深い深い森の中、夜の闇と木々の陰に同化していた黒き剣士が顔を僅かに上げた。
もうすぐ彼の知人がここに訪れる。
もうそんな時間になっていたのかと僅かに驚く。
瞳を閉じ始めた時は、まだ日は沈んでいなかった筈なのに。
彼の鍛錬は最終段階に達していた。
身体を直接動かしてばかりの訓練だったのだが、昨日から微動たりともせず瞑想に耽ってばかりになった。
彼は追い求めている。
かつて一度だけ掴めたあの閃光を。
あと少し……あと少しだということを彼は感じている。
だけど、そのあと少しの部分を補う為には決定的に何かが足りない予感もしている。
「……かといって求めるわけにもいかないしな」
彼には既に足りないものが何か解っていた。
彼はこと戦闘に関しては天才である。
いくらあの極限の状況で……しかもたった一度しか掴めなかったモノだとしても辿り着けない筈は無かったのだ。
彼は憶えている。
彼の身体も覚えている。
本当にどうしようもなく力と技の差を見せられたあの日の夜を。
やるせない悲しみと、どうしようもない理不尽と、呪わずにはいられない運命を。
ぼろぼろの身体に浴びせられる優しい殺気。
何故解ってくれないのかとままならなさにもがく様な殺意。
殺意と言うにはあまりに優しい殺気で埋め尽くされた闇の中。
血と涙と殺気と悲しみと愛しさと優しさと刃と想いが入り混じる闇の中で……
正常な状態だったらおそらく勝てないだろうと解っていながら、それでも立ち向かったあの夜に……
圧倒的な不利と実力差を全て飛び越えるようにして現れたあの一筋の閃き……
……、……!
音も無く刃が翻った。
あの時と全く同じ太刀筋がそこにあった。
力も速さも関係無い。
御神の剣士をして、防ぐ事も避わす事もかなわず、とまで言わしめた究極の太刀がそこにあった。
だが……
「…………………………………………やはり、至れないか」
黒き剣士は軽く眼を閉じて納刀する。
あの時の太刀筋に比べたら、とんだ紛い物だと言わざるを得ない。
実戦で使える域には達してはいるが未完の奥義。
この技にはきっとまだ先があると彼は信じている。
彼の名は高町恭也。
彼もまた技と同じように、未だ完成を見ることの無い剣士である。
黒き翼の救世主 その26 赤の目覚め(前編)
その太刀筋を見てしまった大河は目を奪われていた。
速い筈なのにしっかりと網膜に焼きついたその剣閃。
黒き刃から発せられる筈の無い淡い光を見たような気がした。
命を奪う筈の刃の輝きを不覚にも美しいとさえ思えた……あの大河が。
置物の様に絶句する大河に恭也は珍しく恥らう様に呟いた。
「変なものを見せてしまったな……」
「い、いや、そんなことは無いが……」
未完成の太刀筋を部外者に見せてしまったことを恥じる恭也。
もちろんそれは恭也にとっては紛い物の技なのだが……
大河達にはそうは見えなかった。
「ところで大河。話だとお前一人だと聞いていたんだが……」
「寮から出て行くところを見つかって捕まった……すまん!」
「そうか……」
ことのあらましは、リコの『大河に戦う術を教えてやって欲しい』との要請を行動に移した恭也が大河を呼び出したことに起因する。
恭也が大河を夜の鍛錬に誘い、大河がそれを受諾。
あとは夜に学園から抜け出せばそれで事足りたのだが……
「大河くんが夜、部屋から移動し始めたって事で私達が警戒態勢になりまして……」
「俺はモンスターか何かか?」
「似たようなものでしょうが」
「とりあえず何かしでかす前に捕縛しまして……」
「……この世界では基本的人権すら確立されていないのか」
「大河くんだけの特別法です、今さっき決めました」
そしてベリオたちに真実を話し……もといゲロさせられて、大河に加え恭也の鍛錬を見たいと思った救世主クラスが全員、大河についてきたということである。
「あまり他人に見せたくないのだが……」
「あのねぇ……私達は皆の先頭に立って戦わないといけない救世主クラスなのよ? 全部見せろとは言わないけど、せめてどれだけの事が出来るかぐらいは皆が把握しておかないとまずいじゃない」
「リリィの言う通りです。私達は共に戦う仲間なんですから」
「……わかった。だけど別段凄い事をしているわけじゃないから、過度に期待はしないように」
そう言って恭也は大河へと向き直る。
恭也の小太刀は既に納刀されてはいたが、それを再び抜刀して大河に刃を向けた。
「大河……お前の召喚器はどんな武器だった?」
「俺の召喚器はトレイター……状況に応じて形を変える。まぁ、基本は剣を使っていたが」
「そうか……む」
恭也が何も言わずに右手を振るう。
いつの間にか握られていた飛針が大河の顔のすぐ横を通り過ぎて行き、はるか後方でカーンと小気味良い音を鳴らした。
