ピィピィ………ピィ
 
ベッドの近くにおいてある、時計のやたらうるさい合成電子音が鳴り響く。
 
祐一は手をのばし、時計を止めると時間を確認した。
 
午前五時――昨日の夜セットした時間どおりだ。
 
隣で寝ている詩子を起こさないように、服を着てゆっくりとベッドから出る。
 
(なんだ……)
 
不思議な感覚が祐一を襲う。最初は立ちくらみかと思ったが何かが違う。
 
祐一は風に当たろうと、ゆっくりとベランダのカーテンと窓を開けようとする。
 
だが、そこで彼は信じられない光景を目の辺りにした。
 
「雪………だと」
 
彼の目には何時もと違う街と、降り注ぐ白い雪が映っていた



 
 
夢と現の物語
第二話「夢への誘い〜道化〜」


 
 
 
柚木詩子はベッドの上でから祐一の様子をじっと見ていた。
 
彼女は祐一よりも早く起きて、彼が起きるまでの間ずっと狸寝入りしていたのだ。
ちなみに、彼女が早く起きた理由は一つ。祐一の寝顔を見るため。
 
いつも、祐一の方が早く起きてしまい寝顔を見ることができない。が、今回に限り彼女の方が早く起きたのでじっくりと祐一の寝顔を携帯のカメラでとり、起きるまでゆっくりと堪能していたのだ。
 
(私もそろそろ起きようかな…………あれ?)
 
うっすらと開けた彼女が見たのは、窓を開けたたずんでいる祐一の姿だった。
 
だが、今の祐一はどこか何時もと違うような感覚がした。
 
「おはよう、祐一君。」
 
「……あ、ああ。詩子おはよう。」
 
祐一は詩子に声をかけられて、正気を取り戻すかのように軽く首をふった。
 
「なぁ、詩子………今日の天気、雪じゃないよな?」
 
目を押さえながら訪ねる祐一。詩子は少し怪訝そうな顔して答えた。
 
「なにいっるの祐一君。雪なんか降ってないよ、まだ暗いけど今日は晴れだよ。」
 
「そうか………ありがとう」
 
祐一は再び窓に目をやる。
 
(さっきのは幻覚?………疲れているのか俺は)
 
自問自答をするが答えは出ず、とりあえず窓から詩子の方へと視線をずらす。
 
が、そこで祐一の思考は一端フリーズした
 
「………………」
 
「どうしたの祐一君?」
 
いきなり、電池の切れた機械のように止まってしまった祐一に詩子は尋ねる。
 
それに対して、祐一は目を手で覆いかくして、少し口ごもりながら答えた。
 
「ええ〜と、言い難いんだが……目のやり場に困る、何とかしてもらえないか?」
 
「あ…………」
 
詩子は気づき、一気に顔を真っ赤にした。
 
そう、今自分が一糸まとわぬ姿だということに、今気づいたのだ。
 
「部屋から出てってもらえるかな祐一君?」
 
「ああ……そうする」
 
こうして彼らの朝は過ぎてゆくのだった…………
 
 
 
 
「……結局一睡もできませんでした。」
 
里村茜は、ベッドの上でそう呟いた。
 
今の時刻は午前六時。カーテンを開け放ったままの窓からは、微かに光が射し込んでいる。
 
昨晩、親友であり幼なじみの柚木詩子が家出したと聞いた彼女は、詩子の携帯に連絡を取ったが電源が切れており、もしかしたらあちらから連絡があるかと、寝ずに待ち続けついには朝を迎えてしまったのだ。
 
茜にとって詩子が家出した事は驚くべき事ではない。
 
中学時代から詩子はよく家出をしていた。
 
彼女は、殆どは茜の家に泊まりずっと女性同士朝まで語り明かしていた。また、茜の家以外に止まるとき、詩子は絶対茜にだけは何処にいるか連絡をしてくれた。
 
しかし、ここ数回…いや高校生になってから詩子は家出をしても茜に連絡をしないようになった。
 
理由を聞いても、適当にはぐらかされ本当のことを教えてもらえないでいた。
 
だから、茜は彼女が家出をして連絡をもらえないたびに、彼女のことを心配して一晩中悩んでいるのだった。
 
「………詩子、一体どうしたのでしょうか?」
 
天井を見ながら、呟くが答えが出てくるわけでもなく………
 
「今日……祐一に聞いてみましょう」
 
祐一なら何か知っているかもしれない。
 
茜から見て、祐一は詩子には甘い。
 
自分とは全く違う態度で接してもらえる詩子。彼女はそれが凄く悔しかった。
 
だけれども、彼女はそれを表面上に出すことはない。正確にはだせないでいた。
 
そんな彼女が幼なじみであり、親友に抱いている感想を、ぽつりと漏らした
 
「私は負けるつもりはありません、それが詩子であろうと…………」
 
 
 
