She takes her courage in both hands!

2.The other side of the world.















「彼は…聖さんはミナモの人間で間違いないと思う」

ヒカリは何の迷いもなく言い切った。

それが分かりきっていること、決まりきっていることのように。

「待って」

だが、それをミライが遮る。その表情からヒカリの導き出した結論に不満があることが容易に推察できる。

「だったら、同じ人間が存在することになるじゃない」

「違う。コナタに存在がないから、ふとしたことでミナモから零れ落ちたんだと思う」

完全に聖を置き去りにした会話。これでは何の為の説明だか分かったものではない。更にはこのまま放っておけば確実に喧嘩になることも想像に難くない。

「1つ、いいか?」

だから、まずこの言葉を吐いた。

「ミナモだの、コナタだの、分かるように話してくれ」

当たり前の話だった。

何も知らない人間に説明するのに、違うところで分からない話をされるのは不愉快に感じても仕方ないことなのだから。

「そうでしたね。まず、そこから入るべきでしたね」

言ってから、ヒカリは2つのカップと、一枚の紙、そして透明なガラス板を用意した。

「まず、このカップ…こっちが私たちで、こっちがヒジリさんです。これは、この板を挟んだようにして…簡単に言うと、表裏一体の世界なんです。どっちが表とか裏とかはどうでもいいんですけどね」

軽く笑ってから、ヒカリはカップを置いた。

「本来であれば、お互いの世界を認識できるはずなんです。ですが、何故かこちらの世界からミナモ世界を覗くことが出来るのは年に一度だけ、それも水を通してでないと覗くことはできません」

ガラス板に紙をかぶせた。これがヒカリの言った普段の状態。

「でも、あくまでも覗くだけで、向こうがこちらを認識することはありません。ついでに言うなら、見ることができるのは向こうの自分と、近しい存在だけです。

 もっとも、大抵の場合は近しい存在はこちらでも一緒なのでそこまでの意味はないんですけどね。あ、向こうでも一緒なんだってぐらいで」

聞きながら、聖は思った。

そんな話、知らん。と。

「それでですね、私たち…実はヒジリさんのこと知ってたことを思い出しまして」

「は?」

ここに来て、『知っていた』という言葉が登場した。それはどういうことなのか、聖には皆目見当もつかなかった。

「言いましたよね?近しい存在が一緒に映りこむって。

 向こうの私かミライのどちらかが、もしくは両方にとってヒジリさんは非常に大切な存在だったみたいです」

ヒカリの言葉に、奥で不機嫌そうな顔をしていたミライの顔が仏頂面に変化した。余程嫌らしい。

だが、それとは対照的に聖は少しだけ顔を赤くした。照れくさかったのだ。

自分が本当はいい意味で気にかけられていたことは知っていた。だが、それを異世界の本人の口から語られるとなるといざ照れ臭い。

何せ、ヒカリはその姿も声も聖の知る光莉にそっくりどころかそのままなのだから。

「…俺が、大切……ねぇ」

どこか、確かめるように聖は呟いた。知っていても言われたのは初めてだ。それをしっかりと受け止めたかったのかもしれない。

「ま。それは置いといてだ」

ここで聖は一方的に話を切った。まだ、訊きたいことがある。

「あんたらの持ってる武器みたいなのって何だ?」

「私のは太陽楯ソルイージスです。光を媒介とし、全てを遮る不通の壁を作り出す…私の、力です。

 それから、ミライのは光剣アークセイバー。ソルイージスと同じく光を媒介とし、全てを断ち切る最高の剣です」

「で、そんな力を持って、何と戦う?」

聖の言葉は何か、確認のようだった。自分の行く道を、この道にしたい。そう決めているかのように、少なくとも、ヒカリにはそう聞こえた。

「魔王、です。魔物を送り出し、人々を傷つける…それを終わりにするには魔王を討つしかないんです」

ヒカリの瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。

(本物だな。少なくとも、こっちは)

