「お待たせ致しました……こちらマドレーヌとチョコレートタルトになります。ご注文は以上でよろしかったでしょうか?」

 「はっ、はい! えーっと……あのー……もしかしてこの前に異世界からやってきた人ですか?」

 「え? ええ、そうですが」


 『それが何か?』と続けようとした恭也の声を遮るようにして女性客から黄色い声が上がる。

 ウエイター姿の恭也に視線が集まり、恭也は居心地が悪そうにとりあえずお辞儀をする。

 ここはアヴァターにある喫茶店の一つであるファミーユ。

 彼のバイト先であり、鬼門であった。


 「うわっ、うわぁ♪ 本人に会っちゃったー♪ あの、握手してもらってもいいですか?」

 「はぁ……俺でよければ」


 そう言って右手を差し出す恭也。

 女性客はそれを両手で包み込むようにして握ってニコニコと上機嫌に喋りだす。

 やれ、どうしてそんなに強いのかとか、どうしてここで働いているのかとか、すごく格好いいですねとか……様々な事を聞かれている恭也。


 『おーい、恭ちゃん、どこー!? こっち色々とピンチなんだけどー!』


 厨房から聞こえてくるパティシエールの声。

 それを理由にして、いつの間にか一緒にデートに行く事になりかけてた女性客にやんわりと断りを入れて厨房まで戻ってくる。


 「助かりました、かすりさん」

 「いいっていいって、ピンチなのは嘘だけど恭ちゃんの手を借りたかったことは事実だし」


 あはは♪ と恭也に笑いかけるこの女性は涼波かすり……ファミーユの店員である。

 性格は……先の一件と恭也をバイト一日目から『恭ちゃん』と呼ぶようになった事実から想像できるだろう。


 「で? 俺の手を借りる事とは?」

 「ほら、あの銀髪目隠しのお客様、また来てるし、どうも今日は恭ちゃんが目当てで来てるっぽいから一応ね」

 「俺目当てって……よくそんなこと解りますね?」

 「そこはそれ! …………女の勘ってやつ?」


 今の間は? と聞きたかった恭也だが、聞いてる暇も無いし、聞いても意味が無い。

 きっと、この人に何を言い返してもからかわれるだけだ、と身を以って体験済みだからである。


 「はい、モンブランと紅茶ね。あ、もうそろそろ落ち着いてきたし、あの人となら少しくらいなら話しててもいいよ」

 「いいんですか?」

 「いいも何も恭ちゃん……本当は今日はお休みってこと忘れてる? それにあの人は恭也くんと同じくウチの救世主なんだから、仁くんも文句は言わないよ」


 そう言って、かすりは恭也にケーキを持たせて背中を押すのであった。

















 黒き翼の救世主 その22 白桃色の生活 暗黒騎士の出会い(前)












