リコが大河にルシファーのことを打ち明け……
ルシファーが恭也、ミュリエルと手を組んだその晩……
もう一つ動きがあった。
それは……
「そんなに食べると太るわよ……って、そう言えばあんた精霊だったわね」
「あら、副幹も別に気にせず食べればいいじゃない。どうせ適度に運動はしているんでしょう?」
風呂上りの晩、彼女ら破滅の将の目の前に鎮座しているのはテーブルの上におかれたクッキー。
それをはさんで椅子に腰掛けているのはロベリアとイムニティ。
「それにしても……」
と、ロベリアが呟いて視線を真横に向ける。
その先には大きないびきをたてて床で眠っているムドウとそれに折り重なるようにして同じく眠っているシェザル。
彼らの周りには無数の酒瓶が転がっていた。
「実はあの二人は凄く気が合うんじゃないの?」
「多分、呑み比べで同時に落ちたことを言ってもまたギャーギャー騒ぎ出すのが関の山よ」
二人は顔を見合わせて溜め息をつく。
あの二人は単純で扱いやすいが、単純すぎて困る。
言う事をきかせるのは容易いが、言った事そっちのけで二人が争いだすのだ。
「あら?」
「どうかしたのか?」
「珍しい……主幹から念話だわ。何か動きでもあったのかしら?」
ポリポリとクッキーに手をのばしながら念話を聞いていたイムニティだが、その手のスピードが除々に落ちていき、止まってしまう。
ロベリアは何があったのか気になりながらもクッキーに手をのばす事はやめず、イムニティに食べつくされる前に食べつくす所存でクッキーを頬張っていた。
そしてロベリアが皿に盛っていたクッキーを食べつくした頃……
「…………」
ガタンと音を立てて不機嫌そうに無言で席を立つイムニティ。
そんな彼女を見てロベリアが一言。
「クッキーならまだ奥に仕舞っているのがあるわよ」
「違うわよ! それもあるけど……主幹からの命令よ……新たな戦士を召喚します」
ずんずんと広間の方へ歩いていくイムニティを追いかけながら『それもあるのか』と思いながら後を追うロベリアだった。
黒き翼の救世主 その13 another black
(黒き翼の形をした召喚器ですって!?)
召喚陣の間へと歩きながらイムニティは心の中で悪態をついた。
彼女が悪態をつくのも無理の無い話であった。
通常、召喚器というのは救世主であった者が死んで神に魂を封じられて新たな召喚器となるのである。
そして、その形状は生前の救世主に強く影響される。
剣士であったのなら剣の召喚器になるし、魔術師であったなら杖や宝玉等のマジックアイテムに。
弓使いであったなら弓に、格闘家だったなら籠手等になる確率が極めて高い。
まぁ、中にはトレイターのような例外も存在はするのだが基本的にはこの法則が適応される。
その事を踏まえて改めて黒き翼の召喚器の事を考えれば答えなど見えた様なものだ。
(翼を武器にした救世主なんて一人しかいないじゃない!)
そう、かつて翼を武器とした救世主はたった一人。
魔王ルシファーのみである。
彼女の恐ろしさは嫌というほど知っている。
彼女だけが唯一『覚醒した救世主』を倒しえた人物であるからである。
神に勝てないとしても、その状態の救世主を葬っていることから強さのレベルが頭抜けている事は明らかである。
(アレの魂は他の世界に逃げたって聞いている。なのにどうして!)
