「う……ん……」


 あれ?

 私、寝てた?

 寝ぼけ眼を擦りながら立ち上がる。


 「あれ?」


 身体に違和感。

 足元がスースーしてる……私、こっちに来てからスカートなんて穿いてないのに……

 おそるおそる足元を見てみた。

 結論から言うと私が穿いていた筈のジーパンは無くなっていた。

 だけど何も着ていないというわけでもなく……


 「ドレス?」


 黒を基調とした服に白いエプロンの様な前掛けに長いスカート。

 服のすそとか襟とかも妙に凝ったデザインの服を私は着ていた。


 「ノンノン。違うなお嬢さん。それはメイド服と言うものだ」


 声のする方を向くと、そこには真っ赤で筋骨隆々な紅いマッチョな人(?)が身体に似合わない優雅な仕種で紅茶を飲んでいた。

















 黒き翼の救世主 その24 白桃色の生活 お茶編X























 えっと、確か私は歌の練習していて、そこでリリィ達がお茶の葉を買いに来た途中で出会って、紅茶をポットに注いだら紅いおじさんが出てきて、願いがどうとかで……

 で、起きたらメイド服?


 「えっと……これはおじさんの仕業なのかな?」

 「いかにもその通りだ」

 「あの……どうやって着替えさせたの? もしかして私の身体……」

 「それは魔法のメイド服でな、無論、魔法で着替えさせた」

 「魔法のメイド服?」

 「我がメイドたる証の服装だ」


 そう言ってふんぞり返る紅いおじさん。

 結局、このおじさんは何がしたいのだろう?


