「じゃあ、二人とも構えて」

 「…………」

 「…………」

 「…………」

 「……どういうつもりですか?」


 ダリアの声に身構えたリコが怪訝そうに目の前の戦士を睨む。

 目の前の戦士……高町恭也は抜刀もせず、ただ少しスタンスを開いただけであった。


 「恭也くん、構えて?」

 「……もう構えている」

 「抜かないんですか?」

 「抜くべき時に抜く」

 「ふぅん……なるほどなるほど……じゃあ恭也くんも構えているみたいだし、決闘開始よ〜ん」


 死ぬほど気の抜ける声で戦いの開始を告げるダリアであった。















 黒き翼の救世主 その15 黒VS赤U












 それはこの場に居る誰もの想像を上回っていた。

 一般科の傭兵たちも……

 上で見ていたフィアッセ達や学園長、レムも……

 救世主クラスの面々も……

 リコの全力を知っている大河ですら……

 そして戦っている当人である恭也やリコですら想像できない展開だった。


 押しているのは召喚師でもあり赤の書の精霊であるリコリス。

 魔力にものをいわせた圧倒的火力と、召喚による手数で恭也を圧倒している。

 隕石が降り、雷が落ち、爆弾が投げ込まれ、氷弾が乱舞するその光景はまさに地獄絵図である。

 見ている者全てが理解していた……先の救世主候補同士の戦いとは別次元の戦いである事を。

 そして大河を除く救世主候補たちも理解したのだ、今までリコは全力を出していなかったのだと。

 そして、この力こそリコの本当の力なのだと。


 逆に押されているのは恭也。

 初めて見る魔法の数々に押され翻弄され、リコリスのもとに攻めれずにいる。

 身体中すでに傷だらけである。

 しかも、彼はまだ一度も攻撃に転じれていない。

 だが、逃げ惑いリコの猛攻を回避するだけしか手立てがない。

 隙を突いて接近しても、リコが瞬間移動してしまい、攻めれない。

 その姿を見て一般科の傭兵たちは『やはり召喚器を待たぬ熟練の戦士では救世主には勝てないのか』と寂しく思う。

 だが、救世主候補やミュリエルの見解は違っていた。

 違うのだ。

 恭也は違うのだ。この世界の魔法を見ることはほぼ初めてなのだ。

 見た魔法はレムの魔力矢くらいだろう。

 そんな彼が見たこともない魔法が乱舞するその最中を避けきっているのだ。

 確かに傷だらけだ。だが、その傷の中にクリーンヒットされた傷はない。

 確かにスピードタイプの恭也だが、救世主候補と比べると若干遅いのだ。

 それでも直撃だけは避け続けている。

 それは異様な光景だった。

 まるで未来を読んでいるかのように動く身体。

 ギャラリーはただただそんな二人の姿に魅入るだけ。


 「影よ……大地を覆いつくせ、テトラグラビトロン」

 「…………くっ」


 リコは焦っていた。

 最初は様子見だった。

 小太刀を抜かない恭也に本気を出させてから勝つつもりだった。

 彼の全力と切り札を知っておきたかった。

 だが、彼はまだ小太刀を抜かない。

 まるでこちらの意図を知っているかのように……

 恭也は確かに攻めがたい相手だ。

 他の人はその恐ろしいまでに磨き上げられた剣技に目を奪われるだろう。

 確かにそれは強力な武器。

 だが、『彼の強さ』はそれだけじゃないことに気付いた……気付いていたつもりだった。

 戦いにおける戦略も彼の強さなのだ。

 たかだか二十年ほどの人生で築き上げたその戦略眼は恐ろしいまでの読みの深さをしている。

 だが、さすがに戦略の点ではこちらに分がある。

 こちらは数え切れないくらいの修羅場を何度も切り抜けてきているのだ、それに書の精霊としての領域でもある。

 だから、常に恭也の読みの一歩先を読んで必殺の一手を仕掛けて終わり。

 それで終わりの筈だった。


 だけど彼はそれをさも当然のように回避する。

 仕掛けた罠も、こちらの戦略も全部飛び越えて必殺の一手を回避するのだ。

 彼が私の読みを上回っているわけじゃない、そうだったらもうとっくに倒されている。

