空が暗くなり始めたのは、午後三時を過ぎてからのことだった。
今まで青かった空は黒雲に覆われ、風が急に冷たくなった。
本日の天気予報――降水確率30%――を信じていた主婦達は、すぐにベランダに向かい洗濯物を取り込みはじめる。
そんな慌ただしい午後の時間。
ずっと猫を抱きながら寝ていた祐一が起きたのは、それから三十分後。
頬をに冷たい水を浴びてからのことだった。
「……雨か」
立ち上がると、今日は夕陽が見れないな…等と呟きながら、祐一は猫を抱えたままゆっくりと屋上から立ち去るのだった。
夢と現の物語
第三話「少年の意外な一面〜仮面〜」
深山雪見は、一ヶ月に一回の大清掃をサボった幼なじみの川名みさきを探していた。
今日は、雨が降っており屋上にみさきはいない。そう自分では分かってはいるのだが、どうしても足が屋上の方へと向いてしまう。
彼女が何時も、立入禁止とか書かれている屋上に行く理由は二つあった。
一つは、幼なじみの川名みさきを捕獲するため。
もう一つは、近頃屋上の主と呼ばれている相沢祐一、彼を演劇部にスカウトしに行くため。
だが、近頃は二つ目の理由が微妙に変わってきていた。
祐一を演劇部にスカウトしに行くためではなく、ただ単純に祐一に会いに行くためだけに。
彼女が祐一に興味を持ち始めたのは、今年になってからだった。みさきを追って屋上まで行った彼女は、たまたま見てしまったのだ。
おそらく誰にも見せないであろう、寂しげな顔を………
それは、一瞬の出来事でしかなかった。
だが、彼女の脳裏には今でもしっかりと焼き付いている。
「あの時の顔……あれが彼の本質なのかしら?」
深山雪見が思うに、相沢祐一という人物は何時も仮面を被っている。
確かに、雪見も演劇をするとき自分が演じる役の仮面を被る。
しかし、祐一は何時も自分の本質を覆い隠すかのように、仮面を何十にもして被る。
しかも話をする人によって、彼はさらに偽り仮面を増やしていく。
その証拠に、彼女と話すとき祐一の一人称は「僕」だが、彼の幼なじみ里村茜と話すときは一人称を「俺」に徹底して変えている。
彼女はそれを、一種の才能だと思っている。ただ、それは凄く危険なことだと理解している。
無数の仮面を被ることは簡単だ。しかし、その仮面をすべて外し自分の本質をさらけ出す事は凄く難しいものだ。
例に挙げるなら、「御伽草子」の「磯崎」。
「磯崎」で、般若の面を着け夫の浮気相手を殺した女房は、その般若の面を外すことができなくなり、姿と心まで鬼になってしまうというシーンがある。
もしも、祐一がこのまま仮面を被り続けるのなら、間違いなく彼は自分の素顔を失い、下手をしたら彼の心は崩壊するかもしれない。
だからそうなる前に、雪見は彼の心の支えになりたいと思っている。
その気持ちは―――
(恋……なのかしら?分からないけど、彼に対する興味は尽きないわね)
猫を抱きながら、階段を下りていた祐一は今の状態では一番会いたくない人に出くわしてしまい、顔をしかめていた。
「猫好きなの、相沢君?」
チャシャ猫のような笑みを浮かべながら、質問をする雪見。
「ええ……好きですよ。」
祐一は内心で舌打ちをした。
(今日は運が悪いな……朝は折原に話しかけられるし、昼寝をすれば雨が降る。それでもって、一番会いたくない状況で深山先輩に出くわすとは………)
もしも、このことをネタにされたら祐一は雪見に従わざるをえない。
自分が猫好きだと周りに言われるのは別に良いが、学校で猫を飼っていることがばれたら非常にまずい。
自分がお咎めを受けるのは良いが、猫は処分されてしまうかも知れない。
(それだけは避けたい……いや、何としてでも猫を助けなければ………)
頭では思考を巡らせながら、沈黙を保つ祐一。
雪見はクスッと頬笑むと、祐一をおもしろそうに見つめながら言った。
「一つ言うことを聞いてくれれば、その猫のことチャラにしてあげても良いわよ。」
「…………」
祐一は雪見の目を見つめながら、様々な状況を想定する。
(最低でも、部活に入部か……)
「べつに演劇部に入れとはいわないわ。今日は機嫌がいいの。」
「!!」
祐一の考えていることはお見通しと言わんばかりに、話す雪見。
その瞬間、一瞬だけだが祐一のポーカーフェイスが崩れた。自分の思考が読まれていたとは予想外だったようだ。
「少し、みさきを捕まえるのを手伝って貰うだけ。どう、良い条件でしょ?」
確かに、良い条件だ。
ただ、祐一はまだ雪見のことが信用できない。もしかしたら罠かもしれない等の様々な思考を巡らせる。
「それに手伝ってくれれば、その猫を堂々と学校で飼えるようにしてあげても良いわよ。」
祐一の答えは決まった。
「わかりました、手伝います。」
―――すべては、猫のために。
祐一達の通う、高校の名物とも言える建物……「図書センター」