 「ふむ、解せぬ、と言わんばかりの表情だな。よろしい、お嬢さんもいきなりメイドにさせられたら困惑もするのも無理はない話だ。少し説明が必要のようだ」


 紅いおじさんがパチンと指を鳴らすと、自分のことで一杯一杯で気付かなかったけど、床に転がっていたリリィたちが目を覚ました。

 リリィたちはきっちり私と同じ行動をして主犯であろう紅いおじさんを睨み付けた。


 「ちょっとヒゲ! これはどういうことよ!」

 「きゃーん! かわいい服ですのー!」

 「……………………」

 「……………………」


 リリィが怒り、ナナシは無邪気に飛び跳ねており、リコと大河は無言。

 一人を除いてよく似合っているとは思うけど……


 「さて、皆目覚めたようだな。さてもう解っているとは思うが、君たちをメイドにしたのは我だ。君たちには我が野望の協力をしてもらう」

 「野望?」

 「世界メイド化計画だ。世界中の人類を全てメイドにして支配するのが主目的である」

 『……………………』

 「む、皆して黙りこくって……どうしたのだ?」


 私、呆れすぎて声も出なくなったのって初めてだよ。

 きっと皆も同じ事を感じてるに違いないよ。


 「馬鹿?」

 「馬鹿とは何処がだね?」

 「全部よ全部! 徹頭徹尾おかしな誇大妄想じゃないの! 世界中の人間をメイドになんて出来ないし、したとしてもアンタに支配なんかされないし、第一……」

 「第一?」

 「ここで死ぬから無理よ! 『アークディラクティブ!』 …………あれ? 『ブレイスノン!』『ヴォルテックス!』『アークディル!』」

 「無駄だ、赤毛メイドよ。その魔法のメイド服を着ている限り全ての能力が打ち消される。それを着ている間は誰だろうと一般人程度の力しか出せぬ」

 「なっ!?」

 「魔法など撃てないし、召喚器も呼び出せぬ。よしんば呼び出せてもその恩恵は受けられぬ。そしてこの服は我の視界内に入った者なら強制的に着せることが出来る」

 「こんなものすぐに脱いで……って大河、むこう向いときなさいよ。リコ!」

 「解りました」

 「ちょ、リコ!? 後生だ、頼む! 俺をあっちに向かせ……フィアッセまで!?」

 「ほら大河、向いちゃだめだよー」

 「ぐぉぉぉ!?」


 リコと二人で大河を押さえつける。

 大河の力も弱くなってるみたいで私達二人でも十分に抑えることが出来る。

 そしてリリィはと言うと……


 「あれ? えっ!? うそ……脱げない…………」

 「当たり前だ。メイド服こそ至高の服装! 故に脱ぐなどと言う行為は認めておらぬ。その服はまぁ、一種の呪いみたいなものだと思っておけばいい」

 「なんですって!」

 「それじゃ、お風呂に入れないよ! ……うぅ、やだなぁ……恭也に嫌われちゃうよ……」

 「……フィアッセさん、突っ込み所はそこじゃないです……」


 私が悲観に暮れていると、食堂に入ってくる人影があった。

 修道服を着たベリオといつもの忍者(?)スタイルのカエデと学生服を着た未亜ちゃんだった。


 「未亜さんも大分、戦いに慣れてきたみたいですね。私ももううかうかしてられません」

 「そ、そうかな?」

 「そうでござるよ。師匠の成長度合いが異常で目立っていないでござるが、未亜殿の成長度もすごいでござるよ」


 三人とも特訓をしてきたみたいで、何だかいい汗をかいた、っていう感じがひしひしと感じられる。

 それはいいのだけど、三人とも食堂へ来るタイミングが悪すぎる。


 「みんな! 来ちゃダメッ!」

 「へ? フィアッセさん?」

 「みんな、どうしたでござ……って師匠!?」

 「お……お兄ちゃん!? その格好は……」


 大河の姿を見て硬直する三人。

 そして、そんな隙を逃す筈もなく三人をメイドにする紅いおじさん。

 一瞬の閃光の後、三人はメイド服姿となって床に倒れていた。

















 「なぁ、ヒゲレッド」

 「だから我は紅の魔人だと……」

 「そんな事はどうでもいい! ああ、おっさんの理想は男なら誰もが一度は夢見る理想郷さ。俺も男だ、笑ったり出来ない。むしろ尊敬するさ。だけどな……お前は根本的に間違っている!」

 「何がだ?」

 「どこの……世界に……野郎の……メイドがいるんだよ!!!」

 「ここにいるではないか」


 もう、みんなの言動からある程度解っていたと思うけど、実は大河もメイド服を着ていたりする。

 その姿は……私も思わず顔を背けたくなるくらいで……


 「お前、もし俺に世話焼かれて楽しいか!? 俺はヤだね! 少なくともこんな格好したお前やセルとか見かけたら容赦なく問答無用でトレイターで切りかかるぞ」

 「メイドが女だけのものだと思うのは浅慮だぞ。聞くところによると男のメイド……通称メ○ドガイなる者もいると聞く。その者は人とは思えぬような能力を兼ね備えており、一人で国一つくらいなら滅ぼす程だと言う」

