「くっ……つぅ……」
何て有様だろう。
私には神を屠るという使命があるのに、その格下の救世主のそのまた格下である救世主候補にここまでの重傷を負わされるとは。
あの救世主候補との最後の一撃。
わらわはあの召喚器を叩き折った。
そして召喚器と共にあやつの身体を分断する筈だった。
だが、偶然か意図されたものだったのか……召喚器が分断される直前にあやつの苦し紛れとも言える蹴りがわらわの腕を直撃したのだ。
その一撃の所為でわらわの一撃が完全に殺された。
分断する筈だった一撃は召喚器を叩き折るに留まり、救世主候補を即死の定めから救い、致命の一撃を受けるまでに下がった。
とはいえ、あれではいずれ死んでしまう可能性の方が高いが。
その後、最早戦闘続行不可能を悟り、おとなしくその場から逃げ出した。
あの二人の魔術師を相手にする自信は全くなかった。
少なくともこの状態では……
だらりと垂れた腕は完全に折れている。
今は林の奥で木に背を預けて、体力・魔力の回復をしている。
だが、完全回復には最低でも三日はかかるだろう。
折れた腕は魔法で治せるが、魔力と体力の回復はそうもいかぬ。
それにしても……これはまずい。
今のわらわは殆ど無力に近い。
戦闘しろと言われたら出来なくも無いが、戦えて精々数十秒だろう。
いや、数十秒も持つまい。
わらわの本体である翼の召喚器は翼が全て折れ、根元のみしか機能しない。
セレル・レスティアスは剣に付いている筈の五宝玉は四個しかなく、残った四個も光が失われている。
つまり、エネルギーが切れている状態だ。
失われた宝玉の一つである吸魔玉アルヴァイン・ラスタは、アヴァターに来てから調べた結果、何処かに隠されている兵器の核として使用されているらしい。
おまけにわらわ自身の能力である『真の翼』は主たるフィアッセ・クリステラに封じられたまま。
そこにきてわらわ自身がこの有様では戦える要素なぞ何一つ無い。
「まったく……先が思いやられるわ……」
その呟きに呼応したかのように、更なる試練が彼女の近くまで迫っていたのであった。
黒き翼の救世主 その12 黒銀の出会い
林の中を音もなく歩いてゆく。
見えていても見失いそうな動きだった。
スピード自体は大したことは無い。
だが、見ていても見失いそうな動きなのだ。
ゆらゆらとゆらめくような動きのようにも見えるし、しっかりとした歩みの様にも思えるし、時々消えてしまいそうな薄い存在感を纏った動きのようにも見える。
視線の先に居る追跡すべき対象……高町恭也へのミュリエルの印象はそのようなものであった。
今、ミュリエルは気配・姿を消す魔法を使い高町恭也を追っていた。
フィアッセ・クリステラ、イレインへの保護……及び監視をカエデとリリィに任せてミュリエル自らが途中退席した高町恭也を追っているのだ。
それにしても……とミュリエルは思う。
改めて彼、高町恭也の戦闘能力の高さに戦慄した。
彼の武器は小太刀二刀である。
だが、彼の間合いの広さは既に小太刀の域を超えている。
その恐ろしいまでの間合い……彼が一足で踏み込み斬って捨てれる範囲がべらぼうに広い。
彼がどの様な動きでそれを可能にしているのかは不明だが、その間合いはミュリエルにも感じることが出来る。
特に魔術師は敵との間合いが肝要である。
そのあたりには敏感なのだ。
その間合いが驚愕すべき点の一つ。
もう一つが目である。
もう夜で月が出ているとは言え、林の中……殆ど光は差し込まない。
そんな真っ暗な林をいとも簡単に彼は歩いていた。
普通の道を歩いていた時とスピードが変わっていない所を見ると、彼にはこの地形が見えているということになる。
フィアッセ・クリステラが夜に襲われても大丈夫なように恭也は夜に鍛錬していると言った。
その成果の一つなのだろう。
林の奥深くにまで入って、ようやく彼の足が止まった。
