雪と花火と高校生













「おい、どこ行くんだよ」

飲み会の途中、俺は帰ろうと思った。

何となく、こうして騒ぐことが虚しくなってしまった。最近女と別れた所為だろうか?

まぁ、女好きと評判の俺だが、好き勝手に喰っては捨て、をやってるわけじゃないって思ってきたが、最近はどうだ分からない。だから、こういう同じ大学の仲間で集まって、何人か女も来てる中で俺は虚しさに近いものを感じてしまっていた。

「ワリ。俺、フケるわ。金は置いてくから」

だから、俺は帰る。

「おい、最近付き合い悪くねーか?」

「悪い。今度埋め合わせすっから」

まぁ、悪い奴らじゃないのは確かだし、いい奴らなのも確か。

だから、素直に悪いって思っちまう。

「お…まぁ、いいけど」

仲間たちの騒ぐ声を後ろに、俺は飲んでた居酒屋を後にした。
















季節は冬。

正直に言って、俺は冬が嫌いだ。いや、そもそも好きな季節なんてあったか?

春は周りが浮かれてて鬱陶しい。

夏は暑くてやってらんねー。

秋は何もない。

冬は寒くなるし、雪も降るから願い下げ。

ましなのは秋ぐらいか。

ま、それも過ぎちまってるんだけどな。

ふと、今住んでるアパートの近くの河川敷に行ってみることにした。暫く歩いて、酔いでも醒まそうかと思った。

「…だり」

2分としないうちに面倒になって、俺は芝の斜面に腰を下ろした。冷たいが、濡れてるわけじゃない。

煙草を一本取り出して、咥える。

彼女がいた頃はあまり吸ってなかった。そいつが嫌煙家だったから。だから、少し減らしてた。

今は違う。吸いたくなったら吸う。そんな感じで、俺は国に無駄に税金を払ってる。

「一本寄越せ」

ふぅ、と一息ついたところで、少し幼さを残した声が聞こえた。聞き間違いでなければ「一本寄越せ」と聞こえたんだが。

「その煙草を寄越せ」

あぁ、間違いじゃないらしい。

そう思いつつ、声の主を見やる。

多分15,6ぐらい。女子高校生だな。

見た目は優等生的な感じ。髪も染めず、どこか捻くれた様子もない。真面目に、頑張っているタイプ。そんな感じだった。

俺とは、縁のない存在だったな。

けど、そんなのが煙草を寄越せとは穏やかじゃない。

そう思いつつ、俺は煙草を差し出した。

「火」

火を点けろと仰った。

誰が点けるか。

「ガキにはそれがお似合いだ」

そう。こんなもの、吸わないなら吸わないほうがいい。

「煩い!黙って点けろ!!」

けど、こいつ。かなり機嫌が悪い。

「私だって、誰の意見も聞かずに、反対されるようなことしてやるんだ」

早い話、あれだ。こいつは親に反発したいんだ。自分の意見なんて聞かれずに、勝手に大切なこと決められて、それに反発したいんだ。

ま、その手段に煙草を選ぶ時点でガキだな。反発するのに悪戯に自分を痛めつける手段を選んじまうあたりがな。

「煩い、ガキ」

「またガキって言った!!」

気に食わないらしい。

ま、俺でも気に入らんが。

「気持ちはわからんでもないが、自分を痛めつける手段は選ぶな。その体は、親が腹痛めてまで産んでくれたものだろ」

何を俺はこんなことを吐いてるんだ?説教するような人生だったか、俺は。

いや、自分という反面教師がいるからこその説教か。

だから、次の反応だって予想できる。多分、反発だ。

「その親に分からせたいからこんなことするんじゃんか!!」

ほら。けど、分からせたいなら他に手段ぐらいはある。

まぁ、簡単に思いつくのが自分を痛めつける方法ばかりなわけだからこんなことになるんだけどな。

「煙草が駄目なら、あんた…私を抱いてよ。遊びで。それならいいでしょ?それっていつかは通る道だし」

いつかは通る道って言った。つまり、こいつは未経験なわけだ。だったら許すわけにはいかない。

そりゃ、俺は自他共に認める女好きだ。でも、それなりのモラルぐらいは持ち合わせてる。

処女は抱かない。

勿論、例外はある。ずっと付き合っていってもいいって思える女ならそれでもいい。

が、そうでもない場合は絶対に抱かない。

それは、自分が本当に認めた相手にあげるものだ。遊びとかで捨てるものじゃない。

これが、俺の最低限のモラル。付き合っては別れを繰り返してきた俺の最低限のモラル。まぁ、最近は考えるトコもあるけどな。

「遊びで、捨てるもんじゃない。それに、そういうのは責任が取れる奴がすることだ。高校に入りたてのガキがやることじゃねぇ」

「またガキって…」

「少なくとも、ガキって言われて怒ってるうちはガキなのは確かだな。出直して来い」