 彼は……恐ろしい事に勘だけで全ての本命の攻撃を凌いでいるのだ。

 そこには理論も理屈もない。

 勘なんて不確定なモノに全てをゆだねて私の攻撃のことごとくを回避したのだ。

 それはもう偶然じゃない、彼自身の能力の一つなのだろう。

 攻めているのは私。

 だけど追い詰められているのも私。

 彼の防御を突破できないまま、切れる手札が一つ、また一つと減ってゆく。

 彼はボロボロだけど、その眼は死んでいない。

 隙あらば……とこちらの手札が尽きるのを待っている。

 奇襲?

 駄目、彼には奇襲は意味を成さない。

 だって彼にとっては初めて見る私の攻撃全てが奇襲も同然なのだから。

 やるなら物量。

 彼を倒すなら勘が働こうが働くまいが逃げ場もないくらいの数の攻撃で遠距離から倒すしかない。

 幸い、その勘で回避し続けているものの、動き自体はそう速くない。

 一気に……っ!?


 ビュン!


 きっとソレを回避できたのは偶然。

 今まで攻撃に転じてこなかった彼が初めて見せた一手。

 よくわからないけど、黒く長い針のような物が顔めがけて恐ろしいスピードで飛んで来ていた。

 遠距離じゃなかったら……当たっていた。

 彼の初めて見せた反撃にギャラリーが沸く。

 それも武器が近接武器だけだと思われていた彼が見せた最初の攻撃が遠距離攻撃だったのだからなおさらである。


 狙ってなのかそうでないのか、一気に物量で……と魔力をこめようとして、ほんの僅か集中が自身に向けられる瞬間にソレが飛んでくる。

 彼は魔力を感知出来ない、だけどまるで見えている様に、いつその瞬間が来るか解っているかのように的確にソレを投げてくる。


 はっきりと解った事がある。

 彼は……きっとこの場にいる誰よりも強い。

 実力とかそういうものがではなくて、強いものはその鋼の心。

 研ぎ澄まされた刀のようなその心が……

 刀というのは存外脆い物である、だが同時に切れ味鋭い武器でもある。

 刃に触れれば切れるし、それ以外の部分は硬いけど衝撃に弱い。

 彼の心は刀だ、ただ脆い部分も切れる部分も熟知していてそれでなお刃を敵に向けるのだ。


 静かに静かに受け流し、一瞬で敵を屠る。

 今は受け流しているだけ……だがその刃がもうすぐ翻ろうとしている。







 完全に読み違えてきたことを恭也は実感していた。

 救世主候補同士でもかなりの差があるのか、目の前の敵は先の二人よりもはるかに強敵だった。

 小太刀を抜かなかったことは後悔していない。

 抜いていたらソレに頼ってしまう。

 それは隙を生む……もともと魔法なんて剣で防げるのかどうか解らないのだ、下手に小太刀を持つよりしばらくは無手で様子を見たほうが賢明だ。

 それにいざという時の牽制の飛針は出来ればすぐに両方の手から出せるようにしておきたい。

 それにどうやら読み合いは向こうに分があるようだ。

 見かけによらずかなりの修羅場をくぐっているのだろう、こちらの一歩先をいっている。

 だから、もう頼れるものは勘しかない。

 御神の剣士の勘は普通の人の勘とは違う。

 神速に至るまでに身につくもので、『貫』の技法に近い。

 相手の意識を反射的に読み、コントロールして相手の攻撃を誘うのだ。

 つまり相手の防御の意識をコントロールして防御をすり抜ける『貫』の逆である。

 もちろん、それとは別の勘もある、危機察知能力としての勘である。

 御神の剣士は皆、この勘が冴えており、これに身を任せれるようになって一人前とも言える。

 故に御神の剣士に奇襲は通用しない。

 だが、せめて向こうの魔法の特性がわからないとお手上げである。


 だが、もうかなりのバリエーションの魔法を見た。

 あとは似たり寄ったりの魔法だろう、似たような魔法が多くなってきているところを見ると、もうそろそろ手詰まりだろう。

 ……頃合だな……幕を下ろそう。


 俺は御架月を抜こうとして……

 目の前の光景に絶句した。
















 ドォン!



