「そんな場所で何をしようとしているのですか?」


 夜の森に彼……高町恭也の声が静かに響き渡る。

 いつもの日課の訓練をしようとしたらその場に先客がいた。

 姿は見えていないが、誰かいることを恭也は感じ取っていた……

 ……それもかなりの手練であることも……


 「…………気配は消していたつもりだったんだけどねぇ」

 「ええ、毎日ここに通っていなかったら気付けなかったかも知れませんでした」


 恭也は返ってきた声で相手が誰であるかを悟る。

 つい何日か前に聞いたことのあるとても目立つ人の事だったのでよく憶えている。


 「それで……こんな夜遅くに何の用ですか?」

 「ふふ……連れないねぇ……こんな時間に私みたいなのとは言え、女が男を訪ねに来たんだ……少しくらい頭を働かせたらどうだい?」

 「…………?」


 はて? と本気で首を傾げる恭也。

 本気で思いつかないらしい。


 「ま、いいさ……どうせその回答は間違っているわけだしね……」

 「ロベリアさん……」

 「……………………勝負だ、高町恭也」


 闇の中に潜む女性の名前を呼び……その返事で彼女が本気である事を悟る。

 虫の鳴き声すらしない静かな森に、剣の鞘走りの音だけが響く。

 闇に潜む女性の殺気が膨れ上がっていくのを恭也が感じ取り、今夜はどう転んでも一筋縄でいかないことを悟る。


 (……御架月、少しの間ここにいてくれ)

 (わかりました)


 御架月を近くの木に立てかけて臨戦態勢に入る。

 御架月から霊力を習いだして、まだ日が浅い。

 中途半端な技術は身を滅ぼす隙になるし、それにこれは恐らく……


 「戦りあう前に、一つ確認しておきたいのですが……」

 「なんだい?」

 「貴女は俺個人を倒したいのですか? それとも俺の御神流という剣術を倒したいのですか? それとも……裏の剣士としての俺を屈服させたいのですか?」

 「…………鋭いガキだね」

 「先日言った通り、その道を通過してますから」

 「……勝負だ、裏に身を置く者」


 裏の剣士としての戦い……ならば恭也は御神流で戦わないといけない……それも御神流のその更に裏である……


 「……永全不動八門一派・小太刀二刀御神真刀流……裏・不破流…………不破恭也、お相手致す」

 「暗黒騎士ロベリア、いくよっ!」


 こうして夜の森で静かに戦いが始まった。





















 黒き翼の救世主 その23 白桃色の生活 暗黒騎士の出会い(後)





















 恭也と戦いだして数分でロベリアは、この暗闇が自分の優位にはならない事を悟っていた。

 自分は常に目隠しをしており、暗闇だろうが何だろうが視覚にペナルティを受けない。

 だから、多少は優位になるだろうと踏んでいたのだが……


 「ふふっ! やるじゃないか恭也っ!」

 「そっ、そちらこそっ!」


 恭也には全部見えているらしい。

 そしてこの高町……いや、不破恭也という剣士……否、暗殺者はそれだけではなかった。

 彼はおよそ暗殺者とは思えない程のオールラウンダーだった。

 武器は小太刀の二刀流の癖に、飛び道具を放ち、遠距離でも戦えるわ、地形を利用する事に長けているわ、変なトラップを仕掛けてくるわで、とてもではないが人間とは思えない。

