「恭也ー、朝だよー」

 「……む」


 ベッドから起き上がりまわりを確認する。

 フィアッセが既に起きて朝食を作っている。

 イレインが久遠と遊んでいる。

 つまり、起きたのは自分が最後なわけだ。


 「めずらしいね、恭也が最後なんて」

 「そういえば、鍛錬から帰ってきたのが少し早かったわね。霊力の使いすぎ?」


 イレインの問いに答えるようにして、立てかけてあった刀から幽霊のような身体が現れた。


 「いえ、そういうわけじゃないですよ。恭也さま、霊力は普通の人より大きいですから。あと霊力の扱いに長けているのか小さな霊力で大きい効果を生み出せますし」

 「そうなのか?」

 「そうですよ、自分で気付いてなかったのですか? 霊力に触れる以前からよく瞑想とかの精神修養をこなしていた成果だとおもいますけど」


 刀から現れた幽霊がイレイント俺の問いに答える。

 この刀と幽霊の名は御架月……イレインと共に送られてきた退魔師の武器である。

 もともと霊力にはからっきし知識のなかった俺にこれを送られてもどうしろと言うのか、と思ったのだが意外にも退魔師には及ばないものの一般人よりは強い霊力があるらしい。

 まぁ、せっかくなので御架月が来てからの一週間、夜の鍛錬で霊力の鍛錬をしていたのだ。


 「ふぅ〜ん、パワーが少なくて効率的……エコロジーね」

 「その表現は違うと思うぞ、イレイン」

 「ま、それはそうとして、また今日から学園でしょ? 私と久遠と御架月はどうしてたらいいわけ?」

 「今日は確か能力測定とか言っていたな、御架月は持っていくとして……」

 「能力測定で御架月がいるの?」

 「どうやら実戦形式らしくてな。相手の強さが解らない以上、万全で臨もうと思う。イレインと久遠は留守番でもしといてくれ」

 「はいはい、わかったわよ」

 「くぅん♪」

 「ごはん出来たよ〜」


 フィアッセの声が台所から聞こえてきて俺たちは食器を並べるのであった。














 黒き翼の救世主 その14 黒VS赤T













 「きょ〜うや〜♪」

 「……ご機嫌だな、フィアッセ」

 「だって、恭也と一緒だもん」


 にこにこしながら学園への道を歩くフィアッセ。

 そんなに俺と一緒なのが嬉しいのだろうか?