何を真面目腐って説教してやがる。

こういうガキはさっさと帰らせるのが一番だろうがよ。

「嫌」

しかもこのガキ。嫌って言いやがった。

「絶対帰らない。あんな奴、お母さんなんかじゃない…」

あぁ…成る程。再婚か何かだろう。

それを突然知らされてしまったというわけだ。

それでも、今後も生きていくのであればどっかで折り合いをつけなきゃいけない。それを、こいつのわかっちゃいるんだろう。

けど、わかりたくないって部分もあるらしい。

「あんな奴…か」

「何よ」

だけど、言い方が引っかかる。絶対に認めたくない。そんな感情がよく分かるんだが、親は強制したんだろうか?

「お前の親父さんってさ、その人をお母さんと呼べって強制したか?」

「何でそんなこと訊くのよ」

お前が言ったからだ。

「いいから答えろ」

暫し、沈黙。

それから、

「…してない」

小さな声で答えが返ってきた。

やっぱり。そんな気はしていた。

多分、再婚したい人がいる。だけど、その人を娘に会わせたことがない。そこで会う場を設けた。だが、そこで娘は予想外の反発を見せてしまったわけだ。

「お前さ…早とちりしたんじゃねえか?別に、お前の親父さん、その人の事新しいお母さんって強制したわけじゃないんだろ?

 それって、お前のお母さんになるかもしれない人で、再婚を考えてて、それをお前に認めて欲しいってだけじゃねえの?」

俺はこんなキャラじゃねんだけどな。ま、こんなところでこんな時間に1人でいるガキを放って置けなかったってことだな。

散々、喰っといてあれだが、暴行事件とかそういうのを一番許せない性分だし。

早い話、心配だったんだろうな。1人きりで、色々抱え込みすぎてるこいつが。会ってまだ10分と経ってないだろうに。何故か。

「私…お父さんがいるだけで幸せだよ?」

「…そうかもな。だが、お前の幸せを願って頑張ってきた親父さんにご褒美をあげたっていいんじゃね?

 大切な子供がいて、奥さんがいる。そういうささやかな幸せってのもある。ましてや、片親ってのは苦労することもある。そういう不安も全部排除したかったんじゃないのか。お前の親父さん。

 そうだな。親孝行だと思って、前向きに考えてやんな」

ポン、と肩を叩いてやる。少しは吹っ切れたのか、最初の切羽詰ったような雰囲気は消えて、どこか柔らかい雰囲気を纏っていた。

多分、これが地なんだろうな。

「今日は帰れ。家の近くまでは送ってやる。その代わり、親父さんの平手一発以上は覚悟しといたほうがいい」

「ぅ…わかりましたぁ」

少しだけ嫌そうに、呟いた。気持ちはわかるがな。

俺も初めての無断外泊のときはこっぴどく殴られた記憶がある。ま、俺が悪かったんだが。

そう思うと、俺もまだまだ青い。

そうだな。女と付き合うにしても真面目に付き合ってかなきゃな。体だけの関係ってのに疲れてたんだろ、俺。それでどこか虚しくなってたんだ。

それが分かったんなら、俺もこいつに会えてよかったかもしれない。

「ま、愚痴とかあるんならまた言いに来い。そうだな…毎週火曜の夕方ぐらいにここでのんびりしてるから」

「…はい」

それから、こいつを送って帰った。

家の近くで、やっぱり平手一発喰らったのを確認した。それでも、その後には親父さんに抱きしめられてたんだが。ま、そんだけ心配してたってことだな。

それだけ確認して、俺は帰路についた。
















あの夜が週末、土曜の夜。

それから火曜日がやってきた。

「いました」

本当に来たよ、こいつ。

「お前こそ、マジに来たんだな…」

「来ないと思ってたんですか?」

「そりゃな」

あんなこと、普通信用しねえぞ。

「そんなことどうでもいいです。愚痴に付き合ってくれるんですよね?」

あの日の自分に少し後悔。ま、それはいい。

言ってしまった以上、責任は持とう。

「あぁ。流石にある程度内容は選ばせて貰うが聞こう」

そう、流石に女にしか共有できない悩みに関しては止めさせてもらう。そんなもの、聞いたところでどうしろってんだ。

「ああ…流石にそんなこと話しませんよ。今日は…お母さんになるかもしれない人の話です」

それから、もう一度会ったこと。一緒に食事して、結婚したいと考えていることなど、色々聞いたと聞かされた。

まぁ、それはいい。それは良かった、としか言えない。

「で、その人バツ1で私の2つ年下の男の子がいるって言うんです。そんな思春期真っ盛りの男の子と一つ屋根の下で大丈夫なのかなぁって。襲われたりしないかなって…不安で」

おい。遊びでいいから抱けって俺に迫ったのは誰だ?

