「勝者! 高町恭也……と、なんか銀髪の人!」
誰もが唖然としている。
それはそうだろう、もう敗北必至かと思われた恭也からの必殺の一撃はこの場にいる誰もの予想を上回っていたのだ。
首筋に当てた小太刀を仕舞い、注目されている事を歯牙にもかけず、恭也は御架月の元に歩いていく。
「ど、どどどどうしよう、恭也さま! 僕、イレインさんに殺されるかも知れないですっ!?」
「……まぁ、イレインだしな。頑張れ」
「ちょっと!? 共にピンチを切り抜けた運命共同体じゃないんですか、僕たち!」
返答に困った恭也が投げやりに答え、地面に転がっている霊剣・御架月を拾い上げる。
「……とりあえず、中に入っておいたらどうだ?」
「……そうですね、姿見えなきゃ忘れてるかもしれませんし、イレインさんの場合」
そう言って霊剣の中に入って隠れる御架月。
知っている者はともかくとして、何も事情の知らない者からすればそれは…………
『しょ……召喚器!?』
先程の神気発勝の炎と真威・楓陣刃を考慮すると、どう考えても彼らからすれば召喚器という風になる。
そんな彼らの思惑なんて気付くこともなく、恭也は御架月と八景と龍麟を鞘に仕舞う。
「恭也っ! あれほど神速は駄目って言ったじゃない! すっごく心配したんだからっ!」
「フィアッセ……だけどあれは……」
「……ほんと……無茶ばっかりしちゃうんだから……」
すぐに駆け寄ってきたフィアッセが恭也を抱きしめる。
恭也は人前で抱きしめられ、目を白黒させたが、そのまま黙ってなすがままにされた。
それは、フィアッセを感じていたかった事もあるが、それ以上に霊力を振り絞った楓陣刃による精神負担と、神速による身体への負担両方が相まって……
「恭也……? 恭也っ!?」
恭也の意識は闇に飲まれていったのであった。
黒き翼の救世主 その17 双黒の予感
「そうだ恭也」
「なんだ、とーさん」
(これは……?)
「今度の仕事から帰ってきたら、美由希にも御神流を教えてやるんだが……恭也にも当然、さらに厳しくしごいてやるからな」
「……お手柔らかに」
(ああ、夢か)
(幼い日の夢)
(とーさんとの最後の会話の夢だ)
「まぁ、実際のところ、お前くらいの年でもう神速の領域に足を踏み入れかかってる奴は初めてだ。さすが俺の子! もうすぐ一人前だな」
「……一人前」
「そう、一人前だ。神速の領域に自由に入れるようになったら一人前の御神の剣士だ」
「とーさん、一人前になったら俺用の剣が欲しい」
「そうだな…………よし、恭也が一人前になったら八景をやろう!」
「……いいの!?」
(そう、この時ばっかりは凄くはしゃいでて……帰ってくる頃には神速を出来るようにしておいて、早く八景を貰いたかったんだ……)
(もちろん、とーさんに一刻も早く一人前だと認めてもらいたかったこともあるんだが……)
(でも、その願いは永久に叶わなかった……)
「……ぐすっ、ごめんね……ごめんね……美由希……恭也……」
「…………フィアッセ、謝らないでくれ……とーさんはフィアッセを守りきったんだ」
喪服を着たフィアッセが涙を流していた。
美由希は何が起こったのか理解できてはいないようだったけど、時間が経てば理解してしまうだろう。
とーさんが死んでしまったことに……
「…………」
そんなフィアッセを見ていられなくて……
とーさんが死んだ事を受け入れられなくて……
気がついたらフィアッセの前から駆け出していた。
「はぁ……はぁ……」
走り回って気がつけば家の道場にいた。
俺は瞳を閉じて瞑想していた。
どうすればいい? 俺はどうすればいい?