 恭也とリコの間で轟音が鳴り響く。

 見ればリコも目を丸くしている。

 そして轟音をならした当人は、着地の時に地面に埋まった足首を引き抜いて高らかに言い放った。


 「あーもうじれったいわね! 恭也あんたさっさと本気出しなさいよ! ついでにそこのちっさいの! あんたも人を試すような攻撃ばっかりしてるから恭也が警戒して本気にならないんでしょうが!」

 「い……イレイン」

 「ちょうどいいわ恭也、私もこっち来る前にメンテされて強くなってるのよ。私相手なら本気になれるし、こっちの調子も見ときたいし……このちっさいのと私が組んだらどうなるでしょうね?」

 「…………」

 「…………」


 二人は困った顔でミュリエルを見る。

 ミュリエルは少しの間思案していたが、やがて言い放った。


 「イレインの申し出を認めましょう、いいですか、高町恭也?」

 「……御神流は戦えば勝つ、それが多対一でもだ」

 「ふふ、そうこなくっちゃね……電圧変更、Lv2からLv4・火器集団戦闘用にシフトォ! さってと……全力になるには少し動いてからね」


 そう言ってイレインが腕を振るうと手首の辺りから肩の辺りまでに渡るブレードが現れる。

 その光景はイレインが人間でないということを知るには十分なことだった。


 「ちっさいの! 私が全力になるまであと一分くらい要るわ、それまで踏ん張れる?」

 「愚問です。こうなってしまった以上、貴女をサポートしながら何とか彼に直撃を……」

 「無駄よ、解ってるんでしょ? 恭也に奇襲は通用しない、そういう奴なんだから……私ごとやるくらいの勢いで攻撃なさい」


 ここに至り、ようやく恭也が八景を右手で抜きはなち、左手を背に隠すようにして構える。

 それを見てイレインが満足げに頷く。


 「うんうん、ようやく本気になるみたいね。ちっさいの、恭也が片方しか小太刀持ってないからって油断しちゃ駄目よ! あいつは片手の方が厄介なんだから」

 「わかりました。いきます!」


 リコの召喚呪文が引き金となりイレインが走り出し、恭也もイレインに向かって走り出す。

 恭也としては時間を置けば置くほど状況が悪くなる。

 いざとなれば神速で……という考えは既にない。

 イレインが現れた時点でそれは出来なくなった。

 さすがにイレインとリコを同時に倒す事は出来ないし、イレイン相手に神速を使えば当然、リコは神速を警戒する。

 そしてイレインを放ったままリコを神速で倒す事も出来ない。

 何故ならこちらが一太刀で勝負を決めなければならないのに対して、リコは逃げながら恭也の足止めをしてイレインをぶつければいいのだ。

 それにリコがまだ全ての手札を見せたわけじゃないことを恭也は感じ取っている。

 恭也は神速を使うたびに動きが鈍くなるだろうし、それに何より……


 「恭也っ! 神速は駄目だからねっ! そんなことしたらご飯抜きだよっ!」


 ……とフィアッセに生命線を握られている恭也は逆らえないのだ。


 「はぁ……」


 恭也は溜め息を一つついてイレインと刃を合わせた。



 ちなみに大河とセルは……


 「「ビバッ! 黒っ!」」


 などとイレインが観客席から落下してきたシーンを脳内再生してにやけているのであった。


















 あとがき

 何が黒とは言いません(挨拶

 さて、もう何が何だかな状態のこのSS。

 恭也VSリコ&イレインの変則試合の結果や如何に!?