「少し……落ち着きませんね」

 「場所を変えた方がいいか?」

 「いえ、別に大したことでも無いので……」


 とある喫茶店の一席。

 向かい合う形で座っている一組の男女。

 男の名前は高町恭也、女の名前はリコ・リスといった。

 お互い、何か思うところがあるのか、顔を俯かせたままである。


 「で、御用というのは?」

 「高町さんからどうぞ。私の用事は後でもいいです」

 「……では、こちらから……指導の話なんですけど……」


 ボン!


 それを聞いた瞬間、まるで湯当りでもしたかのように顔を真っ赤にするリコ。

 それを見て、怪訝な表情の恭也だが、すぐに意味を悟り顔を真っ赤に染める。


 「ち、違う! そういう事では……とりあえずこれを見てくれ」


 そう言って彼が取り出したものは、髪の毛の様なものだった。

 ただ、髪の毛と言うには長すぎるので、髪の毛では無いことはうかがえた。


 「これは?」

 「鋼糸という。御神流で使う武器の一つです」

 「武器……なのですか?」

 「ええ、細さによって用途は変わってきますが、基本的に相手を縛ったりする時に使います」


 そう言って幾つかの種類の短くなり過ぎて長さ的に使えなくなった鋼糸を見せるが、リコにはその違いがわからなかった。

 ただ、一番細いものは目の前にあっても注意深く無いと気づけないレベルのものだということは解った。


 「それで……この鋼糸と私の指導とどういう関係が……」

 「……他の人から聞いたのですが『指導』のシステムは既に形骸化していて、相手にお願いできる権利なのだと聞きました」

 「はい、半ばそうなっています」

 「本当は何も望みは無かったんですけど、ちょっと困ったことに気付きまして」

 「困ったこと?」

 「はい、この鋼糸なんですけど……どうもこっちの世界じゃ売っていないみたいで、補充ができないのです」












 黒き翼の救世主 その20 白桃色の生活 お茶編V














 そうなのである。

 この世界の技術では鋼糸を作ることが不可能なのである。

 先のモンスター大発生事件の時に手持ちの鋼糸、小刀、飛針を使い果たし、こちらの家に置いている鋼糸、小刀も尽き、飛針も残り僅かという状態なのであった。


 「リコさんは召喚師なのだと聞いてますし、事実、色んな物を召喚して戦っていた。ですからもしかしたら、これと同じものを召喚できるかと思って聞いたのですが」

 「はぁ……ですけど、別に元の世界から送ってもらえばいいのでは無いでしょうか? この前みたいに」

 「そうなんですが……あっちに頼むと頼んでもいないものまで来そうなので……」


 はぁ……と溜め息をこぼしながらイレイン、久遠、御架月の事を思う恭也。

 これ以上、他人を巻き込むわけにはいかない……そういう気持ちがあるのも事実だし、それに……


 (この生活もそれほど悪くは無い……)


 「…………解りました。出来るかどうか解りませんが、頑張ってみます」

 「お願いします。じゃあ次はそちらの番です、俺に用事とは何ですか?」

 「それは……お願いしたい事が一つとお聞きしたい事がいくつか。お願いと言うのはマスター……大河さんのことです」

 「大河のこと?」

 「ええ、あまり大きい声では言えない事ですが、マスターは召喚器を失っています。ですがマスターは召喚器が無くても敵に立ち向かってゆくでしょうし、敵もマスターを狙ってくるでしょう」

 「…………」

 「ですから、恭也さんにマスターを鍛えて欲しいのです。貴方の強さは召喚器に依存していません……今のマスターに一番必要なものを貴方は持っています」

 「それは出来ない。俺は御神の剣を美由希以外に伝える気は無いし、今は自分の身を鍛えるだけで手一杯だ」

 「御神の剣じゃなくてもいいです、ただマスターに戦い方を教えて欲しいんです……戦うべき時と逃げるべき時の判断や実戦に役立つ一般的なスキルでいいんです……だからどうか……」

