と舞は途方に暮れていた。

 お姉さんっぽくと言われても困る。

 何せ今までお姉さんっぽく振舞っていたつもりだったのだから。


 「…………まぁ、ちょっとばかり祐一さんと一緒で嬉しくてはしゃいでいたかも知れませんけど」

 「……祐一、失礼」


 とにかく、今まで通りだとお姉さんと認識されないのだ。

 ひいては祐一の二人に対するリアクションも変わらず今までのまま。

 彼はいつも子供っぽい笑みを浮かべながらからかってくるのだ。

 まぁ、そこが彼の魅力の一つでもあるのだが。

 かと言って、このままでは年上の女性としての矜持に関わる。


 「ふぇ……どうしよう? 舞」

 「……困った」


 考えても答えは出ず。

 そもそも考えて答えが出るようなら祐一に面と向かって『お姉さんとして扱ってくれ』なんて言わない。

 自分達で答えが出ないのなら調べるしかないのだが、どうやって調べたものか解らない。


 「……あ」

 「ふぇ? 何か思いついた?」

 「……解らないなら聞けばいい」

 「はぇ?」

 「……大学に伝説の姉弟がいる」


 そう言って携帯電話を取り出し、件の姉弟の姉の方へ連絡をとる舞。

 数回のコール音の後に相手が出た。


 「……もしもし」

 『はい、もしもし――――』
























 キーンコーンカーンコーン


 6限目の授業の終わりのチャイムが鳴り響く。

 教師が教室から出て行くとクラス内から緊張が抜け、そこかしこから談笑する声が聞こえ始める。

 残すところは終わりのHRだけとなって気が緩んでる教室内で祐一は、どうしてチャイムはキンコンカンコンなのか? という激しくどうでもいい疑問に頭を捻っていた。


 「どうしてだと思う、北川?」

 「馬鹿だな相沢、そんなの決まってるだろ?」

 「解るのか!?」

 「当たり前だ。だってチャイムがキンコンカンコンからドラマの主題歌にでも変わったら、もうドラマの時間かって勘違いする奴が出てくるからに決まってるだろ」

 「ああ、なるほど」

 「あんた達、もうちょっと実のある会話はできないの?」

 「壮大な議題だと思うが?」

 「はぁ……」

 「でも、ドラマの主題歌とか聞くと眠くなっちゃうよ……」

 「安心しろ、ドラマの主題歌聞いて反射的に眠くなるのは名雪くらいだ」

 「安心できないよ……」


 そんな事を話しながら時間を潰していると、扉をガラガラと開けて石橋が入ってきて終わりの挨拶を始める。

 挨拶も終わり、HRが終了する。


 「それではこれでHRを終わりとする。日番、号令」

 「起立、礼 さようなら」


 ここまでが彼――相沢祐一に残された日常だった。

 さようなら、の『ら』の言葉の直後すぐに扉が開かれ教室に飛び込んでくる二つの影。

 言うまでも無く舞と佐祐理である。


 「あははーっ、祐くん、一緒に帰るぞっっっっっっっっっ!」

 「……ゆ、ゆゆゆ、祐くん……い、一緒に帰る」

 「…………」

 『…………』

 「ほらっ、今日はお姉ちゃんが夕飯つくるから一緒に買い物に行くぞっっっっっっっっっ!」

 「……ゆ、うくん、一緒に行くぞっっっ……」

 「え? あ? 舞? 佐祐理さん?」

 『…………』


 あっけに取られる祐一とそのクラスメートを尻目に、祐一の両手を二人で片一方ずつ抱えてずるずると祐一を引きずっていく舞と佐祐理。

 そのまま誰も何も言えぬまま扉が閉まり、教室から出て行く。

 三人が出て行くと一斉に騒がしくなる教室。


 「今の何?」

 「さっきの人って卒業した倉田先輩と川澄先輩じゃなかったか?」

 「そう言えば去年も教室に入ってきてたような……」

 「え? でもあんな喋り方だったっけ?」

 「っていうか、どうして倉田先輩は自分のことお姉ちゃんとか言ってたのかしら?」

 「相沢の趣味とか」

 「えー!? 相沢君ってそういう人だったの?」

 「やるな、相沢……姉キャラとはツボを押さえてる」

 「恥じらう川澄先輩も可愛かったな」


 等々、色んな憶測が飛び交う。

 最終的に『相沢だし』で落ち着くのが如実に彼の人徳を表している。


