君がいなくなってもうすぐ八年になる。
 僕は、いや僕たちは母娘の絆というものについての認識が甘かったのかもしれない。
 一体何があの子にそれを伝えたのだろう?
 まさかあの場に――君が僕に別れを告げたまさにその瞬間に寝ていたはずのあの子が現れるなんて。
 あの子は脇目もくれずに君に飛びつくと目を腫らして君の名を呼び続けた。
 あの子がどこまで事態を把握していたのかはわからない。
 でも、直感で君との別れを感じていたのだろう。
 君はそんなあの子を左手でそっと撫で――
 そして、あの子の見ている前で消えた。
 その時のあの子の取り乱しようと言ったら――なかったよ。
 あの子が人の『死』というものをどこまで分かっていたかは判らない。
 でも、それが普通の『死』ではないことは理解できたようだ。
 結果、あの子は君の死を受け入れられず心を閉ざしてしまった。
 僕では駄目だった。
 あの子との絆が浅い僕ではあの子の心を開くことは出来なかった。
 いや、皮肉にも君の事を黙っていようとした思いやりが、あの子との間に築いた信頼関係を破壊してしまったんだ。
 歯痒かったよ、山女。
 僕はそんなあの子に何もしてやれなかった。
 そして、君がいなくなってから三週間後――
 また悲しいことが起こったんだ。


 立て続けに襲ってきた悲しみに僕は一時失意のどん底に叩き落されたよ。
 でもね、もう大丈夫。
 僕は立ち直っているから。
 君の残してくれたあの子も今は陽気にあっちこっち駆け回っているよ。
 ちょっとはしゃぎすぎなんじゃないかと心配でもあるけど。


 そうそう、あの子に恋人が出来たんだ。
 ものみの丘を挟んで向かい側にある隣街の男の子だって。
 あの子にその話を聞いたら、おとぎ話みたいな不思議な恋物語を話してくれたよ。
 と、それは僕達も同じか。
 でも、あの子の物語はきっとそれ以上に不思議な物語だと思うよ。
 『もう一度会いたい』という想いを抱いて、仮初の姿でこの街を駆け回った小さな天使。
 それはひょっとしたら君の血があの子に与えた不思議な力だったのかもしれないね。
 今度、じいちゃんとばあちゃん、そして君が眠るあの丘の近くのお墓に報告しに行くよ。
 ところで、こんなこと言うのもなんだけど――君、ちゃんとあの子に躾をしたのかい?
 人様のお店から食べ物をかっぱらうなんて誰に似たんだろうね、まったく。
 しかも懲りてないってところが本当に誰かさんに似ているよ。


 まあ冗談は置いといて、僕は君との思い出をあの子に話そうか悩んでいる。
 話しても信用してくれるかわからないし、こんな長い話をちゃんと話し切れるかもちょっと自信がない。
 たとえ話し切れてもあの子が最後まで勘違いせずちゃんと聞いてくれるかがそもそも不安だ。
 あの子は君に似てどこかずれてるから。
 本当に――困ったところもかわいらしいところも君によく似ているよ。
 あの子の笑顔を見ていると、僕が好きだった君のあの表情を思い出させられる。


 いけないいけない。
 こうやって書いているとなんだか君と本当に会話しているみたいで嬉しくなってついつい余計なこと書いてしまうな。
 それで僕は君との思い出をこの手記に書き記しておくことにした。
 いつかあの子に僕と君の本当の思い出を知ってもらいたいから。


























僕達の最愛の娘 あゆへ






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