She takes her courage in both hands!

4.courage















3人の中に光が消えて、どれほど時間が過ぎただろうか。

未来と光莉にはそれが無限と思えるほどの時に思えた。

「…この記憶って、何か願いでも託されてるのかな」

ポツリと呟く未来。

そんな未来に、光莉は掴みかかった。

「そんな…それだけで全部すませるつもりですか!!」

光莉には、妙にあっさりとした未来の態度に納得できなかった。許せなかった。

この人の不器用さで、聖をどれだけ追い込んだだろうか。それはこの家の様子を見た光莉が感じたことだった。

聖は許し続けた。だが、それがどれだけ負担となっただろうか。それは光莉も想像もしていなかった。

「聖さん…ずっと1人だったんですよ」

それが、光莉の素直な気持ちだった。それに気付けなかった。気付けたはずなのに気付いてあげられなかった。

そこに罪悪感を感じていた。

「…うん」

そして、その点には未来も気付いていた。

だが、気付いたからといって、光莉が今の未来を許せる理由にはならない。

「それを、あなたは追い込んだ」

そうだ。素直になれないがために聖を痛めつけ、精神的に追い込んでいった。

それなのにどうしてこんなにあっさりとしている。

「そうね…私が、追い込んだ」

静かに、確認するように呟いた。

「だったら、私はどうしたらいいの?もう、謝れない。折角、伝えようって決めてたのに…」

未来は、壊れてしまいそうな心を支えるだけで必死だったのだ。聖が戻ってこないと分かって、伝えたかったことが全て行き場を失った。

それは、終わりの時。だが、終わりがどういうことか、どうしたらいいか、未来にはわかっていなかった。

だから、妙にあっさりとした対応しかできなかったのである。

「未来…さん」

光莉は自分を恥じた。

自分はこの現状に対して悲しむことができる。怒ることができる。他人を叱責することすらできる。

それは、心の中にまだどこか余裕がある証。

だが、未来にそんな余裕など欠片も存在していなかった。

「還って来ないのに…どうしたらいいのよ」

その言葉はどんな叫びよりも強く光莉の中に残った。痛いほどに感情が伝わるから。何より、ここまで大切に思えていたのに、最後の最後で擦れ違ってしまったことがどうしようもなく悲しくて。
















何もない空間。

そこに聖は漂っていた。

心は充足感に満ちている。

守りたいものを守ることができた。

命を賭して守ることができた。

漸く、命の有効活用ができた。

そう、思っていた。

『謝りたかったのに…』

だが、聖に声が届いた。

その声は良く聞いていた声。だというのに、こんな声音は聞いたことがなかった。

――誰、だ?