それを口に出すと、苦笑いして「言葉の文です」と言い切りやがった。まぁ、勢いだったことぐらいは分かってるんだがな。

「そうだな…そんな経験はないからいまいちわからんが。だが、言えることは、その男の子っていうのがどんな奴なのか知ったほうがいいってことだな。

 確かに、思春期真っ盛りだろう。お前も含めて。だが、それでもそいつが母親の幸せを何より願うならそれは瑣末な問題になるだろ?お前だって親父さんには幸せになって欲しいって思うだろ?」

「…うん」

ゆっくり、静かに頷いた。

まぁ、こいつ。根が真面目な奴だからこんなに要らん事で悩んでしまうんだろうな。

「何事も、一回会ってからにしろ。会ったこともない人間を無闇に否定するな。それじゃお前が向こうに色々変なこと思われてたところで文句を言う権利すらなくなる」

今日になって思う。俺はカウンセラーでも目指すべきなんだろうか?

まぁ、それは兎も角として。

「遅くなる前に帰れよ。話ぐらいはまた聞いてやるから」

「はい」

帰らせなきゃな。そろそろいい時間だしな。

そうして、姿が見えなくなるまで見送って、俺も自分のアパートに帰った。
















木曜。

今日は大学に来てる。講義を受ける以外に何をしに来るんだとは思うが、遊びに来てる奴らもいるから一概には言い切れないんだよな。

「で、あれから女はできたのか?」

まぁ、こんな奴らがいるから疲れるんだが。

「少し、付き合い方考えようかなと思ってな…」

考えるも何も、このままいくと満足に責任も取れないくせに子供を作りかねない。そうなったとき、本当に幸せになれるのかって問題だって出てくる。

何せ、最近は幸せとかについて考えさせられることが多くなってきたしなぁ。

「お前が?あぁ、逃げない女捕まえようってか?」

「そんなんじゃねえよ」

こいつらとの付き合い方も考えなきゃいけないかもしれない。

少なくとも、今の考え方でこいつらと付き合っていくのは無理だ。こいつらにとっても女は喰って捨てる物だから。

それがいい筈がないのに、それでいいと思ってた。今となっては恥ずかしい。

きっと、真剣に思いを寄せていた奴だっていたかもしれないのに。

「ただ…消耗品みたいにするのが虚しくなっちまった。それだけだ」

「…つまんね。お前いねーと女ついて来ねんだもんよ」

そういうのに虚しくなったって言ってんだろ。

こいつらがこんななら決別したっていい。まぁ、バイト先の奴らならいい付き合いができてるし、他の呑み仲間…サークルの連中ならこいつらとは違った付き合いができてるし。

今更こいつらがいなくなったからってどうということはない。

「じゃな」

ま、これであいつと話してるときの疚しさがなくなったんだから、いいのかな。

「おーい」

「ぁ…?」

呼ばれて振り返ると、この前の飲み会のときの幹事が駆け寄ってきた。

「どした、エータ」

こいつはさっきの奴らとは別の付き合いをしてる。まぁ、早い話、気のいい飲み仲間って感じ。

こうして声をかけてくるときっていうのは、大抵飲みの誘いだったりする。そうでないときもあるが。

「ん、やー今度隣の女子大と合コンすることになったんだけど、お前フリーだよな?行くか?」

今回は合コンか。

てか、こいつ彼女いんだろ。何でこんな誘いしてくるわけ?

