「はぁ……売れねぇなぁ……」
溜め息を一つついて、地面に敷かれた風呂敷とその上に乗っている幻影石を見る一人の学生。
その背には身の丈程もある剣が背負われている筈なのだが、邪魔なので今は地面に置かれている。
その為に、何度か剣が売り物かと思われ何度か売ってくれと頼まれていたりもする。
「暇だなぁ……」
彼の名はセルビウム・ボルト。
傭兵科のトップクラスの学生であり、また同時に無類の女好きでもある。
故に暇になった彼がやる行動として、可愛い女の子を捜すという行為に別段不思議はない。
幸か不幸か彼が風呂敷を広げている通りは人通りが多い。
まぁ、人通りの少ない場所で物売りなんてしないのだから当然なのだが。
「おっ!? 何かすごい美人!? おーい、そこいくお姉さん! いいものあるから見ていかなーい?」
セルの声に反応する一人の女性。
きょろきょろと辺りを見渡してから、恥ずかしそうに自分を指差して小首を傾げる。
セルは彼女を見て、うんうんと頷いて、よっといでーと手招きする。
トテトテと恥ずかしそうに小走りで寄ってくる少女。
はっきり言って彼女は目立っていた。
その理由として可愛らしい顔立ちということと美しい翠色の長髪ということが含まれるのだが、それ以上に目立つ点があった。
それは……
(あれ? あの娘……左腕がない?)
簡素な白い服の左腕の部分だけがヒラヒラと風にたなびいていたからであった。
黒き翼の救世主 その28 翠の髪の救世主
アヴァターのとある森の中にて……
「アクセル・シューター!」
轟音と共にコピープログラム体が破壊されるの見て、なのはは凄く微妙な気分になった。
(おにーちゃんじゃないのは解ってるんだけど、ごめんなさいおにーちゃん)
なのはが相手をしていたのは、恭也のデータを入れた魔道プログラムで、それをなのは、フェイト、クロノの三人がかりで倒したのだ。
「やはり空を飛べないというのは厳しいな、三人がかりで勝率が七割とは……」
「場所の所為もあるけど……恭也さん、凄く強い」
「我が兄ながら人間離れしすぎだと思う……」
「まぁ、恭也さんはまだ解るが、他の救世主候補達の力も尋常じゃない。最初は本気でデータの入力ミスかと思った」
「ベルカ式のデバイスでもまだ武器に差があるなんて……」
「さすがはオリジナル・デバイスの同種っていうことか……」
「あ、そう言えばクロノくん、ちょっと聞きたいなって思ってたんだけど……」
「何だい、なのは?」
「全部の召喚器が身体能力を上げてくれる事は解ったんだけど、ライテウスは特に魔導力が上がるし、ユーフォニアが筋力と魔導力、黒曜がスピードと筋力が上がるよね」
「ああ、特にそれらが顕著だと思う」
「だったら、あのオリジナル・デバイスは何が強くなるのかな?」
なのはの問いにクロノはしばらく黙っていたが、隠しても仕方がないと思い話す。
「実は長年研究しているんだが、サッパリっていうのが現状だ。というか、実はそもそも全然解明できていないっていうのが事実なんだ」
「どういうこと、クロノ?」
「例えば……僕らが使っているデバイス……これらもオリジナル・デバイスの技術を流用しているんだけど……」
「ふんふん」
「この技術も技術者達が必死に努力して解明できた……ということにはなっているんだが……」
「何かあったの?」
「今まで解析して、新たな機能を発見した研究者達は口をそろえて、こう言っていたんだ『まるで夢を見ているようだった』って」
「夢?」
「ああ、その夢の中である少女と会話している夢を見て、目覚めた時にはその技術を扱えるようになっていた、と言うことらしい」
「何にしろ使えるんだからいいんじゃない?」