 
祐一は鼻歌交じりで二人分の朝食と弁当を作っていた。
 
祐一にとって家族と呼べる者は殆どいない。母親は離婚しており、父親もまた海外出張など多忙なため家にいることは一年に一〜五日ぐらいだけ。異父の妹がいるらしいが会ったことはない。
 
祐一にとって料理とは生きるために必要最低限のスキルなのだ。
 
この頃は料理が半ば趣味となってきたが、当初は自分で作って自分で食べるただるだけだった。
 
だけど、今は―――
 
「う〜ん、美味しそうな臭い」
 
シャワーを浴びてきたのだろう。まだ水気が残る髪の毛をタオルで拭きながら、詩子は席に着いた。
 
「そろそろできる。皿とコップを並べておいてくれ」
 
祐一は詩子と話しながらも朝食を作る手を休めない。
 
「は〜い」
 
詩子の返事を聞くと祐一は、料理を作るのに集中したのだろうか。真剣な顔で火を見つめだした。
 
 
自分で作り自分で食る……それだけだった料理。
 
それがいつの間にか、よく家出しては家に転がり込んでくる幼なじみに、腕前を振るうようになっていた。
 
祐一はそんな自分の変化に苦笑を隠せなかった。
 
相沢祐一と言う人物は、群がるのを嫌う。が、たった一人――本当の孤独――をもっと嫌う。
 
そのためだろうか。彼が何時もそばにいてくれる二人の幼なじみを愛おしく思うのは……
 
(俺は、茜や詩子に甘えてるんだな……何時もそばにいてくれる二人に甘えてるんだな…)
 
彼は、集中していてもそのような考えがたまに過ぎる。
 
それは、彼が二人を大切にしている証拠である。
 
 
 
祐一と詩子は向かい合って朝食を取る。
 
この光景は、二人にとってもはや当たり前の光景となっていた。
 
最初は、二人とも(特に詩子が)顔を赤らめたが、今はなれてしまい、そういうことはない。
 
「あ、そうだ」
 
「ん、どうしたの祐一君?」
 
祐一は思いだしたかのように、会話を中断し詩子に頼んだ。
 
余談ではあるが、祐一と詩子。食事中によく話すのは祐一の方である。
 
その姿は、まるで子供のように無邪気な物だと詩子は考えていた。
 
「分かっていると思うけど、今日はうちの学校に昼食は取りに来ないでくれよ」
 
「…了解。了解」
 
と、少し不満そうに応える詩子。
 
何時、昼食を祐一達のいる学校にまでわざわざ食べに来ている詩子。しかし、祐一の家に泊まった日だけは、祐一の頼みで学校に来ないようにして貰っている。
 
理由はただ一つ。詩子の弁当にある。
 
詩子の弁当は、祐一の作品。そのため、祐一の弁当と同じ具でなおかつ同じような詰め方をしている。
 
祐一同様、料理をしている茜には詩子の弁当が祐一作だとばれる危険性がある。そのため、学校に来ないように頼んでいるのだ。
 
(……俺と、茜と詩子の関係は、砂上の崩れやすい関係だ。何時崩壊が起きてもおかしくはない。だけど、俺はこの関係を崩したくはない……例えそれがに間違っていても――――)
 
その後も二人はのんびり朝食をとった。いつものように、語り手なる祐一と聞き手となる詩子。
 
二人にとって、この瞬間は何事にも代え難きものなのだ。
 
 
 
「じゃぁ、私はそろそろ行くね」
 
午前7時。祐一とっても詩子にとっても、まだ学校に行くには早すぎる時間だが、詩子にはなるべく早く相沢家をでる必要があった。
 
理由は三つ。まず、詩子の通っている学校が隣町にあるということ。祐一の住んでいるマンションから詩子の通う学校までの時間は約45分。余裕を持って行くには、今の時間より少し遅いぐらいが良いのだ。
 
二つ目は、様々な裏工作…もとい、アリバイ作り。家に帰ったときに幼なじみとはいえ、さすがに男の家に泊まったとは言えない。そのための、アリバイ工作をしなければならない。
 
