「って言うか信じられない! 何でこんな強力なマジックアイテムでお茶なんか飲もうとするわけ!?」

 「んな事言われても魔力なんか感知出来るかっ!」

 「あんた本当に救世主候補なの? 召喚器使えば――――ごめん……」

 「あ、謝るなよ、気味悪い……」

 「あ、あんたねぇ、人が折角素直に……」


 ……と、いつものペースで言い争いをしながら、行きつけの店に足を運ぶリリィ。

 行きつけの店とは、よく義母に言われて買いに来る茶葉店である。

 主に紅茶の葉を取り扱っており、店自体はあまり大きくないものの質の良い葉がたくさんあり、隠れた名店として紅茶好きの人には知られているのだ。

 言い争う二人をナナシは、どきどきはらはら、うきうきわくわく、と見ていたのだが……


 「はにゃ?」

 「ん? どうした、ナナ子?」

 「綺麗な歌ですの……」


 ふらふらと道から逸れて、路地裏へと入っていくナナシ。

 放っておくわけにもいかず、後を追う大河とリリィ。

 ナナシは何処に向かっているのか疑問だったが、奥へと進んでいくうちに疑問が氷解する。


 「――――きっと、サヨナラからー、始まる日は、そっと優しーさに、包まーれーて、訪ーれーる♪」


 普段なら誰も見向きもしない路地裏の奥……

 そこに立つ一人の瞳を閉じた女性。


 「きれい……ですの……」


 そんな何も無い場所の筈なのに、そこにはたくさんの人が……

 いや、観客がいた。


 「す……すごい……」


 そこはただの路地裏で、整備されたステージも無ければマイクも無く、服装だって質素なものだ。

 だけど、それら全ての不備を覆すだけの透きとおる様な美しい声と安らか且つ洗練されたメロディーがそこにあった。


 「今片手をー青い空にー、振りながらそっと涙をーぬぐっているー。そして巡り会えたー君との日々 いつまでもずっとー、いつまでもずっと、忘れずにいくからー♪」


 観客は老若男女、区別は無く、救世主候補も例外ではない。

 ただただ、その圧倒的な歌唱力に引きこまれる。

 この世界から遥か遠くの異世界で生まれた歌であろうと、光の歌姫の歌には関係ない。

 彼女の歌声は耳にだけ訴えるのではなく、心にも訴えるものなのだから……


 歌が終わると同時に、路地裏に大きな拍手と歓声が響き渡るのであった。
















 黒き翼の救世主 その19 白桃色の生活 お茶編U

















 私はフィアッセ・クリステラという人物を誤解していた事を認識した。

 彼女はHGSという能力の上に胡座をかいていたわけではなかったのだ。

 高町恭也が執拗に……それこそ異世界に追いかけてくるほどに彼女を守ろうとするわけだ。

 彼女はあれ程の力を持ちながら戦う者ではないのだ。

 むしろ、戦いとかの荒事になればどうしようもなく非力。

 何故なら、彼女は歌う者なのだから。

 努力するその方向性が歌に向くのは必然で、彼女に戦う力は本来は不要なのだ。


 「あはは……ん〜♪ みんな、聴いてくれてありがと〜♪ ……って、あれ? 大河、リリィ! どうしたの? こんな所に」

 「え、あ、いや……ナナ子がこっちから歌が聞こえるとか言って……」

 「ナナコ? うーん、Very cute! 大河ってばいっつも綺麗な娘連れてるくせに、またこんな可愛い娘連れちゃって」

 「ナナシはナナシって言うですの。ダーリンの妻ですの!」


 彼女は歌う者だ、それは間違いない。

 だけど、彼女は豹変した。

 高町恭也の膝をけなされた瞬間、人目につく事無く静かに豹変した。

 いくら彼女が高町恭也に恋患っているからといって、あれ程態度に温度差がつくものなんだろうか?