 「……そう言われてもな」

 『まぁまぁ、恭也様。別に戦い方ぐらいいいじゃないですか。恭也様が忙しいなら僕がお教えしてもいいですし……』

 「御架月……」

 「お願いします、恭也さん」

 「……基礎だけならいい」

 「ありがとうございます」


 リコがほっと安堵の溜め息を漏らす。

 とりあえず、一番の目的である大河の安全に少し近づいたのだ、無理も無い。

 だが、彼女の目的の全てが達成されたわけでもない。


 「それで、あと聞いておきたい事があるんですけど……」

 「なんです?」

 「フィアッセさんのことで……『ご主人様、コーヒーをお持ち……って、なんであんたがこの店にいるのよ』」


 リコの台詞に割り込むようにしてコーヒーを持ってきたメイド服のウエイトレスが怪訝な表情で恭也を見ている。

 リコは会話を止め、そのウエイトレスと恭也を交互に見て恭也に目配せをした。


 「ああ、彼女はこの『Curio』のチーフウエイトレスをしている花鳥玲愛さんだ……一応バイト先の商売敵という関係か?」

 「ええ、そうよ、あんたはその商売敵の店でデート? いいご身分ね」


 もう少し詳しく言うと、恭也はこの喫茶キュリオの向かいの喫茶店であるファミーユでバイトをしており、そこの店長が事ある毎に彼女と衝突するのでバイトを始めて僅かな期間ではあるが顔見知り程度の関係は出来ているのである。


 「それにしても……あんたってそういう趣味の人?」

 「……? どういう意味だ?」

 「解らなかったら別にいいわよ。それよりいいの? 自分のバイト先の売り上げに貢献しないで」

 「あそこで俺達がまともに相談出来ると思うか?」

 「……無理ね」

 「それにそっちの店長もよく仕事サボって、ファミーユに来るぞ?」

 「板橋店長は立派に反面店長をこなしているから別にいいのよ、それより気になってたんだけど……アレ、あんた達の知り合い?」


 そう言って玲愛が見た視線の先には、やたら真剣な表情でこちらを見ている赤毛の魔術師と背中の翼から瘴気でも漏れ出しているのではないか? と疑いそうになるくらい不吉を纏ったフィアッセと、魔術師に抱えられて、もはや痙攣すら僅かにしか反応しない大河と、それにすがり付いているナナシ。