三つ目、それは二人の幼なじみ里村茜にあった。献身的な彼女は毎朝ある程度決まった時間に、祐一が住むマンションの前に来る。
 
それは、まるで十年くらい前の学園ドラマのように一緒に学校に行こうというものだ。
 
祐一も最初はばかばかしいと思ったが、1〜2ヶ月たつに連れてそれが習慣になってしまい、辞めるに辞められない状況に陥ってしまったのだ。
 
 
「ああ……今日はどうするんだ?」
 
「……まだきめてない。」
 
詩子は家出をしてもだいたい一日で家に帰る。
 
それは祐一も知っている。だから、今日はどうするなんて質問を普通はしない。
 
ただ、今回は何か違う…そんな違和感を感じていた。
 
いつもなら、普通に話す家出の理由を今回は全く話さず、さらに彼に見せた絶妙な表情の変化から祐一は何かあると踏んだのだ。
 
「そうか……たまには悩みの相談聞いてやるぞ」
 
「ありがとう、優しいね祐一君は。」
 
ぶっきらぼうな物言いながら、祐一の優しさを感じた詩子は素直に感想を漏らした。
 
「じゃ、行って来ます」
 
「ああ。行ってらっしゃい」
 
祐一はそう言うと、詩子の唇に軽く口付けをした。
 
これで何度目の口づけなのだろうか、と疑問に感じながら唇を離す。
 
詩子は上機嫌で学校へと向かっていった。
 
「……さぁ、俺も準備するか。」
 
 
 
何時もと変わらない街の風景。
 
何時もと変わらない道。
 
隣にいるのは、幼なじみ。
 
それが相沢祐一にとっては、ごく当たり前となった登校風景。
 
「祐一、聞きたいことがあるのですが」
 
「………なんだ?」
 
「詩子のことですが…………」
 
やはりその質問か…祐一は茜が詩子のことを訊ねるだろうと予想はしていた。
 
「詩子がどうかしたのか?」
 
「いえ…知らないなら別にいいです。」
 
祐一はポーカーフェイスを保ちながらも、内心では苦笑をしていた。
 
(やはり、疑われているか……)
 
茜に言わせれば、自分は詩子には甘いらしい。
 
だが、祐一としてはそんなことはないと思っている。
 
まぁ、第三者的意見としては、相沢祐一は里村茜並びに柚木詩子には甘いと言えよう。
 
(まぁ、人の感情や考えは分からないものだ……それが女性ならなおさらだ……)
 
祐一はそう結論づけると、自分のお気に入りである銀色の腕時計で時間を確認した。
 
午後7時35分―――まだ予鈴には余裕があるが、祐一が一番嫌いな体育科の教師が校門にたつまで残り7分。
 
「……少し急ぐぞ」
 
祐一は、氷のように冷たい何時も通りの表情をすると、茜の手首をつかんだ。
 
「え、あ…はい」
 
茜は祐一に引かれて学校へとかけ出した。
 
余談だが、この日茜は朝から終始ご機嫌だったとか……
 
 
 
折原浩平はこの日、高校生活の中で1,2を争うピンチを迎えていた。
 
(やばい……マジでやばい………)
 
何時も通り遅刻ギリギリで学校に登校してきた浩平は、机に突っ伏しながら自分だされた数学の宿題と戦っていた。
 
(くっ……こんな事ならもう少し真面目に授業を受けるべきだった。)
 
事の始まりは昨日の五時間目、昼食後のこの時間は誰もが眠くなる。
 
勿論、浩平も例外ではなく、数学の教師がまだ新人の女性教師だと言うこともあり、ぐっすりといびきをかきながら爆垂してしまったのだ。
 
どうやら、その行為が女性教師の逆鱗に触れたらしく、彼だけに特別な宿題が出されたのだ。
 
浩平は、その宿題が一問だけだとなめきっていたが結局自分では説けず、さらには頼りにしていた幼なじみや友人も全滅。
 
(しかも、あんな約束までしたしな………)
 
運が悪いことに説けなければ数学の単位なしとまで言われたのだ。
 
最初は楽勝楽勝と高を括っていたが、それも今となっては後の祭り。
 
(留年か……)
 
はぁ〜とため息を付きながら、窓の方を向く。
 
(空が青いな〜………んっ、あいつならばもしかして……)
 
彼の目に映ったのは、窓辺の一番後ろに座り本を読んでいる1人の男子生徒。
 
仲良くはないがもしかしたら……そんな淡い希望を持ちながら男子生徒の元へと向かった。
 
 
 