「良くない。技術者達が言うには、式や計算を飛ばして答えだけ解ったようなものらしい。つまりどうしてこうなるか解らないから次のステップに地力で進めないんだ」
クロノが困った顔でそう言う。
フェイトもなのはも一応言ってる事は理解したがどうにも気になる点があった。
「ねぇ、クロノ?」
「なんだい? フェイト?」
「その夢に出てきた少女って、もしかしてオリジナル・デバイスに憑いてる幽霊とかなんじゃ……」
「ああ、一時期、幽霊だっていう説も持ち上がっていたな……どうしたんだ、フェイト? 震えているぞ?」
「う……」
ニヤニヤと義妹の怯える姿を見ているクロノ。
彼もそこそこに意地悪な性格をしているらしい。
もっとも、それを彼に指摘したら間髪要れずに師の影響だと力説するだろうが。
「なのはは……怖がってないな」
「あ……あはは……」
結構な頻度で十六夜や御架月に会うし、本職幽霊である春原七瀬にも会った事もあるなのはは居心地悪そうに笑うしか出来ない。
クロノは少し物足りなさそうにしながらも、話を続ける。
「そんな話が出た理由の一端として、その少女の姿があったんだ」
「え……? もしかして血まみれだったとか……」
「その少女には左腕が無かったのさ」
「え、えっと……私に御用なのかなー?」
とてとてと小走りでやってきた彼女はセルの前に立つと自信なさ気に言った。
遠目からでも彼女は光り輝いていたが、間近で見るとさらにすごい。
どれ位凄いかというと、セルが女の子を目の前にして言葉に詰まってしまう事から理解できるだろう。
「え、あ、いや……そう! いい商品があるから見ていってくれよ。これなんかどうだい? 救世主クラス大集合の絵なんだけど」
「救世主クラス……それはちょっと見てみたいかもー」
彼女がセルから渡された幻影石を見ると、そこには確かに救世主クラスの面々が映っていた。
彼女はその絵を嬉しそうに……それでいてどこか切なそうな表情でしばらく見ていたが、不意に目を閉じてから幻影石をセルに返した。
「ごめんなさい。欲しいけど、そういえば今、私お金持っていなかったんだよー」
「じゃあ、お題の替わりに一日デートに付き合ってくれるっていうのでも……」
「ごめんなさい……私、普通の人とはちょっと違うからあんまり外に出歩けないんだよー」
セルが少女の何も無い左腕を見て、あ……と声をこぼしてからすぐに謝った。
「……別にコレは関係ないんだけどね」
少女が小さくそう言葉をこぼして、苦笑しながら他の幻影石でも見ようとして、無骨な大剣が目に止まった。
「その剣……君の?」
「ああ、俺の剣さ。でもコレは売り物じゃない……って君みたいな女の子が使うはず無いか」
「うん、私はそういうの使うのは不得意だから……あっ、そうだ! これならお題の替わりになるかなー?」
そう言って少女は地面に置いていたセルの大剣を右手一本で軽々と持ち上げて、にっこりと笑った。
「セレル……の事ですか?」
「ああ、もしかしたらまたルシファーと闘う事になるかも知れないだろ? だから相手の召喚器の事は少しでも知っておきたいんだ。召喚器が生前の救世主の特性を受け継ぐ傾向があるなら知っておきたい」
大河のいる屋根裏部屋に呼び出されたリコは大河の意外な申し出に首を傾げていたが、理由を聞いて納得した。
確かに知っておいた方がいいかもしれない。
もうリコが大河に隠すべきことは殆ど無い。
「セレルの事ですが……かなりノンビリしたマスターでしたね。召喚器を呼び出すことが無かったら、戦いとは無縁の生涯を終えていたはずです」
「ウチのクラスにはいないタイプだな……強いて挙げるとすればフィアッセさんに似てるのか?」
「微妙ですね……彼女の呼び出した召喚器は単眼鏡の召喚器。間違っても前に出て戦うようなタイプではありませんでした」