これで、聖も道を決めた。

「そうか。じゃあ、俺はその道を往くお前の助けになりたい」

そこに、ミライは含まれていなかった。理由など実に単純で、自分に剣を向けたことに対する謝罪も何もない以上、聖には助ける義理などないのだ。

「…じゃ、あんたは私の盾になりなさい」

だが、それを誤解したミライがそんな暴言を吐いた。

「ミライ!?ヒジリさんは人間なのよ!?」

「ふん。どうだか」

完全に聞く耳を持っていなかった。聖は知らなかったが、今いる街を出ると、魔王の住む城までゆっくりと進んでも一週間とかからないのだ。

言うなれば、旅は終わりに近付いているということ。

「…構わない。ただし、言ったからには、その言葉に責任を持ってもらうぞ」















それから、聖はナイフ一本を持って旅に加わった。

元々身体能力も高いほうで、教えられた魔物の急所を確実に突いていった。

そして、それは起きた。

「ちっ…」

完全に背後を取られたミライをその体で庇ったのだ。

殴られ、弾き飛ばされて地面に叩きつけられる聖。確実に骨が何本か折れてしまっている。

「…ぁ」

ここで、ミライは気付いた。

聖は自分たちと何も変わらない『人間』なのだということに。そして、あれだけ暴言を吐き続けた自分を助ける為に躊躇なく自分の体を盾にしたのだ。

「な…に、泣いて……やがる」

痛みに表情を歪めながら、聖は言った。

「お、まえが…言った、こと……だぞ」

そうだ。ミライが言ったのだ。「盾になれ」と。

それは本来許されることではない。だが、聖は現実を教える為に敢えてそれを承諾した。

そして、今のこの瞬間こそが現実なのである。

「い、け…」

「あんた…何言って……」

ミライがうろたえだした。自分が何をしでかしたか、ここに到って漸く理解できたのだ。

「行けよ!!お前が言ったことだ!!自分の言葉に責任を持て!!」

無理矢理に絶叫する聖。それが折れた骨に響かないはずがない。だが、それでも叫んだ。

これでも、聖の言いたいことを理解できないほどミライも馬鹿ではなかった。

「プラメイジセイバー!!光を超えろ!!」

すぐに背中の翼に力を籠めると、魔物の群れに飛び込んだ。

「ウィングエッジ、一点集中!!」

翼を形成していた光が刃となってミライの前に集まる。

そして、更なる加速。刃を中心に光が溢れた。

そのまま魔物の群れに飛び込んで衝突した魔物を消滅させていく。それは地上だけに留まらず、空にも駆け上がり、翼を持った魔物すらも消滅させていく。

「…ミライ?」

ヒカリはそんなミライに違和感を感じてしまった。激情家ではあるが、ここまで焦った攻撃をすることはなかった。

「ヒジリさん…?」

そこで地面に横たわる聖の姿が目に入った。それで納得する。

本当に、ミライは不器用なのだ。聖を背に剣を振るうなどという単純な“守る”という事を考え付かなかったぐらいに。

「うぁああああああああああああああああっ!!」

「わっとぉ…」

危ないなぁ、と呟きつつ自分を掠めて次の魔物へと襲い掛かるミライを見るヒカリ。

しかし、とヒカリは思ってしまう。これでミライは自分の想いを自覚してしまっただろう。

(…ライバル)

兆候はあった。だが、ミライが自分の感情を自覚していなかった以上、敵ではなかったのに。

それは兎も角として。ヒカリは無理矢理思考を中断すると聖に駆け寄って壁を作り出した。ミライが敵を討つのなら、ヒカリは守る。

それが以前からの関係。だが、その対象がお互いではなく、聖の為。大切だと思える人を守る為に2人は必死だった。

「それにしても…どうしよう」

明らかに重症な聖を見て、もうこの先に街がないことを考えてしまっていた。















「…?」

あれから数日。未来は不安で仕方がなかった。

謝ると決めたのに、聖が学校に来なくなった。そして、帰り道には必ず家の前まで行くのだが、いつもその先までは行けないでいた。

「…ごめん、なさい」

今日も何もできずに帰っていく。それに未来自身耐えられなくなってきた。

そこで、次の日。ついに光莉に相談することを決めた。

「欠席…?」

「うん……この前、やりすぎちゃったのかな?」

ここで、光莉は聖の欠席という事実に違和感を感じていた。いつも、立派な人間になりたいと、学校は休まず、常に成績も上位をキープしているような人間が、ここにきて突然休みだすということが信じられなかった。