そんなものが出てきてしまっては彼女達の苦労が水の泡である。
現在の白の主は当真未亜。
覚醒させるのに手間がかかりそうだが、覚醒すれば彼女に逆らえる者なんて居ない。
何せ対抗できる力を持っているのは赤の主、当真大河。
そして当真大河は妹を傷つけることは出来ない。
故に当真未亜を覚醒させたら破滅の勝ちなのである。
だが、ルシファーは別だ。
あの魔王なら例え相手が覚醒した未亜でも倒せてしまうだろう。
それほど相性が悪いのである。
単純な力だけで言えば未亜の方がかなり上だろうが、神の力を用いた攻撃、防御手段はルシファーの前では張子の虎だ。
その殆どを彼女を対象とした瞬間に力を失ってしまうのだ。
彼女は世界の理から外れている。
赤や白の理では計れないモノなのだ。
故にその手の攻撃を殆ど受け付けない。
ただの戦士が召喚器を手にした戦士を倒せないように……
救世主ではあの理から外れてしまっている魔王を倒す事は出来ないのだ。
だが妙な事でもある。
ルシファーがその気になればすぐにでも救世主候補を皆殺しに出来た筈である。
だが、当真兄妹とセルビウム・ボルトと主幹を相手に大苦戦を強いられ、遅れて来た魔術師二人に背中を見せ、逃亡。
たしかにかなりの実力は持っているようだが、魔王ルシファーにしてはあまりにも非力。
ルシファーの主がよほど何かの問題を抱えているのか、ルシファー自体が完全に目覚めきっていないのか……
(何にしても時間の余裕はないわね)
召喚陣の間への扉を開けて中に入る。
今回、召喚するように命令されたのは救世主候補ではない。
むしろその逆、もっとも救世主となりにくく、尚且つ腕の立つ戦士が必要なのだ。
救世主になりにくい……それ自体に線引きはないのだが、一応、なりやすい、なりにくいの差はあり、イムニティはそれを理解していた。
白の書であるイムニティが導き出した救世主システムの一つの答え。
他の世界より召喚される救世主候補の心は例外なく脆いということである。
……というか、脆い心の持ち主にしか救世主候補になりえないのだ。
理由は大きく見て二つ。
一つは心が脆くないとアヴァターにこないという事。
心が強ければ元居た世界でどんな逆境に立たされても、それを跳ね除けてしまいその世界から逃げようだなんて考えない。
心が脆いからこそアヴァターへ逃げてくるのだ。
もう一つが……おそらくこっちは神が仕組んだ事なのだろうが……心が強靭だと救世主となった時に神が救世主の意識をのっとれなくなる恐れがあるからである。
他人の意思に強制介入するのだ、容易な事ではない。
その際に救世主となった者の精神が強靭であるとのっとれなくなる可能性が出てくるのだろう。
その点だけはリコのマスターがうらやましいとは思う。
頭は悪そうだが、その分その意志力はかなり強そうだ。
植物に例えるなら、未亜は棘を隠し持った薔薇で大河が踏まれてもしおれない雑草である。
そして今回は、意志が強くて、尚且つ戦士系で、さらに言うとすこぶる腕が立って、おまけにこっち側の言う事を聞く人物を召喚しろというのだ。
(無茶にも程があるわ……そしてとんでもないわ)
こんな条件に該当する奴なんてどうせムドウやシェザルと同類であるに違いない。
二人だけでも手がかかるのに、まだ増やせという。
「はぁ……」
「どうした?」
「これからの展開を考えれば考えるほど溜め息しか出てこないのよ」
「……食べるか?」
そう言って差し出されるクッキーの袋。
どうやらここに来るついでに取ってきたらしい。
「後でいただくわ」
「そう」
ポリポリとクッキーを齧りながらロベリアは近くの床に腰を下ろした。
完全にやる気が無いらしい。
イムニティはさらにもう一つ溜め息をついて召喚の呪文を唱える。
『…アニー ラツァー…… ラホク ……シェラフェット……』
『……ゲルーシュ フルバン…… ……ゲルーシュ アツーブ……』
『…ベソラー コハブ ……シェラヌ ティクヴァー……』
「ん……」
「見つかったのか?」
「…………」
無言で手を振り話しかけるなと合図を送る。
強い意志力を感じる。
ある一定以上の実力の持ち主で尚且つ強い意志……
「……見つけた」
イムニティがさらに力を込める。
何とか途切れ途切れながら音が聞こえてくる。
それは時計の音に似た音で……
「汝を誘わん……根源の世界アヴァターへ」
景色が見えてくる。
それは綺麗な部屋の一室で……
視界が急に……
爆音と共に弾けた。
「……くぅっ!?」
「イムニ……」
そして召喚陣で爆発が起こった。
巻き起こる爆炎が部屋を包む。
召喚に全精神を集中していたイムニティと暢気にクッキー片手にそれを見ていたロベリアは予想外の爆発に壁に叩きつけられてしまった。
ちなみにロベリアだが、爆発の瞬間、ほぼ反射的にクッキーの袋を庇っていた。
そこまでしてクッキーを庇う理由は謎だが、案外お菓子好きってだけなのかも知れない。