 「んな化け物と一緒にするんじゃねぇ!?」

 「とにかく、この調子でメイドを増やしてゆき、行く行くは……救世主候補を全て捕らえた事でこの学園はほぼ手中に収まったと言っても過言ではない」

 「馬っ鹿じゃない? まだお母様や先生達がいるのよ。私達は油断して捕まったけどお母様達がそうそう簡単に……」


 もう、これは運命か何かなのかと疑いたくなるくらいまたしてもバッチリなタイミングで現れる三人の人影。

 お約束と言うか何というか、ミュリエルとダリアとダウニーの三人。

 三人は四メートルくらいの長方形の大きな箱を持っており、それを何処かに運ぶ途中で休憩に来たみたい。

 その三人の姿は見るだけでメイドに変えてしまう紅のおじさんに対して、あまりにも無防備だった。













 少し時間と場所が変わって学園の廊下にて……



 「学園長〜、やっぱりレムちゃんが来るまで待っておいた方が良かったんじゃないですか〜?」


 ぶ〜ぶ〜言いながら大きな箱を持つダリア。

 部分的に明らかに人間としてのバランスを凌駕している身体はどうやらそこそこ筋力があるらしく、文句を言いながらも大して疲れていなさそうである。


 「彼女には薬品の買出しに行ってもらっています。結構な量ですからまだしばらくかかるでしょう。これは貴重品なのでいつまでも外に置いておく訳にもいかないです」


 そう言って額に汗を浮かべて箱を持っているミュリエル。

 生粋の魔術師なので体力仕事には向いていない事を改めて痛感している最中である。


 「それはそうですけどぉ〜ん……それに貴重品って言われましても私達、中身が何なのか知らないのですから、どんな扱いしたらいいのか判断つかないですし〜」

 「その点はダリア先生と同じですね。学園長、この箱の中身は何なのです? レムさんに薬品の買出しを頼んだのとも関係があるのでしょう?」


 そう言ってそこそこに辛そうに運んでいるダウニー。

 神経質なのか、歩く度にずれていく持つ場所をしきりに調整している。


 「……はぁ、そんなにこの中身が知りたいのですか?」

 「そりゃあもう……私達がこんなに苦労させられている原因の正体くらいは知っておきたいですわ」


 嘆息するミュリエルと少しだけ表情を変えるダリアとダウニー。

 二人の瞳の奥に微かに灯る本気。

 二人の正体の事を考えると、これが何なのかは気になるところであるのは自明の理である。


 「エルダーワイバーンの翼と爪です。納得いきましたか?」

 「…………………………ええぇ!? エルダーワイバーンですか!?」

 「よく手に入りましたね? かなりの希少品の上に値も張ると聞き及んでいたのですが」

 「かなりの予算を費やしましたが、仕方ありません。これは後々必要になるでしょうから」


 そう言って話を切ろうとするミュリエル。

 ダウニーもこれ以上の詮索はせずにいる。

 急に途絶えた会話に心寂しく思ったのか、陽気な声で会話を続けようとするダリア。


 「それにしても……翼はともかく爪って…………惚れ薬でも作る気なのかしらん?」

 「ち・が・い・ま・す!」

 「とにかく、別に生ものって訳でもなかった訳ですし、少し休憩していきましょうよ学園長〜。私達はともかく学園長の腰が心配ですし〜」

 「ダリア先生……貴女を本日をもって解雇します。今から摩天楼にでも帰ってもらって結構です」

 「あぁん!? ちょっとした冗談じゃないですか〜。ねっねっ? ダウニー先生から見てても今のは冗談に聞こえましたよね?」


 いきなり話を振られたダウニーはしばらく脳内会議を行った結果……


 「ノーコメントの方向性で」


 顔を背けながらのたまったダウニーにミュリエルが一言。


 「ダウニー先生も減俸は覚悟しておきなさい……まぁ、お二人とも疲れていると思いますので休憩の提案は採用しましょう」


 そう言って二人から見えないように腰をさするミュリエル。

 内心『年かしら?』と思っていると、前にいる二人が顔を背けてクククと笑いをかみ殺しているのを見て、腰をさすっている姿を見られたのだと察知。


 「本当に減俸してやろうかしら……」


 こめかみに青筋を浮かべながらミュリエルはそう呟いた。

















 