「や、今回は向こうからのお誘いでな。そこに俺の彼女が人数合わせで出ることになっちまったわけ。で、手を出そう何て馬鹿が出ないように俺が行くことになってるわけ」

成る程ね。てか、まだ何も言ってなかったんだが。

まぁ、俺がこういう疑問を口にするのはいつものことだから予想してたってことか。

「合コンか……止めとくよ」

行かないことにした。

女作ることにがっついてるわけじゃないから、合コンに出る必要はないだろ。

それに、女作っちまうとあいつとの約束を果たせない可能性すらある。それはアウトだ。

何だかんだで、あいつの話を聞くのを楽しみにしてる俺がいる。けど、そこに恋愛感情はないだろう。多分、保護欲みたいなものだろうな。それ以上はないと思う。

「珍しいな。お前がフリーの時に合コン行かないのって」

「ま…な。少し、考えたいことがあるから。暫くはフリーでいようかなって、思ってさ」

いつも寄ってきた女を拒むでもなくそのまま受け入れてきた。そして、別れてきた。

「そうなのか?まぁ、頑張れば悪評だって消えるだろ」

悪評、ね。事実なんだけどな、それ全部。

「じゃ、今度飲み会あったら呼ぶわ。それぐらいなら来るだろ?」

「あぁ」

それを最後に、エータとは別れた。
















土曜日。

今日はバイト。次の日はバイトも休みだから、何人かと呑みに行く予定。

…大学に入ってから呑んでばっかりだな。

「おい、12番さん、お前をご指名だぞ」

「何でこんな洋食屋のウェイターがホストみたいなことしてんですか」

俺を呼びに来たチーフに少し文句を言ってみる。いっても仕方ないってのはあるんだが。

「あ、来てくれた。何か、呼べば来るって評判だったんだよねー」

会ったこともない二人連れの女がテーブルの上を散らかしながら騒いでいた。

正直、こいつらには帰って欲しかった。

食べるときにはそれ相応のマナーが必要。…女にはなかったけど。

と、兎に角。それが俺の流儀だった。

そして、この女たちにはそれがない。

だからといって、帰らせるにしても店長やチーフに任せないと駄目だしなぁ。

「お客様。こちらのお皿のほう、お下げしてもよろしいでしょうか?」

精一杯の譲歩。こいつらが散らかしたものを撤去させろ。それぐらいやらせろ。そして帰れ。

「あーそんなんどーでもいーよ。それよりさ、話しようよ」

「お客様。ここはホストクラブではありません。確かに、お客様に満足していただけるように勤めるのは当然ですが、ここはレストランです。

 そして、ご覧の通り、店のほうも混雑してまいりました。お客様だけのご相手をしているとそれだけ他のお客様の迷惑にも繋がってしまいます。ご理解いただけないでしょうか?」

やばい。俺、キレそう。

「あたしたちだって客だろ!!お客様は神様じゃないの!!」

あーあ。やっちまった。

俺、クビかな?

「お客様」

店長の声。

「今日はもうお帰りください。こいつが申し上げましたように、当店はホストクラブではありません。ましてや、そろそろディナータイム。店としてはお客様だけに貴重なスタッフを1人割いたままというわけにはいきません。

 それから、誤解のように申し上げますが、店の側から言ってみればお客様は神様ではありません。こちらの不利益になるのであれば多数のお客様の為に1つの客を切り捨てるくらいはします。

 そして」

店長が一度言葉を切った。

この人もぶちギレてんな。

「貴様らはこの店の害悪だ。折角穏便に済ませようとしてるうちのスタッフの厚意を無碍にしやがって。2度と面を見せるな。とっとと失せろ」

ありがたいけど、俺も処分覚悟しないとなぁ。

どうするよ。クビになったら。

「…よく、落ち着いて対処したな。なるべくこんなことにならないよう、俺も堤には言っておく。

 ま、今日は帰れ。客の目が全部お前に向いてるからな。少し、間をおこう。あてにしてるからな」

嬉しい言葉だった。

俺が、必要とされる。それは、嬉しいものだった。

あいつは…必要とされなくなることが怖くなったんじゃないだろうか。

もしも、親父さんが再婚して自分が見向きもされなくなることが一番怖かったんじゃないだろうか。

普段考え付かないことだから、気付かなかったが、多分、こういうのもあったんだろう。

それがわかったこと、バイトで必要とされていることが認識できたこと。すべて、分かってよかった。そうでなかったら、俺は…

俺は、どうしたんだ?わかってたらどうだっていうんだ?

分からない。自分のことなのに、分からなくなった。
















そして、また火曜日が巡ってきた。

あいつはまたやってきた。

「今日はちょっと毛色の違う悩みなんですよ」

「ぁ?」

家族のほうはけりがついたってことかな。だとすれば、よかった。こんな俺でも、少しは力になれたんだろう。

「その、ですね」

「あぁ」

どこか、歯切れが悪い。緊張しているように見える。

「あの…私たちって、名前…知りませんよね?」

「そうだな」

指摘されるまで気付かなかった。知ったからといってどうというわけでもない、そう思っていたからかもしれない。

だが、こいつにとってはそうではなかったようだ。

「その…友達に、あなたに色々聞いてもらってること話したんですね。そしたら、私があなたのこと好きなんじゃないかって話になって…それで、名前ぐらいは聞いたほうがいいっていうんです」

こいつ、素直にもほどがあるんじゃねえか?