学校の西側にのっそりと立つ四階建ての建築物は、学校創立以前の明治初期から時を刻んだ、古い、そして関東でも指折りの巨大な書物庫である。
角筒型をしたその図書センターは、内外部共にモダンな洋風作りとなっている。
そんな、伝統ある図書センターのカウンターには、学校の先生ではなく一人の生徒が陣取り、おいてある蓄音器から流れる音楽を楽しみながら読書をしていた。
流れる曲は、シューベルト作曲の「野薔薇」。
この曲は、図書館には合わない気がするが、生徒はおろか先生も何も文句を言わない…いや、正確には言えないでいた。
この図書館のカウンターに陣取る一人の生徒、この図書センターにおいて彼に逆らえる者は誰もいなかった。
生徒の名は、実真 恭一郎。「センターの番人」もしくは「腹黒き策略家」と呼ばれる生徒である。
彼は高校三年生――受験生――であるにも関わらず、音楽を聴きながら読書をしている恭一郎。
同学年の人間の殆どは、この時期必死になりながら受験勉強をしている状態で読書を楽しむ彼に、「受験を諦めたんですか?」と訪ねる後輩は多い。
しかしながら、彼は受験を諦めたわけではない……というか、彼はすでに指定校推薦をもらい大学に合格しているのだ。
そのためか、受験のため必死になって勉強をしている人が多い教室は彼にとっては、居心地が悪い場所になってしまい、こうやって図書センターのカウンターを朝からずっと占拠して読書をしているのだ。
彼が読んでいる本――「西遊記」――を読み終えようとしたとき、恭一郎と同じクラスのトラブルメーカーとも呼べる少女が、急いで図書センターに入ってきたのである。
「おや、川名さん…どうかしたんですか?」
恭一郎は本を読むのをやめ、クラスメイト――川名みさきに訊ねる。
彼女は、恭一郎の声を聞くと急いでカウンターに向かい、恭一郎に一つのお願いをした。
「あ、実真君。私追われているから、訊ねられてもここに来てもいないって言ってね」
「あ〜わかりました。」
一体誰が彼女を追っているのだろうと考えながらも、彼女の真剣な言いように、恭一郎は軽く頷いた。
みさきは恭一郎の答えを聞く安心したのか、そそくさと螺旋階段を上り図書センターの奥へと消えていった。
恭一郎はみさきを見送り、さぁ本を読もうかと言わんばかりの時に、いきなり声をかけられた。
「実真君……みさき、来なかった?」
「さぁ?」
肩をすくませながら、雪見の問に答える恭一郎。
(なるほど、追跡者は彼女で、今日は月一の大清掃……と言うことは……)
恭一郎の頭の中では、みさきが何故逃げてきたのかが推理されていく。
そして、辿り着いた結論は一つ
「……ああ、いつものことですか」
あきれたのか、つい声に出してしまった。
それを聞いた雪見は恭一郎に迫る。
「みさき、ここのどこかにいるのね?」
「さ・て・ね。おや、後ろの二年生は誰です……もしや、深山さんの恋人とか?」
ここではじめて、恭一郎は雪見の後ろに何かを隠すように抱えた二年生の男子生徒がいることに気づいた。
「……違うわ。」
「そうですか…では、誰でしたっけ。え〜と……」
恭一郎は、この学校の生徒の顔写真と名前を順々に浮かびあげていく。
そして、数秒後手をぽんと叩き納得したように頷く。
「ああ、噂の相沢祐一君ですか。」
恭一郎は、そう言うと観察するかのようにじろじろと祐一を見る。
そして、視線を祐一に会わせると顔をしかめながら言った。
「それにしても……動物、しかも猫を図書センターに連れてくるのは感心しませんね〜」
祐一は、驚き猫をかばいながら身構える。
「そんな警戒しないでください。あ、自己紹介がまだでしたね〜。私は、高校三年の実真恭一郎です。」
「……高校二年の相沢祐一です。」
「ふふふ……猫のことチクろうなんて思いませんよ」
何を考えているか分からない不可解な笑みを浮かべる恭一郎。
「君は―――」
「実真君、話がずれたけどみさきは何処?」
恭一郎が何か祐一に言おうとしたが、雪見に遮られてしまう。
やれやれと言った感じで恭一郎は肩をすくめた。
「多分、この図書センターのどこかですよ。」
三人は、そろって図書センター内を見上げる。関東でも指折りの図書館と言うだけあって、見渡す限り本の山。この中から人を一人捜すのは苦労するだろう。
「しょうがないわね。みさきのことは諦めるとして……」
雪見はそう言って祐一の隠している猫を一瞥して、恭一郎に視線を合わせる。
「実真君、単刀直入に言うわ。猫一匹、学校内で飼えるようにしてもらえないかしら」
「別にいいですが…そうですね〜一つ頼み事聞いてもらえませんか?」
「内容しないでは断るわよ」
「いいですよ」
表情を変えない雪見に、不適な笑みを浮かべている恭一郎。
過去に何かあったのだろうか、腹を探り合うかのように、言葉のキャッチボールをする二人。
端から見ている祐一には、この二人は狸と狐の化かし合いにしか見えなかった。
(……この二人、どういう関係だ?)
