それは潜伏したガルガンチュアの内部での出来事……
カランと金属が床に落ちた音が響く。
一度目は二回響いた。
二度目も二回響いた。
三度目も二回響いた。
四度目は三度響いた。
五度目以降は一度しか響かなかった。
私は首筋に当てられていた剣先から開放されると床に落ちた私の剣を拾う。
数日前までは床に落ちているのは二本の小太刀だった。
だけど今、私は剣を拾う立場になっていた。
「やっりーぃ! これで今日もおやつは俺のものだな!」
「ちっ……」
「だぁーっはっは! 情けねぇな、副幹」
「ムドウ、彼女が情けないのではなくヤカゲの伸びが異常なんです。動きを見ていれば解る。相当腕の立つ暗殺者だったのでしょう」
「でも、俺ぁお前みたいなネクラ暗殺者よりもヤカゲの方が好きだぜ。仲良くなれそうだ」
「それはこちらの台詞です、ムドウ。彼の戦い方には華麗さと命を奪う冷徹さが籠められている、ムドウのような力だけの戦い方ではないだけ仲良くなれる」
「あの二人はまたケンカして……それより副幹。どうしてヤカゲの流派が解ったのです?」
「知り合いの剣士の技を適当に教え込んだだけさ、あとはヤカゲが勝手に技を思い出していっただけ……だけどこんなに馴染むとは予想外だった」
溜息をつきつつも若干嬉しそうに、街におやつを買いに行こうとしていたロベリアをイムニティが引き止める。
「副幹、二つほど提案があるのだけれど……」
「なんだい?」
「その剣士が生きているならヤカゲと戦わせてみようと思うのだけれど、どうかしら?」
「私は賛成出来ないな、ヤカゲは失うのには惜しい人材だ」
「ヤカゲが負けるとでもいうの?」
「ああ、少なくとも今のままじゃ負けるだろうね……そいつはネクロマティックを駆使した本気の私でも勝てなかったんだから」
「……何ですって? 冗談でしょう?」
「さて、どうだかね……で、二つ目の提案は?」
ロベリアはやや強引に話を切り、次を促す。
話を促されたイムニティは若干頬を赤らめながらロベリアに頼んだ。
「ついでに私の分も買ってきて……この前のケーキは絶品だったもの」
黒き翼の救世主 その29 破滅の黒剣士T
「ダウニー先生、私は救世主クラスを全員集めて欲しいとお願いした筈なんですが……」
「申し訳ございません……」
フローリア学園の学長室でミュリエルが不機嫌そうに言い放つ。
「で? 高町恭也の姿が無いのは一体どういうことです?」
「それが……」
ダウニーが言う前に、その後ろに控えていた救世主クラスの面々が口を開く。
彼らはミュリエルの呼び出しをくらい、訳の解らぬまま学長室まで来ていた。
「あー、恭也はバイトだってさ」
「バ……バイト?」
「なーんか、今日に限ってどうしても朝っぱらから出かけなくちゃいけないとか何とかで、学校休むってイレインさんが言いに来た」
「イレインさんが……?」
ミュリエルが首を捻る。
おかしい、そういう言付けをするならイレインよりも同じ学園にいるフィアッセ・クリステラの方が妥当だ。
わざわざイレインに言付けする必要は無い。
……ということは。
「もしかして、フィアッセ・クリステラも居ないと言うのではないでしょうね」
「そういえば、食堂でフィアッセさん、見かけませんでしたね」
「……至急、高町恭也のバイト先に連絡を入れて、彼をこちらへ呼び戻しなさい!」
「はっ!」
ダウニーが水晶球を取り出して何だかよく解らない呪文を唱える。
「それより大河くん? その首に巻いてる毛皮は何なのかしらぁ〜ん?」
「見ての通り、毛皮以外の何物でもないです」
「今日ってそんなに寒いかしら?」
「今日は毛皮って気分なんだ」
ダウニーが水晶球に何かしている間に、ダリアを始めとして教師陣が気になっていたことを聞く。
それに受け答えしている大河はそれほどでもないが、後ろにいる救世主クラスの面々は呆れた溜息をついていた。
そんなやり取りの後、しばらくすると水晶球に若い女性の顔が映し出された。
『はぁ〜い、喫茶ファミーユで〜す! 申し訳無いですけどデリバリーとかはやっていませんけど……』
「いえ、デリバリーでは無く……高町恭也くんがそちらにいると思うのですが……」
『……えっと、どちら様ですか?』