 その四人がファミーユの影から、とてもこっそりとは言えない態度でこちらを窺っているようだった。

 そのあまりにも隠れすぎていない気配に、逆に察知が出来なかった恭也がそれを見て溜め息をつく。

 同じく初めてその存在に気がついたリコだが、リリィに抱えられている大河を見てムッとする。


 「ねぇ? ファミーユの影に隠れてるみたいだけど、もしかしてあれで隠れているつもりなのかしら?」

 「多分……」

 「とにかく、マスターをリリィさんから引き剥がさないといけませんね」


 そう言って、代金を置いて店から飛び出してゆくリコ。

 リコを知るものなら、そのアクティブさに驚いただろう。

 逃げようとする四人に瞬間移動で追いつき、リリィから無理矢理大河を引っ剥がす。


 「さて、俺も行くか」

 「行ってらっしゃいませ、ご主人様」

 「……毎度思うんだが、その呼び方は恥ずかしくないのか?」

 「うっさいわね、さっさと行きなさい!」


 少しだけ頬を染めた玲愛に追い出されるようにして、皆の場所まで歩いていく恭也であった。













 「皆してどうしたんだ?」

 「あ……恭也。えっと……大河とリリィとナナシがお茶の葉探してて、私はそれについてきただけだよ?」

 「ナナシ?」


 皆の下に歩いてきた恭也が呆れながら、フィアッセに事情を聞いていると聞きなれない名前が出てきた。

 名前を呼ばれたナナシが反応して、恭也に自己紹介をする。


 「ナナシの名前はナナシですの。ダーリンの妻ですの!」

 「……ダーリン?」

 「ダーリンはダーリンですの!」


 そう言って大河に抱きつくナナシ。

 大河は引き剥がそうとするが、思ったよりも力が強く難航している。


 「うーん……」

 「どうしたの、恭也?」

 「いや……どうも何処かで会ったような気がしているんだが……」

 「会ったって……ナナシと?」

 「はにゃ? ナナシは初めて会った筈ですの」


 はてな顔のナナシを見て、やはり気のせいかと思い、何もする事も無いのでフィアッセ達について行こうとした時……


 「あ、恭ちゃん見ーっけ! 仁くーん、我が店の救世主一人確保ー♪」

 「なっ!?」

 「でかしたかすりさん! そのままこっちに連れてきてくれ!」

 「おっけー! って訳で恭ちゃんは店内お願いねー」


 いきなり飛びかかられたかと思うと、そのままファミーユ店員に連れ去られる恭也。

 それにしてもあの恭也に背後から飛びかかり、力ずくで引っ張っていく店員……よっぽど追い込まれていたのだろう。

 その様子を唖然と見送るお茶葉購入部隊。


 「……まぁ、別にかまいませんが……そういうわけで俺はバイトに行くので、フィアッセはあまり遅くなる前に帰ってくること」

 「もう! 私は子供じゃないよ!」


 そのままずるずると引っ張られて店内へと消えてゆく黒き剣士。

 その光景を見て、呆然とする一同にあってただ一人別のことを考えているのは大河。


 「いいなぁ、恭也のやつ……周りにいっぱいメイドがいて……そうか! 俺もあそこでバイト『ブレイズノン!』ぼべりばっ!?」

 「マスター……」

 「……ったく、さっさとお茶っ葉買いに行くわよ」

 「いくですのー♪」


 盛大に吹き飛んだ大河を顧みる事無く歩いてゆくリリィ、リコ、ナナシ。

 苦笑いで後について行くフィアッセ。

 ちなみに、恭也のバイト先の女の子達は皆、別に想い人がいる事を確認済みなのでフィアッセが後ろ髪を引かれることはない。

 そしてミディアムに焼きあがった大河は、この展開がパターン化されつつある事を嘆きながら皆についてゆくのであった。













 「……で、本当にこれでお茶をいれる訳?」


 お茶っ葉を無事購入し、寮まで戻ってきた一行は食堂に赴き紅茶を沸かせていた。

 フィアッセの視点から見た感じ、現代世界の紅茶とそう大差は無さそうである。

 もっとも、その葉質の高さは見て取れる。

 隠れた名店と言われるだけの葉だけはある。

 それはそれとして、皆がお茶を飲む気になっているのにも関わらず乗り気じゃないリリィ。

 まぁ、魔術師である彼女からしたら、こんな得体の知れないマジックアイテムの類であろうポットから注がれる紅茶なんて、危険物以外のなにものでもないのは当然なのだが。

 それもあるし、こんなに強力な魔力を放つアイテムにそんなことをさせたくないという思いもある。

 だが、所有者はリリィじゃなく大河であり、元所有者であるナナシが一緒にお茶を飲むために持ってきた物であるのだから、彼女からは何も言えないのだ。


 「そりゃ、ポットなんだからお茶をいれる以外に使い道は無いと思うぞ」

 「あんたって……」

 「みんなー? お茶とお茶菓子の用意できたよー♪」

 「ダーリンとお茶ですのー」


 現代世界でチーフウエイトレスをしていたフィアッセが手際よくカップとお茶菓子を並べ、中央にティーポットを置く。

 相変わらずポットからは僅かに魔力が漏れ出しているのだが、大して気にもせず、フィアッセがポットをカップの方へと傾け……


 「あれ? 紅茶が出てこないよ?」

 「葉っぱが詰まってるのか……っておわっ!?」


 大河がフィアッセからポットを取ろうとした時、傾けていたポットの注ぎ口からもくもくと赤い煙が出てきたのだ。

 思わずポットを手放すフィアッセ。

 地面に転がったポットからは止め処なく煙が漏れ出しており、その煙が空中で寄り集まって……人型になった。


 「じゃんじゃじゃ〜ん! 我は永らく封印されてきたポットの精だ! お約束の様に何か一つ願いを叶えてやるから感謝するがいい!」

 『…………』


 陽気なポットの精の声が響く食堂。

 その食堂内で、この荒唐無稽な現象について行ける者なんて誰もいなかった。













 あとがき


 遅くなりました20話です。

 遅くなった理由?

 そんなのオルタやってたに決まって(死

 で、どっかで見たことある様なキャラが出てきてますが、あまり気にしないで下さい。

 本編とはあんまり関係ないんでw