学校からの帰り道。
雨降る中、傘を差しながら歩く2人の生徒。
里村茜と柚木詩子はギクシャクした雰囲気を醸し出しながら歩いていた。
普段は仲の良い2人だが詩子が家出した次の日は2人の口数は少なく。口を開けば、茜が問いただし詩子がそれを流すという悪循環である。
「詩子再度聞きます。昨日は何処に泊まっていたんですか?」
「だ〜か〜ら〜、学校の友達の家って言ってるじゃない。何で信じてくれないの茜は」
疑わしい目で詩子を睨む茜。
それに対して詩子はため息でも付きたい状態だった。高校に入って以来家出して祐一の家に泊まった次の日は毎回茜に質問責めにされる。そして、学校の友達の家だと言っても信じてくれない。いっそ本当のことを言いたいのだが、言えば茜はショックを受け寝込んでしまうかもしれないし、祐一にも嫌われてしまう。
(いっそ、本当のことが言えたら楽なんだけどな〜。そろそろ詩子さん限界かも〜)と心の中で叫ぶがただ空しくなるばかり。
「………聞いていますか詩子?」
「聞いてる、聞いてるわよ茜」
まだ、茜の質問責めは終わっていない
詩子は、ふと思い出したように雨の日にまつわる小話で話を逸らそうと思い始めた。
そんな時、いきなり茜が歩くのを止めた。
「いきなりどうしたの茜。」
「詩子…あれ」
彼女が指さした方向には、傘を差し空き地にたたずむ男が立っていた。
詩子は言葉を失った。彼女の瞳には、その男の横にいる影無き少女が見えたような気がしたからだ。
夢と現の物語
第四話「待つ者〜二重存在〜」
何もない空き地を見つめる男を里村 茜は知っていた。
いや茜達の通う高校で、彼を知らない者はいないだろう。一つ上の先輩で、良い噂と悪い噂を大量に持つ男――実真 恭一郎――。
茜が聞いた限りでは『図書室において彼にかなう者はいない』だとか『文化祭時に彼の息の掛かった部活は金が多くもらえる』など聞いたことがあるが、彼女が彼について一番印象的に覚えているのは、彼女が中学三年のとき祐一達と一緒に文化祭を見に来たときのことだ。
写真部の『ベストカップル』に選ばれていたのが実真恭一郎達だった。相手は忘れたが、自分も祐一とああなりたいと憧れたものだ。
「……あの」
「ちょっと、茜?」
詩子の制止を無視し茜は男に声をかける。
「実真先輩、ですよね。」
「いかにも、私は実真 恭一郎ですよ、里村 茜さん。そう言えば後ろの方は柚木詩子さんでよろしいですね?」
「そうです、けど」
恭一郎は傘を肩に掛け、不適な笑みを浮かべながら茜と詩子に挨拶をする。
それに対し、詩子も茜も困惑気味な表情を浮かべ恭一郎を見ている。
つかみ所が無く、何を考えているか分からない恭一郎に対し詩子は茜に悟られないように警戒していた。
詩子は恭一郎を知っている。ただ彼女の知っている恭一郎は雄々しく優しいが、こんなに穏やかではないし自分のことを私とは言わない。
それに――
――とても、嫌な雰囲気をしている。
そんな事を考えている詩子をよそに恭一郎に話しかける茜。
「どうして、空き地なんかに?」
「実は――」
茜の質問はもっともだと思い自分が何をしているか答えようとしていが、何を考えたか恭一郎はそこで言葉を止め、茜と詩子を交互に見ると不適な笑みえを再度浮かべた。
「いえ、少々黄昏てただけですよ。それに珍しい猫を見かけましてね。」
「猫ですか?」
「ええ、猫です。そう言えば、今日は相沢君と一緒ではないのですか?」
恭一郎が言った言葉に、今まで恭一郎を警戒し黙っていた詩子が鋭く反応し茜に尋ねる。
茜は表情こそ変えないものの、静かに殺気を込めながら恭一郎を睨んでいる。
恭一郎はそれを楽しそうに笑みを浮かべながら流している。
「ねぇ茜、"今日は"ってどういうこと。」
「なんでもありませんよ、詩子。」
詩子と茜の2人のやりとりをみて、恭一郎はニヤリと邪笑を浮かべるとさらなる爆弾を投下する事を決定した。
「いえ、実はですね昨日、相沢君と里村さんが仲良く山葉堂でワッフルを食べていたものですから、今日も2人で雨の中逢い引きでもするのかと思いましてね。」
「あ〜か〜ね?」
これでもかという程、「私怒ってます」という表情を浮かべ茜を睨む詩子。
先ほどまで質問責めにされていた鬱憤もプラスされ通常より三割以上感情がこもっている。
「落ち着きましょう。詩子」
そう言って詩子をなだめる茜。だがその視線は恭一郎を思いっきり睨んいる。
「怖い、怖い」と恭一郎は肩をすくめると用事が無くなったのかここから退散することにした。
ただ去り際に、茜には聞こえないように詩子の耳元に呟いた。
――秘め事は程々に
その言葉――まるで何もかも見透かしているかの言葉――を聞いた詩子は悪感に襲われる。其れを払うかのように、すぐに後ろを振り返ったが恭一郎は既に見えなくなっていた。