だから、気付けなかった。

同時に、思い出した。後悔も、していたことを。

伝えたい想いがあったはずなのに。

だけど、それはもう届かない。

『ごめんなさい…ずっと酷いことしてた。今更気付いたって遅いのに。ごめんなさい…』

どうして、こんなことを聞かなければならない…

こんな、こんなことを一番聞きたくない人だったというのに。

何を満足していた。

それでよかったのか。

大切な存在は守った。

けど、自分の作った世界を滅ぼして、守った意味を失ってしまった。

それでも、残ったものがあったはずだった。

『これが、最後のお願い。ミナモの自分。どうか…ヒジリを助けて』

ミライが、自分が作り出していた虚像とはいえ、あの世界でミライもヒカリも生きていた。

そして、ミライは最後に本来の自分――未来に全てを託していた。

そうだ。

終われない。

終わってしまったら、また大切な人を泣かせてしまう。

それじゃ駄目なんだ。

そうだ。

――帰らなきゃ。

何処へ。

――伝えなきゃ。

誰に。

――君を、泣かせたりなんかしないから。だから…

だから…どうした。

――帰らなきゃ…
















未来の心は崩壊寸前だった。

ただでさえ、気になっていた人を虐めているという現実に苛まれていたというのに、挙句の果てには死なせてしまったのだから。

自分の所為ではなかったかもしれない。

それでも、一因くらいは担っているだろう。

それで自分を許せるほど、未来は傍若無人ではなかった。ましてや、光莉の言葉に反論するだけの余裕すらあるわけもない。

光莉も光莉で壊れかけだった。

自分で聖のことを支えているつもりだった。

だが、実際は違った。

支えるどころか、聖にとっては未来のおまけに過ぎなかった。

何となくは理解していた。しかし、未来が傷つけていた部分に入り込んで、評価を上げられれば、などと考えていた。

結局、未来のために動いていたわけではない。自分のため、聖のことを思う自分のために行っていたのだった。

2人ともが限界に来ていた。その限界を超えてしまえば、もう戻れない。

それを分かっていても、2人はその先へ行ってしまいそうだった。

光の意味。

誰もがそれを正確に理解していない。

流れ込んだ記憶、想い。それら全てがマイナスに作用してしまっている。

「…ぅ」

声が、聞こえた。

その声はとても弱々しく、それでいて、未来と光莉が何より聞きたかった声。

「…御雪、さん?」

控えめに、どう呼んだらいいか戸惑いながらも声をかける未来。

横たわっていた聖が小さく身動きした。

その瞬間、2人の中に歓喜の想いが満ち溢れた。

「…泣くな、お前ら」

目を覚ました聖の第一声がこれだった。

「御雪さん…こちらがどれだけ心配したか、わかってるんですか」

泣きながら聖の『泣くな』という言葉を非難する光莉。だが、それは非難というよりも照れ隠しに近いものがある。

一方で、未来はこんなときに素直に声をかけられる光莉を羨ましく思った。

自分だって話をしたい。何か言ってもらいたい。なのに、自分にはできない。

「…星馬。俺は、お前に言わなきゃいけないことがある」

「…え?」

泣きながら、この場を光莉に任せて去ろうとしていた未来を聖が呼び止めた。

そして、ゆっくりと体を起こす。

(まだ、光が体に定着してないな…暫くは苦労しそうだ)

自分の体の状態に苦笑いを浮かべつつ、聖は未来に向けて真剣な顔を向けた。

だが、そんな顔で見つめられた未来は、自分の今までやってきたことを思い、俯いてしまった。何をされても文句など言えない。

それだけのことをやってきてしまったのだから。

「…何をされても、甘んじて受けます。それが私にとっての贖罪だから」

だから、全てを受ける。未来はそう決めていた。

一時は無理かとも思ったが、今はこうして聖が起きている。生きていてくれた。

そもそも、何故死んだなどと思っていたのだろう。それこそが間違いだったというのに。

「……ふぅ。阿呆か」

「な…あ、阿呆って」

聖が溜息と共に吐き出した言葉に、未来は狼狽した。長く考えて固めた決意だっていうのに。

「誰もお前にそんなこと求めてない。俺が欲しいのは…」

一方で、聖はまだ覚悟が決まりきっていなかった。それでも、未来を泣かせたくないと思ったから勢いで言葉を紡いできたのだから。

しかし、ここまで言ってしまった以上は、全て言わなくてはならない。そう思った。

「俺が欲しいのは、純粋に、傍にいてくれる人だけだから。俺は、お前に傍にいて欲しい。

 それが贖罪だっていうならやめてくれ。本当の気持ちだけを聞きたい。その答えを知りたい。

 いつまで経っても悪循環から抜け出せないお前を見てて、助けてやりたいって思った。お前の不器用さを見てて、支えてやりたい、手助けでもしてやりたい。そう思った。

 俺は、お前のことが…好きだよ」

これが全て。

どんなに未来に痛めつけられても決して未来を嫌ったりしなかった理由。

(ホントに…御雪さんって、懐だけは広いんですよね。心はいつもボロボロなくせに)

そんな聖を見てきた光莉は思う。幸せであればいい、と。

聖は、自分の想いを伝える為に精一杯の勇気を出した。

充足感に満ちた無の空間から抜け出して、これからも苦痛が待っているかもしれない現実に帰る為に。

泣いている大切な人を泣かせない為に。

(だから、今度は未来さんが勇気を見せる番ですよ)
















いつもいつもそうだった。

肝心なところで勇気が出せない。そんな自分が嫌い。

初恋もそう。

好きな人が転校するっていうから。皆が告白しろって言うけど、私にはできなかった。

拒絶されて全てが終わってしまうのが怖かった。

だから、言わなかった。言えなかった。

そして、後になって知るんだ。伝えれば、もっと違った未来があったはずだって。

今回も、同じ。

いや、それ以上だ。

今回、勇気を出せなければ私は駄目になってしまう。

私は人に求められたんだ。私は、それに応えたい。

勇気が欲しい。

勇気さえあれば…

――違うよ。

声が聞こえた。

――勇気は、強請るものじゃないよ。

誰…?

――私は、あなた。でも、厳密には違う。

私?

――私に関してはどうでもいいの。けど、聞いて。

…うん。

――勇気はね、誰でも持ってるの。だけど、それに気付けない人もいる。大切なのは、ただ前を見てること。今は、結果を求めちゃ駄目。

結果を…求めない。

――そう。それで後悔することはあるかもしれない。けど、それじゃ頑張れなかった日を後悔する日がきっと来る。それは駄目なの。

けど、私は勇気を引き出せない。

――ううん。だから私がいるの。

どういう…こと?