「フローリア学園教師のダウニーですが……」
『わっ、仁〜! 学園の人から連絡来たよー!? どーしよー!?』
『ちょっと由飛さん! 回線開きっぱなし! ついでに3番オーダーお願い!』
『あっ!? え〜ん! どうしよう、仁〜』
『いいから由飛は落ち着いて3番オーダー……お見苦しいところをお聞かせしました、ファミーユ店長の高村です』
「フローリア学園、教師ダウニーです。そちらに高町恭也くんがいると思うのですが、替わって頂けますか?」
『えーっと……その事なんですが……非常に申し訳ないのですが……今、彼はファミーユにいません』
「どういう事です?」
『実は、朝早くに馬車でアルブ中央辺りの村まで出かけていまして……』
「……話が見えないのですが」
『実は、こちらの店の仕入れ先の村からここ二日ほど全く荷物が来ないのです。それで何かあったのかもと思い、彼に直接取りに行ってもらうことになりまして……』
「……つまり、彼は二日は帰ってこないという事ですね」
『はい』
「そうですか……失礼しました」
ダウニーが魔法を切ると室内に静寂が訪れた。
「まったく……彼にも困ったものですね。救世主クラスとしての自覚をもう少し持っていると思っていたのですが……」
「まぁ、良いではないかミュリエル。その仕入れ先の村との連絡が取れないならそれも破滅の手の者の仕業かも知れんからな」
そう言ってミュリエルの陰に隠れるようにして立っていた少女が救世主クラスの前に姿を現す。
その少女は前に迷子になっていた少女……
「久しぶりだな、大河」
「あっ、お前、あの時の!?」
「過日はすまなんだな、それも全てはお主らの実力を見極めるため……それが選定姫としての役目なのだ」
「選定姫……まさか……クレシーダ殿下!?」
「センテイキ? 洗濯機みたいなものか?」
「もうお兄ちゃん! そんなわけ無いでしょ!」
「まぁ、何にしても今からする行動には変わりは無いけどな」
といって大河はつかつかとクレアの方に歩いていって……パシンと頭をはたいた。
『なっ!?』
「何をする!?」
「あのなぁ……あのあと、クレアがあんな事の直後にまた迷子になったのかと思って俺達、探し回ったんだぞ?」
「そ、それは悪いことをしたな……すまぬ」
「俺だけじゃなくて、皆にも謝っておけ」
「うむ、そうだな。皆、本当に申し訳なかった」
救世主クラスの面々に向かって頭を下げるクレア。
その光景に大河とクレア以外の面々はポカーンと呆ける事以外に何も出来なかった。
「ところで大河? さっきから気になっていたんだが……」
「なんだ?」
「大河の首に巻きついておるその毛皮……さっき少し動かなかったか?」
「き、気のせいだろ?」
じぃ〜とその毛皮を凝視して大河の前後左右をぐるぐると回るクレア。
「う〜む………………とりゃ!」
そんな掛け声と共に、毛皮(?)に触れるクレア。
そして悪いことに、その触れた場所が毛皮(?)の敏感な場所だったらしく……
「くぅぅん!?!?」
鳴き声と共にシュバッと大河の首から離れ、地面に着地する毛皮。
お気づきだろうが、久遠(狐Ver)である。
「おおお! 狐か! 実物は初めて見るな。ところで大河? どうして狐が大河の首に?」
「いや、実はイレインさんからの伝言がもう一つあってだな……この狐の面倒を見ててくれだと……狐に何かあったら……斬る……と脅しまでつけて」
「…………」
「で、この狐が俺から離れようとしなくて……」
「それで……ですか」
大河の弁明を聞いていたミュリエルが溜息混じりに言い放つ。
「あ、でもこの狐さん、すごく頭が良いんですよ? お兄ちゃんや私達の言うことをちゃんと理解しているみたいですし」
「…………」
未亜のフォローを聞いて無言で久遠に近づいていくミュリエル。
ミュリエルは大河の足の影に隠れた久遠の近くまで手を伸ばし、手の平を上に向けて……
「……お手」
「お母様……犬じゃないんですから……」
「くぅん」
リリィのツッコミの直後に、ぽふ、とミュリエルの手の平に置かれる小さな狐の前足。
「おお! すごいな狐よ! ほら、お手」
「くぅん♪」
それを見たクレアも狐にお手を命じ、久遠もそれに応える。
