光が収まり目の前には少し前の光景。
恭也が小太刀を構えていて、みんなが俺を凝視している。
トレイターと話すのも二回目なのだが、どうやら今回も会話中の時間は止まっていたようだ。
「ふ……ふっ……ふっふっふっ……」
「お、お兄ちゃん?」
「師匠?」
思わず笑いがこみ上げてくる。
これで俺も……
「大河?」
「マスター?」
「大河くん?」
「…………?」
俺は御架月を片手で支えながら、もう片方の腕を天に掲げて相棒の名前を呼んだ。
「トレイター!」
俺も……戦える!
黒き翼の救世主 その27 赤の目覚め(後編)
光と共にトレイターがナックル形態で俺の手に装着される。
久しぶりの高揚感、そして漲る力。
「……それが……大河の召喚器か?」
「ああ、トレイターだ」
今なら誰にだって負ける気はしない。
例え相手が恭也でも、ルシファーでも。
「……召喚器が戻ったのなら俺の出る幕は無いようだな」
そう言って武器を仕舞う恭也。
だけど……
「……やめるのか?」
「…………」
「顔に闘りたいって書いてるぜ?」
「…………」
恭也が何を想い、何を考えているかは解らない……
だけど……
恭也の瞳が雄弁に語っている。
『闘ってみたい』 ……と。
「……正直な……」
「ん?」
「大河の実力は気になっていた……だけど無理してまで闘う程のものでもないとも思っていた」
「…………」
「その力は俺の求める力じゃなかったから……とてもじゃないが真似出来るものでもない。肉体の強化にも限界があるからな。技術面なら俺の方が上回っている事も普段の仕種から読み取れていた」
「…………すごく強い素人だと思われていたのか」
「本音を言うとそうだった……だが、大河の話を聞くうちに気が変わったのも事実だ……俺が来る前に学園の禁書庫に行った時の話も聞いた」
「…………」
「あれほどの体術を持つカエデさんの師匠であり、あれほどの腕を持つリコさんからはマスターと呼ばれている……それが今の俺の知る当真大河という人物像だ」
「…………」
「俺はまだ修行中の身で、御神流も極めているわけじゃない……だからこそ少しでも経験を積まないといけない」
そう言って恭也が再び小太刀を抜き放つ。
それが答えだった。
俺はゆっくりと御架月を構える。
「永全不動八門一派・小太刀二刀御神真刀流、師範代、高町恭也……参る」
「……へっ、そうこなくっちゃな!」
俺はトレイターの力を解放しながら恭也に突っ込んでいった。
ドスゥ! と恭也の蹴りが大河の脇腹に突き刺さる。
普通の者なら行動不能になる一撃。
それを大河は十数発と受けながら、なお未だ立っていた。
「…………はぁ……はぁ……」
「…………」
大河が弱いわけではない。
本気になればその打撃の内のいくらかは避けることは出来た。
だが、あえてしない。
わざと受けているのだ。
恭也もそれを感じ取っている。
恭也は剣士として言うまでもなく超一流である。
だが、大河はまともな戦いなんて、こちらに来るまでは経験したこともない一般人だった。
その差は並大抵の事では埋まらない。
それこそ召喚器を以てしても埋めきる事の出来ない差だった。
ならば……さらに何かで補わなければ追いつかない。
「…………」
「…………」
ぼろぼろになった大河を無言で見つめる恭也。
内心、恭也は大河のガードに感心していた。
恭也の振るう小太刀をガードするのが至難の技である理由として『貫』という技術が挙げられる。
相手の注意の意識をコントロールすることにより、人為的に死角を作り出しそこに剣閃を走らせる技術である。
故に防ぐ事が非常に困難である。
恭也は当然、この技術を駆使して戦う。
だが、大河は一時たりとも恭也の小太刀から目をはなさなかった。
小太刀以外には完全に無防備ではあるし、いくら恭也が召喚器を持たぬ一般人だとは言え、恭也の腕力、脚力等は常人のそれを大きく上回っている。
ダメージは確実に蓄積されるし、あまりに無様でもある。
それでも……そんな様になっても……
目が死んでいない。
明らかに何かを狙っている。
恭也はこのまま大河を蹴り続ければ倒せるだろう。
無理に何かをしようとすれば大河の思惑にかかってしまう。
「無意味だな……」
「…………」
恭也は小さく呟くと後ろへと下がって小太刀を弓を撃つ体勢のように引き絞る。
そう、無意味。
恭也以外のものにどう聞こえたのかは恭也に知る術はないが、少なくとも恭也は己自身へ呟いた言葉だった。
そんな方法で大河を倒したとしても得るものが無い。
そもそも、大河と闘おうとした理由は己を高める為である。
そして奥義の極みを習得する為に必要な最後の条件を作り出す為でもある。
恭也は『もしかしたら大河は俺を追い詰める事が出来るかもしれない』と思い闘ったのだ。
その状況こそが最後の条件の一つだった。
なのに、このまま大河を蹴り倒してしまっては本末転倒である。
故にこの技を使う。
大河の狙いはおそらくこの技だろうという予感があった。
美砂斗の最も得意とする技であり、御神流で最長の射程を持つ、アヴァターで唯一まともに大河が見たことのある御神流の奥義……
恭也が後ろに下がってあの構えを取った時、俺はこの苦労が実った事に喜んだ。
今までの恭也の戦いを見て、まともに戦い合えば勝ち目ことを理解している。
何だかよく解らない技で一瞬で倒されてしまうかもしれない。
恭也と俺の実力差をさらに埋めるには、もう精神しかない。
恭也に心理的動揺を誘う。
恭也はほぼ完璧と言っていい回避スキルを持っている。
背後から迫るレムの追尾矢を回避したその回避能力。
膨大な量の追尾矢を受け流したその剣技。
リコの作り出した必死の状況を何度でも抜け出した危機察知能力。
そして絶体絶命の場面からでも瞬時に抜け出せる『神速』
ここまで揃っている相手にどうやってダメージを与えれるというんだ?