「ちょっと待て……じゃあ何で召喚器になったセレル・レスティアスは剣なんだ? それもあんなでかい」
「それが私にもよく解らないのです……おそらくは正規の召喚器ではないからだと思うのですが……」
リコはそこまで言うと、ある仮説を立てた。
「これはあくまで私の予想ですが……先程も言った様にセレルは表に立って戦うようなタイプじゃありませんでした。そんな彼女ですけど、二度だけ敵の前に立って直接戦った事があります。一度目は白の主と決着を付ける時、二度目が救世主となりルシファーと戦った時……そのどちらも私は彼女の傍にいれませんでした」
「そうなのか?」
「ええ、私に隠れて白の主と決着を付けに行って、暴走後は私そのものが存在していませんでした。もし彼女が剣になった理由があるとすれば、そのどちらかで何か彼女が剣をシンボルとしてしまうような事があったんでしょう」
「……なぁ、リコ?」
「何ですか?」
「セレルってやつが戦いに向いていないことはよく解った。でも、じゃあセレルはどうやって白の主を倒したんだ? 白の主に負けたのなら白の主が救世主化するはずだろ?」
大河の問いにリコは静かに語りだす。
「……彼女は直接戦闘には向いてはいませんでしたが、ですが決して弱いということも無かったんです。彼女のジョブクラスは錬金術師。細かい分類分けをするとすれば、セレルは物質を変質させるのではなく、物質に何かを足す事を得意としていました……いわゆるエンチャンターです」
「エレメンタル・アンカー……鉄を火に……鉄を風に……鉄を大地に……鉄を水に」
片腕の少女が身の丈以上もある大剣を片手に握り、水平に四度振るう。
一度振るう度に青白く光るルーンが剣へと刻み込まれてゆく。
「……四元素の加護を以って光の秘宝に永久の闇を……理破る真実の刃を我が手の剣に誘わん……」
そして最後にその大剣を天に掲げると、その様子を見ていた人々の影が少女の方へと伸び、彼女の身体を伝い剣へと吸い込まれてゆく。
「エンチャント・ディバイン・ブレイカー!」
彼女は全ての影が剣に吸い込まれた事を確認すると、元の場所に剣を置いてセルに話しかけた。
「これでどうかな? 幻影石分の対価には値すると思うんだけど……」
「え? あ……えっと……」
セルは今の出来事に唖然としながらも、どう言っていいのか解らなかった。
その理由としてエンチャントの認識がある。
通常、エンチャントと言うのは切れ味を良くしたりする為に武器類にかけられる魔法である。
だが、効果時間は多くても15分かそこらなのである。
確かにエンチャントは珍しいスキルであり、それ位の価値はあるのかもしれないが……15分そこらで切れるエンチャントを今貰っても意味が無い。
そんなセルのちょっと困ったような表情を見て少女は言葉を付け足した。
「あ、そうか、効果が解らないと不安だよねー? えっと……効果はね、武器の強化と身体能力の向上! ただし三回しか使えないから注意してね。一回の使用で10分程は効果が続くよ! 使い方は心の中で、力が欲しい! って叫ぶ事。三回使うまでは効果が半永久的に残るよー」
セルは呆然とその話を聞いていた。
身体能力の強化? しかも半永久的?
それは……少なくとも効果中の10分は召喚器と変わりないのでは?
そんな馬鹿な……ありえない。
「まぁ、信じられないかも知れないけど……これは遥か昔のある救世主がその生涯を費やして、ある敵たちに対抗する為に作り出した秘術。まだまだ未熟で頼りないものだけど……私のとっておき……きっと君の力になってくれるよ」
「へ、へぇ……そうなんだ……」
「う〜ん……何だか信じてなさげ……じゃあ実際に試して……」
ポカン!