「かわいいのぉお主は! それに頭もいい。お主の飼い主も頭がいいのだろうのぅ」
「高町、座学の授業中はいつも寝てますけどね」
「先生が来ると目を覚ましますけど……」
「あ、拙者もそれくらいは朝飯前でござるよ!」
「なにぃ!? カエデ! 今度その方法教えてくれ」
「貴方たち……教師である私達の前でよくその話が出来ますね……」
「う……しまった」
「でも、高町さんってこの世界の事は全然ですけど……やっぱりキレ者って感じはします」
「その意見には賛成です……彼は結構な手の内を見せてくれましたけど、まだ全ての手の内を見せたという感じはしないです……彼はまだ心の何処かで私達を信用していません……私達を仲間だとは認識しているとは思うのですが」
ミュリエルはそれを聞いて思う。
確かに彼女達の言う通り、高町恭也は秘密を持っている。
魔王ルシファーを匿い、私、ルシファー、高町恭也の三人は同盟関係にあることは誰にも知られていない筈だ。
私達の真の目的である神の抹殺、それが不可能な場合の救世主候補の抹殺。
高町恭也は神の抹殺には首を縦に振ったが、救世主候補の抹殺には首を振ってはいない。
だが、それでも少なくとも彼はこの秘密を口外はしない。
そんな事が広まったら私達が逆に抹殺されてしまうだろうから。
だけど、彼が他に隠し事が無いとは言い辛い。
彼女達の言う通り、高町恭也はキレ者だ。
戦闘者らしい、クレバーな思考能力を持っている。
そんな彼が早々に全ての札を切りつくすだろうか?
答えは否だ。
少なくとも、リコリスとの一戦で出した技はそのまま隠匿しておくことが出来たはずだ。
それを出した……ということは、さらに何かを隠し持っている可能性が高い。
例えばこの狐。
常に高町恭也のそばにいる。
まるで彼を守護するかのように。
そして、高町恭也がこの場を離れると、まるでこの狐が代わりと言わんばかりに、救世主クラスの傍に置いた。
……それにこの狐、頭もいい。
人語を解しているのではないだろうか?
……さすがに、考えすぎかしら?
私は気持ちを切り替えて救世主クラスに王家からの依頼を伝えることにした。
……だが、疑心の種は消えることは無かった。
……と、学園側でそんなやり取りをしていたころ。
「恭也……」
「恭也?」
「…………」
恭也は死地に立たされていた。
馬車の中で瞑想をしてる恭也。
その左に恭也の腕を抱えて相手の方を威嚇しているフィアッセ。
反対側に腕こそ抱え込んでいないが、身体を必要以上に密着させてフィアッセと睨み合っている風に見えるロベリア。
目隠ししているので睨み合っているという表現が正しいのかどうかはさておき、二人は尋常ではないオーラを出していた。
災難なのが恭也である。
もはや瞑想どころではない。
少しでも二人の気を引くようなことがあれば、矛先がこちらに向かってくるだろう事を恭也は理解していた。
そのくせ、左の腕の感触とか、右から漂ってくる香りとかが瞑想を許さない。
まぁ、はっきり言って自業自得なのだが。
とにかく、呼ばれても反応してはいけない。
瞑想に没頭して気付いていない振りをし通すのだ。
ちなみにロベリアが何故ここに居るのかというと、彼女は恭也を気に入ってファミーユに足繁く通っているわけだが、それだけが目的ではない。
彼女はファミーユの菓子もかなり高く評価している。
だから恭也がいない時間帯でも彼女はそこにいていたりする。
そんな時に、いつもとは違う時間帯に現れた恭也を引きとめ話を聞きだし、護衛ということで恭也についていくことになったのだ。
もちろん、恭也に護衛が必要とは思っていない。ただの口実である。
で、口実を作りいざ出発といった所で、馬車に乗り込んでいたフィアッセに遭遇、現在に至るというわけである。
「恭也?」
「どうやら相当集中しているようだね。狸かどうかは怪しいものだが」
「…………」
反応してはいけない、したら大変なことになる。
どう大変なのかは解らないが、とにかく大変なのだ。
恭也は全力で現実から目をそむける。
「じゃあ、少し試してみよっか?」
声色だけで恭也は悟る。
あの顔だ! 絶対にフィアッセはあの顔をしている!