「どうかしましたか詩子?」
「何でもないよ、それより茜?」
「やぶ蛇でしたね」
詩子は今のことは忘れようと、茜が祐一と何をしたかを聞き出すことに集中する事にした。それに対して茜は、ばれないように取り繕うとさらに無表情を試みようと頑張る。
2人の少女の会話は続く。
「今日は変わった日だった。」
鞄をおろし、タオルで身体を拭きながら祐一はそう呟いた。
自分とは対の位置にいる折原浩平との接触。
深見美雪に弱み(猫)を握られたこと。
図書センターの番人と呼ばれる実真恭一郎との会話、城島司が存在していたという記録
そして―――
「長森瑞佳。」
祐一にとって、長森瑞佳とはある種特別な存在だった。茜や詩子と言った幼なじみであり彼にとって大切し、愛していると言う感情も抱いている。
だが、長森瑞佳に抱く其れは特別すぎて表現しにくい。
相沢祐一のとって、長森瑞佳とは初恋の相手なのだ。
茜も詩子も、そして瑞佳も知らないだろう。祐一でさえ記憶の奥底に封じ込め、二度と思いだすまいと思っていたことなのだから。
小学二年生の時たまたま見かけた少女。
ケガしていた捨て猫を世話する彼女に祐一は惹かれた。元々動物…特に猫が好きな祐一は、幼なじみと遊ぶ約束をすっぽかしてまで、その猫の世話を手伝った記憶が残っている。なけなしの小遣いで牛乳とエサになるであろう物を買って。
一日その少女と猫に付き合った。
それから二週間ぐらい、茜や詩子とは遊ばずにその少女と猫の元に通った記憶がある。
そして少女に会うたびに、茜や詩子に抱くのとは別の感情を抱いていた。ただ、その感情が何なのかその当時は分からず、自分が抱いていた感情の正体に気付いたのは二年後のことだった。
猫が感知してからは少女とその猫に会うことはなく、たまに学校の帰り道に少女と猫がいた場所に来ては少女は来ないだろうかと探したものだ。
その少女−長森瑞佳−と再会を果たしたのも、そして名前を知ったのも高校に入ってからのことだった。
そのときにはお互い隣には、瑞佳には折原浩平が祐一には里村茜がいたため祐一に彼女に声をかけることせずに普通に仮面を被っている自分として振る舞った。
ただ、今日彼女と話したとき自分自身の戒めとして感情を隠すための表面上の自分が脆く崩れかけた。茜や詩子と話したり、詩子と情事の時ですら崩れること自分自身の仮面があっさりと。
――やはり、自分にとって長森瑞佳は
そう思ったがすぐに頭を振る。彼女には折原浩平がいる。浩平は気付いているかどうか分からないが彼女は浩平を見ている。それに自分にも茜や詩子がいる。
ピンポーン
インターフォンから鳴り響く合成電子音。
祐一はすぐさま思考を切り替えると、一階の扉前で待っているであろう詩子のために電子錠を開ける操作をするのだった。
今日の祐一は無口だ。
其れが夕食時の詩子の感想だった。
いつもなら、自分から話題をふる祐一が何もしゃべらずただ坦々と箸を進めるだけ。
これではまるで、喧嘩中の夫婦みたいだ。
「ねぇ、祐一君どうかしたの?」
詩子が我慢しきれなくなり尋ねた。こう祐一が無口なときは学校で何かあったか祐一の元母親から電話があったときぐらいだ。
「いや……特に。ああ、そう言えば実真 恭一郎とかいう先輩にあったな」
詩子心配されまいと、祐一はすぐに考えつく話題をふる。
「え…私も空き地でたまたま。」
と、そこで詩子は思い出した。結局茜のポーカーフェイスにかわされ、聞けなかった昨日の件。実真先輩曰く"デート"一体何をやったのか、其れを今聞き出そうと
「ねぇ、祐一君。昨日茜と何をしたの?」
できるだけ冷静に相手に悟られないように、怒りを隠しながら猫なで声で祐一に尋ねる。
「昨日?」
祐一は少々怪訝そう顔で答える。このとき祐一の第六感は何か危険なものを感じていた。
「実はね昨日茜とデートしてたって噂を耳にしたんだけど、知らない?」
「デート?」
その言葉に該当するようなことをしていない祐一は、昨日の出来事を思い出す。
(学校に行き、何時もどおり午後の授業をサボり、夕焼けを見て、いつものように二人の先輩の追いかけっこに巻き込まれ、放課後茜と…)
「ああ」
祐一はポンと手を打つ。
「祐一君。やっぱり茜と昨日デートしたの?ううんしたんだね。」
「いやあれは……」
祐一の弁明は詩子の耳に届くことなく、詩子の言葉によって遮られる
「酷い酷いよ祐一君。私だって殆ど祐一君と外のデートはしたことないのに…酷いよ」
「だから……」
いきなりまくし立てる詩子に、祐一は思いきり笑みを引きつらせたまま弁明をするがどうやら彼女は聞く気はないらしい。
だいたい、あれは学校帰りにほぼ気まぐれでワッフルを食べに言っただけでとてもデートと呼べるものではない。
だいたい、デートとはどのようにどう定義するものだろうか?