――私は、ヒジリが作り出した虚構の世界でのあなた。そこでの私は、世界を救う勇者だった。けど、私は人を理解することに関しては凄く臆病だった。

あなたが?

――うん。だけど、最後になって気付けたんだ。私は、ヒジリのことを認めたくなかったんじゃない。ヒジリのことが気になってるってことに気付けなかったんだ。

それで?

――気付いたときにはもう、遅かったんだけど。でも、今なら言えるよ。勇気は、たった一言で出せるものなんだよ。

たった…一言。

――うん。私は、その一言を伝えるために。これからのヒジリを守ってもらうために、ここにいるの。

うん…

――頑張れ!

わかった…頑張る。

瞬間、世界が晴れた。
















「…星馬?」

聖が何も言わない未来を心配して顔を覗き込んだ。

「…うん、頑張る」

ポツリと、呟いてから未来はゆっくりと顔を上げた。心配していた聖を安心させるように。

「御雪さん…ううん、聖」

勇気を、出した。

「私は…ずっと、ずっと、誰かのために頑張れる人になりたかった。誰かを支えていける人になりたかった。

 今は、あなたを支えていける人になりたい。それでいいですか?私を、許してくれますか?」

精一杯の勇気。

伝えたいことは全部伝えた。

(これで、いいんだよね……私)

背中を押してくれた、もう1人の自分。あれから、もう言葉は聞こえない。

「…ありがとう」

聖は、答えの代わりに感謝で答えた。

それは、ここまで来てくれた未来、光莉に。死んでもおかしくなかった自分を送り出してくれたミライ、ヒカリに。そして、自分の想いに答えることを選んでくれた未来に。

「本当に、ありがとう…」

もう一度、感謝を伝えた。
















epilpgue











聖は、暫くは自宅で静養することとなった。

あの時3人の中に消えていった光はコナタ世界での自分自身であり、聖に関しては消えそうだった魂と、アークセイバー、ソルイージスが持っていた光全てだった。

そうすることで、未来の背を押し、聖の命を繋いだのだ。

「…暇だ」

命を繋いだとはいえ、その魂に異なるものが混入されている以上、きちんと固着するまでは無理はできない。

そうなると、ゆっくり休むという話になるのだ。

それから、聖にとって喜ばしいことがいくつかあった。

まず、未来との関係が恋人になったこと。

そして、光莉との関係が親友になったこと。

「お兄ちゃん?」

もう1つ。

里子に出したはずの妹が帰ってきたこと。

どうして帰ってきたのか、と聞いても妹――佐奈は何も言わなかった。ただ、家出なのかもしれないが。

とはいえ、その佐奈のお陰で本格的に暇になることだけは回避できている。

「そろそろ、未来さん来る時間だよ」

「…そうだな」

いつもの時間。

放課後になった途端に、未来は全速力で駆けてくる。そこまでしなくてもいい、と聖も言うのだが「少しでも一緒にいたいの」などと言われてしまえば黙るしかない。

「じゃ、佐奈はそろそろ消えますねー。光莉さんとお話でもしてますよー」

そして、あからさまな態度で消える佐奈。

どうにも光莉と一緒になって不器用な恋人の逢瀬を楽しく見ているようだ。

(まぁ…賑やかなのは、いいことだよな)

そう言いつつ、自分が寝ているベッドの下に少し変なものが隠してあることを思い出した。

(どうして、ここにあるんだろうな……アークセイバーとソルイージスが)

どうして、などと言いながらも聖自身、何となく察しはついていた。

要は、コナタ世界のミライたちの最後の抵抗なのだろう。

せめて、一番信頼していた、自分たちの分身ともいえるものを傍に置いてもらいたいが故に。

もっとも。

(未来のことだ。いつかソルイージスだけ捨てかねん)

未来は実に嫉妬深かった。

まぁ、そのときは気の毒に、と思うくらいだろう。

「忘れるわけがないからな」

「何を?」

「何だ、来てたのか。未来」

部屋の中に、未来が立っていた。

柔和な笑顔を浮かべ、好きな人の傍にいられることの喜びを実感している、幸せな表情。

聖の前でだけ見せる顔。

それが幸せの証。

勇気を出した結果。

She takes her courage in both hands!

未来は必要なことを思い切って実行した。大胆に乗り出した。

それは、未来を切り開くということ。

無限に広がる選択肢の中で、選んだこと。

時には傷付くことも、立ち止まることもあるだろう。

それでも、勇気の意味を知った以上、立ち止まることはしない。










She takes her courage in both hands!


end