「ふむ、なるべくフレンドリーに接してみたつもりなのだが、ハズしてしまったらしいな」
『…………』
沈黙が場を支配する。
誰もがデタラメな展開についていけない……筈なのだが、若干普通じゃ無い人がいるので場はすぐに持ち直すこととなる。
「この世の全ての富と名声と権力と女を『ブレイズノン!』またかー!?」
「はいはーい! ナナシはダーリンと永遠の愛を『ヴォルテクス!』きゃぃ〜ん!?」
「……はぁ……はぁ……あんた達の脳味噌はスポンジなの!? あんな怪しげな奴の言う事真に受けてんじゃないわよ! しかも何? その欲望全開な内容は!」
肩で息をしながら怒鳴るリリィ。
しかし彼女の努力に反比例してさらにフィアッセがこそこそと『あの……恭也と……』なんて言っている始末である。
「止めなさいそこっ! あんたはまだマトモだと思ってたのに!」
「だって恭也ってば全然気付いてくれないし……」
「あんたねぇ……気持ちは解らなくも無いけど、それをこんなヒゲレッドに任せて叶えられて嬉しいわけ?」
「む? 娘よ、我は紅の魔人であって断じてヒゲレッドなどという名前ではないのだが」
僅かに眉を吊り上げて、心外そうに訂正するヒゲレッドこと紅の魔人。
名前通り、彼は髭をたくわえた、いかにもランプの精ですと言わんばかりの風体である。
ただ、紅茶の湯気と共に出てきたからなのかどうかは知らないが、身体が全体的に紅色で構成されていた。
「で? 結局あんたは何なのよ?」
「我は紅の魔人。古き盟約によりて一つの願いを対価として我に自由を与えし者を待っている」
「……つまり、願いを叶える事によって貴方が自由になれるわけですね」
「いかにも。さぁ、願いを言え。人の子達よ」
黒き翼の救世主 その21 白桃色の生活 お茶編W
「じゃあ、破滅を滅ぼしなさい」
「それは無理な相談だな。アレは我より高位の精霊を有している。力関係の上下とは別に別格なのだ。故に干渉することは叶わぬし、当然ながら直接排除も不可能だ」
「何でも一つじゃなかったの?」
「『何でも』と言うのはあくまで簡潔に表現する為の便宜的な表現にすぎぬわ。第一、本当に何でも叶える事が出来るならとっとと自由になっている」
何故か胸を張っていう紅の精霊。
そんな精霊を見ながら復活した大河はリコに話しかけていた。
(なぁ、高位の精霊って……)
(間違いなくイムニティのことでしょうね……となると破滅関係はあまり大したことは叶えれなさそうです)
(どうする?)
(そうですね……破滅関係の事象が無理ならばルシファーの事を頼むのもアリだと思いますが……彼女を引き込めればイムニティをほぼ無力化できます)
(どういうことなんだ?)
(ルシファーは神に連なるあらゆるものに強い耐性を持っています。当然、神に創られた私達にも同じ事が言えますし、仮にイムニティが白の主を完全な救世主にしたとしてもルシファーには勝てません。ルシファーの前では救世主もただの人と成り下がります)
(その割には俺のトレイターやジャスティでもダメージは入っていたぞ? どういうことなんだ?)