 かといって、近距離戦がお粗末なわけではない。

 むしろ近距離戦こそ彼の領地であり、それ以外の多彩なスキルはそこへ繋げる為の布石にすら見えてくる。

 もし彼女が裏の人間でなかったら既に敗北していたかもしれない……召喚器すら持たない人間の手によって。

 だけど……


 「恭也、あんたじゃ私には勝てない!」

 「そんなことは無い!」

 「その戦い方じゃ、私は倒せない!」


 大体の技を見切った。

 ロベリアは不破恭也のその戦術を看破していた。

 先程述べた通り、恭也の技の全ては近距離戦……つまりあの小太刀が届く範囲の戦いに持ち込む事への布石に過ぎない。

 もちろん、油断していたら何処からでも致命の一撃が飛んでくるが、それを避わされる事を前提として放ち、近距離へと持ち込む。

 それほどに近距離戦に自信があるのだ。

 だが、相手が悪かった。


 「運が無いね恭也……相手が死霊使いじゃなければ勝てたものをっ!」

 「っ!」











 今、恭也の望み通りの近距離戦に持ち込まれている。

 だが、その戦いに打ち合いという言葉は無い。

 どういう原理だか知らないが、恭也の剣は私の防御をすり抜けてくる。

 初撃を何とか避けた私はすぐさま方針を変える。


 「甘いねっ! あんたは初撃で私を倒しておかなければならなかった」


 私は恭也を侮らない。

 大体、召喚器が何だと騒ぎ立ててはいるけど、目の前の敵を倒すのにそんなご大層な力はいらない。

 短剣を胸に埋め込むだけの力があれば誰だって殺そうと思えば殺せる。


 私は恭也の剣閃が防御不能だという事を受け入れる。

 恭也の近接戦の技術は私を上回っている事を認める。

 じゃないと倒されるのは自分だから。


 私は恭也を倒す。

 恭也の剣閃が防御不可ならば、私は恭也の首を狙う。

 恭也より遅くてもいい、私にはネクロマンシーがある。

 普通の致命傷は私の致命傷ではない。


 恭也を殺してしまってもいい。

 私の力を持ってすれば死んでしまっても恭也を操れる。

 もっとも、死ぬ前に回復できる状態で倒すつもりだけど。


 恭也は私を殺す事が出来るだろう。

 彼の研鑽して、磨いて、努力して、絶望を見て、踏みにじられて、それでも諦めないで手に入れたモノなのだ。

 きっと私を殺せる。

 だけど私は生半可な殺され方では死なない。

 召喚器のような物で首を切断されたら別だけど、それ以外なら何とか一度は生き残る自信はある。


 恭也……あんたを捕らえてみせる。

 その気高き魂を地に堕としてあげる。

 私と同じ場所にまで堕ちてしまいなさい。

 貴方はそうなるべきで、そうでなければ許されない。

 たとえ神が許しても、私が許さない。


 私は恭也を奪いつくす。

 その気高き魂も、積み重ねてきたモノも、その鍛え抜かれた身体も……みんな私が穢してあげる。

 だから高町恭也……あんたは私のモノになりな。

 穢れたあんたを私が守ってやる。

 破滅から守ってやる。

 そして一緒に新たな世界の住人になろう。


 私は破滅だ。

 手に入れたいものは奪って手に入れるのが当たり前。

 だから……


 「さぁ、安心して殺されな……それがあんたにとっての最良なんだから」

 「……っ!?」


 私は恭也抹殺の為の布石を起動させた。



















 「……っ!?」


 横合い、それも恭也の死角から何か棒の様なものが打ち出されてくる。

 暗くて見えないが、そんな事を気にしている場合ではない。

 一箇所だけなら問題はなかったが、ほぼ全方位である。


 (いつの間に……?)

 (そんなものを仕掛けている様子は……)


 そこまで考えて恭也に戦慄が走った。


 (……誘い込まれた!?)

 (あらかじめここに罠を配置しておいて、気付かれないようにこの場所まで誘導されたのか!?)


 恭也に最早逃げ場は無い。

 唯一上空を除いては……

 そしてその上空には……彼女が舞っていた。


 (どうする!? ロベリアさんは捨て身だ。技量に圧差があれば迎撃しても互いに死ぬ事は無いだろうが、差はほぼ無い)

 (とは言え、下は逃げ場が無い。そこを上からロベリアさんに狙われて終わりだ)


 それは一瞬の硬直。

 恭也が戦闘中に硬直する事なんてまずないことである。

 そんな恭也が一瞬の躊躇のあと、大地を蹴る。

 恭也の下した決断は……














 ロベリアの仕掛けた罠は、骨を機関銃の様に撃ち出す魔法だった。

 その骨の嵐の中から黒き剣士がまるで天を目指す鴉の様に昇ってゆく。

 その先には逃げ場を塞ぐようにして跳んでいた暗黒騎士ロベリア。


 「さぁ、詰みだよ、不破恭也っ!」

 「御神流は負けない。守るべきものがあるうちはっ!」


 恭也が無手の腕を振るう……その瞬間、鋼糸が近くの木に絡まり恭也はそれを強く引き、無理矢理軌道を変える。

 それはロベリアの想定外の手。

 だけど、不測の事態に対応はちゃんと出来ている。

 仕掛けた魔法はロベリアの意思でその照準を変える事が出来る……つまり……


 「甘いよ恭也っ!」

 「っ!」


 恭也が飛び移った木に一斉砲火して木を爆散させてしまう。

 爆散される直前に別の木に飛び移る恭也。


 「貴女は何故、俺を狙うんです!」

 「お前にはわからない! 解っていない! 自分がどれだけ眩しい存在なのかをっ!」


 ロベリアの叫びと共に恭也の飛び移った木がボロボロになって倒れてゆく。

 恭也は倒れる直前にまた別の木に飛び移りながら更に問う。


 「俺は眩しい存在なんかじゃない。俺みたいな生き方はなるべきではないし、なろうと思えばなれる生き方だ」

 「眩しい! お前が目障りなくらいに! 何故誇れる!? そんなものを背負わされて何故光の中を歩けるっ!? 私には出来なかった! 誰が石をぶつけられてまで歩こうと思える!? 誰が哀れみに視線を好んで受けようと出来る!? そんなもの御免だ! 私は奴ら助けてやったのに何故私をそんな目で見る!?」