 場所は変わってガルガンチュア内部。

 今は地中に隠している為、優雅な景色は堪能出来ないが、住めば都という言葉もあるように、慣れてしまえば問題点は多少なりを潜めるのだ。

 そしてそれは記憶喪失であるヤカゲにも当然ながら該当し、今では普通に日々を過ごしていたりする。


 「あ、ヤカゲ! 丁度いいところに」

 「ん? どうかしたかイムニティ」

 「副幹を見なかった? ちょっと一言言ってやりたいことがあるんだけど」


 そう言っていかにも不機嫌そうに言い放つイムニティ。

 いつもはそれ程感情は出さないイムニティがこうして憤っていることはかなり珍しい光景である。

 そんなイムニティが微笑ましいのかヤカゲも微笑を浮かべながら少女に答えた。


 「ロベリアに何かされたのか?」

 「ええ、今まで言うほどの事じゃないと思ってあえて言ってなかったんだけど、あいつ私の蓄えてるお菓子を勝手に食べすぎなのよ!」

 「そうなのか?」

 「そうなのよ! 隠しておいたクッキー食べられていたし、風呂上りのデザートもやっぱり毎夜食べられているし!」


 そう言って地団駄を踏むイムニティを微笑ましく見るヤカゲ。

 イムニティにも年相応の一面があったことが嬉しいのだ。

 ……まぁ、実年齢はウン万歳単位である事を知らないことはヤカゲにとってもイムニティにとっても幸いであったと言えるだろう。


 「で! 副幹の居場所を知らないかしら? 隠し立てするとただじゃおかないわよ!」

 「んー、ロベリアの居場所は特定できないが推測は立てることが出来る」

 「推測?」

 「ああ、実は数時間前にこの場所でロベリアとすれ違ったんだが……」

 「それがどうかしたのかしら?」

 「俺の記憶がまた消えていたりしていないのならば、ロベリアがスカートを穿いていた光景は初めて見たことになる」

 「は? 副幹がスカート?」

 「ああ、だから彼女はお洒落をして街にでも出かけたのだろう」

 「出かけたって……私、副幹を逆召喚した覚えは無いわよ」


 通常、買出し等に出かける時はイムニティの逆召喚で出かけることになっている。

 一応、近くに街はあるのだが、そこはフローリア学園のある場所の為、あまり出入りはしたくないので遠くの街に買いに行くのがセオリーだ。

 知性の低いモンスター達はどうやって命を繋いでいるのかは知らないが、彼女らは一々略奪するのも面倒だしということで金があるうちはお金を使う。

 まぁ、懐具合が軽くなれば襲うことになるのだが。


 「普通に歩いていったか馬にでも乗っていったんだろう。最近、よく出かけるのを見かけるぞ」

 「……ったく、何考えているのかしら」

 「お菓子の補充にでも行ったんじゃないか?」

 「副幹、あれで実はお菓子好きだったし、その可能性はあるわね」

 「ああ、もしそうならば俺も少しはご相伴にあずかりたいものだ」

 「そう言えば、あんたもお菓子好きだったわね……」


 心底楽しみにしているヤカゲの笑顔にそう言って、イムニティはロベリア探索を諦め、自室へと歩いていくのであった。


















 で、件のロベリアはと言うと……


 「……へぇ、随分と人気があるじゃないか、恭也」

 「物珍しいだけですよ」


 ファミーユのオープンテラスでティーカップを傾けながら優雅に談笑していたりする。

 話し相手は高町恭也。

 二人の出会いは少々特殊ではあったが、その特殊さ故にここまで仲良くなったとも言える。


 「その割には随分と視線を集めているみたいだけど?」

 「……なんだか言葉に棘が感じられるのですが」


 その出会いは突拍子も無い偶然の出会い。

 恐ろしいほど危ういバランスの元に成り立った偶然の出会い。


 「少し、丸くなりましたか?」

 「……そうかもしれないな」

 「今だから言いますけど、あの時の貴女は昔の俺に似ていましたよ」

 「普通はああなると思うけど?」

 「そうでしょうね。ただ……俺はそれでも守るべきものがあった……だから不恰好だけど何とか自分を張り続けることが出来た」

 「守るべきもの……ねぇ……そんなものはもう全部失ったよ」







 始まりはロベリアがファミーユに訪れた事だった。

 基本的に破滅の民としての活動は、ダウニーにまかせっきりである。

 もちろん、ダウニー自身が全てを行うと言うわけでは無いのだが、基本的にダウニーの意向を破滅の将が形作るといった感じである。

 だが、そのダウニーは白の主を覚醒へと促すように……もしくはまた別の方針を模索している状態。

 故に破滅の将は常に臨戦態勢で待機中……有り体に言ってしまえば暇を持て余し中なのである。

 そして暇を持て余したロベリアが街に出てきてお菓子の蓄えを買いに来て、そしてケーキに釣られてファミーユに入店した。

 そして普通にケーキを頼み、普通に食べていたら、強盗が入ってきたのだった。


 「おい! 金出せ! 金!」

 「きゃっ!?」

 「おら! さっさとしろ!」

 「あ、明日香ちゃん!」


 ……などと、三人組の強盗が入ってきて一人が店員を人質にとって、一人が客を威嚇する様に窺って、一人が指示を出している最中でも物憂げに外の景色を見ているだけのロベリア。

 そんなロベリアの仕種が不審に思ったのか強盗の一人がロベリアに近づいてくる。


 「おい、お前、何をしている?」

 「…………」

 「おい! 答えろ!」


 強盗がロベリアに手をのばそうとした瞬間、強盗の顎先に突きつけられる紅き剣。

 紅き剣を突きつけ、ようやく強盗の方に向くロベリア。

 強盗の方は目隠しをしたままのロベリアにしかも背後から迫って剣を突きつけられた事に驚くと同時に恐怖した。

 コレは俺達みたいな小悪党とは格が違う……本物の極悪人……死の使者……破滅……戦士としての本能と生物としての本能の二つの本能がソレを告げていた。


 「なんだい、鬱陶しい……死にたいのか?」

 「ひっ……!」


 顎先に突きつけた剣をちょんと押すと同じだけ強盗が後ろに下がる。

 後ずさる強盗を見ていた仲間の強盗が剣を抜き、雄叫びを上げながら襲い掛かり……


 「うおおおおぉぉぉぉっ!」

 「五月蝿いんだよ!」


 キィン!