後ろからのげんこつに目尻に涙を浮かべながら抗議する少女。
げんこつを放った主は、呆れ声と溜め息で応えた。
「いったーい! 何なの……ってルーちゃん!」
「こんな人前で何をやっておる……しかもさっきそなたの魔力を感じたぞ。何をしでかしたのだ?」
「えっと、オルタラの映った幻影石を買おうと思ったんだけど、お金なくて……替わりに大剣にエンチャントしたのー」
ぶー、と頬を膨らませながら銀髪の親友に抗議する少女。
翠の髪の少女も目立っていたが、こちらも負けず劣らず目立っていた。
……かなり別ベクトルで。
黒い和服姿ではどうあっても目立ってしまうし、怪しさも抜群だった。
「ああ、そなたにも迷惑をかけ……って! セルビウム・ボルト!? そなた、何故ここに!?」
「あ、あああ……あの時の!?」
慌ててセルが大剣に力を込めて持ち上げ……
「のぅぁ!?」
バランスを崩してそのまますっ転んだ。
「……何をしておる?」
「って、なんだぁ!? 何で剣がこんなに軽いんだ!?」
「あ、それは私が持つのに重いから軽量化をかけたからだよー」
「……というか、こんな場所で剣を抜くな馬鹿者が。こんな場所で戦うわけにもいくまい?」
ルシファーが銀髪をファサッとかき上げながらセルを見据える。
その瞳はこの場で無かったら殺っていた、と言わんばかりの瞳。
そんなルシファーとセルを交互に見て、ああ! と指を鳴らす少女。
「ルーちゃん、ツンデレ?」
「ツン…デレ? 何だそれは?」
「えっと……セルビウム君だっけ? 実はこの子の事が気になってたり……」
「……セレル? ……どうやらお主、わらわとお主の立場をわきまえておらぬようだな?」
ニヤニヤとした笑顔がサッと凍り付いてゆく少女。
あははーっ、と引き攣った笑顔が痛々しい。
「帰るぞ、セレル。この者と居ると不愉快だ」
「え〜? ルーちゃん、明らかに反応おかしいよ? 何でこの子のことそんなに気にしてるわけー?」
「しておらぬわ! いい加減な事を申すな! いいから行くぞ!」
ふん、とそっぽを向いてルシファーが歩き出す。
それに続くように少女も歩き出す。
少女は一度セルの方に振り返って、片一方しかない手を大きく振って笑いかけた。
「まったねー!」
「あ……ほらっ!」
セルは振り返って笑いかける少女に向かって幻影石を投げた。
少女は『わ、わ!?』と慌てながらも石をキャッチしてキョトンとした表情を見せた後、笑顔でありがとうと言って去っていった。
「な……何だったんだ……?」
不思議な術を使う片腕の少女。
あの術の異様さは魔法に疎いセルにでも判った。
うちの学園の何処を探してもあの術に類する術を扱えるものはいないだろう。
それ程に異様だった。
それに少女の体格で……まして片腕ではセルの大剣は持ち上げれはしないだろう。
……という事は必然的に彼女は持ち上げる前に軽量化を施したことになる。
そんな素振りを少女は見せなかった……つまりあの位の事は瞬時に出来る程の腕前だということ。
軽量化は難易度の高い術だったと聞いていたセルは驚きを隠せなかった。
そんな少女が『とっておき』とまで言った過去の救世主の秘術……それがセルの剣に籠められている。
彼女はどうして過去の救世主の事を知っているのか。
彼女はどうしてその救世主の秘儀を扱えたのか。
彼女はどうしてそれ程の力を持ちつつも学園に所属していないのか。
彼女はどうしてあの銀髪の救世主と共にいるのか。
彼女はどうして……
様々な疑問がセルの脳裏に渦巻くがどれ一つとして答えが出なかった。
効果が切れたのか、セルの大剣が自身の重さを思い出したかのように重くなった。
その重みが先程の出来事が夢ではないことを雄弁に語っていた。
「……でもセレルって何処かで聞いたことあるような……?」
セルは大河から聞かされた銀髪の召喚器のことをすっかり忘れていた。
あとがき
どうも、作者の秋明です。
黒き翼の救世主 その28 は如何だったでしょうか?
って言ってもオリキャラなお話ですから退屈だったかも知れません。
しかし、ようやくこれで次のステップに話が進めることが出来ます。
次話からはアルブ州村長イベント編です。
そしてようやくクレアが初出場w
そして二・三日中にWeb拍手更新予定w
Web拍手では恭也×シグナムを書こうと奮闘中。