混乱する俺は背後に気配を感じゆっくりと後を振り向いた。
「恭也…………」
「アルバートさん、ティオレさん…………」
「ごめんなさい、恭也……私達の所為で士郎が……」
「いえ……とーさんは……高町士郎は御神の剣士として立派に戦って守りきったんです……だから、か…おを…上げ……て……」
「恭也君……すまない……」
「いえ……」
泣くまいとしても、自然に次から次へと涙が溢れてくる。
俺には俯く事しか出来なかった。
ひとしきり涙を流して、顔を上げた時、目の前の二人がこちらへ近づいてきた。
…………一振りの漆黒の小太刀を持って。
「……………………士郎の形見だ……爆発現場から回収できたのはコレだけだった」
爆死したとーさんは遺体はおろか、骨すら回収できなかったという。
爆発のどさくさで色んなものが回収不可になって、結局日本に戻ってこれたのはこの小太刀だけだった。
八景。
それは刀身はおろか、鞘や鍔、柄糸までもが全て漆黒の小太刀。
それは元々二振りで一組の小太刀。
だが、一振りはとーさんがもったまま天国に行ってしまったのだろう。
帰ってきた小太刀は一振りだけだ。
その事実はまるで、まだまだ半人前だととーさんに言われているかのようだった。
「とーさん……」
キン、と澄んだ音を立てて鯉口を切る。
二人の方とは逆を向いて小太刀を振るう。
一振りするたびにとーさんとの記憶が甦る。
甘いもの好きなとーさん。
いつも行き当たりばったりでいい加減なとーさん。
剣を教えてくれる時のいつもより少しだけ厳しいとーさん。
そして、いつも優しい視線を向けてくれているとーさん。
振るえば振るうほどに……
とーさんとの記憶が甦る。
そして今まで教えてもらった事、全てを甦らせた時……
ドクン……
景色から色が消えてゆく。
まるで空気がコールタールにでも変わったのかと思える感じ。
この時、初めて神速の領域に足を踏み入れた。
皮肉にも、一人前の証である八景の半分しか受け継げなかったこの日に、一人前の証である神速の領域に足を踏み入れたのだった。
まるで、半人前の俺に、この力で大切なものを……守りたいものを……守れととーさんに言われたかのように……
(守りたいものを守ってきたつもりだ……実際、フィアッセのことを守れたのだと思う)
(だけど、とーさん、俺はまだ半人前のままだ……とーさんに認めてもらえない限り永久に……)
場所は変わって保健室。
あの後、倒れた恭也をここへと運んでベッドに寝かせたのだ。
現在はフィアッセ、久遠と先生達、救世主クラス全員で様子を見ていた。
「一応、魔法であらかた回復させましたけど…………変ですね、高町君は殆ど直撃を受けていないように見えましたけど……」
「ううん、違うの、ベリオ」
魔法をかけたベリオの疑問に傍らにいたフィアッセが答える。
「恭也はね……もともと戦える身体じゃないの」
「どういうことでござるか?」
「恭也……むかしに修行のしすぎで疲れていたところに交通事故に遭って……右膝を砕いちゃって……」
「くぅん……」
『…………』
「…………もう、一生歩けないって言われたの」
『……?』
「でも、実際、歩けてるじゃない! それに動きも召喚器なしのわりに早いし……」
「それは、恭也がその後、もっと無茶して無理矢理歩けるようになるまで……走り回れるようになるまで……鍛えたの……だから今では走ったり出来る……けど……」
「けど?」
「恭也はね、『神速』って技で物凄く早く走り回れるの……リコも見たでしょう?」
「…………ええ、気がついたら真正面に立たれていました」
「あれがね、御神流が最強だっていう理由なんだって言ってた。……でも恭也の右膝はそれに耐えられないの」
「…………なにそれ、技は使えても身体が耐えられないんじゃ意味無いじゃない」
「うん……恭也はもう自分に限界を感じて諦めちゃってるの……だから恭也は妹の美由希に御神の技を全て教えて美由希を一人前にするのが夢だって言ったの」
「なにそれ、向上心も無い奴が……夢を諦めるような奴が……救世主クラス? ふざけてるわね。欠陥品もいいとこよ」
リリィが顔をしかめて言い放つ。
その表情は僅かな落胆の色を示していた。
リリィの容赦ない一言から恭也を庇おうとフィアッセが口を開きかけたその瞬間、まったく罰の場所から声が聞こえてきた。
「へぇ? じゃあ、そう言うあんたは、その欠陥品以下ね」
『……!?』
冷ややかな声がした方を振り返れば、御架月を肩に担いだイレインが不機嫌そうな表情で保健室の入り口に立っていた。
そしてリリィをまるでゴミ屑でも見るかのような視線で不機嫌さを隠す風でもなく、室内に入ってきた。
「どういう意味?」
ギロリとドラゴンでも尻尾巻いて逃げ出しそうなほどの怒りの籠もった視線をイレインに叩きつけるリリィ。
イレインの視線は相変わらず冷ややかなものだった。
「そのまんまの意味よ。言葉の理解もできないの? あんたは欠陥品以前の問題。強いて言うならゴミね。ゴミはゴミらしく廃棄場でリサイクルでもされてなさい」
「なっ!」