(おそらくまだ完全な状態では無いのでしょう。聞いた話ですとルシファーがセレル・レスティアスを出したのは追い詰められてからだと聞きました)
(そうだな)
(ルシファーはそんな無駄な事はしません、本気ならば最初からセレルを出していた筈です。おそらく何らかの事象でセレルを呼べなかった、もしくは呼ぶわけにはいかなかったのか……それともルシファー自体が何らかの問題を抱えているのか……何にせよセレルを呼べないといくら神の力に抵抗があると言っても、攻撃が殆ど無効化される救世主候補VS決定打に欠けるただの剣士の構図になりますから)
(なるほど……)
(話は逸れましたが、破滅をどうにも出来ないならルシファーを引き込む事が先決です)
(わかった)
「おい、ヒゲレッド!」
「我はヒゲレッドではない、紅の魔人だ」
「あー、俺少し前に……ルシ……じゃない、少し前にこの学園で銀髪の女と戦ったんだ」
ルシファーと言いかけたのを、リリィやフィアッセもこの場にいることを思い出し、何とか言い直し大河が話しかける。
リリィはともかく、フィアッセにルシファーの存在を知っている事を知られるのはまずい。
「ほう、それで?」
「その銀髪を俺の……『ブレイズノン!』ってなんでだーーーー!?」
「あんたねぇ……見境無いにも程があるわよ! よくもまぁ自分を殺そうとした奴を手篭めにしようと出来るわね!?」
プスプスと煙をあげながら倒れ伏してる大河が脅威の回復力で起き上がり抗議する。
どうやら本格的にこの仕打ちに慣れてきたらしい。
「あほかっ!? 誰もそんなこと言ってるか! アイツも召喚器持ってただろうが! いわばアイツは俺達の同類だ、それなら仲間に引きこむことが出来るだろ!? それを言おうとしただけだ!」
「ふん、どうだか……私が止めなかったら召使いにでもしそうな勢いだったくせに」
「人の子よ、仲がいい事は解ったが我の話にも耳を傾けてはくれぬか?」
「「全っ然よくないっ!」」
「息ぴったりだと思うが……さて……ほう、名前は当真大河、異世界の人間か……」
「おい、なんで俺の名前を……」
「そなたの記憶を見ているのだ、その銀髪とやらの情報があまりにも不鮮明なのでな……ふむ、大河よ貴様かなりの色魔だな。思考の80%がエロトピックスとは……脳内でエロゲーでも作る気か?」
「うおおお!? 見るな! 俺の頭の中を見るんじゃない!」
『…………』
女性陣(ナナシは除く)から何とも形容しがたい視線に晒される大河。
燃やされたり視線に貫かれたりと、ふんだりけったりである。
「おい、ヒゲレッド! お前のせいで俺の株が下がる一方だ! もういい! 今すぐやめろ!」
「ふむ……修道女に手を出し、忍者に手を出し、召喚術士にも手を出し……救世主クラスの半分以上が貴様の毒牙に……ハーレムでも目指しているのか?」
「話を聞けぇ!?」
『…………』
「だからその視線で俺を見るなーー!?」
「……なるほど、妹とは言えメイド喫茶に女連れで入るという大技をして、そこの店員にクラスの人間が働いていたので撤退した帰りに襲われた時の事だな?」
「一々説明せんでいい!!!」
『…………』
「もう勘弁してくれ……マジで」
「なるほど、この者を仲間にしたいと……………………………………………………………………ふむ、結論から言おう無理だ」
その言葉を聞いた瞬間、大河が吼える。
召喚器が召喚可能であったならば迷わず切りかかっているだろうと思うほどに。
「んなっ!? お前ふざけるなよ!? 俺の尊厳を著しく貶めた挙句に無理だと!? 返せ! 俺の人望と地位と女の子達の好感度を!?」
「あんたにそんなもの最初っから全部無いでしょうが!」
「なんだとー!?」
「なによ!?」
「だから、仲が良いのは承知しているから我の話を……」
「「良くない!!!」」
「とにかくだな、貴様の願いは叶えようが無い……何せその願いは既に叶っている」
「どういうことだ?」
「お前の言う『仲間』の定義は簡潔に言うとこの場合、赤か白かの内、赤ならば仲間という事だろう? ならば叶えるまでも無い、ルシファーは赤だ」
「ちょっと! 赤とか白とかどういう意味よ!?」
「ルシファー……? そんな……私、この世界に来てからまだ……」
リリィが、話が理解できない! と魔人に説明を求め、フィアッセはルシファーの名前が出てきて驚いている。
それもその筈、フィアッセはこのHGS能力の名称がルシファーだとは一言も言ってはいないのだ。
そして、その心の内の動揺を冷静に観察していたリコは、ほぼ間違いなくフィアッセがルシファーの宿主だと見抜いていた。
(マスター……やはりルシファーはフィアッセさんみたいです)
(そんな悠長に見てていいのか? バレたらまずいんじゃないか?)
(フィアッセさんもどうせ薄々は感ずいていたはずですから、遅かれ早かれ発覚はしてたでしょうし、少しくらい早まっても大差は……)
(で、どうする? この願いも意味無さそうだし)
(ではアルヴァイン・ラスタの事を聞いてみましょう……私もこのアヴァターでかなりの年月を過ごしてきましたが、そんな名前初めてで皆目見当がつきません)
(ああ、ルシファーの探し物のことか……それを知ってどうするんだ?)
(その情報を押さえればルシファーと交渉出来る可能性がありますし、フィアッセさんを通じて情報が漏れたとしても、それはそれでルシファーをおびき出す事が出来ます)
(おびき出す……ってそれはいいけど、どうするつもりなんだ、リコ?)