ふと、そんな疑問が湧くがすぐにかき消す。
人に関わる気など全くと言っていいほど祐一にはなかったからだ。
「で、内容は?」
「凄く簡単。今日、川名さんが掃除サボったこと許してあげてください。」
「ふ〜ん、理由は?」
目を細めながら訊ねる雪見。それに対して恭一郎は、不適な笑顔を崩さずに答えた。
「昔の罪滅ぼし……と言えば良いんでしょうかね〜。まぁ、そんな感じですよ」
「……わかったわ。」
「ありがとうございます。では、猫の方はお任せを……さて」
雪見との会話を終わらせると、恭一郎は祐一の方に視線を戻す。
そして、手をパンパンと叩くと不適な笑みを作りながら祐一に質問した。
「相沢君、君はこの生徒を知らないですか?」
恭一郎は、懐から本の貸し出し一覧表を取り出すとある一人の生徒の名を指さして訊ねた。
「いや〜僕もこの学校の生徒の名前は全員覚えているんですけどね〜、どうも思い出せなくて」
その生徒の名は―――
「城島司!!」
祐一は驚愕の声を上げる。
「おや、君はこの生徒を知っているんですか?」
「ええ……」
「そうですか〜なら彼が借りた本…探してもらえませんか?」
「………できたら。」
ふと、ここで祐一は変な感覚に捕らわれた。
まるでそれはこの広い図書センターに自分と恭一郎しかいないような感覚。
そして、恭一郎が発する言葉の一つ一つが、祐一の心に何かを作っていく。だが、その何かは全く分からない。
「ふふふ……君はあの本を絶対見つけここに持ってくる、いえ見つけなければ―――」
恭一郎は祐一の表情が少し変化していることに気づくと、また不適な笑みを作り手をパンパンと叩いた。
「おっと、これ以上は止めておきましょう。」
その言葉を聞いたとき、祐一の感じていた変な感覚もなくなり、それと同時に彼が抱いている猫が「にゃ〜」と鳴いた。
運が悪いことに蓄音機から流れる音楽がちょうどやんでいた。
「「「……………」」」
刹那、痛い沈黙がながれる。
このときの三人の考えは一つ、どうやってごまかそうかというものだ。
だが猫は無情にも、猫はもう一度「にゃ〜」と鳴く。
「え〜僕が何とかしますから、お二人は教室に戻ってください。」
「ごめんね実真君」
「……すいません」
「いえいえ…では祐一君本のことお願いしますね。」
その言葉を後に、二人と一匹は図書センターから逃げるように出ていった。
後に残った恭一郎は一人、意味深な事を呟いた。
「ふふふ……相沢祐一君は、すでに崩壊の兆しがありますね〜どうでますか城島司君?」
祐一達が図書センターにいる頃、無人となった教室で折原浩平は怒られていた。
彼を怒っているのは、二人の少女――長森瑞佳と七瀬留美――。
彼女らが怒っている理由は一つ。
今さっきまで行われていた校内大清掃を浩平がエスケープしたのだ。
ただ掃除をさぼるだけならば、いつものことなので瑞佳が軽く説教するだけなのだが、今回ばかりはそうもいかなかった。
掃除の最中に、両手にはモップとバケツ、腰にはガム剥がしを装備した美化委員の佐伯正康が突如、掃除中にも関わらず「折原浩平はどこだーーー!!」と怒鳴りながら教室内に入ってきたのだ。