 「う〜う〜、ゆういち〜」

 「はぁ、名雪。あなたもいい加減諦めたら?」

 「相沢は年上好きだったのか」

 「祐一のシスコーーーン!」


 名雪の叫びが教室に騒がしい教室に響き渡った。
























 彼は途方に暮れていた。

 何しろ舞と佐祐理の両方が数時間の内に狂っていたのだから。


 確かに姉っぽくしろとは言った。

 しかし、これは何か違うのじゃないかと思う。

 これでは弟扱いと言うよりも幼稚園児並の扱いではないか。


 「あははーっ、ほら焼き芋だぞっっっっっっっっっ!」

 「熱いから……ふ…ふ〜ふ〜……してあげる…ぞっっっ……」


 しかも、何か口調まで変わってるし。

 舞が何気にすごい萌えキャラになってるし。

 クリーンヒットだし。

 まさか舞がこんな言葉を言うようになるとは思わなかったし。


 「あ、それとも口移しの方がいいのかな?」

 「……っ! わ、解った。祐い……祐くん、……ん」

 「俺は雛鳥か?」


 もう、成すがままの祐一。

 先程から溢れんばかりの……と言うよりだだ漏れの甘々の甘やかせっぷりに、商店街中の視線を釘付けの三人。

 彼からすれば針のむしろである。

 そそくさと買い物を済ませ、人気のない公園へ直行する。

 もう、一刻一秒たりとも耐えれそうに無かった。


 「とりあえず、聞きたいんだけど……その口調は一体……」

 「お姉ちゃん口調だぞっっっっっっっっっ!」

 「絶対違うと思う……次に何だってこんな奇行を……」

 「……奇行じゃない…ぞっっっ」

 「お姉ちゃんとしての嗜みだぞっっっっっっ!」

 「……激しく違うと思う」

 「そんなことないぞっっっっっっ! 大学でも有名な姉弟の真似だぞっっっっっっ」


 そりゃ、確かに有名になるだろうなぁ……と思わずにはいられない祐一。

 彼は知らないだろうが、二人が師事を仰いだ相手とは桜橋涼香という人物である。

 彼女とその血の繋がらない弟みたいな存在である新沢靖臣は常にこんな感じ……もといこれ以上のことをしている。

 何しろ弟の方が常に奇行を行い、常に姉がフォロー、しかし姉は究極のだだ甘お姉さん。

 弟もそんな姉を自覚しており、都合が悪くなると恥も外聞も捨て去って泣くという甘えっぷり。

 伝説扱いも止む無しであろう。


 「俺が悪かったです。 年上扱いでも何でもしますから、もう勘弁してくれ……あ、舞は可愛いからそのままで」

 「むむ……なんだか最初の趣旨とは変わってしまったような気がしますけど、結果オーライですねっっっっっっ」

 「いや、佐祐理さん、語尾直ってない、直ってない」

 「…………二回言うな」

 「舞?」

 「…………なんとなくそう言わないといけない気がしたから」

 「舞、口調が戻ってるぞ」

 「……私だけさっきの口調なのは恥ずかしい」

 「あははーっ、じゃあ佐祐理もこの口調だぞっっっっっっ!」

 「たのむから、勘弁してくれーっっっ!」



 その後、祐一が二人をからかう頻度が減ったのは言うまでもない。




















 おまけ





 「ただいま……つ、疲れた……精神的に……もう姉はこりごりだ」

 「あ、祐一っ、お帰りだぞっっっっっっっっっ!」

 「……な、名雪?」

 「祐一の趣味に合わせてみたんだぞっっっっっっ!」

 「う、うわあああぁぁぁ!?」

 「あ!? 待って祐一、なんで逃げるの!?」


 彼の憂鬱な日々は続く。













 あとがき


 はい、連載ほったらかしで書きたくなった短編書いた秋明です、みなさんごきげんよう(誰だ

 なんでこんなの書いたのかは謎w

 あー、ひさびさに秋桜やりたくなった。

 粉雪も一応かかないといけないし(一応か

 それでは、この辺でw



















 あ、それと、もしかしたらこの短編、続くかもw

 キャラとかは考えてないけど、Kanon以外でも憂鬱シリーズを書くかもしれませんw

 書くとしたら何書こう?

 案があれば教えてください(ぉ

 出来ればキャラ指定でw(注文多い

 気力が残ってる時に書いたりしますw

 それではw