ティオレさんが悪戯する時とおんなじ顔を!
フィアッセの腕が解かれ、二つの柔らかな感触が消える。
(……むぅ)
何だかんだで堪能していた感触が消え、心の中で僅かに不満の声をあげる恭也。
「うふふ……」
フィアッセの指先が恭也の頬をなでる。
ツツツーと指を緩やかに下方向に這わせてゆき、首筋、肩、胸、腹と指がゆったりとした軌跡をたどる。
「ねぇ、恭也? 本当は気付いてるよね?」
「…………」
気付いているから勘弁してくれと泣き出しそうな気持ちになりながらも耐える恭也。
だが、フィアッセは攻撃の手を緩めない。
「これ以上、手が下にいっちゃうとどうなるかなー?」
「…………」
目を閉じている恭也には解らないが、誰にも見せた事の無い淫靡な笑みを浮かべ恭也を嬲る。
対する恭也は耐えるのみ。
(どうする!? どうすればいい!?)
『ここは二人とも喰ってしまえ!』
『ああ、ここでヤらないと男じゃないぜ!』
(うるさい黙れ!)
やたらいい笑顔で浮かんで来た大河とセルの幻影を薙旋で叩き切る。
殆ど現実逃避の苦悩をしていた恭也に救いの手が舞い降りる。
「そっ、そこまでだ! あんまり調子に乗るんじゃないよ!」
「きゃっ!? ……むぅぅ〜」
(……た、助かっ……)
「次は私の番だよ……覚悟はいいかい、恭也?」
(……てない!?)
(……落ち着け。ただの精神修行だと思えばいい。心頭滅却すれば火もまた涼し。動じることなくやり過ごせばいい)
『我慢は身体に良くないぜ?』
『お前さえ同意すれば双方合意なんだから問題ないじゃないか』
(ええぃ。うるさい!)
倒れ伏したままのセルと大河の幻影を楓陣刃で燃やし尽くす。
ぴちゃ……
(ふぅ……あとは落ち着いて精神集中を……)
ぴちゃ……ねちゃ……
(……間違っても反応はしてはいけないんだが……ロベリアさんが何をしてくるのか見当がつかない)
ぴちゅ……ちゃぷ……
(……? 何の音だ?)
「ふふふ……どうだい恭也? 気持ち良いかい?」
(……なっ!?)
「ねぇ! やりすぎだよ! ずるいよ! 今度は私の番!」
「いーや! まだ私の番だ。時間的にまだ余裕があるはずだ」
「内容が全然違うもん!」
「それはアンタの落ち度だ。私は最初から全力でいく」
「うぅぅ……」
(な……舐められているだと!?)
しかもロベリアの手がズボンにかかっている。
いやいや、落ち着け。いくらなんでも……
「さて、お披露目の時間だよ、恭也」
(……マジか?)
恭也の背筋に悪寒が走る。
ちなみに、この感覚を味わうときは大概、美由希の手料理の試食を任されそうになる時だ。
つまり、死の危険レベルである。
(だ、誰か助け……)
その時、恭也の願いが通じた。
馬が嘶き、馬車が止まったのだ。
これ幸いと恭也が覚醒、動き出す。
「何事だ!?」
神速に及びかねない超スピードで危険地帯を脱し、外に逃げてゆく。
「「……根性なし……」」
「…………」
やたら冷めた視線と二人の呟きを恭也は全力で無視した。
あとがき
超久々に黒き翼書きました作者の秋明です。
多分、もう忘れられてるよねと思いつつも、書いてみた。
久々に書いたせいか、わりとさくさく書けた今回。
しかし、次の更新がいつになるか解らない罠。
いや、頑張ってはいるんですよ?(ぇ
そんなこんなで、次回にはバトれたらいいなぁ……と思ってる秋明さんでした。