「誰だ?」
恭也の言葉に一斉にそちらを向くリリィ達。
闇の向こう側から返ってきた声はリリィ達もよく知る人物の声だった。
「……あなたの世界ではこういった挨拶が流行っていたのですか?」
「だったらわざわざ気配を消して現れないで下さい。つい敵だと思ってしまう」
「改良を重ねてみたのですが……まだ察知されますか。まだまだ改良の余地ありね」
そう言って闇の向こうから現れたのは風呂敷に包まれた何かを持ったミュリエル。
どうして彼女がここに? という当然の疑問を思う救世主クラス達。
「で? 何か御用でしょうか?」
「ええ、簡単な食事を作ってきたのですが……貴女達はどうしてこんな場所にいるのです? もう消灯時間は過ぎているはずですが?」
ギロリと救世主クラスの面々を睨むミュリエル。
が、それに萎縮することもなく声を出したのは、娘のリリィだった。
「お、お母様こそ何故、高町恭也がここにいることを知っていて、どうしてお母様自らが食事なんて持ってくるんですか!?」
「え? いえ……これはその……」
「怪しいですね」
「怪しいでござる」
「怪しいよなぁ?」
「確かに……怪しいです」
「あ、怪しいかなぁ?」
リリィの口撃を機と見たのか、一斉に口を開き始めた救世主クラス。
それを黙ってみている恭也と同じく黙ってみている御架月。
そして、もしやとんでもない勘違いをされているのでは? という事に気付いたミュリエル。
「もしかして……あなた達は何か誤解しているみたいだけど、高町恭也にそのような感情は抱いてません。単に用事があっただけです」
「じゃあ、どうして高町恭也がここで鍛錬している事を知っていたのですか?」
「この前、謎の救世主候補に襲われた時、リリィとカエデさんをフィアッセさん達に任せて私が鍛錬に向かった高町恭也を追ったことをもう忘れましたか?」
「う……」
「さて、私も長居する気はありません。用件を手短に話します」
そう言ってミュリエルはいつもの学園長らしく、短く端的に迅速に用件の話に入る。
「まずはコレです」
そう言ってミュリエルは風呂敷を解くと中からバスケットと瓶が出てきたのだが、これを一度リリィに渡し、風呂敷の方を近くの木にかけた。
そしておもむろに……
「ハッ!」
ミュリエルの手が素早く振られ、青白い球体が先程の風呂敷へと飛び、直撃した。
が、球体がその風呂敷に当たると、球体はまるで花吹雪のように無数の白い粒子になって霧散してしまった。
「……これは?」
「これは、ワイバーンの翼を加工して作ったマントです。耐魔法、耐物理攻撃に非常に高い防御能力を有してます。高町恭也、あなたは特に魔法に対する抵抗力が低いのでコレがきっと役に立つでしょう」
「……これを俺に?」
「ええ、他の者は召喚器からの力により強大な抵抗力とタフネスを持っています、あなたが使うのが一番効率がいいのです」
「……まぁ、頂けるというのなら、頂きますが」
「そして……これです」
そう言って今度はリリィに渡していた瓶を返してもらい説明する。
「この瓶の中にはある薬が入ってます。この薬を飲めばあなたの魔力の資質が目覚めるでしょう」
「魔力……ですか?」
「お母様!? 高町恭也は魔法使いじゃないですし、魔力を目覚めさせても魔法が使えないと……」
「そんな事は解っています。別に魔法を使うことを期待しているわけではありません。……先日の能力測定試験は憶えていますね?」
「はい……」
「あの時、高町恭也はおそらく切り札であろう技を幾つか使いましたね? 謎の力による遠距離攻撃、異常な身体能力増加、最後の突き……あの遠距離攻撃の理屈は私にも解りませんし、最後の突きは剣士ではない私には理解不能です。ですが……一時的な身体能力の増加、その理屈はおそらく掴みました」
「ほ、本当ですかお母様!?」
「神速を……!?」
「……でも、どうしてそこで魔力が出てくるんでござるか?」
カエデの指摘にミュリエルは一拍置いて続ける。
「高町恭也にはある特定の属性だけに対するとてつもなく高い魔法抵抗力を有してます」
「特定の属性だけ?」
「ええ、その属性とは『時空』系列の魔法です。生まれ持っての物なのか、修行の賜物なのか知りませんが、彼はほぼ本能的に魔力をそのレジスト能力のブーストに使っているのでしょう。高町恭也の異常な勘の良さは時空系抵抗力に因る空間把握能力と時の前後を予測する能力を無自覚に使いこなしているからであると思われます」
「じゃあ、神速は……」
「その本来ある高いレジスト能力をさらにブーストさせて、時空系攻撃のみならず、時間や空間そのものに対する抵抗力を持ち、あの速度を実現させているのでしょう。おそらく高町恭也は神速を発動させても早く動いているという実感ではなく、周りが遅くなったという感覚に囚われている筈です……違いますか?」