(…未来さんとは時間をずらして行ってみよう。多分、何か裏がある)

密かにそう決めて、光莉は未来の話を聞いていた。















ミライたちはそこから少しだけ離れた場所にキャンプを張った。急ぐ旅なのは事実だったが、聖を放って置けるわけもなかった。

だが、当の本人――聖は違った。

世界と1人の人間では秤にかける必要すらない。これが聖の意見であり、正論だった。

「馬鹿!!死なせない、絶対に死なせない。光の剣姫として、絶対に死なせない!!」

「…勝手言うなよ」

言いながら、聖は苦笑いした。嬉しかったが、それを認めるわけにはいかない。

認めてしまえば、世界の破滅を認めてしまうようなものだから。

「それに、俺はお前の盾だ。お前が言ったことだぞ?」

「認めない。もう、そんなこと認めないから!!」

本当、勝手だな。と心の中で言って、嬉しくなる自分の心を無理矢理押さえ込んだ。

それを表に出してしまえば終わりだ。

「それに…俺をこれ以上連れて行くのは無茶だぞ。これ以上は、盾になってはやれん」

「もう、いいんです。そんなこと、しなくても」

あくまでも最初のミライの求めに応えようとする聖の言葉を聞きながら、ヒカリは思わず泣きそうになってしまった。どうしてこの人を巻き込んでしまったのだろうか、と後悔もした。

だが、それはミライも同じで、「盾になれ」と言ってしまったことを後悔していた。

「絶対死なせない…必ず、ミナモに帰すんだ」

それはミライの決意だった。今まで、守ることは全てヒカリに任せてきた。だが、聖は自分の手で守りたい。ミライはそう思っていた。

「必ず、守るから」















守るから。

必ず、守るから。

聖はミライに言われた言葉を何度も思い返していた。

『大丈夫。あなたは私たちが必ず守ってあげる。だから心配しないで』

まだ幼かったあの日、聖が大切なものを失ったあの日、記憶の中の最後の母の言葉。

『心配ない。必ず家に帰れるさ』

救助を待つバスの中で、ずっと励ましてくれていた両親。だが、横転し、自力では出られない人がたくさん残っているバスに、大型トレーラーが追突し、全員生存の筈が、生存者が絶望的な大惨事へと変わってしまった。

それでも、両親はその体を盾に、幼い聖を守り続けた。

そして、聖は同じ事をしようとしている。自分が大切だと思えた人の為に。

「…俺は」

口に出す必要すらない。

何故なら。

(…俺の命は本当に大切なものを守るためにある。方法は…父さん、母さんが教えてくれた)

守りたいものは、世界なんかじゃなくて、そこに生きる人たちを守ろうとしている人。そんな人は死んではいけない。死なせてはならない。

だから、もう何も失うもののない自分が命をかける。

決意してからは早かった。

夜。

ミライとヒカリが魔物除けを残して出たことを確認すると、すぐに動き出した。

幸い、折れたのは肋骨が1本だけで、あとは脱臼と打ち身だけだった。

痛みこそするが、動けないわけではない。

(…大丈夫、やれる)

ナイフを片手に歩き出した。2人が進んだ道ならば危険はない。ぎりぎりで追いつけるはず。

さぁ、行こう。







To be continued…











「駄目!!ミライ止めてぇ!!」

「…え!?ヒジリ!?」

「俺の命は…大切なものを守るためにあるんだ!!」










「あれ…何で、こんな記憶が?」

「どうして、こんなに泣きたいんだろう?」






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