 たったの一太刀で剣を真っ二つにされていた。

 ロベリアはやろうと思えば剣だけでなく強盗ごと真っ二つにできた。

 ただそれをしなかった理由はただ一つ……返り血で食べさしのケーキが真っ赤になるのが嫌だったからである。

 ただそれだけの理由だった。

 そしてこれ以上邪魔をされない様にと、最初にからんできた強盗を剣で殴り倒してもう一人の方へ向き直る。

 ロベリアの殺気を受け、人質を取っている強盗のナイフを突きつけている手が震える。

 ロベリアにはソレが人質を取っていようがいまいが関係ない。

 己の目的は邪魔されない様にすることだけである、そこには人質の生死など問題ではない。

 ロベリアが強盗にとっての死の一歩を踏み出そうとしたその刹那……ロベリアの目は奪われる事になる。


 「んなぁっ!?」


 強盗の人質にナイフを突きつけていた方の腕が変な方向にのばされたのである。

 何かするつもりなのか? と一瞬興味深げに強盗を見据えるロベリアだったがすぐに違いに気付く。

 カランとナイフを落とした強盗の背後から人影が現れる。

 強盗が振り向こうとした時には全てが終わっていた。


 「え……な……?」

 「…………へぇ」


 まるで足ごと切断しそうな勢いの足払いが入ったかと思うと強盗の天地が逆さまになり、背中と腹部にとんでもない衝撃が入る。

 強盗はそのまま意識を失い、二時間ほど目を覚ます気配はみえなかったという……










 「…………へぇ」


 ロベリアは思わず感嘆のあげた。

 強盗の後から現れた男……高町恭也の技が見事だったからである。

 ロベリアとて破滅の将の一人……たかだか人間の戦士一人の技を見事だとは通常思わない。

 だが、彼の使った技は……


 (裏の人間か……魔力も持っていない人間にしちゃいい動きだね)


 普通の戦士ならば何も思わなかっただろう……だが、彼女は恭也の扱った技が裏の技だと感じ取ったのだ。

 同じ裏の戦士であったロベリアだからこそ気付けたその違和感があった。


 (足払いから相手の襟を掴んでの投げ、その後に勢いを残したまま相手に倒れこみ追い討ち……だけど襟を掴む時に妙なタイムラグがあった……おそらくあの技は本来、襟を掴んで投げる技ではなく、首を刃物か何かで切りつけながら、背負い投げに持っていき、勢いに任せた追い討ちは先のエルボーではなく刃物による斬首、もしくは心臓を一突き……といったところか?)

 (あのタイムラグは、おそらく身体に染み付いた技を出そうとして途中で思いとどまった為のものだろうね……ふぅん、中々に面白そうな奴じゃないか)


 こうしてロベリアは高町恭也に興味を持つこととなった。

 彼女は恭也を異質なものだと感じ取っていたからである。

 彼の使う剣は業深き剣だということは初見でわかっていた。


 同じ様な剣を使う者として話を聞いてみたりした。

 だけど彼自身はとても真っ直ぐで……その剣の使い手としてとても不釣合いに見えた。

 話せば話すほどイライラしてきた。

 だけどやはり気になってしまう。

 どうして?

 そんなこと初めから判っていた。

 彼は戦いを好まないし、起こさない。

 だけどそのくせ、あんなに後ろ暗い剣を……誇りに思っていた。

 あの剣に胸を張っていた。

 それがどうしようもなくロベリアを削ってしまう。

 どうして彼は誇りに思えるのだろう?




 少なくとも私は思えなかった。

 いつもいつも救世主パーティの汚れ役だった。

 あいつらばっかり良い顔されて、私は石こそ飛んでこないものの忌避の視線や哀れみの視線やそういった負の感情しか向けられなかった。

 冗談じゃない。

 私が一番辛い思いをしているのに私が一番報われない。

 そんなことばかりだった。

 私がそういった事向けのスキルを持っているからって、みんなその役を私に持ってきた。

 彼だって似たような経験はあるはずだ。

 別に私みたいな経験じゃなくても……何かしらその剣が理由で理不尽な事をされたことぐらいあるだろう。

 こんな技術……蔑みこそすれ誇れるものだなんて断じてない。

 それを高町恭也に言ってみた。

 間違いなく賛同が返ってくるものだと信じていた。

 だけど、彼は賛同する事はなかった。

 だけど否定もしなかった。

 彼は静かに語った……


 『俺も理不尽な想いをしたことはあります、理不尽な別れも経験しました……一族ぐるみの幸せを壊された事だってあります……だけど……』

 『だけど?』

 『その技術で大切な人が守れるのなら……俺はこの剣を誇りに思う』


 静かに、考え込んだ風でもなく、ただ自然にそう語った。

 おそらく彼の中では既に答えの出ていた問題だったのであろう。

 彼は躊躇いもなく、その剣を誇りだと言った。



 それを聞いた私は彼……高町恭也を……














 私と同じ場所に堕ちるまで……
















 ……壊してやろう、と思った。















 あとがき


 はい、微妙なところで切れた22話ですw

 思ったより長くなりそうなので23話はこれの続きですかね。

 そんなこんなでWeb拍手更新予定w