名前を知りたい理由を素直に聴いて来いって言われたからって白状する奴なんてそうはいないだろ。

「別に私…誰かのこと好きとかってわけじゃないんですけどね…結構、皆お節介なんです」

こいつの場合は自覚してないか、端からそんな感情抱いてないかのどっちかだな。それを、友達は自覚してないって思ったわけだ。

それにしても、相手が俺かよ。

もしも前者だとするなら、諦めてもらおう。俺なんかを始めての相手にすることはない。それは違うだろ。

「でも、お名前は知りたいです」

「そうか…けど、俺たちに名前は必要か?俺たちはここで会った。そして、通りすがりの人間として愚痴を聞いて、聞かせて…そんな関係でいいんじゃないのか?

 あんまり深く関わりすぎると、今なら言えることが言えなくなるってこともある。それでもいいか?」

そうだ。別に俺たちに名前は必要ない。

『お前』に『あなた』。それで十分なはずだ。

「うーん…まぁ、こういう名も知らぬ赤の他人だから言えることもありますけど…」

こいつは、何故か言いよどんだ。視線だけで続きを促してみる。

「でも、名前も知ってる関係だから言えることだってありますよ」

それは、友達とか家族に言え。俺に聞かせる必要はないんじゃないか。

そう、言おうと思った。

「さっきはああ言いましたけど…私、あなたのこと好きなんですよ?人に言われてやっと自覚したんですけど…好きですよ?」

なのに、こいつは…

何で告白なんてしてきやがる。

「…一晩待ってくれ。明日の夜。そこで答えを出す」

すまない。だが、俺はこいつの感情なんて考えたことはなかった。だから、考える時間が少しでも欲しかった。

今日は、帰らせた。姿が見えなくなるまで見送ることもなかった。
















俺は、今年の夏にその時の彼女と買った花火を引っ張り出した。理由なんて知らない。

ただ…あの時が今までで一番彼氏彼女らしい関係だったと思う。だから、これを出したんだと思う。

答えは、出てる。バイトはない。

そして、日が落ちる前に部屋を出た。

目的地はあいつと出会った場所…河川敷。あれから、あいつと会うのは必ずそこだった。

俺自身、会うのを楽しみにしてた。それは、俺があいつに惹かれ始めている証拠だったんだろう。

そして、夕暮れの斜面にゆっくりと腰を下ろした。

今日はいくらでも待とう。普段なら俺が待たせるほうなのに、今日だけは待ち続けることを選んだ。

「…寒いな」

あれから、かなりの時間が過ぎた。

あいつは、来ない。

愛想でもつかされてしまったか。そうだとすれば、かなりショックだな。まぁ…今までの俺に対する報いだと思えば、理解だけはできるが。

ふと、つい最近までよく聞いていた声が聞こえた。

女を喰って捨てるものとしか認識してない…最近までの俺の同類の声だ。

そして、一緒に一番声を聞きたい奴の、一番聞きたくない声が聞こえた。

悲鳴。

冗談じゃない。

貴様らは俺からそうやって大切なものを奪っていくのか?

