桜咲く未来〜恋夢〜


 一の夢 〜デットヒートの出会い〜















 入学式の朝、ことりは桜並木の道を必死に走っていた。

 理由は簡単、寝坊したからである。

 ことりの住む家には、住人が彼女を含め三人存在する。

 一人は彼女のいとこ、もう一人は彼女の姉。ちなみに両親は海外出張中である。

 朝、ことりが起きたときには二人ともすでに家を出ていたのだった。



 「わ〜! 入学式に遅れちゃうよ〜。も〜、二人とも私を起こしてから出発すればいいのに……」



 自分を起こしてくれなかった二人の家族に対して愚痴をこぼすことり。

 しかし、実はことりが起きなかっただけで彼女の姉の方は一応ことりを起こそうと試みていたりする。

 もう一人の方は諸事情があったためことりのことまでは気が回らなかったのである。



 「学校に向かってる人が全く見当たらない……ひょっとしてかなりまずいのかな?

  しょうがない、緊急事態ってことで……いいよね?」



 そう呟くとことりは軽く目を閉じて集中し、そして才(スキル)を発動できる状態になる。

 才者(スキルズ)は例え才を発動しなくとも身体能力は飛躍的に向上する、

 ことりはそれを利用し走るスピードをあげたのだ。



 「いっそげ〜〜〜」



 そしてことりは一陣の風となった……















 「おはようさん」



 学校まであと数百メートルのところでことりは横から声をかけられた。

 どうやらいつの間にか隣を走っている少年が発したものらしい。

 取りあえず時間的には間に合いそうなのでことりは走るのをやめて少年に挨拶を返す。



 「おはようさんです。あなたもお寝坊さんですか?」

 「まあ、そんなところかな。どうも目覚ましが壊れていたらしくてね……(本当は音夢に一度起こされたのにも関わらず二度寝したからなんだが)」



 ことりに少年の口から発せられる声と心から発せられる声の両方が聞こえる。

 ことりの才、『表心(サイト)』は発動待機状態であってもすぐ近くにいる人に対してはその力が自動的に働くのである。



 (あっ、そういえば待機状態になってるんだった)



 慌てて待機状態を解除することり。

 そして何もなかったように微笑んで話をつなぐ。



 「私も似たようなものですね、入学式から遅刻はできないですから焦っちゃいました」

 「だから待機状態で走っていたと」

 「そうなんですよ。あなたも才者なんですか?」

 「ああ、君と同じで今日から初音島学園生になる予定だ」

 「なんでわか……って当たり前ですね、制服を見ればわかりますよね……」

 「まあな」

 「どんな才をお持ちなんですか?」

 「……その質問に答えるのはいいんだが、その前に一つ頼みがある」

 「なんですか?」

 「そんな堅苦しい敬語は止めてくれ、同学年なんだしもうちょっと砕けた感じで構わないよ」



 照れくさそうにはにかんだ笑顔を浮かべながら言う少年。



 ―――――トクン



 ことりは何故かその少年の表情に胸が高鳴った。



 「わかりました、じゃあこれからはできるだけそうすることにしますね」



 何気なく返事を返すことり、しかし内心は少年に心臓のドキドキが聞こえないかとヒヤヒヤしていた。

 幸い、少年は全くそんなことりの様子に気づくこともなかったようだったが……



 「サンキュ、……で、俺の才だったな。 ……ええと」

 「ことりです、私の名前は白河ことり。別にどう呼んでくれても構わないよ」

 「じゃあ……ことり、でいいか? いきなり呼び捨てになるが」   

 「うん、いいよ。初音島学園での最初のお友達だからね、呼び捨てにするぐらいサービスだよ」



 にっこり笑って呼び捨てを許可することり(事故とはいえ心を読んでしまったことに対する謝罪の気持ちも少しはあったのだが)