 私はまだ恋というものをした事が無いから解らない、だけど他に要因があると思っている。

 彼は事故で膝を砕いたという話だけど……

 高町恭也の膝の故障に彼女が関わっているとすれば、十中八九、高町恭也がフィアッセ・クリステラを庇って膝を痛めたとかそういうことなのだろう。


 「リリィ? どうしたの、黙っちゃって……」

 「ねぇ、一つ訊いてもいいかしら?」

 「なに?」

 「高町恭也の膝がああなったのって……もしかしてあなたが……」


 思わず訊いてしまった。

 訊くべきではないと思っていたのに。

 だけど、フィアッセ・クリステラは私の予想とは裏腹にゆっくりと首を振る。

 悲しい瞳のまま……


 「違うよ、リリィ」

 「お、おい、いきなり何を訊きだすんだよ」

 「バカ大河は黙っててよ」

 「……膝だけじゃないの」

 「え?」

 「膝だけじゃない……士郎も恭也の未来も私が奪ったの……この黒い翼で……この呪いの翼の所為で」


 そう言って黒き翼を展開する彼女。

 その黒い翼に先程まで歌を聞いていた人々が驚いている。


 「ちょっと待ちなさい、シロウって何か解らないけど、少なくとも膝の件はこの前、高町恭也の膝は交通事故とか言ってなかった?」

 「うん、交通事故だよ……でも交通事故の原因である修行の理由を作ったのは私……」

 「理由?」

 「うん、恭也、小さい頃に剣の師匠でもあるパパを亡くしちゃって……一人で強くならなきゃ、って必死だった。それで少しでも強くなろうとして修行しすぎて……」

 「それがなんで――――」

 「恭也のパパの名前は高町士郎……テロから私を守って……爆発に巻き込まれて……」

 「ちょっと待ちなさい、でもそれって別にあなたが悪いわけじゃないんじゃない?」

 「え?」

 「そんなの、テロ起こした奴らが悪いに決まってるでしょ。あんた何でも背負い過ぎなんじゃない?」

 「そんなこと……」

 「いや、俺もリリィの意見に賛成だな。誰が悪いってそりゃテロ起こすような連中だろ? 少なくとも法律じゃそいつら捕まって罪を背負うだろうし」

 「ダーリンの言う通りですの……それに……」


 そう言って今まで聞いていただけのナナシがフィアッセ・クリステラに近づく。

 そして黒い翼に包帯だらけの右手をのばす。


 「この翼はこんなにキレイですの……どんな色だって、そんなの関係無いですの……」

 「ナナシ……」

 「そうよ、少なくとも翼の所為じゃないわ。それにかっこいいじゃない、黒い翼なんて」

 「リリィ……」

 「それに例えどんなにその翼が醜かったとしても、本体がどっかのヘッポコ魔術師と違って超絶美人だからな、綺麗に見え……『ブレイズノン!』ごばぁ!?」

 「あ……あはは……」


 苦笑する彼女を尻目に何かいらない事を言ったバカ大河をいつもの様に吹き飛ばして倒れたところを蹴りまくる。

 実際のところ、そりゃ自分が綺麗だとかに自信は無いけど……そんなに変ではないと自分では思う。


 「ねーねーお姉ちゃん……救世主様の知り合いなの?」

 「ん? そうだよ? 大河とリリィは救世主候補で私は知り合いだよ」


 遠巻きに見ていた子供の一人がフィアッセ・クリステラに近寄ってそう訊いてきて、彼女が答えた瞬間雰囲気が一変した。


 「おお! 救世主候補様のお知り合いなら悪い者ではあるまいて」

 「ほんに……最初に見たときはビックリしたがのぅ」

 「そもそも、破滅にこんな綺麗な歌が歌えるわけが無いわよねぇ」


 遠巻きに見ていた人々が思い思いの言葉を口にして元の位置に戻ってくる。

 身勝手なものだと思うけど……無理もないか。


 「さてと、今日の練習はこれくらいにしておこうかな。大河達はどこか行く途中?」