 目の前に倒れている三人の新人メイドを見て私は嘆息した。

 あまりにも馬鹿馬鹿しい話だけど、もしかしたら本当に学園乗っ取られるかも……


 「くっ! こうなったらダウニーのメイド服姿を記録していざって時に活用するくらいしか楽しみが無いぞ!」


 そう言って、持ち物自体は奪われていなかったらしく、大河はこの世界では用を成さないと思われていた携帯を取り出してカメラ機能でその姿を保存した。

 そういった部分は少し子供っぽくって、可愛らしいなと思う。

 ……着ているものがメイド服なので微笑ましさは皆無になっちゃっているけど。


 「さて、これで文句なくこの学園は我が手に落ちたと言っても……」

 「まっ、まだよ! まだ高町が残ってる! 救世主クラス最後の奴が残ってるんだから!」

 「やめてよリリィ! この流れからいくと、それを言ったら次は恭也が出てきて恭也がメイド服に………………」

 『…………?』

 「…………ちょっと見てみたいかも」


 どうやら私にもママの血が色濃く受け継がれているらしい。

 着せ替え好きなのと悪戯好きの血が両方とも顔を出した感じ。


 「ねぇ、フィアッセ……あんたって結構ダメ人間?」

 「そっ、そんなこと無いよっ?」

 「未亜には黙っておいた方がいいんだろうなぁ……未亜、フィアッセさんに幻想抱いてるし」

 「幻想って……あれ?」


 慌てて手を振りながら否定する私に何か違和感。

 だけどその違和感の正体が……


 「…………」

 「…………」


 ソレと目が合った。

 ちらりと紅いおじさんを見てみる……恐らく気付いていない。

 何かを必死に訴えている視線。

 この状態で私に出来る事なんて限られている。

 一般人と化した私に出来る事はおじさんの注意をそらす事ぐらい。

 私はポットを持って営業スマイルを浮かべた。


 「おじさん、紅茶のおかわりはいる?」

 「ふむ、気が利くなお嬢さん。素質がある。だがそのままではダメだ」

 「な、なにがかな?」

 「仕えるべき相手のことは男性ならば『ご主人様』もしくは『旦那様』だ」

 「そ、そうなんだ……」

 「それに、口調ももっと丁寧に……」

 「ちょっとフィアッセ!? あんたこんなヒゲになにやってんのよ!? このヒゲのせいで私達は……」

 「あっ、ほら、でもせっかくメイドさんになったんだし、こういうこともいいかなー? って」


 リリィが怒鳴ってくるけど、少し我慢。

 私だって好きでこんな事やってるわけじゃないんだけど……


 「では、ご主人様。紅茶のおかわりはいかがですか?」

 「ふむ、大分マシになったな。後はもっと心を込めた笑顔だ。それが出来れば真のメイドとなれよう」


 ヒクヒクと頬が引き攣っているのがわかる。

 どうしてこんな事に……という思いを心の奥に沈めて……

 一メイドとして……

 翠屋のチーフとして……

 一人の歌姫として……

 完璧なメイドを演じきってみせるんだからっ!


 「ご主人様? 紅茶のおかわりはいかがですか♪」

 『…………っ!?』


 紅いおじさんが息をのむのが解った。

 クルリと意味もなくターンして、ポーズ(ママと桃子の仕込み)をとって、テレビの前に出ると知って何度も鏡の前で練習した恥ずかしい思い出の詰まった笑顔。

 これでダメなら少し落ち込みそうだったけど、効いたみたい。


 『マスター……顔が赤いですよ?』

 『リコッ!? 足!? 足踏んでる!?』

 『知りません!』

 『ダーリン、フィアッセちゃんに見惚れちゃ駄目ですのー!』『ぐぇ!』


 ……なんて会話が後ろから聞こえてくる。

 ここまでやったんだから、後で大河をからかいでもしないと割に合わないよ。

 そして、紅いおじさんが呆けているのを隙と見た……


 「死になさい、変態」

 「なっ!? ふん!」


 ……レムちゃんが後ろから殴りかかったのだが、腕でガードされてしまっちゃってる。

 先程から、何処で準備したのか似たようなメイド服を着て食堂に侵入していた。

 それに気付いた私は気をそらす為に行動した。


 「くっ、変態の癖になんて反射神経……」

 「腐っても魔人だ、このくらいは……ぐふっ!?」

 「……フィアッセさん?」

 「あっ、ごめんねー。ここまでして失敗かと思っちゃったら、思わず手が出ちゃった」


 思わず放ったレバーブローが紅いおじさんのお腹に突き刺さっていた。














 「まったく、えらいめに遭ったわ」

 「ふにゃ? ナナシは楽しかったですの♪」

 「あんたはいいわね、何も考えて無さそうで……それにしても……」


 リリィがそこで言葉を区切ってフィアッセの方を向いた。


 「今日はあんたに驚かされてばかりよ」

 「あ……あはは……」

 「まさか変態とは言え、魔人相手に強化もされていない拳で殴るなんて……いい根性してるわ」

 「こりゃますます未亜に教えられんな……」

 「もうっ! 大河まで……」


 紅の魔人……厳密には紅茶の魔人だったのらしいが、その魔人はその後レムにタコ殴りにされて気絶した後、封印の解けたリリィによって再封印され学園の庭に埋められた。

 ちなみに、あのメイド服は服の構成を変えたものらしく、元の服は見つからず、また元に戻る事もなかった。

 故にまだメイド服のままである。


 「さてと、事件も解決したし、私はもう帰るねー」

 「あっ、フィアッセ!」

 「何、リリィ?」

 「あんなヒゲに願わなくても、あんたがさっきの笑顔見せれば高町だって一発よ!」

 「あ…………うん!」


 一瞬、キョトンとしてから笑顔でフィアッセは家路を走っていった。

 早速、恭也に見せてやろうと思いながら。

















 ちなみに、職場でメイドというものに慣れていた恭也には効果が無かったことを追記しておく。









 あとがき


 えらく遅くなりました24話です。待ってくれていた方ごめんなさい!

 結構難産でした。

 さて、これで幕間は終わりです。

 グデグデ感が漂うのはきっと気のせいです。

 気のせいってことにしときましょう!(マテ


 あと、近日中にWeb拍手更新予定。

 アンケートとっちゃったりしますんで、良ければご協力を。

 ではでは、次話でお会いしましょう。