休日に男女ペアで出かけることなのだろうか?だが、それでは本人達はただ外に出かけるのに対して、第三者から見ればそれこそがデートに見えるかもしれない。それに、片方はデートだと思っていてももう片方はただ単に出かけるとしか思っていないかもしれない。
一体その定義とはどこから来るのだろうか?ふと現実逃避を試みた祐一だがすぐさま詩子のマシンガントークによって現実に引き戻される。
「聞いてる、祐一君?」
「聞いてる、聞いてる。」
ぶっちゃけ殆ど聞いていなかったが、適度に相づちでも打っておかないと後が怖い。
「そう、じゃあ今週の日曜は私とデートすると言うことで。」
「少し待て、何故そう言う結論にいたる。」
いつの間にか、日曜日デートすると決めている詩子に尋ねる。
話は聞いていなかったが、この結論に到るまでような理由は無かったはず。
「気にしない、気にしない。あ、室内じゃなくて外に遊びに行くからそのつもりで」
「……………」
彼女にとって必要なのは過程より結論のようだ。
押し黙る祐一。
祐一は知っている。自分が幼なじみの二人には絶対口では勝てないと言うことを。
屁理屈ごねて何とでも煙に巻けるのだが、その後が祐一にとっては怖い。特に詩子の場合は中途半端になく怖い。
「祐一君。茜とのデートは良くて私とのデートはだめなの?」
そう言って迫る詩子。何故だろうか、今日の詩子のテンションは非常に高い。
祐一の取って何故詩子のテンションが高いかというのは問題ではなかった。
大の問題は、詩子と日曜デートしたと仮定しよう。それを詩子が茜に自慢でもしたら…いや彼女の性格を考えれば確実に言うだろう。そうなれば次は茜と言うことになる。そしたら再度、詩子が迫るかもしれない…いや確実に迫ってくるだろう。
それは堂々巡りの鼬ごっこ。
最悪なパターンはそれが学校の誰かに知られることだ。そうなれば確実に三人は自分のことをからかいに来るだろう。
それは酷くめんどくさい。
「なぇ、祐一君。デートしてくれるよね?ね?」
目を輝かせるように近寄ってくる詩子。
祐一は心の中で軽くため息を付くと、最良の選択肢を考える。
この話をうやむやにして、尚かつ詩子を黙らせる方法を……と言っても祐一の答えは決まっており。
「…詩子」
飾り付けの言葉もなくただ単純に優しく彼女の名を呼ぶと何のためらいもなく、唇を重ねた
考えつく中でこれが一番単純で、効果的だと思う方法。
相手の口を紡ぎ、何も考えられないようにするにはこれが一番効果的だろう。
祐一にとっては単なる口封じ。
だが詩子にとってはキスは特別な意味がある。
祐一とキスをして肌を重ねるたびに、茜に対する優越感が心を支配していく。さらに今日は"デート"の一件があった為か、積極的に舌を絡めていく。
それは祐一にとっては予想外の事だった。
本当に単なる口封じのためにしたキスでしかなかったのだが、込もうリードされるとは思ってもいなかった。
まぁ最も、最初から後のことを全く考えてなかったのだが――
プルルルルルルル……
そんな彼を助けるかのようにタイミング良く電話の電子音が鳴る。
祐一は反射的に、少々強引だが茜とのキスを中断するとすぐさま電話を手に取る。
――詩子の両親か茜か、それとも
祐一はそんな事を考えながら、応対する
「もしもし、相沢ですが。」
「……相沢祐一さんですか?」
一拍置いて、聞いたこともない少女の声で名前を尋ねられた。
「そうですが。」
少々警戒しながら祐一は答える。何故かこのとき祐一の心の中では、何かがさわいでいた
「私、水瀬雪恵と申します。」
「……水瀬」
祐一は口の中でそう漏らす。水瀬、それは祐一にとって自分を捨てた母だった者の名字。そして自分が最も忌み嫌い、最も聞きたくない名字。
ただ水瀬雪恵、自分が聞いたことのない名前。
「すいません。時間がないので単刀直入に言います。明日私に会って欲しいのですが……。」