ここで鍛錬をしているのかと思ったミュリエルだが、すぐに違う事を思い知らされる。
コンコン
小さい二つの音が林の静寂を打ち破った。
瞬間、ミュリエルは自分の身体から冷や汗が吹き出たかのような感触に陥った。
自分のすぐとなりの木に、何か大きな針のような物が突き刺さっていたからである。
「隠れているのは解っている……二人とも姿を現せ。現さないなら敵と認識する」
ミュリエルは珍しく少し混乱した。
恭也に魔術の才能は無い。
皆無と言っても過言ではない。
故に自分の気配消しの魔術が悟られるといった心配は皆無だった。
だが、恭也には見切られていた。
それと、もう一人、自分以外にも誰かが居ると言うことに驚いた。
「よくわかりましたね、高町恭也」
「姿と気配の消し方は凄いですが、それ以外のものが消せていませんでしたから」
おとなしく出てきたミュリエルの言葉に恭也は動じずに答える。
そして、もう一人隠れている者の方へと視線を向ける。
ガサガサと音を立てて隠れていた者が姿を現した。
「まさかこんな所にまで追っ手がかかろうとはな……」
恭也が隠れていた者へと向かって歩いていく。
ミュリエルもそれに習い近寄っていくが、近寄るにつれ相手の姿が見えてきた。
その姿は紛れもなく……
「あなたはっ!」
「……知り合いですか?」
「先程話したと思いますが、当真大河を重傷にまで追い込んだ張本人です」
「彼女が?」
「そういうことじゃ」
ス……と銀髪の少女が剣を構える。
その瞬間、ミュリエルが戦闘態勢に入り、恭也はそのまま小太刀も抜かずに銀髪に近寄っていく。
「高町恭也!? 何を!?」
ミュリエルが叫ぶが恭也は聞かずに銀髪の前に立つ。
だが、銀髪は剣を構えたまま動かない。
銀髪は長い前髪の隙間から恭也を睨みつけ……
恭也はその視線を受けとめてその場に立っていた。
「……気付いて……おったか」
そしてそのまま、セレル・レスティアスを地面に落とした。
恭也は気付いていた。
既に銀髪が剣を振るえる状態ではない事を。
だからこそ小太刀を抜かなかった。
振るえたとしても優々回避できるだろう。
「折れているな」
「その通り……折れているよ。どうする? わらわを滅ぼすか?」
「……」
「わらわを滅ぼせば、フィアッセ・クリステラの翼も元に戻るだろう。元はわらわの力であったが、今は彼女の力……元の世界に帰る事が出来る」
「……何故、そんな事を言う? それにどうしてフィアッセの事を」
「……死ぬ前の気紛れに過ぎぬよ……それとフィアッセの事は生まれた時から見てきてもいる、いわばわらわはフィアッセの影とも言える」
「フィアッセの影?」
「……言い方に語弊があるな……正確にはフィアッセ・クリステラの影を形を作り出してしまったモノ……かな。……死ぬ前に自己紹介というのもなんだが……わらわの名はルシファー」
「ルシファー……その名は……」
「わらわは故あって数百年単位で現代に住み、ある目的の為に生きながらえてきた……他者を宿り木としてな……その代わりに主人に力を与えてきた」
「……まるで召喚器のようね」
「概ねそのようなものよ……ただ人によって発現する能力が違う事、周囲にも似たような能力者を作り出してしまうこと……それが違う」
「……つまり、HGSの力そのものということか?」
「正確に言えば全てのHGSのオリジナルと言った所じゃな……そしてフィアッセが初めてわらわと同じ能力を生み出せた……だが……わらわの力とは相性が悪かった」
「…………」
「言わずとも解るだろう? 幼き日に呪いと言う名の足枷を課したのはわらわ。過日にあの美しき歌声を奪ったのもわらわ。わらわはフィアッセの色んな物を奪いつくしたよ……じゃがな……白く染まった翼を見て、わらわの力を跳ね除けた証である白い翼を見ているとな、別にもうこのままでも良いのでは無いかとも思ってはいたのじゃ」