「く……くぅ」
「い……一体何が……」
ドドドドドド……
「何ですか、今の音は!」
「ドンパチかぁっ!? 俺様も混ぜやがれぃ!」
爆音を聞きつけて駆けつけてきたムドウとシェザル。
ロベリアとイムニティも身体を起こして周囲の状況を探る。
爆発の影響で召喚陣は大破。
イムニティはふらつきながらも立ち上がり……
シェザルとムドウは訝しげに召喚陣の辺りを見回し……
ロベリアはクッキーの袋片手にパンパンと服についたほこりを払っており……
召喚陣の向こうに謎の半死体が倒れていた。
ソレは半裸状態で焼け爛れた皮膚と溶解した服が半端に混ざり合っておりとても正視できるものではない。
……通常の人間ならばの話だが。
「ほう……新しい戦士ですか……まだ生きているようだが、このまま何もしないと死にますね」
「うわ、ひでぇなこりゃ。全身火傷じゃねぇか」
「また荒っぽい召喚をしたもんだねぇ」
「私の所為じゃないわよ! もともとこいつの居た空間がこうなってたのよ!」
「なるほど、つまり死ぬ直前だから召喚に応じたという事ですか」
「多分ね。戦力になるかどうか解らないけどとりあえず治癒するわ」
イムニティが癒しの呪文を唱えると、溶解した服の部分だけが剥がれ落ち、火傷の跡も治っていく……だがそれでも無数の切り傷が身体のそこかしこに残っていた。
おそらく元々残っていた傷跡なのだろう。
「う……ん……」
「お目覚めかしら?」
半裸の戦士が起き上がる。
戦士は20歳後半か30歳前半ごろの男で意志の強そうな瞳を持っていた。
「ここ……は?」
「ここは根の世界アヴァター。貴方を元の世界からこちらへ召喚させてもらったわ」
「……」
「この世界は……」
イムニティが呆け顔の戦士にアヴァターの事を説明していく。
無論、自分達が破滅だという事も。
破滅を嫌がるようなら四人がかりで取り押さえて、ムドウの術で言う事を聞かせるつもりである。
だが、彼は嫌がる様子も見せず呆けているだけであった。
「信じられないのは無理ないけど……」
「その前に……一つ質問なんだが」
イムニティの言葉を遮り、初めて口を開いた彼の質問はこの場に居る破滅の将四人の予想の遥か上を行っていた。
「俺は……誰だ?」
「つまり、何だか解らんが俺は命の危機に陥っていて、あんたらは命の恩人ってわけか」
「そうよ」
結論だけ言うと彼は記憶喪失だった。
前の世界の事はおろか、自分の名前さえも覚えていない始末。
当然、戦う術も失われているだろう。
しかし、彼を使うほか無い。
何せ召喚陣が大破してしまったのだ。
代わりを呼ぶことも出来ないし、召喚陣が修復される頃には手遅れになっているかもしれない。
鍛えれば何とかなるだろう、一応イムニティの検索に引っかかった男なのだから。
「ところで……」
「ん? なんだ命の恩人?」
「男のくせに甘い物好きなのね」
「そう言えばそうだ。記憶が一つ戻ったな」
ポリポリと皿に盛られたクッキーを食べる男。
とてもおいしそうに食べている。
「そう言えば恩人。よかったら俺の名前を決めてくれないか?」
「貴方の名前?」
「ああ、名前が無いと互いに不便だろう?」
「それもそうね……ムドウ、シェザル……はダメね。副幹、何か候補はある?」
イムニティに呼ばれたムドウ、シェザルは既に寝なおしていた。
こんな事が起こってもゴーイングマイウェイな二人である。
「候補……ねぇ……」
ス……と辺りを見回す。
辺りにある物から連想するつもりなのだろう。
すると目に入ったのは彼が召喚された時に近くに転がっていた刃物。
おそらく彼のメインウエポンなのだろう。
それは二本あり、その内一本は召喚器に劣るものの、見事な出来の刃物だった。
それには銘が打たれており、それを読み上げた。
「……ヤカゲ……でどう?」
「それでいいんじゃない? じゃあ貴方の名前はこれからヤカゲよ」
「わかった、俺の名前はヤカゲよろしくな」
男はにっこり笑うと再びクッキーを齧りだすのであった。
彼女達はまだ知る由も無い。
その戦闘力もさることながら、このいかにも頼り無さそうな男の存在そのものこそが……
魔王ルシファーの器である黒き翼の歌姫フィアッセ・クリステラ……
そしてそれを守る黒き刃の守護者、高町恭也……
彼らに対する最高の切り札であることに……
あとがき
なんだか更新速度が落ちてますが気にしちゃいけません!
と開き直ってみる秋明さん。
さて、バレバレですが新キャラです。 ほら、救世主パーティが増えたのに破滅側のキャラが増えないのもアレですしw
もちろん、彼の相手となるのは……決まってますがねw
そして何気にお菓子好きな設定のロベリアさん、あと召喚器云々のくだりは黒き翼だけのオリジナル設定ですがw
そんなこんなでWeb拍手のSSSより先にできてしまった黒き翼でした。
それでは次話で会いましょう。