 ロベリアがヒステリックに叫びながら木々を破砕してゆき、恭也が逃げ回る。

 必殺の一手をばら撒きながら……


 「じゃあ、どうしてそんな剣技を憶えたんだ? 蔑まれる剣だと知って……実際に蔑まれて……きっと俺以上に絶望を見せられて……裏切られて……何故それを捨てなかったんですか!」

 「……っ!」

 「貴女だってもう解っている筈だ! 貴女は本当は……」

 「うるさい! うるさい! 黙れ黙れ黙れーーーーーーーーっ!」


 ロベリアの魔法が恭也の周りの木を全て破壊してしまう。

 他の木まではかなりの距離があり、人間の脚力で跳躍できる距離ではなくなっている。


 「さぁ、もう逃げ場は無いよ、恭也!」

 「貴女こそ、もう俺の言葉から逃げる場所が無いくせに……」

 「そんな事は無い! 私は間違っていない! 私は……」

 「貴女は救われたかったんだ……どんなに蔑まれようとも、それで誰かを助けられるならって……誰かを助けて、助けた分だけ、同じだけ貴女も救いが欲しかったんだ!」

 「違う違う違うっ!」

 「きっと違わない……だって貴女はさっきからその目隠しの裏で泣いている」

 「恭也ぁぁぁぁっ!」


 ロベリアの魔法が木を破壊する。

 その瞬間、恭也がロベリアへと向かって宙に舞う。

 それに呼応するようにロベリアが恭也へと向かって跳躍する。

 それはさっきと全く逆の状況……ただ一つの違いを除いて……


 「……なっ!?」


 ロベリアが驚愕の声をあげる。

 ロベリアへと向かって跳んでいた恭也が空中でもう一度跳躍したのだ。

 恭也はロベリアの頭上をギリギリ剣が届かない様にして飛び越えてロベリアの背後を取る。

 そこに至ってようやくロベリアは恭也の仕掛けていたモノが目の前にあったことに気付いた。


 「糸!? 馬鹿なっ!?」


 そして恭也はいつかの強盗相手に見せたように、今度は振り向かせる事なく、背中の襟を引っつかんで強引に空中で背負い投げる。

 とんでもない音と共にうつ伏せに叩き伏せられるロベリア。

 そして恭也はそのままあの時と同じ追い撃ちをかける。


 「かっ!? …………は……っ……」


 (ば……馬鹿…な……この私……が…?)


 腹の空気を全部はきだして、ロベリアの意識はそこで落ちた。
















 「……う…………んっ」


 気がつけば木にもたれかけされて寝かされていた。

 頭がぼーっとする……私は何かをしていた筈……


 ………………

 …………ああ……

 私は負けたのか……

 ………………変だな……

 何で私……生きているんだろう?

 恭也は……?


 何をするにも億劫な気分で、ゆっくりと気配を探る。

 するとありえない音が聞こえてきた。


 「すー……すー……」

 「何やってるんだい、あんたは……」


 呆れてものも言えない……なんであんたを殺そうとした奴の近くで眠れるんだい?

 そんな無防備に寝息をたてれるんだい?

 なんで私を殺していないんだい?

 …………どうしてそんなに真っ直ぐ生きれるんだい?


 そっと数百年ぶりに目隠しを外してみた。

 もうそろそろ夜明けらしく、薄明るい感じの空になっていて、空気が澄んでいた。

 そんな森の中で、彼、高町恭也は私が想像していたよりも、もっとあどけない表情で木を背にして眠っていた。

 数百年ぶりに見た最初の光景は、それはとても綺麗な一枚絵のようだった。


 恭也をこの隙に殺そうなんて考えもしなかった。

 一応、考える事は考えたが、却下した。

 回復したとは言え、ダメージがでかいし、恭也は私ら破滅の将と同じように殺気に反応して目を覚ますだろう。

 逆に言えば殺気を出さなければ気付かれないという事に思い至った時、そんな事は些末事以下に成り果てた。

 気だるい身体を動かして、恭也の前に膝立ちの状態になる。


 「本当に……お前は不思議な奴だよ……これでも私は破滅の副幹なんだよ? 救世主候補相手でもそう簡単には殺されないんだよ?」

 「…………すー」

 「今、殺しておかないと後悔することくらい解っていただろう? 私はお前を奪う事を諦めたわけじゃないんだよ?」

 「……すー……すー」

 「むしろもっと欲しくなったんだ……そんな私の前で……そんなに無防備に寝ていたら……何されても文句は言えないね?」

 「…………すー、んむ……?」

 「…………ん……」

 「ん…………すー……すー」

 「ん…………恭也……今日はこれくらいで勘弁しておいてやるよ……でも今度からはちゃんと本気でお前を奪ってやる。私は手段を選ばないから、一番確実で効果的な方法でお前を虜にしてやる……覚悟しときな」