「………」
「無理にとは言いません。ただ…聞いて欲しいことがあるので……」
何かを訴えようとしている少女の声。
自分は面倒ごとがが嫌いだ。だから他人とは関わりたくない。
ただ水瀬を名乗ったこの少女。電話越しだが何かを訴えようとする声は他人に思えなかった。
そうまるで、母に捨てられたときの自分を思い出すかのような、彼女の懇願する声。
もしかしたら、前日の電話同様、帰ってこいとのことかもしれない。
それでも――
「わかった。明日、午後四時頃俺の携帯に電話をかけてくれ。番号は……」
祐一の中で誰かが訴えかけていた。
―――逃げるなと
同時刻
未だ降り止まぬ雨の中、恭一郎は詩子や茜と遭遇した空き地に立っていた。
「ちっ…雨の日の夜だけ戻れるとは、俺は狼男かよ?」
どこか祐一や茜達と会話したときとは違う口調で、自嘲気味に呟く。
雨の日の夜に、この空き地に来るのは恭一郎にとって高校一年の冬より殆ど習慣になっていた。
まるで、其れは自分の存在を確かめるかのような行為
空き地には誰もいないはずなのに、誰かに話すように呟く。
「もうすこしだ、あいつの仮初めの仮面は崩壊する。そうすりゃあイレギュラーがそれにつけ込むように表れる。」
学校にいるときとは違いその言葉に強い意志が込められており、口調もどこか荒々しい。
それに今の彼の一人称は"俺"である。
一人称など気分次第で変わるかもしれない。
しかし、今の彼の変わり様は気分だけではない
まるで二重人格のように、同じ身体に違う精神が二つは言っているかのような変わり様。
「なぁ2人とも、早く帰ってきてくれよ――」
この場所で消えてしまった自分の恋人と友人を思い、問いかけるが帰ってくるのは雨と車の音だけ。
「でなきゃ、俺がこんな事を…二重存在になってまであいつを陥れようとしている意味がなくなるじゃねえか。」
彼は再度自嘲気味に笑う。
自分自身の存在をかき消してまで、そう■■に身体を明け渡し二重存在なってまで手に入れたチャンス。
全ての"条件"がそろうまでおおよそ一週間。
その間に、相沢祐一を中心に様々なでき事が起きるであろう。
それら全てを司る"■■"と、恭一郎の友人と恋人を贄としてまで、世界を変えようとした元凶である"■■ ■■"。
彼女が舞台に上がるときこそが彼の望みがかなうとき。
そのためならば、人に嫌われよが自分を捨てようが一向に構わない。
それは二年も前からの決意。
―――全ては恋人と、不器用な親友達のために
そんな彼を、誰にも認知されない影無き少女が見守っていた。
恭一郎の中の■■は二人をあざ笑うかのように詠う。
恭一郎が一番好きだった詩を。
静けき夜 港は眠る
この家にわが恋人は
かつて住み居たりし
彼の人はこの街すでに去りませど
そが家はいまもここに残りたり
一人の男そこにたち
高きをみやり
手は大いなる苦悩と闘うに見ゆ
その姿 見てわが心おののきたり
月影の照らすは
我が己の姿
汝 我が分身よ 青ざめし男よ
などて汝 去りし日の
幾夜をここに 悩み過ぎえし
わが悩み まねびかえすや
其れはハイネのドッペルゲンガー。
今の恭一郎にとっては皮肉以外の何ものでもない詩。
全ては始まる
今ここに一つの物語が読まれる。
語り手は"二重存在"
其れは夢か現か分からない物語
とある少女にとっては認めたくない物語
とある少年にとっては分岐点となりうる物語
そしてとある影にとっては―――
〈続く〉
後書き
どうも、バルドル0329です
おおよそ一年ぶりぐらいでしょうか?とりあえず復活です
最初作っていたプロットを全部捨てて、キャラクター設定をもかなり作り直しましたので三話までの矛盾点があったら申し訳有りません。
物語はやっと序章が終わり、新たな展開へと動いていきます。
それでは、今後ともよろしくお願いいたします。