相沢祐一は秋風を受けながら、のんびりと本を読んでいた。
 
祐一の座る席――窓辺の一番後ろの席――の近くには生徒が寄りつくことが少ない。
それは祐一の出す威圧感のせいか、それとも彼の席より斜め前に言ったところに座る茜の出す威圧感のせいか…
どちらか分からないが、寄りつく生徒は皆無に等しいという事だけは、確かなことだ。
 
そんな彼の席に近づく、一人の男子生徒
 
祐一は、クラスメイトの名前を殆ど覚えてはないが、何故かこの生徒の名前は覚えていた。
 
遅刻王及び、クラス一の道化師と称される人物。
 
その名は――
 
「折原浩平君……だっけ、僕に何か用?」
 
祐一は今まで読んでいた本――「失楽園」――を閉じると浩平に訪ねた。
 
「おう、その浩平君が用事だぞ。と、それよりお前の読んでいる本、もしかして―――」
 
「『失楽園』だけど……90年代に流行った不倫物ではなく、ジョン・ミルトン作のほうだよ」
 
「うぉ、俺の考えを読むとは……まさか超能力者か!!?」
 
オーバーなリアクションをする浩平に、祐一は内心かなり呆れていた。
 
祐一は知っていた、折原浩平という人物は何気ない日常をドラマのような展開に持っていく男だと。
 
何もない変わらない日常を望む祐一にとは対極的な存在だと言うことを……
 
「で、君は僕にどんな用があるんだい?」
 
「お〜そうだそうだ、じつはなこの問題を解いて欲しいんだ。」
 
そう言って、持っていたノートを祐一に見せる。
 
「……なんだい、このミミズが這い蹲ったような字は?」
 
かなり、嫌そうな顔してノートを見る祐一。浩平はノートを寝ぼけながら書いたのだろうか?所々字ではなく暗号になっていた。
 
「そう言うと思って、ほれ。」
 
今度は別のノートを渡す浩平。そのノートは細い綺麗な字で、板書がきちんとまとめられていた。
 
「……なるほど。」
 
祐一は、シャーペンを握ると真剣な顔つきでそのノートに問題を解き始めた。
 
流れるように大量の計算式を書いては解いていく。
 
(は……はえ……)
 
あんぐりと口を開け驚く浩平。
 
数分後、問題を解き終わった祐一は浩平に訪ねた。
 
「お、ありがとな」
 
「……べつに。それよりこんなに、授業進んだの?」
 
「え?」
 
祐一の言っている意味が分からずに、間抜け声を上げる浩平。
 
祐一はやれやれと髪を書きながらペンを置いた
 
「……これ、去年の国立大の問題だよ。もう、こんな所までいったの?」
 
祐一に言われてやっと浩平は気づいた。自分が教師にはめられたということに。
 
「ちきしょう、あのくそ教師〜〜〜」
 
「…………」
 
教師への暴言叫ぶ浩平を無視するかのように、祐一は青空を眺めた。
 
今日の朝に見た光景とは違う、綺麗な青空が広がっていた。
 
 
 