俺は絶対にやるまいと決めていた奪うという行為を奴らは何の躊躇もなくやってるってのか。

それは許さない。

やっていいこととやっちゃいけないことがある。

エータが言ってた悪評の正体はこれか。

絶対に許さない。それに気付かなかった俺自身と、俺を隠れ蓑に好き勝手やってきた奴ら。全て、許さない。

そう思うと、気付けば駆け出していた。放置されていた自転車を、奴らの背後に投げつけた。

「げ…」

何が「げ」だ。

「貴様ら…何してやがる」

「い…いや、これからこの子と遊びに行こうかな〜って、なぁ?」

1人が周りに同意を求める。

だが、襲われてる本人がそれを台無しにした。

「助けてください!!」

「この糞ガキッ!!」

それを聞きたかった。

『助けてください』と言われたからには躊躇はない。俺は奴らに向かって駆け出した。

「俺の邪魔をするなぁっ!!」

容赦のない蹴りと共に1人を吹っ飛ばした。















「…本当にすまなかった」

全員ぶっとばしてから、当初の約束の場所へと連れ出してから謝った。

謝らなきゃいけない。知らなかったとはいえ、俺の知ってた奴らが襲ってしまったわけだから。

「そんな…助けてもらって、謝られるなんて」

「違う!!」

俺は全力で否定した。

何故なら、

「あいつらは…少し前まで俺と付き合いがあった。そんな奴らがお前を襲った。それで無関係でしたって言えるほど俺は面の皮は厚くない」

俺は、あいつらの側の人間だったから。

それは、決して消えることはない。

「それでも…私は感謝してます。だって、あなたはあの人たちを否定したんですから。

 だから、私はあなたに想いを伝えられて良かったって、今でも思えるんですよ?どんな答えが返ってくるかなんてわからないですけど」

こいつは…俺を許してくれるんだろうか。

俺に、許される権利はあるんだろうな。

だって、こいつは俺という存在を受け入れるつもりでいる。

「聞かせてください。さっきのことなんて関係なく、考えてきたこと、それを聞かせてください」

こんなに、優しい奴を、俺は今まで切り捨ててきたんだな。それを漸く知った。

だから、それに応えよう。

「俺は……いや、後にしよう。1つ、試したいことがあるんだ」

そう言って、その場に放り捨てていた花火を拾い上げた。

「…それは?」

「遊ぼうか。答えを知りたいんだ。自分自身の。ただ受け入れるだけじゃ意味がない。

 だから、まず遊ぼう。それで、楽しめるって分かれば俺が受動的なだけじゃないって分かるから」

あの日…これを一緒にやるはずだった彼女とは楽しむことができたんだろうか?

いや、今は目の前のこいつと楽しむことだけを考えよう。

今はそれだけで、いい。

「あ…」

あいつの声につられて、空を見上げた。

「雪…ですね」

「今年は随分遅かったな」

初雪だった。流石の俺も雪の中で花火するのは初めてだった。

初体験、か。久々の初体験だな。

「よし。やるぞ」

いきなりあいつの持ってた花火に火を点けてやった。

「え、えぇ!?いきなりですか!!」

「そうだ、待ったなしだ!」

こんなにはしゃぐのは何時以来だろう?多分、高校が最後だろうな。何時しか、こんな風に馬鹿をやることはなくなっていった。

気付けば俺の隣には女がいて、毎日をだらけた状態で送っていた。

それじゃ駄目だったんだ。俺には、隣に立ってる飾が必要だったんじゃない。

今こうして、多少の無茶でも聞いてくれる、そんな理解者が必要だったんだ。

今まではそんなこと気にする必要はなかった。だって、そういう悪友だっていたし、家族という最大の理解者だっていてくれた。

けど、大学に入って1人暮らしになって、忘れてしまっていたんだ。そんな大切な存在を。

「よし!いくぞ」

「ちょ!!それは危ないですよ!!」

楽しめ。今はもう帰ってこない。一瞬後にはそれは過去に変わる。

だから楽しめ。

そう、今こうしてあいつに地面に埋め込むタイプの連発打ち上げを向けてるように。

「大体、それ…手に持つものじゃないですよね!?」

何を不思議なことを言っている。これはこうするのが常識だろう?(よい子の皆さんへ。この行為は大変危険です。自分と友達が大切ならきちんと本来の使用法を守って遊びましょう)