 「ええ、ちょっと茶葉を買いに行くのよ」

 「へぇ……ねぇ、一緒に行ってもいいかな? ちょっとこっちの世界のお茶とかに興味あるの」

 「私はかまわないわよ」

 「ナナシもかまわないですの」

 「俺は美人なら誰でも大歓迎――『ブレイズノン!』ごぶぇ!?」

 「さ、バカは放っておいて行きましょうか」


 バカ大河を踏みつけて私達が表通りに戻ろうとすると、先の少女がフィアッセ・クリステラに話しかけてきた。


 「ねーねーお姉ちゃん……また歌ってくれる?」

 「あっ……うん、多分明日もここで歌ってるから、聴いてくれる?」

 「うん!」


 笑いかける少女に向かって、この日一番の笑顔でフィアッセ・クリステラは無垢な少女の様に笑いかけた。

 ああ……悔しいけどバカ大河の言う通りみたい。

 微笑む彼女は女の私から見ても凄く綺麗だと思うから……























 お茶っ葉購入部隊が更に規模を大きくして道を歩く。

 ナナシは大河とフィアッセとに両手を繋ぎながら、フィアッセから歌を教わっている。

 リリィも聞くとはなしにそれを耳に情報として入れながら道を歩いていると……


 「あれ?」

 「どうしたの、リリィ?」

 「あそこにいるのってリコじゃない?」


 リリィの指差す先に喫茶店で窓際の席に座ってケーキを食べているリコがいた。

 その表情はどことなく真剣だ。


 「おっ、ほんとだ。おー……ごぼ!?」

 「しっ! 何か様子が変だわ」

 「もが、もご……」


 リリィが大河の口を後から手を回して塞ぎながら、物陰に引きずっていく。

 フィアッセは何だかよく解らないまま、とりあえずリリィの後に続き、ナナシは当然、大河の手を離す事無く一緒についていく。


 「もが、もが……」

 「うるさい!」


 ボグゥ!


 リリィが片手で大河の口を塞ぎながら、片一方の手で大河の頭をどつく。

 ちなみに、後から抱きかかえるような体勢の為、リリィの胸が大河の頭に当たっているのだが、いきなり口を塞がれた大河も別の事に気がいってるリリィも気付かない。


 「あ、誰か来たみたい……って、ええっ!?」

 「嘘っ!?」

 「もが……が……」

 「ダーリン、お顔が真っ青ですの。ご近所のゴーストのおじさんみたいですの」


 リコの座っている席と向かい合うような席に座る人物。

 おそらくリコと待ち合わせしていたであろう人物の名は……


 「なんで高町恭也が……って、ちょっとフィアッセ!?」

 「う……うふふ……恭也ってばこんな異世界に来てまで、私に黙って女の子と……」

 「ちょっと、出てる! 翼が出てる! 仕舞いなさいってば!」

 「あ、ごめんね、つい出ちゃった。リリィ……そうだよね、まずは目立たないようにして、何話してるかキッチリ裏を取っておかないとね……」

 「こ、怖いですの……」

 「…………………………も………………が………………」

 「あんたって、実はそういう性格だったのね……」


 フィアッセの意外な一面にドン引きするリリィとナナシ。

 まぁ、無理も無い。とてもではないが、先程、無垢な笑みを浮かべていたフィアッセ・クリステラと同一人物とは思えないほど邪悪な笑みである。

 彼女らを尻目にリコと恭也を凝視する黒き歌姫。

 そして青を通り越して顔の色が白くなっている大河。

 騒動はまだまだ続く。














 あとがき


 さて、フィアッセさんな19話でした。

 秋明さんのフィアッセ禁断症状が発症したのでフィアッセです。

 微妙に黒くなっているのはルシファーの所為です。

 ええ、ルシファーの所為ですとも! 間違っても秋明さんの地ではありません(断言

 ちなみに『白桃色の生活』は短編全般を指しますんで、悪しからずw