 「ところで恭也、これからどうするの?」

 「これからか……とりあえず放課後になるまでに考えておく」


 フィアッセのいう『これから』とは『これから如何にして生きるか』という意味である。

 厳密にはどうやってお金を稼ぐかという意味である。

 いくらなんでもフィアッセだけでは、フィアッセ、俺、イレイン、久遠、御架月が暮らせるほどの収入は稼げない。

 まぁ、食は問題ないにしてもそれ以外にも色々とかかるのだ。


 「ごめんね、私が召喚器を出せていたら……」

 「フィアッセの所為じゃない、気にするな」


 実際にはその召喚器が色々と起こしているのだが、言うわけにもいかないので恭也は適当に流して話を打ち切る。


 「じゃあ、また後でね」

 「ああ、昼にはそっちに行く」


 フィアッセと分かれて学園内を歩いて教室に入る。


 ガラガラ


 戸をあけて入った瞬間……一斉にこちらを見る視線が多数。

 物凄く注目されているらしい。

 教室内はまばらに席が空いており、何所にでも好きな場所に座れと言わんばかりで、まるで大学のような雰囲気だ。

 多数の視線に晒されながら、一番後ろの席に行こうとする。

 理由はもちろん、こんな視線に晒されていると集中も出来ないし、理解しがたい授業だった時に寝やすい為である。

 そして一番後ろの席には……


 「よう、おはよう、恭也」

 「ああ……大河、だったか?」

 「おはようでござる、恭也殿」

 「ああ、おはよう、カエデさん」


 こんな調子で救世主クラスがかたまっていた。

 それぞれに挨拶を交わし、とりあえず気になっている事を聞く。


 「なぁ大河」

 「なんだ?」

 「お前、この視線、気にならないのか?」


 この視線と言うのはもちろん、周囲の視線である。


 「別に? むしろみんな俺様の魅力に惹かれていると思ったら悪い気もしないぞ」

 「…………」

 「すいません、うちの兄、ちょっとアレなもんで……」

 「ちょっと待て未亜! アレってなんだアレって!?」

 「うっさい! 大声で救世主クラスの恥を晒すんじゃないわよバカ大河!」

 「なんだとー! このエセ魔術師が!」

 「なんですってー! 今日という今日こそはその腐りきった頭を火葬してやるわ!」

 「のぞむところだ! 来いっトレイター! ……て来ないんだったー!?」

 「はぁ〜あ」

 「主よ……」

 「…………」


 いきなり喧嘩しだす大河とリリィ。

 それを見て呆れ顔で離れていくカエデさん。

 祈りながらもちゃっかり離れていくベリオさん。

 いつもの事です、と言わんばかりの顔で無言で離れるリコさん。

 無言ではあるが険しい視線でリリィを見つつ離れていく未亜さん。

 そしてそれに倣い、離れていく俺こと高町恭也。


 そして……教室で大爆発が起こったのであった。
















 「で……これはどういうことかしらぁ〜ん?」

 「……いや、俺を見られても困りますが」


 理解は出来なかったが眠る事も出来なかった授業を終えて、能力測定試験の時間になったのだが……


 「大体、一般科と両方受けろ言ったのはそっちじゃないですか」

 「それはそうなんだけど〜」


 基本的に能力測定は救世主クラスのものだけではない。

 それ以外の科にも当然のようにある。

 一応、一番向いていそうな傭兵科に入ったのだが……当然、能力測定の時間が増えるわけもなく、同時に両方こなさないといけない訳で。


 「未〜亜さ〜ん」

 「うおっ!? セル! いきなり未亜の手を握るんじゃねぇ!」

 「あ……あはは」


 「はぁ、まぁいいわん。恭也くんは連戦になるけどいいかしらん?」

 「別に構わないですよ」

 「じゃあ、まずは先に救世主クラスの能力測定を受けてもらうわ……それっ!」


 そう言って取り出したサイコロを投げるダリア先生。


 「まずは……カエデちゃん対……未亜ちゃーん!」

 「よろしくでござるよ、未亜殿」

 「うん、お手柔らかにね、カエデさん」

 「次は……あらら、今日の一大イベントの相手の恭也く〜ん!」

 「勝手にイベントにしないで下さい」

 「それで気になる相手は……」


 いいも知れぬ緊張感が辺りを包む。

 リリィさんは好戦的な目で。

 ベリオさんは瞳を閉じて。

 リコさんはいつも通りの表情で。

 大河は例の件で召喚器が出せないので今回はパスらしいので気にしてはいない。


 「リリィちゃん!」

 「よしっ!」

 「……じゃなくてリコちゃ〜ん!」

 「……ってなによそれ!」

 「だって、リリィちゃんからかうと楽しいんだもん」

 「こ……んの……」


 プルプルと震えているリリィさんを尻目にリコさんがこちらへ向かって来て話しかける。

 後で爆発音がするが気にしないことにした。


 「高町さんは知っていますか? 能力測定で勝ったものは負けた者に一日中『指導』という名の下に相手に命令できるのです」

 「そうなのか?」

 「ええ、私はいつもは勝っても特に興味が無かったので何も言いませんでしたが、今回だけは一つ高町さんにお願いを考えてます」

 「…………」