「ファイヤー」

「ほんとにつけたー!!」

逃げ惑う小娘。

クックックック…さぁさぁ、逃げ惑うがいい。俺はそれを見て楽しませてもらうからな。

なあに。安心しろ。次弾装填準備は整っている。

「こうなったら…」

む…いかん。あれはロケット花火。

「ち…一斉発射だ!!」

「こっちもです!!」

お互いに持っていた花火全てに火をつけた。

俺は向かってくるロケット花火をよけながらあいつに向かって花火を向ける。

あいつも必死に逃げ惑いながらロケット花火をこっちに向かって撃ってくる。凶悪だ。

俺も人のことは言えないが。















「終わったな…」

「はい。あ、そこまだ落ちてますよ」

全ての花火がその役目を終えて、ゴミに変わった瞬間、俺たちの最初の仕事はゴミ拾いになった。

しかし、よく通報されなかったものだ。

「あーあ。これで私、無断外泊です」

もう日付も変わって、夜も明けそうだった。

確かに、高校生には痛いことなのだろう。親に外出禁止にされることもあるかもしれないし。

だが、今回は抜け道がある。

「あぁ、警察に行こう。あの連中、警察に突き出すから」

そう、あの糞供だ。

あれを突き出せば、警察にいましたってことで理由はつけられる。

「そうですね。突き出しちゃいましょう」

俺の、奴らへの決別の意思を感じ取ったのか、明るく言ってくれた。

「それから、答え。あれな、体の関係だけは勘弁してくれ。俺自身、そんな責任は取れないから。

 今は、中学生カップルみたいなのでいいなら、OKだ」

「あ…ありがとうございます!」

それから、お互いに自己紹介をした。

俺のバイトのシフト、大学の講義、サークルの日程、それらを全て考えてデートする日取りとかを決めた。

それから、遊びに行く日も。

暫くはあいつの方が落ち着かないだろうからあいつに合わせるようにしていくけど、落ち着いたら俺が引っ張っていってやろうか。そんなことを考えてしまう。

ま、独りよがりな考えだからあまりよろしくはないんだが。

ま、ゆっくりやっていきますか。

「あ、葉月さん」

俺は何も言わない。これは、約束が違う。

「ぁぅ…和輝、さん」

「正解。よくできました」

何となく、頭をなでてやる。

「私、妹じゃないですよ」

「すまん。蓮」

名前で呼んでやった。何となく、妹を軽くあしらってる奴らの気持ちを理解した瞬間だった。

それから1つ、激しく問題もある。

「お父さん、言ってました。お店にホストみたいなウェイターがいるって」

連はあの堤チーフの子供だった。ってことは、チーフ、結婚か。

「言っておくが、俺はホストじゃないぞ。チーフは悪乗りしてるけど、この前それで店長に注意されてたし。

 それに、だ。俺にはお前がいるからな。店で口説くような真似はしない」

真面目に、人と付き合っていくって決めたから。

俺は、自分からこいつを捨てたりはしない。

さて…チーフには何て言おう?















あれから、最初のバイトの日がやってきた。

平日だから夕方は閑古鳥状態になるから余裕がある。

そこで、掃除を始めた俺はレジで帳簿と睨めっこをしてるチーフに話しかけた。

「チーフ、今度結婚なさるそうですね」

「ぶっ!!」

チーフが飲んでた缶コーヒーを噴いた。やはり、秘密にしてたからだろうな。

「き、貴様!!どうしてそれを…」

「駄目ですよ、娘さんへの説明は前もってしっかりやってかないと。

 で、お相手はあの方ですか?」

常連さんで、大体俺が早番の日、上がる少し前ぐらいにしか来ない人。その人は一度だけ中学生ぐらいの男の子をつれてきたことがあった。多分、その頃には再婚の相談がされていたんだろう。

その時点で3ヶ月前だ。

幾らなんでも放置しすぎだろう、蓮のことを。

「どこで知った」

やば…声が据わってる。

「…前に、娘さんが家を飛び出した日があったでしょう?あの日、飲み会の帰りに会ったんです。

 突然煙草寄越せは驚きましたよ」

「…やったのか?」

ここに来て、声音が変わった。

まぁ、そうだろうな。娘が非行しようとしてたんだから、心配になるのは当然だ。

もしもここであげました、とでも言ったら俺の命は消えてなくなるだろう。

「あげませんよ。もっとも、その後に遊びで抱けって言われたときには本当に驚きましたが。勿論、そっちもやってないですよ?」

お付き合いはさせていただいてますが。

それは言わない。反応が怖いから。

「そうか…そうか、これで合点がいった」

いや、既に恐ろしいんだが。

「貴様か…うちの錬についた害虫は」

おいこら。どういうことだ。

蓮。お前は俺に死ねと言うのか?

「ちょ、ちょっと待ってください。俺は、あいつの愚痴を聞いてただけで…告白は蓮の意思ですよ。俺は、一晩考えて、それで答えを出して付き合うってことになったわけでして…