イレインの全く隠そうともしない暴言に、皆は唖然とし、リリィは一気に頭に血が上る。
「いい度胸ね、この私に喧嘩売るなんて」
「生憎と雑魚に喧嘩売るほど私、物好きじゃないの。まぁ、どうしてもって言うのなら半殺しくらいにしてあげてもいいけど? 多分すぐ済むし」
「へぇぇ……やれるもんな……」
「遅すぎ」
リリィが不意討ち気味に火炎弾を出すよりも早く、イレインの鞭がその手を打つ。
この狭く、人もたくさんいる上に、怪我人までいるこの部屋で魔法を使うリリィもリリィだが、そんな部屋で鞭を振り回すイレインもイレインである。
「静かなる蛇じゃなくて良かったわね、アレなら一瞬でお陀仏だったわよ」
かなり強く打ったのか、手首から血を流すリリィにイレインは嘗て、マスターに縛られていた頃でもこれほど冷たい視線はしなかったのでは? と思わせるほどの視線のまま……
「一応言っといてあげるけど、あんた何様? 少なくとも他人の事をあれこれ言えるほど上等な生き物に見えないわよ、あんた」
「……くっ」
「その性格、私があんた殺す前に直したほうがいいわ、傍から見ててぶち殺したくなる位イライラすんのよ。…………それが嫌ならもっと強くなることね。もっとも、あんたなんかに負ける程、私は弱くないけど」
イレインはそう言って御架月をフィアッセに渡し、ベッドに寝ている恭也を抱き上げる。
「いくわよ、フィアッセ。こんな場所に居たんじゃ気分まで悪くなるわ。どうせ怪我とかじゃないんだしウチで安静にしてればそれで十分よ」
「う……うん」
「さて、行くわよフィアッセ、久遠、御架月……」
「くぅん……」
「あの……イレインさんも悪気があったわけじゃないんで、誤解しないでくれると嬉しいです」
そう言って出て行こうとする二人と一体と一匹と一振り。
ギシギシとした雰囲気の中……誰もが動けない中……ただ一人彼らの前に立ちふさがる人物がいた。
「まてよ……随分と勝手なこと言ってくれるじゃねぇか」
「退きなさい」
イレインの氷のような視線を受け止めて逆に睨み返す当真大河。
大河とリリィの仲は確かに良くは無い、だがそれでも共に戦った仲間を傷つけられて黙っていられるほど穏やかな性格ではなかった。
それに呼応するように救世主クラスの面々が立ち上がる。
確かにリリィに言葉に非があったとは言え、リリィに怪我を負わせて謝りもしないイレインを良く思えるはずも無い。
「確かにリリィは少し口が悪いかもしれないけど、だがこいつはなっ……!?」
大河が何か言おうとしている途中で大河の口が止まる。
いや、この場のある一人を除いた全ての者の全身がまるで何かに締め付けられるようにして動けなくなっていたのだ。
こんな事が出来る人物はこの中でたった一人である。
「いい加減にして」
黒き翼を展開したフィアッセがこの場に居る全ての者の動きを奪っていた。
「みんな、少し落ち着いて……ね? イレイン、人を叩いたりしちゃいけないよ。やっちゃったならちゃんと謝らないと……みんなが怒るのも無理ないでしょ?」
それだけ言うと、フィアッセは皆の縛りを解く。
そして、じ〜、っとイレインを見続けるフィアッセ。
「う……わかったわよ…………悪かったわ、少し言い過ぎた」
真っ赤な顔でそれだけ言うと居心地悪いのか、足早に去っていくイレイン。
後に続く様にして追いかけていく久遠。
そして御架月を抱えたフィアッセがドアから出る時に振り返って言った。
「……でも、今度また恭也の事を欠陥品なんて言ったら許さないから」
そう言い残し、黒き双翼を仕舞い去っていくフィアッセに今度こそ皆、何も言う事は出来なかった。
「う……ん……」
「ようやくお目覚めかしら、ヤカゲ?」
「ん……ああ、ふあぁぁ」
大きなあくびをしてヤカゲが起き上がる。
傍らでイムニティがせんべい片手にその様子を見ていた。
「しかし、あなたって寝ているときも表情豊かね」
「そうか? きっと楽しい夢でも見てたんだろう……」
そう言って傍らにある八景を手に取る。
「なんだか、この八景が夢に出てきた気がする…………あと守りたかったものが……」
「ふぅん『守りたかった』なんて過去形だと、おそらくその志半ばで瀕死の重傷を負ったみたいね」
「ああ、残念な事にどうやらそうみたいだ。自然と過去形になっていた」
ヤカゲは八景を腰に差すとイムニティに質問した。
「そう言えば、一つ聞きたい事があるんだが」
「なにかしら?」
「これと同じ小太刀がもう一本、近くに落ちていなかったか?」
「いえ、そんなもの落ちていなかったわ。何? あなたって二刀流?」
「……かも知れない。何となく気になっただけだ」
「そう……」
彼はそれだけ言うと部屋を出て行くのであった。
あとがき
さて、これで能力測定編は一区切りつきました。
色々と大変な事になってます。
ちょっと自信喪失しかけのリリィとか、相変わらず召喚器無しの大河とかw
相変わらずのイレインとか、記憶なくしてるヤカゲとかw
で、おそらく次話から新しい話になります。
具体的に言うと、今まで出番がなかった最後の救世主クラスメンバーとかw
あとは、気紛れ更新のWeb拍手とかでw
それではーw