いつぞやのモンスター大量発生の時のように膨大な数で責めれば当てる事ぐらいは出来るのかもしれないが……
そこまで考えて、大河はたった一つの例外に思い至った。
唯一、恭也がダメージを負った事があった。
初めてレムが出てきた時の事である。
大河が直接見た事のあることは、ゴーレムがレムの様な外見で戸惑った時だけだった。
どこまで効果があるのか解らない。
だが、残された道はこれぐらいしかない。
正確に見た事のある奥義はリコを倒したあの突きの奥義だけ。
だったら、アレを破る。
奥義を破られれば恭也といえど多少なりとも動揺するはずである。
その隙を突く……それしかない。
(さぁ、こっからが正念場だ)
「御神流・裏、奥義之参……」
明らかに変質する場の空気。
恭也の身体から今までとは比べ物にならないくらいの殺気が溢れ出す。
恭也の視線が大河の正中線に定められる。
そして……
「射抜!」
「うおおぉぉっ!」
大河が初めてアクティブに動き出す。
待ちに待ったこの状況なのだ。
ここで動かないなんて選択肢は無い。
大河は恐れる事無く恭也必殺の刺突を真正面から見据える。
大河はリコに放たれたその突きの軌跡を想い描く。
突きから斬撃への変化によって相手を屠る御神流の奥義。
射程内に入れば回避はほぼ不可能。
少なくとも大河の腕では不可能なのだ。
かといって防御もおそらく出来ない。
突きは防げても更にその先の変化に対応出来るかといわれれば否だ。
技では恭也の方が圧倒的に上なのだ。
大河の勝っている部分はその強化された身体能力。
ならば……
「なっ!?」
恭也が驚愕の声をあげる。
大河は射抜の突きの部分で、あろうことか寸分違わず御架月で突き返したのだ。
恭也の驚きも無理はない。
こんな事、既に人間業ではない。
もし、恭也が同じ事をやれと言われてもおそらくかなり困難だろう。
それこそ純粋な人間離れした反射神経と正確性が必要となる。
召喚器による強化された身体能力があって初めて出来る芸当。
そして武器の差が災いした。
大河の得物は御架月。
対して恭也の得物は龍鱗。
いかに龍鱗が相当な業物だったとしても、相手は霊剣。
その強度の方は圧倒的に御架月が上。
そして当然ながら召喚器で強化された大河の筋力と恭也の筋力では大河が上回っているのだ。
その状況で突き同士が衝突したらどうなるか……そんな事は自明の理である。
武器が壊れ、恭也に刺突が決まる。
故に動揺した恭也は射抜を不発にさせてバックステップを取るしか出来ず……
そしてその選択肢しか考えていなかった大河にとって絶好の的でもあった。
「はああぁぁぁっ!」
「……っ!」
下がる恭也を追う様に加速した大河がトレイターを装備した拳を突き出す。
その瞬間、恭也の視界から色が抜け落ちる。
生命の危機に際し、本能的に神速が発動したのだ。
とはいえ、恭也に出来る事は少ない。
既にバックステップの最中で、尚且つ神速の中でもかなりの速度で迫り来る拳を前に出来る事といえば……
ドゴォ!