 それを聞いて少年も嬉しそうに笑いながらも、何故か両手を後ろに隠す。 



 「……? 何をしているの?」

 「俺もことりが初音島学園第一号の友達ということになるんだ。

  と、言うわけでお近づきの印にこれをやるよ」



 そう言って、少年が手を前に出す。

 その手のひらの上にあったのは八つ橋だった。



 「わあ、不思議……一体どこから出したの?」

 「魔法のポケット」

 「わあ、そうなんだ〜」

 「……というのは真っ赤な嘘。実はこれが俺の才の一つ、『糖成(シュガー)』なんだ」



 危うく少年の嘘を信じそうになることり。

 少年はすぐにそれを察知したのか慌てて言葉を言い直す。

 ことりは八つ橋を魔法のポケットからだしたのでは無いと知り、少しがっかりしたようだったがすぐに気を取り直し

 興味津々といった表情になる。



 「何も無いところからお菓子を作り出すのがあなたの才の能力なの?」

 「……ちょっと違うな。俺の才は糖分を含んだ物質なら何でも作り出すことができる能力なんだ」

 「へえ〜、うらやましい才だね〜。もし、食べ物がなくなっても飢え死にしなくてすむし………」

 「いや、糖分ばかり摂取しても体に悪いと思うんだが……」

 「女の子憧れの才だね〜」



 うっとりして少年をうらやましそうに見ることり。

 実は彼女は無類の甘いもの(特に和菓子)好きなのである。

 そんな彼女からすれば少年の才は確かに憧れのものであろう……少年はそんなことりを冷や汗を垂らしつつ見ていたが。



 「……と、ところで八つ橋で良かったか? 勝手に作っちまったが好きなものがあるならそれを作るぞ」

 「ううん、別にいいよ。八つ橋も大好きだし……あっ、でも今度機会があったら他のお菓子も作って欲しいな」



 ことりはそう答えつつ少年から八つ橋を受け取りニコニコ顔でそれを頬張る。

 少年は「OK」と言って軽くウインクをした。















 「ごちそうさまでした、美味しかったです」

 「お粗末さまでした」

 「そういえばさっき『俺の才の一つ』って言っていたけど、その言葉から察するにあなたは双才者(ダブルスキルズ)なの?」

 「いや、違う」     

 「…………え?」

 「俺は才を三つ持っているんだ…………トリプルスキルズとでも言うのかな?」

 「…………え? …………ええ? えええ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!?」



 仰天することり。

 まあ、彼女の反応も無理は無いといえる。

 何故なら才者というのは一人に一つの才というのが普通なのだ。

 ことりのように双才者と呼ばれる二つの才を持つ人間が稀に生まれることもある、

 しかし、三つの才を持つ才者というのは今まで確認されたことすらないのである。

 

 「まあ、一応家族以外には秘密にしてあるんだけどな。

  他のやつにばれるといろいろとかったるいことになるだろうし……」



 しれっとそんなことを言う少年。

 そんな少年にことりは当然の疑問をぶつける。



 「……な、ならどうして私にそのことを教えてくれたの? 今日会ったばかりの赤の他人なのに……」

 

 う〜ん、と悩む様子を見せる少年。

 ―――――が、どうやら答えを思いついたらしく顎に手を当てながら口を開く。



 「何でかって言われたら、答えるのは難しいけど……あえて言うなら何となく、かな」

 「そ、そんな曖昧なことで自分の重大な秘密を喋っちゃうの?」

 「もっと言うなら……ことりの目、かな」

 「私の目?」

 「ああ、何かことりの目を見てさ……この女の子になら別に喋ってもいいかなって、そう思ったんだ。

  それ以外に理由なんて思いつかないな」

 「…………」



 少年の言葉に呆然とすることり。

 綺麗だとか可愛いだとか上辺だけで判断して自分を評価する人は過去に多々いた、

 しかし、こんな風に言う人は今までいなかった。

 『この人は他の人と何かが違う』 

 そう、ことりは感じた。 



 (何でだろう……胸がまたドキドキしてる……私、ひょっとして……)



 そして、ことりはまだ名も知らないこの少年に恋をした。

 ただ、そういった経験が彼女にはないためはっきりと自覚したわけではなかったが……



 「…………ことり、どうかしたのか?」

 「う、うわわっ! ……ど、どうしたの?」



 そんなことりを不思議そうに見る少年。

 少年はことりの様子を窺うためにことりに近づき、顔を覗き込んでいた。

 

 「それはこっちの台詞。一体どうしたんだよ、急に黙り込んで俯いちゃって。

  まさか……ひょっとして……」

 「……な、なに?」

 「俺というあまりに珍しい生命体に会えたことで感動に打ち震えているとか?」



 ガクッ



 ことりは少年のあまりに的外れな言葉にこけてしまう。

 どうやらこの少年はかなりの鈍感らしい。

 ことりはほっとしつつもどこか残念な気持ちになる。



 「違うのか?」

 「……まあ、だいたいそんなところかな……」

 「ふ〜ん……あっ、そうだ!」

 「ど、どうしたの?」

 「そういや俺の名前を名乗ってなかった……」



 少年はそう言って「しまったー」といった感じで頭を手で抑える仕草をする。

 ことりはそんな少年の大仰な仕草を見て思わずクスリ、と笑った。

 少年はすぐにその仕草を止め、手をことりに差し出しつつゆっくりと、それでいてはっきりとした声で名乗る。 



 「朝倉。朝倉純一、これが俺の名前だ」



 ことりは差し出された手をちょっとドキドキしながら握って、それでも笑顔で……言葉を返す。



 「うん、わかった! これからよろしくね―――――朝倉君!」















 桜の舞う並木道で出会った二人

 桜の花びらはまるで出会った二人を祝福するように舞っていた

 これから始まるは一つの物語

 それは夢のような恋の話



 桜のように華やかな物語が、今、ここから始まる―――――





 あとがき

 連載再開になるということでちょっとだけ改訂しました。
 前の設定では高校のみが舞台のはずでしたが、中高一貫にすることによって下級生を出せるようになりました。
 だいぶ間が空いたせいか、当初のプロットなんてあってないようなもんです(爆
 そう、ヒロインがことりであるかすらも怪しいという(マテ
 なんせ改訂前はことりヒロインが確定的でしたから。今でもそうか……なぁ?
 プロローグと第一話だけを見ればことりがヒロイン以外の何者でもありませんが(苦笑