(何がですか?)
(おびき出しても返り討ちにされる可能性が大だ)
(大丈夫です、今のルシファーは深手を負っています。それも召喚器を出す事すら満足に出来ない状態でです。今のルシファーなら何とでもなりますし、現れないなら現れないでアルヴァイン・ラスタを先に押さえれますし問題はありません、マスター)
(まぁ、リコがそう言うなら……)
大河は一抹の不安を胸に再度魔人に向き直る。
「おい、ヒゲ!」
「貴様、我の名前を訂正しないばかりか変な略をするな」
「なぁ、アルヴァイン・ラスタって、そもそも何なのか、今何処にあるかを教えてくれよ」
「ふむ、よかろう。その願い聞き届けよう……アルヴァイン・ラスタとは魔王ルシファーの召喚器だ」
「……は? あいつの召喚器って……」
「ああ、言い方が悪かったか、召喚器の一部だ。正式名称は吸魔玉アルヴァイン・ラスタ……今のこの世界ではレベリオンと言ったほうが解りやすいだろう」
「レベリオン!? あれは召喚器なんかでは……」
意外な名前が出てきてリコが驚きつつも否定する。
リコ以外はレベリオンが何なのか解ってはいなかったが、とりあえず話の腰を折らないように見ているだけにしていた。
「かつて、魔王ルシファーが神に敗れ去った時、ルシファーはこの世界から散り、その召喚器もこの世界から散るはずだったのだ。だが彼女の召喚器は少々特殊だったらしい」
「特殊?」
「そう、彼女の召喚器は神の力を当然ながら受けていなかった……まぁ、当然の話ではあるのだが。故にあれは普通の武器と大差は無いのだ」
「それにしちゃ切れ味良過ぎないか?」
その刃を受け、トレイターを折られた大河からすれば、あれが普通の武器と言われても納得できない。
それがいくら召喚器の天敵の武器だとしてもだ。
「まぁ、普通の武器というのは言いすぎだったな、あれは超強力な魔法武器だと考えればいい。だからその持ち主が散っても世界に存在できるのだ」
「まぁ、召喚器っぽくないことは解った」
「ルシファーが身体を失いながら逃げる際に、彼女は召喚器も一緒に持って行こうとしたみたいだが、瀕死だった故か、アヴァターに一つ落し物をしたのだ」
「それが、アルヴァイン・ラスタか?」
「そうだ、それは未知の物体とされ、当時の研究者達に解明され、天使や破滅と戦う為に兵器と成変わった。吸魔玉アルヴァイン・ラスタはその名の通り、魔力を吸収して蓄積する事が可能なのだ。その性質を利用し今でもレベリオンの中に埋め込まれ兵器として存在しているはずだ」
「なるほどな……レベリオンって言うのが初耳だけど、それは調べれば解りそうだ」
「まぁ、アルヴァイン・ラスタに関連するという意味では、この情報も一応教えておくべきなのだろうな。ルシファーの召喚器セレル・レスティアスも時空移動の途中で紛失されており、それを拾った世界の者がそれを解析して、召喚器を技術的に模倣したインテリジェンス・ウエポンならぬインテリジェント・デバイスという物が作成された事がある。それは召喚器に近い出力を持つそうだ。それがどういう意味か解るか?」
「どういう意味なんだ?」
「彼女の召喚器は、神の恩恵を受けぬが故にまだ人智の及ぶ領域という事だ。故に才無き者でも使えぬ事は無い」
「……」
「無論、人は選ぶだろう。だが召喚器よりもその門戸は広い」
「何が言いたいんだ?」
「つまり、召喚器の主になれる位の度量があればレベリオンやセレル・レスティアス、インテリジェント・デバイスのマスターになれる。召喚器を失った救世主候補でもそれらを操る事が出来よう。今の貴様には重要な情報だろう? 役に立つかどうかは解らないがな」
「なるほど……」
「さて、これで願いは成った。我が解放される時が来た……ああ、長かった……だが、それも今日で終わりだ。感謝するぞ人の子よ」
魔人の言葉が終わると共にまばゆい光が食堂のみならず、学園全部を包み込んだのであった。
この光が事件の始まりだと皆が知る事になるのは、直後の事であった。
あとがき
さて、少し間が開きましたが黒き翼21話です。
幕間ですが、少し本編の事に触りました。
Web拍手もほぼ同時に更新予定。