 それに、まだ抱かないって約束もしました。あいつと俺が責任を取れるようになったらって、決めました」

慌てて事情を説明した。

ほっといたらマジに殺されかねん。この親馬鹿め。

「…お前死ね」

うわ、死ねって言われたよ。

勘弁してくれよ。死にたくねえよ。

「ってのは冗談で。ありがとうな、あいつを助けてやってくれて。あいつが出会ったのが今のお前でよかった。

 頼むから、大切にしてやってくれ。家族で結婚されるなんてことになったら俺は首を吊りそうだったから」

「は?」

「いや、向こうの子供がな、かなり手が早い奴らしいんだ。で、蓮の写真見て『タイプ』とか言い切りやがった。

 殺してやろうかと思ったね」

蓮。お前の予感、当たってたわ。

「それより、お前…来年卒業だったよな?」

「はい」

何がそれよりだ。話題を変えすぎだ。

「今は、どういう進路を考えてる?」

先のこと…早い話が就職のこと。

まぁ、考えてるって言えば考えてる。

「…サービス論を専攻でやってますからね。合わせてテーブルコーディネーターの資格も取りましたから、飲食店とかのフロアスタッフですかね」

ここでバイトを始めたのは専攻してるサービス論の参考になると思ったからだ。

そして、いつしかそこに楽しみを覚えていた。

「そうか…お前さえよければだが、ここで働かないかって、店長と話してたんだ。

 この前の、お前を指名した客への対応…お前の立場ではあれが正解だ。そういう部分も考えて、最初から俺の次ぐらいのポジションになると思う。

 ま、それでも今と変わらんがな」

確かに、俺はここのバイトの中では一番の古株だ。

元々、この店は店長とチーフが作った店で、最初は2人だけで回してたらしい。

だが、それで追いつかなくなってバイトを雇いだしたそうだ。

しかし、店長が自分とチーフ以外は絶対に厨房に入れないから必然的にバイトがフロアを回し、テーブルも少なくなったのだ。

そして、勤続2年を超える俺がバイトリーダーになってるということ。

「なんていうか…嬉しいんすけど、何で急にそんな話を?」

「いや…お前をここに残してやると、お前を蓮の近くに置いとけるんじゃないかと思ったからな。

 できれば、あれには失恋なんて経験して欲しくない。ましてや、ふられるなんていうのもな。だから、頼む。幸せにしてやってくれ」

おい。いきなり結婚の話かよ。それにしたって俺の実家のほうの了承だって得ないことには始まらない。

まぁ、こうして考えると蓮の親がチーフでよかったって思える。

「あ、それから。今度家に来い。新しい家族になるかもしれないお前にいくつか相談がある」

それにしても、気が早すぎるけどな。















「あはは。お父さんらしいです」

あの日のことを蓮に話した。

勿論、笑い話にしかならなかった。

「でも、お父さん…気が早いですね」

「そうだな。大体、俺の親の了承すら貰ってないのにどうするつもりなんだか」

もっとも、俺が大学を出て、蓮も高校を出ないことには話にならない。それも、これは最低限のライン。

俺としては仕事が軌道に乗った頃にそういうことにしたいが、それまで蓮が俺で満足してくれるかどうか、それも問題だ。

「私は待ちますよ」

「ん…そう言ってくれると嬉しいが、本当に待てるか?何年先になるかも分からないのに」

そう、俺は不安だった。

人という存在が永遠でない以上、その想いとて永遠ではない。だから、どこかで離れていってしまわないか。怖くなる。

「だから、待ちますって言ってるじゃないですか。そうですね…」

蓮は明るかった。

こいつにだって未来に対する不安はあるだろうに、そんなことを感じさせない。

「私、料理の道に進みます。それで、いつか2人で小さくてもいいですからお店を出しましょう。

 そしたら…ずっと同じ目標に向かって頑張れますよ」

参った。

こいつ、俺なんかよりもずっと真面目に考えてた。

けど、未来の可能性を示されたからには頑張るしかないだろう。俺も蓮も。

俺自身、サービス業でどこまで食っていけるかはわからない。けど、それはこれから料理の道に進もうとする蓮も同じなはずだ。自分がどこまで通用するか、そうそう分からない。

だが、それでも俺たちは止まらないと思う。

ずっと、忘れてたこと。

夢を持つということ。

夢は花火のように派手に打ち上げて、消えていくこともあるし、雪のように積もったかと思えば消えてなくなってしまうことだってある。

それでも、それを確かなものに変えたい。消えてしまいそうならそれを繋ぎとめる。

それだけの努力をしないと、夢なんて一生叶わない。

「…棚ぼたは駄目か?」

「……考えておきます」

まぁ、そのためにバイト先の乗っ取りを真剣に考え始めた俺たちは何だかんだで横着なんだろう。

もっとも、それは頑張れば叶いそうではあるが。

「頑張れよ、高校生」

「何ですか、それ」

「決まってるだろ?俺なんかよりも、まだ未来が選べるんだよ。だから、俺は自分にできる範囲でお前を応援するし、支えてだってやるってこと」

俺に未来がないわけじゃない。

けど、蓮はまだ高校に入って一年も経ってない。だから、この先、別の未来を見つけてしまっても、俺はそれを止めはしないだろう。

寧ろ、俺が蓮の選択の幅を狭めたら駄目だ。

蓮は、未来をしっかりと考えて選んで欲しい。

そして、それが俺と同じ道を歩んでいけるものであれば、もっといい。

「そうですね。頑張ります、高校生は。だから、大学生も頑張ってくださいね」

「わかった」

そうだな。大学生だって、頑張る。頑張れないわけがない。

第一、こんな可愛い彼女からの応援を、裏切れるわけがない。

気付いてなかっただけで、こんなにも真剣な想いを踏みにじってきた俺が、今、こんなにも蓮の言葉一つで一喜一憂している。

それは喜ばしいこと。

蓮を大切に想っているからそう思える。

きっと、あの頃のままだったら今みたいなことを考えたりはしなかっただろう。

君に出会えたあの日に感謝して、君に想いを伝えられた日を忘れない。

君を奴らから守った日のことを胸に刻み、初雪の降る中で花火をしたあの日を、絶対に忘れない。

それが、俺の、未来にとって大切なものになるから。