「……仰る通りです」
「この眼で見るまでは……見ても殆ど解りませんですし、こんな事が可能だとは夢にも思いませんでした。ですが試合後、あなたは魔力を浪費していた。使えない筈の使った形跡の無い魔力を。これはあくまで予想でしかありませんが、戦闘後に魔力を浪費していたのは事実。ならば魔力を増大させておくに越した事はありません」
そう言ってミュリエルは再びマントにバスケットと瓶を包んで近くの木の傍に置く。
「薬の方は一応、飲みやすいようにしておりますが、なるべく食後に飲んだ方が良いでしょう。簡単な食べ物も用意しておきましたのであとで飲んでおきなさい。ただ、少し副作用があるかも知れませんので、服用後は半日ほど誰にも会わず眠っておきなさい」
「わかりました……ありがとうございます」
「では……」
簡単に用件だけを伝えて去ってゆくミュリエル。
意図してなのか単に忘れていただけなのか、救世主クラスへのお叱りは無しらしい。
「さて、話は逸れたが大河は剣を使っていたんだな?」
「ああ、その通りだ」
「ふむ……折角だし御架月を使ってみるか?」
「えっ、いいのか?」
「いい……というか、もともと俺のものじゃないしな、御架月がいいなら……」
「僕はかまいませんよ」
御架月の同意を得たところでベリオさんが素朴な疑問を告げた。
「あの〜? 御架月さんが恭也くんのものじゃないってどういうことです?」
「えっと……僕は元々恭也さんの所有物じゃなくて退魔師に代々伝わる霊剣でして……此度は恭也さん(の貞操が)が危ないって事で僕が来ただけなんです」
「その割には恭也くん、すごい技を撃ってましたけど……」
「いやー、これには僕自身も驚いているんです。まさか一週間そこらで『神気発勝』と『真威・楓陣刃』を使えるようになるなんて思っていませんでしたし……もしかしたら消費度の大きい無尽流も使いこなせるかも知れませんね」
「一週間!? あの技を一週間で!?」
「まぁ、元々、恭也さんの霊力が他の人より大きかった事と、日々の鍛錬が霊力使用にも応用が利いていた所が大きいんですけど」
恭也が御架月を鞘に入れたまま大河に手渡す。
御架月のずしりとした重さを感じながら大河がその刀身を鞘から解き放つ。
「さぁ、行くぜ恭也……っ!?」
「大河!?」
「お兄ちゃん!?」
その瞬間、大河の身体から金色の光柱が吹き上がり、大河の意識が光へと溶けていった。
あれ……ここは?
見渡す限り、白の世界。
俺はどうして……?
確か恭也と……
『主よ』
懐かしい声。
この声は……トレイター?
『久しぶりだ』
なんでだ……?
トレイターは俺のせいで破壊されたはず……
『その件についてだが……まずはよくやったと言っておこう』
どういうことだ?
『お前はもう知っているだろう……ルシファーと戦った時の事だ。アレを相手にして完全破壊にまで至らなかったことは行幸だった。もっとも、その一歩手前までは追いやられたが』
……トレイターはルシファーを知っているのか?
『ある程度は……アレとアレの持つ召喚器は数少ない我の同類だからな』
同類?
『どちらも真っ当な召喚器ではないということだ。故に我はまだ命を取り留めている』
……。
『だからこそまだチャンスが残されていた。率直に言おう。主の霊力は頭抜けておる。その霊力を利用して今まで我を自己修復していた』
自己修復……ってことは回復したのか!?
『まだ完全ではない……五分くらいだな。槍、斧、爆弾、剣は無理だがナックル、三節棍、ハンマーなら使用可能だ』
本当か!?
『じきに他の形態も使えるようになる……あとこれは提案だが……なるべく今持っている刀と共にあるといい。アレが近くにあると我の回復が加速される』
わかった。
『では、また会おう主よ』
光が……おさまる。
あとがき
微妙なところで一旦区切り〜♪
すこし間が開いて自己嫌悪な秋明さんです。
さて、今回は色々と微妙な事がw
まず、恭也さんですが……彼の今までの軌跡はゲーム本編ではなく、小説版フィアッセ編に準拠しております。
だから、一度、恭也くんは閃を撃ってます。
あと、神速云々は本文通りです。適当に理由つけてみました(ぇ
で、大河なのですが……一応、彼の霊力量は無茶苦茶高いって事になってます。
データ的な感じで表すと、恭也がMP10だとすると、大河はMP1000ぐらいあります。
でも、恭也が楓陣刃をMP5くらいで使えるのに大して大河はMP50くらい使います。
まぁ、データ的に適当な感じに言ってますんで、まぁ、だいたいそんな感じってぐらいの認識で。
さて、1話で終わる筈が続きました。
すぐに書かないと……
ってことで、次話で会いましょう、それではーw