普段はおとなしく真面目な彼が怒鳴りながら、教室で暴れている姿に教師は絶句し、クラスメイトも半ば唖然としていた。
何故浩平を探しているのか?と、瑞佳が聞くと正康はこれでもかと言わんばかりに怒りを込めながら話し始めた。
なんでも、大掃除のために集めて置いたモップで浩平が謎のオブジェクトを作成。そのため、各教室にモップの配給が遅れ、正康のようにフル装備した美化委員が各教室を周り掃除を手伝っているのだとか。
それを聞いた瑞佳と留美は流石に呆れ、何も言えなかったという。
その後、何かを決心した二人は掃除が終わると同時に表れた浩平を捕獲し今にいたるのだ。
ちなみに、大清掃は怒りの矛先をすべて掃除向けた正康ら美化委員の活躍により、予定よりも二十分も早く終わり、美化委員は生徒と教師の両方に感謝されたとか。
「折原、何でモップでオブジェクト作るなんてことしたのよ。」
「ふ、ナナピーよ『何故?』だと……決まっているではないか、そこにモップがあるからだ!!」
留美の質問にいえいと、無意味にVサインをし威張り答える浩平。
その瞬間、留美の中で何かが切れた。
「この脳内宇宙基準馬鹿」
罵声共に、程良く回転のかかったストレートが、浩平のボディーにめり込んでいく。
「俺の脳内は銀河基準だ……ごほぉ」
と訳の分からないことを叫びながら倒れていく浩平。
「こ…浩平?…あ、七瀬さんとどめ刺しちゃだめなんだよ。」
追い打ちをかけるかのように、ケリの体制をとる留美を止める瑞佳。
留美は不機嫌そうな顔で瑞佳に訊ねた。
「なんで止めるの長森さん。この馬鹿には一度きついお仕置きをしたほうがいいわよ。」
「だめだよ、これ以上やって浩平がさらに馬鹿に成っちゃったらどうするんだよ。」
「ぐはぁ……」
瑞佳の言葉は刃となり、浩平の心に突き刺さる。
「………意外と酷いこと言うわね長森さん。」
顔を引きつらせながら呟く留美をみて、キョトンとしている瑞佳。どうやら素で言ったようだ。
「うううう……」
いじける浩平。誰か来てくれと、助けを懇願するかのように扉の方を見る。
そこで彼は、扉の隙間から誰かがタイミングを見計らうかのように除いているのが分かった。
ふと、そいつと視線があった。
「……ん?」
その浩平の微妙な仕草を怪訝に思った瑞佳と留美が、浩平の目線の向いている方向を向く。
「相沢君……って猫?」
視線の先には、猫を抱いた相沢祐一がいた。
雪見と別れた祐一は、鞄をとるべく自分の教室に猫を連れて向かった。
普段ならもう少し注意を払い猫をどこかに隠すのだが、図書センターで十分に時間をつぶせたためか今の時間帯は茜を除いて教室には誰もいないであろうと油断していた。
茜がいるだろうとふみ、教室の扉に手をかけた時に何やら教室から怒鳴り声が聞こえてた。
ふと耳を澄ませ聞いてみると、声は三つ。しかも、一つは彼とは相反する者の声。
そっと、気づかれないように扉の隙間から教室を覗いてみる。
そこには、七瀬留美、長森瑞佳そして折原浩平の三人がいた。どうやら、浩平は椅子に座らされ留美と瑞佳に説教を受けているようだ。
(本当に今日は色々ある日だ。運が……悪いのだろか?)