ルシファーは背を木に預け、どこか遠くを見ているかのような瞳でゆっくりと語る。
恭也もミュリエルも何も言わなかった。
ルシファーの言葉の一つ一つに恭也やミュリエルの心と似通った響きが感じられたから。
彼女の言葉は……どこか懺悔の声に聞こえた。
「フィアッセの瞳を通じて見える世界は平和だったよ……とても平和で……昔の悲しい出来事なんて何処かに吹き飛んでしまったかのようじゃった……大好きな人たちがごく普通に傍にいて、みんなが微笑んで暮らせる生活があって、人並みに恋もして、それが上手くいかなくてやきもきするのじゃが、それすらも何処か心地よかった」
「夢だって叶った。全世界にこの歌声を届ける事が出来た。生みの親は亡くなってしまったが、それでも彼女は満足して逝けたんだと自信を持って言えるよ。強いてあげるとすれば孫をその手に抱かせる事が出来なかった事だけが心残りじゃろうよ」
「わらわは思ったよ。わらわもこの世界で生きて全てを忘れて、色んな事をたくさん経験して……特別な事は何もなくていい、精一杯生きて恋もして、夢もかなえて、そのまま笑顔で死んでみたいと……薄情な奴じゃろう? 目的も達成せずに自らの事しか考えられなくなっていたよ」
恭也とミュリエルにはルシファーの伝えたい事が痛いほど良く解った。
恭也とて、小さい頃から剣の修行に明け暮れて、辛くもなかったが、小さい頃にどこか普通の暮らしにも憧れていた。
ミュリエルにも同じ事が言える。彼女が再びアヴァターへ帰ってきたのは救世主を生み出さない為である。
だが、その過程でリリィを拾い、育て、救世主クラスを作り育てている内にその暮らしが気に入って、手放しがたい物になっているのが事実である。
少し手をのばせば掴めるものがある。
だけどそれを掴む事が出来ない境遇、それが本当に心に染みる。
「そんな風にわらわが生きているところに、ある悲鳴が聞こえてきた……アヴァターから救世主を求める声が……頭をハンマーで殴られたかのような衝撃を受けたよ。あれからどれ程の月日が流れたかを理解した、現代とアヴァターでは時の流れが違うらしく、あちらでは恐ろしいほどの時間が経っていたと聞かされたよ。そして、それ程の時の流れを以ってしても、わらわがアヴァターを去ってから何一つ変わってはいなかった」
「……自分達で何もしようとせず、ただ救世主の出現だけを願う愚かなる民衆。そんな愚民に踊らされて殺しあわざるを得なくなる救世主達、そしてそれを見て嘲笑うだけの神。あの運命の日から何も変わっていない。そんな馬鹿なことを何万年も繰り返していたアヴァターに心底呆れ返ったよ」
「救世主が……殺しあう?」
「その辺の事は後で教えましょう。聞いてしまった以上、貴方には正確に知ってもらう必要があります」
「そして思い知ったよ……わらわはやっぱり堕天使ルシファーなのだと……わらわは壊す事しか出来なかった……見えていた幸せを壊してすぐにアヴァターへの召喚に応じていた。元居た世界に戻り力が強まったわらわはフィアッセの白き翼を黒く染めた……言い訳かも知れぬがわらわが居るだけであの翼は黒く変質してしまったよ」
「…………」
「そういう訳だ高町恭也。わらわはそなたの大事な物を奪った。そなたにはわらわを殺す権利がある。殺すがよい」
「……一つ聞きたいことがある、いいか?」
穏やかに瞳を閉じたルシファーに恭也は問いかける。
ルシファーは瞳を閉じたまま答えた。
「よい、申してみよ」
「『ある目的』っていうのは?」
「……復讐じゃ……ついでに世界平和にでも貢献できる」
「それは……」
それはどういうことだ? と聞こうとした恭也の声より先にミュリエルがそれを言い当てた。
「……神を……神を落とす気だったのですか、魔王ルシファー」
「よく解ったの……」
「話としては有名ですからね……かつてアヴァターから全ての天使を駆逐した黒き翼の救世主……まさか神話の中の人物と話せる機会が来るとは思いませんでしたが」