人を殴った音とは思えない音を出してトレイターが振りぬかれる。
直撃した恭也が物凄い勢いで森の闇の中に消えていき、直後、木と衝突した音が鳴り響いた。
「ど、どうだっ!?」
「お、お兄ちゃんが……勝った?」
「すごいでござるよ、師匠!」
未亜とカエデが大河の勝利を確信して喜び……
「た、大河……あんた、何てことを……」
「マスター……やりすぎです」
「高町くん!? 早く手当てしないと!?」
同じく大河の勝利を確信したリリィ、リコ、ベリオが恭也の命を心配していた。
その三人をみてようやく喜んでいた大河たちは恭也が普通の、召喚器の恩恵も何も受けていない一般人だという事を思い出した。
「うぉっ!? お、俺、全力で殴っちゃったぞ!?」
「お兄ちゃんの全力って……」
「生きてるといいでござるなぁ……」
救世主クラスの面子相手に一度たりともクリーンヒットを許さなかった恭也。
それは裏を返せば一撃でも貰えば負けだという事だった事を今更ながらに実感した救世主クラスの面々が、恭也を手当てしにいこうとして、足を止めた。
「……まだ、勝負は終わっていない」
恭也が、木に寄りかかるようにして姿を現した。
その姿は悲惨の一言に尽きる。
全身ボロボロであり、いたる所から流血している。
左足を引きずるようにして立っており、左腕を右腕で押さえている所を見ると左腕も相当のダメージを負っているのは明白。
それでも小太刀は手放していない。
それは即ち、まだ闘えるという意思表示……
「何言ってるんですか! ダメです! 早く手当てしないと……」
ベリオの叫びに無言で首を振る恭也。
彼には求める物がある。
それにはこれ位の状況が必要で……
さらに彼には追いつかなければならない人がいる。
その人はもう死んでいて、きっと追いつくことは出来ないけれど……少しでも近づかなければいけない。
それに……
「闘えば勝つ……それが御神流だ」
「今度こそ、きっちりKOしてやるぜ!」
本当ならばさっきの一撃でKOされている筈だった。
それを恭也は左腕と左脚まで使ってガードしたのだ。
代償として左脚と左腕に深刻なダメージを負ったのだが……あのまま放っておいたら間違いなく死んでいた。
「大河……先に言っておく」
「なんだ?」
「俺の左脚と左腕はもう殆ど使えない。神速を使ってやっといつも通りくらいのスピードだろうし、腕も振るえて数回といったところだろう」
「…………」
「そして、まだあの光は見えない」
「光?」
「だから、次の技で勝負を決める。俺の最も信頼している技だ……だから大河……防げ。下手をすると……」
「下手すると?」
「殺してしまうかもしれん」
そう言って恭也は小太刀を二本とも鞘に収め、手を柄に添える。
そして先程の射抜の時よりも更に高密度の殺気。
場が凛と引き締まり、見ているだけの筈の未亜たちもまるで首筋に刃物を当てられているかのような感覚を覚える。
大河も恭也を半死人だとは侮っていない、侮れない。
何事においても慎み深い恭也があそこまで言う程の技で先程の奥義よりも信頼を置いている技。
恭也の必殺技とも言うべきモノなのだ。
侮れる筈がない。
「御神流、奥義之六……」
恭也の身体が前傾姿勢をとる。
次の瞬間、恭也の身体が弾かれたかのような勢いで飛び出してくる。
その速度、とても怪我人のものとは思えない程。
そして大河ははっきりと見た。
命を刈り取る幾筋もの閃光を……
「薙旋」
恭也が技を出し終える。
数秒前と二人の立ち位置が全く逆になっており、大河は恭也に背を向けるように立ったままだ。
次の瞬間、御架月が大河の横に落ちてきて地面に突き刺さった。
恭也は瞳を閉じて八景と龍鱗を納刀して……
「お兄ちゃん!?」
「師匠……」
「マスター!?」
大河が膝を折り、地面に倒れ伏した。
「で、ベリオ?」
「何ですか? 大河くん?」
「何で俺、膝枕されてるわけ?」
ベリオの太ももの感触が気持ちいい。
「いい所まではいったのですけど……大河くん、恭也さんの必殺技でKOされたんですよ?」
「……ああ、思い出してきた」
そうだ、俺は恭也に負けたんだ。
「そうだ……確か、一撃目を防いで二撃目で剣を打ち上げられて……三撃目でトレイターを弾かれて、四撃目で首筋に……」
思い出しただけで大河の背に冷や汗が流れる。
もし、首筋への一撃が峰を返していなかったら……
「そう言えば、恭也はどうした?」
「あそこです」
そう言ってベリオが恭也へと視線を向ける。
その先には恭也が俺たちが来た時と同じように静かに瞳を閉じたまま正座していた。
「あんな怪我があったのですから、今日は早く帰って安静にしておいた方がいいって言ったんですけど……」
きっとあれは恭也なりの訓練なんだろう。
話によると、今まで妹に剣術を教えていたらしい。
それが同時に自分の鍛錬になっていたんだろう。
ふと、俺は恭也がいつもあんな風に訓練しているのかと気になった。
静謐といえば聞こえはいいが、あの姿はとても寂しそうに見える。
そう思ったら、俺は恭也へと歩み寄っていた。
「なぁ、恭也?」
「なんだ?」
「またここに来てもいいか? 負けっぱなしっていうのも格好悪いしな」
「……」
恭也は少し逡巡してから、いつもの冷静な声で……
「……ああ」
と言った。
あとがき
ごめんなさい!
すごく遅れました27話。
思ったよりうまく話が進まず大苦戦。
秋明さんはやはりバトル書く人じゃないらしいですw
あと、近日中にWEB拍手更新予定なので、良ければ拍手してやってくださいw
ではでは、次の話で会いましょう。