1月6日(水曜日)


 祐一さんが帰ってきた。
 帰ってきたというのは変かもしれない。
 しかし、それは7年前まで祐一さんがこの家、水瀬家に馴染んでいたことを意味する。
 今思えば、休みの間だけだったというにも関わらず、祐一さんの存在は大きかった。
 それは夫の残してくれたこの家が広すぎる、ということが少なからずあっただろう。
 子供は少なくても3人以上と考えて建てただけに、名雪と二人きりは非常に寂しいものだった。
 夫を失った時は、その寂しさと将来の展望を思って、わたしは少し引きこもりがちになってしまった。
 そんなわたしを見かねたのだろう。
 姉は祐一さんをわたしに預けたのだ。
 『休みくらい子育てを忘れて旅行したいから』
 というもっともらしい言い訳をしながら。
 次の休みからは、建前が本音になっていたような気もするが、わたしは家族が増えるようで、嬉しかったから気にもならなかった。
 それに、祐一さん自身も存在感があった。
 同い年のせいか、いつも名雪と楽しそうに走り回っていた。
 普段はおとなしい名雪も、祐一さんがいる時は賑やかだった。
 わたしはそんな二人を見て色々と勇気づけられたものだ。
 あのとき、祐一さんがいてくれなかったら、きっとわたしは寂しさに負けていたことだろう。
 今のわたしがあるのも、姉と祐一さんおかげだ。




















     1月10日(日曜日)


 わたしの心配をよそに、祐一さんは元気だった。
 名雪とも楽しくやってるみたいで、まるで7年前までの休みの時が帰ってきたように思える。
 わたしもこの家が再び明るくなって嬉しかった。
 しかし、この日わたしは信じ難い光景を目にすることになる。
 そしてこの日から、この日からわたし、そして月宮さんの不安とも希望とも言えない生活が始まるのだった。


 それは昼時の商店街。
 買い物を手伝ってもらった祐一さんと歩いていたとき、わたしは一人の少女に出会った。


 ふと、祐一さんが歩みを止める。
 何だろう? と思い、わたしもその視線の先を見つめた。
 そこには
「あ、祐一君っ!」
 と、声をあげながらこちらへ走ってくるダッフルコートの天使がいた。
「やっぱり会えたねっ」
 天使は無邪気に笑顔を覗かせながら…。

 ベチッ!

 思いっきり、顔から地面に突っ込んでいった。
 倒れた天使を見てはじめて気付いたが、天使は羽リュックを背負った女の子だった。
 小さくてかわいらしい子……それがわたしのその子への第一印象だった。
「うぐぅ…またぶつけたぁ…」
「今度こそ間違いなく俺は悪くないだろ…」
「うぐぅ…」
 少女は祐一さんと会話を交わす。
 さっきの呼びかけや、『また』とか『今度こそ』という言葉からすると二人は知り合いのようだ。
 あれこれ考えるよりも訊いてみた方が早そうだと思って訊いてみることにする。
「祐一さんのお友達ですか?」
「全然知らない女の子です」
「うぐぅ…ひどいよっ!」
「冗談だ」
 どうやら知人どころか、気のおけない友達同士のようだ。


 祐一さんはそのまま少女をからかい続ける。
 好きな子ほどいじめたくなるという心理だろうか?
 からかわれている少女は少女で、祐一さんの言葉にいちいち反応していた。
 からかいがいがある子、とはこういう子のことをいうのだろう。
 はきはきとした口調で、見ているこちらが気持ちよくなるくらい元気な女の子だった。

「この人は、水瀬秋子さん。俺が居候させてもらってる家の家主さんだ」
 祐一さんがわたしを少女に紹介する。
 それにしても祐一さん…
 家主ではなく、もっと家族らしい紹介を聞きたかったです。
「やぬしってなに?」
 しかし、驚いたことに少女は家主という言葉を知らなかった。
 どう幼く見積もってもその少女が知らない単語ではないと思う。
 わたしはなんだか引っかかりを感じた。
「それから、こいつは月宮あゆ」
 そんなことを思っていると祐一さんが少女の名前を紹介してくれた。
 少女は『月宮あゆ』という名前らしい。


 月宮あゆ?


 祐一さんのお友達の月宮あゆ。
 7年前も入れて、この街での生活がそんなに長いわけでもない祐一さんのお友達で月宮あゆ。
 いや、あの親密さから考えると、少女と祐一さんはこの数日で知り合った仲ということはないだろう。
 それでは、あのあゆちゃんが退院したというのだろうか?

「月宮あゆちゃん…?」

 気付いたときには、わたしはその疑問を口にしていた。
 そんな筈はない。
 数日前月宮さんは何も変わりはないと言っていたのだから。
 でも…t…
 その月宮あゆちゃんでなければ、他に祐一さんと親しかった月宮あゆがこの街にいるのだろうか?

「…月宮あゆちゃん?」

「…はい?」

 少女は不安そうにわたしを見つめている。
 やっぱり違うのだろうか?
 少女はわたしの問いかけになんの思うところもないようだった。
 祐一さんがいる以上、7年前のことを直接聞いてみるわけにもいかない。
 が、よくよく考えれば、祐一さんの街で親しかった少女がこちらに引っ越してきただけなのかもしれない。
 その少女がこの街で祐一さんと再会したのだろう。
 月宮あゆなんて名前は格別珍しいわけでもないのだから…。
「ごめんなさい、やっぱりわたしの気のせいですね」
 そう言って、わたしはその考えを打ち切る。


「そんなはずないですものね…」
 最後に一言、自分に言いきかせるように呟いて。






 この後、少女、あゆちゃんは祐一さんの荷物の手伝いをしに家にやってきた。
 荷物の片付けが終わったところであゆちゃんにカステラを御馳走したのだが、話せば話すほど楽しくてかわいい女の子だった。
 名雪に妹がいるんだったら…
 あゆちゃんみたいな子が欲しかったな、とわたしは会話の間中思っていた。






 夜。
 就寝前、一人になってわたしはあゆちゃんのことがやっぱり気になった。
 直感とでも言うのだろうか?
 この不安な気持ちを放ってはおけない、という思いが頭にはりついていた。
 わたしの勘は不思議と当たる。
 なんでもその手の人に言わせれば、わたしには相当強い霊感があるのだとか。
 確かに、職場でも事故等を事前に予感してぎりぎりのところで防止出来たりしている。
 そのほとんどが直感によるものだ。
 やはり、ここはいつものように直感を信じてみるべきだろうか。
 明日病院に行って確かめよう。
 月宮さんが連絡をくれないことは考えられないけれども。
 多忙な月宮さんのことだ。5日は病院に行く前に急用が出来たのかもしれない。
 わたしはどこか見当違いなことを考えている。
 それはわかってはいたが、今日のあゆちゃんは7年前に病院で見た月宮さんの娘さんの面影があった。

「今日のあゆちゃんはあの月宮あゆではない」

 実際に病院に行って確かめないと、わたしのこの不安は消えそうになかった。




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