 「ですから、今回だけは私も本気でいきます。貴方も本気できてください」


















 「ですから、今回だけは私も本気でいきます。貴方も本気できてください」

 「リコッ!?」


 思わず俺はリコの名を呼んでしまう。

 無茶苦茶だ。

 そりゃまぁ、確かにリコが負けると恭也が勝って指導をリコにしてしまうんで気が気じゃなくなるが……

 だが、恭也がいくら強いと言っても召喚器を持たないただの人間だ。

 それが本気だした書の精霊であるリコに勝てるわけが無い。

 まだ、マスターを得ていなかった状態のリコにすら召喚器を持っていた俺ですら苦戦して、リリィですら本気を出した最初の一戦は負けているのだ。

 そして今のリコは俺というマスターを持った完全に近い状態だ。

 ただでさえ反則気味の存在であるリコが本気になる。

 それも召喚器を持たぬ人間に。


 「大丈夫です、マスター。命は奪わないよう頑張ります」

 「頑張るだけ!? 恭也、ヤバイぞ! リコは本気だ! リコが何をしたがってるか解らんが、悪い事は言わん、棄権しとけ!」

 「……戦えば勝つ、それが御神流だ」

 「はいはい、とにかくリコちゃんと恭也くんで、残りは当然、ベリオちゃんとリリィちゃんね」

 「この組み合わせは久しぶりですね。リリィ」

 「そうね、今回も勝たせてもらうわ」


 こうして、能力測定が始まった。
















 矢が塀を穿ち、カエデの姿が消え失せると共に、一般科の奴らからどよめきが起こる。

 それほど、普通の戦闘とはかけ離れているのだ。

 そっと恭也の方を見る。

 恭也は特に何も言わずにその戦闘を見ている。

 その表情は驚きに染まっているわけではなく、冷静にその戦闘そのものを吸収しているようである。

 常人を越えた運動能力にも全然驚いていないように見える。


 「これで……どうでござるかっ!」

 「ぐぅ……降参だよ」


 一瞬、カエデの姿が掻き消えたかと思うと、未亜の後ろに回りこんでいて未亜の背中を強打。

 吹き飛ばされる未亜を追い、倒れたその顔面に拳が当たる直前に寸止めされて、未亜が降参した。

 恭也はカエデが掻き消えたところだけ、目を見開いて驚いていた。

 あの動きが見えなかったのだろうか。

 逆に言えばあれ以外は驚きに値しないという事。

 それはかなり驚異的なことではある。

 だけど、ダメだ。リコの本気はこんなものじゃない。

 これ位で驚いていたらリコには勝てないし、下手すれば……


 「じゃあ、次! 恭也くん、リコちゃん、出番よ」

 「よろしくお願いします」

 「こちらこそ」


 ん?

 恭也って確か小太刀の二刀流が武器だったよな?

 なんで刀が……

 そんな事を思っていると、闘技場の観客席の方から聞いたことのある声がしてきた。


 「どっちが勝つと思う?」

 「私は恭也に今日のおやつを賭けるよ〜♪」

 「くぅん」

 「私も恭也に……ってそれじゃあ賭けにならないでしょうが!」

 「僭越ながら私も恭也様に賭けましょう」

 「だーかーらー!? みんな恭也じゃ賭けにならないでしょうが!」

 「では、私がリコリスに賭けましょう」

 「あ、なんか偉い人」

 「イレインってば、ミュリエル学園長でしょ!」

 「なんでもいいんだけど、そこの姉もどきがメイド服着てると本気で姉さんと被るんだけど」

 「私は学園の平和と秩序と清掃と学園に尽くすその他諸々を任されているのです、奉仕の心得としてメイド服は当然の選択でしょう」


 見上げると、フィアッセさんとイレインと呼ばれた金髪美人と狐と何故かメイド服を着たレムと学園長の姿があった。

 どうやらおやつを賭けあっているらしい。

 どういう経緯であの面子が揃ったのかわからんが、賭けは恭也優勢らしい。

 もともと、現代世界出身ばかりなので恭也に偏るのは無理ないがな……リコの本当の実力を見て驚くなよ!


 「それにしても、救世主候補ってどんだけ強いのか見に来たけど、あれくらいならフル装備の私や恭也の敵じゃないわね」


 なっ!?


 「そうですね、まだ過日のモンスターの大量発生の時の方が危なかったと思います」


 レムも!?


 「恭也が本気になったら凄いんだから、負けないよ絶対」


 フィアッセさんも物凄い信頼である。


 「くぅん♪」


 狐もー!?

 つまり、この現代人二人と、元ゴーレムは未亜とカエデの戦いを見ても尚且つ恭也が勝つと言ったのだ。

 ……確かにリコの本気は、言っちゃ悪いがカエデや未亜を大きく上回っている。

 だが、もし今の会話が真実なのだとしたら、もしかすると……


 「リコッ!」

 「マスター?」

 「本気でいって、恭也なんかノしちまえ!」


 俺がそう言うと、リコは微笑んで答えた。


 「了解しました、マスター」


 こうして戦いの火蓋はきられたのだった。
















 あとがき


 さて、何だかハイペースで出来た14話です。

 恭也VS赤の精、開幕です。

 はてさて、御架月を使えるときは来るのか!?

 そしてリコの目論む『指導』の内容は!?

 ちなみに恭也の霊力量は 一般人<恭也<退魔師 です。