ふと、浩平と視線が合ってしまった。
彼は助けてくれと言わんばかりに祐一の方を見る。
(厄介ごとはご免だ……といいたいが無理のようだ。)
自分のほうを見る視線が増えたことに気づくと、祐一軽くため息を付きゆっくりと扉を開け教室に入った。
「相沢君……って猫?」
「あ………」
瑞佳に言われて、初めて気づいた。自分が重大なミスを犯してしまったことに。
祐一は猫を抱いたまま教室に入ってしまったのだ。
(油断大敵か……長森さんと七瀬さんは兎も角……それより)
「茜は、もう帰ったのか?」
「ああ、里村なら帰ったぜ」
祐一の問に答えたのは浩平。彼は口元をニヤリと斜めにつり上げる。
「そんあことより相沢…お前――」
「相沢君。その猫…種類は?」
浩平が言うよりも早く、瑞佳が祐一に近づき訊ねた。
(長森さんか……折原よりましだな)
祐一は無視しようか、少し話そうか頭の中で打算する。
「ああ…こいつは……」
祐一は頭をかきながら、瑞佳の質問に答えていく。
(彼女なら、別に良いか……)
その様子を、留美といつの間にか移動した浩平は少し離れたところから見ていた。
「くっ長森が猫好きなのを忘れていた。くそ、せっかく相沢をからかおうと思ったのに。」
「あんたね〜」
悔しがる浩平の様子を見て、思わずため息をもらす留美。
「それにしても、珍しい組み合わせよね」
「ん、猫と相沢か?確かに、相沢みたいな奴は猫よりも犬や鳥の方が似合う。」
「そうじゃなくて、長森さんと相沢君の組み合わせよ。」
ああ、と納得する浩平。このクラスの人間にとって、相沢祐一と言えば里村茜、長森瑞佳と言えば折原浩平という組み合わせが固定概念として認識されてしまっているからだ。
「まぁ、長森は相沢に気があるとしても、相沢は里村かもしくは、よく来る他校のやつえ〜と…だれだっけ?」
「柚木さんでしょ」
「そうそう。相沢と言えばその二人って半ば決まってたからな」
ウンウンと頷く二人。
「しかし、こうやって相沢君を見ると怖いというより、優しいって感じがするわね。」
「まぁ……な」
何故かおもしろくないような顔をする浩平を留美は怪訝そうに見ていた。
長森瑞佳は驚いていた。
自分以外にここまで猫について話せる人がいたことに。しかもそれが、一番近寄りがたいと、言われている男子生徒――相沢祐一――だと言うことに。
幼なじみの浩平や、友人の留美でもひくような瑞佳の猫好きなのだが、祐一の猫好きはその瑞佳をも凌駕するものだった。
「そう言えば、相沢君この猫なんて名前なの?」
ふと、疑問に思い瑞佳が訪ねる。
「まだ……決めてなかった。」
忘れてましたと言わんばかりに答える祐一に、瑞佳は唖然とした。
「名無し……じゃ可哀想だよな。」
祐一は猫を優しげなまなざしで見つめる。彼のそんな仕草に瑞佳は心が奪われていた。
「あれ……どうかしたの長森さん。」
「あ…な、何でもないんだよ」
ボーとしている瑞佳に祐一は訊ねた。何故ボーとしているか、祐一はある程度理解をしていたが彼はあえて訊ねたのだ。
驚きあわてふためく瑞佳の反応を見て、祐一は邪笑を浮かべるとさらに爆弾を落とす。
「この猫の名前、長森さんが決めて貰いたいんだけど……いいかな?」
「え…え〜、いきなり言われても困るんだよ」
さらにあわてふためく瑞佳の姿を見て、祐一は笑おうと思ったが止めた。
祐一は思う、今日の自分は変だと。
昨日以上に多弁で、しかも趣味が一緒だったとはいえ茜と詩子、それにみさき、雪見ら以外の人間と楽しく話している…
それが普通なのかもしれない。だがそれは同時に、学校での「相沢祐一」を演じる仮面が剥がれたことを示している。
大概の人は学校等の外と自分の家等の内では違う自分を演じる傾向がある。
祐一は特にその傾向が強く。学校や家でも、幼なじみの前でも自分を偽り、その本質を見せることが無い。
しかし、今の自分はどうだろうか?
これ以上この場所にいてこのまま瑞佳と話していたら、本質をさらけ出してしまうかもしれない。
それだけは避けたい。いや避けなければならない。七年前の自分の本質を他人に見せないと言うあいつとの契約に誓っても。
後書き
バルドル0329「・・・以上三話でした」
祐一「やけにテンションが低いな」
バ「それはもう、カフェインを取りすぎて医者の世話になってね〜」
祐「そうか・・・・それにしても今回も複線たっぷりな割には進みが遅いな」
バ「う〜ん、本当はもう少しね進めるつもりだったんだけど、そうすると今月中にできないんだな〜これが」
祐「ほぉ〜それでか。そう言えばオリキャラのプロフィールどうするんだ?」
バ「ネタ晴れたっぷりだから、時期を見て全員まとめてやろうかな〜と。」
祐「まぁ、がんばれ」
バ「ああ・・・・壊れない程度には頑張るさ・・・・壊れない程度には」
祐「それではまた次回・・・・・」