どうにも話がわからない恭也。
どうして神を倒す事が世界平和に繋がるのか、ついでに言うと神と戦う事なんて本当に出来る事なのかと。
その表情を読み取ったミュリエルが事情を説明していく。
千年に一度訪れる破滅に対抗する為に集められた救世主候補、その真の目的は救世主の覚醒を阻止することであること。
救世主と覚醒した者は神の意志に耐えられず暴走して世界を破壊しつくす事。
自分は千年前の人間で救世主同士が殺しあう場面を見てきたこと。
あと、かつてルシファーが神に挑みその身を散らした事も付け加える。
「……つまり話を整理すると、破滅を倒すには救世主の力が必要だが、救世主になるのには神の意思に耐える必要があって人間では耐えられない……と?」
「そうです、だから私達は救世主の覚醒を阻止し何とか救世主候補の状態で破滅の軍勢を倒さねばなりません。それと今言った事は当然、他言無用です」
「もしくは、神を滅ぼすか……じゃな。言っておくが神を倒さねば破滅はまた復活するぞ? 破滅が発生する原因は神にあるのじゃからな」
「それは初耳ですね」
「神は真の救世主の発現を目論んでそれが起きやすい状況を作っておる。ただそれだけのことよ。あやつは一度この世界を消したがっているからの」
「しかしこの世界が消えるということは……」
「そう、全ての世界が消える」
「つまり、神を屠らなければ全てが潰える可能性があるということですか」
「そうじゃ……」
恭也は瞳を閉じて沈思黙考する。
少しして瞳をあけた時には腹は決まっていた。
もともと、家族を守る為にアヴァターに来たのだ。
神を倒さねば世界が潰えるというのなら……家族の住む世界が消えるというのならば……答えなんて決まっていた。
同じくミュリエルも沈思黙考していた。
神を倒すなんて荒唐無稽な話、いったいどうしろというのか……だが、もし仮にリリィが真の救世主となったとしたら?
最悪、自分がリリィを手にかけないといけなくなる可能性がある。
今は当真大河が一番怪しいが、普通に考えたら首席であるリリィが一番なりやすいだろう。
……その事を考えたら……いや、きっとそれでもリリィを手にかけることが正しいのだろう。
だが……だが……少しでもそうなる可能性を減らせるというのならば……娘を救える可能性が増すのならば……喜んで魔王と手を組もう。
ここは手を組んでおくのが得策。
そもそも、破滅に対抗する為には今でも戦力に余裕は無い。
魔王だろうが堕天使だろうが今は戦力が必要なのだ。
「わかりました……手を組みましょうルシファー。良いですね、高町恭也?」
「ああ……で? どうやったらその神を倒せる? そもそも何処に居る?」
「……簡単に言うな……神は別次元にいる……そこに行こうと思えば神の座に最も近い場所で空間転移する必要がある。そして神は普通の人では絶対に倒せない……それがどれ程の達人で神の力を上回っていてもじゃ。神に真の死を与える方法は二つ」
「一つは神を65536回倒す事……そうすれば神は封印可能にまで持っていける。そこで永久封印の術をかければ死んだとみなしてもいいじゃろ。じゃがいくらなんでもこれは不可能じゃ」
「もう一つは、わらわかわらわと同じHGSによる攻撃で奴の息の根を止める事……つまり」
そこで言葉を切り、決意を込めた瞳でルシファーが言い放った。
「わらわかフィアッセ・クリステラにしか神は倒せぬ」
あとがき
久々の黒き翼ですw
今回の話で大体の基盤は出来ました。
神を倒そうとするルシファー、ミュリエル、恭也。
ルシファーを追うリコ、大河。
救世主になる為に頑張るリリィ、カエデ、ベリオ、未亜。
そして……未だ出てきていないナナシw
ナナシはきっともうすぐ出てきますw
Web拍手はその内更新予定……まぁ、掲載された次の日はその次くらいw
それでは、次の話で会いましょうw