二時間目の数学を長森瑞佳は、幼なじみの事を心配しながら受けていた。
 
勿論彼女が心配しているのは、幼なじみ折原浩平のことである。
 
浩平は、今日この授業中に昨日だされた宿題を黒板で解き正解しなければ数学の単位をもらえないのだ。
 
「ねぇ長森さん、折原大丈夫なの?」
 
瑞佳の隣に座る、青色の髪をツインテールにした少女…七瀬留美が心配そうに訪ねた。
 
「大丈夫だと思うよ……ノートに答えきちんと書いてたし………」
 
「でも、あの問題を折原が正解できると思う?」
 
瑞佳の考えている答えはノー。
 
成績に自信のある自分で解いてみたが、全くと言っていいほど分からずに、匙を投げだしたほど難しい問題だった。
 
言っては悪いが、それを何時も赤点ギリギリの成績しかとっていない浩平が説けるとは思っていない。
 
「……浩平」
 
小声でポツリと漏らす。
 
浩平を土下座させに行こう。そして私も一緒にあの教師に謝ろう。そうすれば最悪の事態は免れてくれるはずだ。
 
瑞佳がそう、決心したのと同時に教師のかなり驚いたような声が教室に響き渡った。
 
「せ………正解だ」
 
「え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
 
クラスの大半が驚いたような声を上げる。
 
瑞佳も自らの耳を疑った。
 
浩平が正解するなんて、夢にも思っていなかったのだ。
 
「俺に不可能はない!!」
 
そう叫びながら、意気揚々と自分席に戻っていく浩平。
 
「お…折原、あんたいったいどんな手を使ったの?」
 
留美は浩平に訪ねる。瑞佳も興味津々と言った感じで聞き耳を立てる。
 
それに対して、浩平はにたりと笑いながら答えた。
 
「だから言ったではないか、俺に不可能はないと!!俺にかかればあの程度の問題など、へでもないわ!!」
 
と、大声で叫ぶ浩平。教師の額に青筋が数本表れたのは気のせいであろう。
 
「……と、言いたいところだが、実はあいつに教えてもらったんだ。」
 
祐一のことを指さす浩平。
 
「………え!!」
 
瑞佳は驚き、つい声に出してしまった。
 
留美も内心そう思っているのだろうか、声こそ出さないもののかなり驚いた顔している。
 
浩平が、自分に解けなかった問題を解けた理由は分かった。
 
だけれど、祐一が浩平に教えて理由は待ったくわからない。
 
瑞佳が知る限り、相沢祐一という人物は集団生活を嫌い、人を遠ざけてはを一人でいることを好む。
 
そのためか、彼と話せるのはこのクラスではただ一人、里村茜だけだと思っていた。
 
瑞佳はちらっと、祐一を見た。
 
シャーペンを片手に、参考書のようなものを見入っていた。
 
ペン先で参考書を叩きながら、一人で頷いては参考書のように書き込んでいた。
 
鋭い目つきとその横顔は、知性の塊と思われた。
 
が、何の勉強をしているのかと参考書に目を凝らした瑞佳は呆れてしまった。
 
それは参考書ではなく、黒と白の正方形に、横に書いてある短い文章――俗に言うクロスワードパズルである。
 
(……相沢君って、真面目だか不真面目だかわからないんだよ)
 
「な〜に見てるんだ?」
 
「べ…別に何でもないんだよ」
 
いきなり浩平に訪ねられて、驚きながら答える瑞佳。
 
「ほお〜」
 
浩平はチャシャ猫の笑みを浮かべると、ちらりと祐一を見てから、瑞佳に戻した。
 
「ふむふむ」
 
「こ…浩平、なんでもないんだよ、本当に何でもないんだよ」
 
あわてふためく、瑞佳をみて浩平のチャシャ猫の笑みはさらに深くなっていった。
 
「否定しても、視線はまだあっちぞ」
 
浩平は、今日一日はこれをネタにして瑞佳をからかおう。
 
そう決心した瞬間だった
 
 
 
 
午前の授業は終わり、昼休みを迎えていた。
 
祐一は、鞄から弁当に水筒、それと小さな缶詰を手に持ち学校の屋上に来ていた。
 
辺りを見回し、誰も人がいないのを確認すると小さな缶詰――猫まっしぐら――を開け、貯水タンクの近くに置いた。
 
すると、「ニャ〜」と言う鳴き声と共に一匹の黒猫が姿を現した。
 
祐一の表情がほころぶ。そして、猫がご飯を食べるのを確認すると、自分も弁当を食べ始めた。
 
―――そして、どれほど時間がたったのだろうか。
 
昼食を取り終えた祐一は、猫を抱えながら昼寝をしていた。
 
昼休みを告げる鐘の音が聞こえるがそんなのは無視。
 
ゆっくりと秋風を受けながら深い眠りに落ちていく祐一。
 
彼はこの時、珍しく夢を見た。
 
何日ぶり……いや何週間ぶりだろうか、夢を見るのは……
 
 
夢の中身は、現実味のあるものだった。
 
それは自分が、あの忌まわしき過去があり、あの女が住む雪の街へ向かう夢。
 
七年前まで従姉妹だった少女が、彼を迎えに来るのを三時間も遅れてくる…そんな夢。
 
(そう言えば、ショーペンハウエルという人はこう言っていたな、
「夢の中では、だれもが自分自身のシェークスピアである」と――)
 
祐一は苦笑した。
 
もし、自分がそんな夢を望んでいるなら――
 
(とんだ、道化だよ)
 
 
後書き
バルドル0329「どうも、テスト前のバルドル0329です〜」
祐一「……今回アシスタントの祐一だ。」
バルドル0329「ノリ悪いな〜」
祐一「……そんなことより、あの微妙な冒頭は何だ?」
バルドル0329「気にするな、複線は一話でたてた、後はお約束通りに〜」
祐一「死にさらせ、この煩悩馬鹿………」
バルドル0329「うわぁ、ひどいよ〜」ダッダッダッ
バルドル0329は逃げ出した。
祐一「こんな腐れ外道でアホな作者ですが、見捨てないでください。それでは………」