 そう言ってロベリアはその場を去っていく……

 その時のロベリアの表情はまるで憑き物が落ちたかのように清々しかったのだが、残念ながらそれを見ているものは…………


 (うわっ! うわっ!? 何か声が聞こえると思ったら、恭也様、寝ている間に凄い事されちゃってますよ!?)


 一振りいたのだが、先の衝撃映像で一杯一杯だったので記憶に残る事はなかったと言う。

 ちなみに、どうやら破滅云々のくだりの部分は小声だった事と、物理的な距離の問題で聞き取れなかったらしく騒ぎになることはなかったらしい……
















 ぷすぷすとフォークをモンブランに突き刺しては抜き、突き刺しては抜きしているロベリア。

 恭也はファミーユ裏メニューであるアイス宇治茶(材料は恭也が持ってきておりファミーユに置いている)を飲みながらそれを見ていた。

 それを見て不思議に思った恭也は怪訝そうに訊ねた。


 「食べないんですか?」

 「食べるよ……ただ……」

 「ただ?」

 「少し自分の変化に驚いていたんだ……もしかしたら……この『今』という時間は存外に心地よくて……もしかしたら守ってしまうかもしれないと」

 「…………」


 恭也は微笑み、ゆっくりとロベリアに問うた。


 「守りたいもの……見つかりましたか?」

 「ああ、見つかったよ……でもそれはまだ私のモノじゃ無いからね……守るのは手に入れてからだね」

 「そうですか」


 そう言って瞳を閉じて、ズズズとお茶を飲む恭也……妙に様になっており、枯れた雰囲気がこれでもかと言うほど出ていた。

 そんな恭也を見ながら、実は話題を必死に探していたロベリアが、ようやく一つ話題をひねり出した。


 「ああ、それと気になっていたことがある」

 「なんですか?」

 「どうしてあの時……あんな場所で寝てたんだい? 私にどうかされるとは思わなかったのかい?」


 そんな必死に捻り出した素朴な疑問に、恭也はごく普通に答えた。


 「どうかされてしまう事は頂けませんが……あんな場所に女性を一人で置いておくわけにもいかないでしょう?」

 「……な!? あ、あんた馬鹿じゃないのかい!? 私は普通の女じゃない事ぐらい解ってるだろう?」

 「だが、貴女は気絶していたし、変な輩が間違って入ってこないとも限らない……それに女性には優しくしろと父と母からよく言われていたもので」


 女性と見られていた事を知り、ロベリアの顔が見る見る赤くなり、少しの間、口をパクパクさせて言葉にならない何かを言おうと奮闘し、何とか口に出来た言葉は……


 「…………お前は……馬鹿だ」


 その後、二人は店が閉店になるまで、存分に会話を楽しみ、上機嫌で帰ったロベリアは大量のお菓子類をイムニティとヤカゲに振る舞い、大いに喜ばれたと言う……














 あとがき


 さて、突発的に戦闘が起こっちゃった23話ですw

 戦闘なんて起こす気なかったんですが、キャラが勝手に歩き出して気がついたらこうなってましたw

 さて、22・23話の『暗黒騎士の出会い(前・後)』ですが、サブタイ通りに暗黒騎士ロベリアの話。

 DS本編ではあまり語られなかったロベリアさんの話を黒き翼なりに書いて見ました。

 救世主パーティを裏切って白の主となったロベリア……その裏切りの過程で失ってしまった剣の誇り。

 偶然であった剣士は同じ境遇にありながら誇りを失っていなかったら、それを見たロベリアはきっとこうするだろう、と書いていたら結構な量にw


 ちなみに恭也の二段ジャンプは木が破砕されていく途中で恭也が張り巡らせたいくつかの鋼糸の交わう場所を踏み台にしたというものです。

 あと、御架月が見た凄い事は知りませんw 脳内補完しといてくださいw

 ちなみに、このロベリア←→恭也ラインがあとで色々と重要になってくるので、早めに書いて見ましたw

 それでは、次の24話でお会いしましょうw