(装飾五宝玉……起動不可、右側二翼……推力40%まで低下、真の翼……使用不可……まったく、ここまで追い詰められようとはの……)


 銀髪は己の姿に自嘲する。

 召喚器を通じて流れてくる力で残った翼を無理矢理起動させ、再び中空に身を置く。

 もともとここで決着をつける必要は無い。

 むしろ蹂躙すべき相手にここまでにされたのだ、態勢を立て直すのが最良。

 今度戦えば今度はこちらが確実に勝つ、奇襲に二度目は無いのだ。


 (ふん……無粋か)


 それにあの傭兵に一撃を決められた時点で退く選択肢なんて消えうせた。

 砕く、目の前の者達を。

 そもそも神の尖兵を殺れずして、どうして神を殺れようか。


 (五宝玉が使えぬ、翼も欠けている……それがなんじゃというんじゃ! わらわにはセレルがおる!)


 巨大な装飾剣の鍔についた四つの宝玉は光を失っている。

 それはこの装飾剣が十全ではない事をさしている。


 (剣一つで十分! もともとこの身に成り下がる前は剣士なのじゃからな! 剣がある以上、接近戦こそわらわの領域)


 銀髪が月を背負う。

 そのままゆっくりとした動作で巨大な装飾剣を右肩に担ぐようにして振りかぶる。


 (こちらは大剣……連撃なんぞ在り得ぬ、初太刀で屠る!)


 初太刀しか許されぬ故にその太刀は壮絶。

 最速であり最強、銀髪の不吉を纏い最凶でもあるその一太刀。


 かつてこの太刀にて地に伏さなかったのはただ一人。

 そのただ一人の幻影を払う。

 この身が黒き翼と散った最後の時を振り払う。

 今の黒き翼がその姿を暗示しているかのようだ。

 既にボロボロ。


 「まるであの時の焼き増しじゃの……何もかもが似ておるわ」


 こちらはボロボロで先の相手は神で今宵の相手は神の代行者候補。

 何とも因縁を感じさせる。


 「さて、そろそろ決を着けようではないか……覚悟はよいか?」

 「上等! あんたを倒してベリオに癒してもらってとっとと寝てやるぜ!」

 「ほう、では今ここで永遠の眠りにつくがよい!」


 右肩に装飾剣を担いぐような構えのまま、右の二枚翼を使い真っ直ぐに上昇、そしてそのまま下へ向かって方向転換。

 真っ直ぐに当真大河へと落下するように突っ込んでくる銀髪。

 月夜をまっすぐ縦に切り裂きながら、今激突する。
















 黒き翼の救世主 その10 黒き翼の救世主 V















 (まずい……)


 真上から迫ってくる銀髪に大河は心の中で舌打ちする。

 自分と銀髪では圧倒的に銀髪に分があることを悟っているのだ。

 上から勢いをつけて向かって振り下ろす銀髪に対して地面から上に向かって振り上げる大河では勝負は見えている。

 それに真上ほど狙いにくい場所もない。

 何の対抗策も持たないままの大河に銀髪が迫る。

 大河は策を考えていたが故に反応が遅れ……

 それが功を奏することになる。


 「はぁっ!」


 最早迎撃が不可能ととっさに判断して後に跳ぶ大河。

 まさかこの状況で相手が引くとは思っていなかった銀髪。

 どうせ翼で方向修正できる範囲内だ。

 体勢が崩れるのは大河のみ。

 だが、運命は大河に味方した。


 「ボルティカノン!」

 「イグニス!」


 横合いから雷撃と爆発の魔法が打ち出される。

 大河の爆弾の攻撃の音を聞いて駆けつけてきたシアフィールド親娘だ。

 だが銀髪は怯まない。

 最早退くべき場面ではない事は明らかだから。

 最後の二枚の翼が銀髪を庇い砕け散る。

 同時に体勢を崩し大河がいる場所とは少しずれる方向に落下する。

 かなりの高さから推力まで得て突撃していたのだ、その勢いは生半可なものではない。

 そのまま自爆するかと大河は思ったが……


 「わらわを見くびるでないわっ!」


 だが、銀髪とて召喚器を扱う身。

 そう易々とはやられない。

 剣から左手だけ放し、四つん這いならぬ三つん這いの体勢で無理矢理着地。

 そしてまるでその勢いが残っているのかと思わせる程の速度で、まっすぐに大河に向かって突進してくる。


 「はああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」


 その姿は隙だらけ。

 どうぞ好きな場所に打ち込んでくれと言わんばかりの隙。

 戦場では間違いなく生き残れないだろう。

 だが……

 その右肩に背負うようにして握られている大剣が全てを物語っている。

 我が主は無防備だ、さぁ、何処になりとも打ち込むがよい……と。

 だが、その刃が届く前にその身を打ち砕き主を守ろう……と。

 その極限にまで振りかぶられ、引き絞られた弓矢のような剣を見れば一目瞭然だ。

 太刀筋も一目瞭然だ、回り道などない最短距離。

 大きく右上に振りかぶっているのだから狙いは大河の左鎖骨から右腰にかけての袈裟斬り、それしかない。

 だが……そこまで解っていても大河に残された道は僅か二つ。

 あの煌びやかな大剣が大河を斬り裂くより先に大河のトレイターを打ち込むか……

 あの大剣をトレイターで受け止めるか……


 (どうする!? 受けるか? 斬るか?)


 どちらも難しい。

 もはや捨て身とも言える究極の一太刀だ。

 銀髪には気勢も速さもある。

 対して大河は後に下がりながらである。

 速さも気勢もあったもんじゃない。

 受ける。

 それしかない。

 むしろそれが最善手。

 受け止める事はいくらなんでも出来るだろう。

 大河と銀髪の一対一ならばいざ知らず、リリィとミュリエルがいるのだ。

 時間をかければかけるほど大河の有利は増す。

 そう思った。



 そして決着の時が訪れた。


 大河の読み通り、一片の迷いもなく袈裟に振り下ろされる装飾剣セレル・レスティアス。

 その行く手を阻むように繰り出される反逆の剣トレイター。

 その二つの刃が重なり合い……


 そして――――

























 「……ぅ……ん」

 「…………」

 「…………きょ〜や?」

 「…………起きたかフィアッセ」


 ん、とフィアッセが身を起こそうとして……

 ある事を認識して急遽取りやめた。


 「…………フィアッセ、起きないのか?」

 「ん〜♪ 恭也のひざまくら〜♪」

 「フィアッセ、もうそろそろ鍛錬の時間だから……」

 「……あ……ごめんね……もうそんな時間?」


 フィアッセが身体を起こす。

 それと同時に記憶が舞い戻ってくる。










 確か、公園で歌を歌っていて……

 たまたま帰りがけの恭也を見かけて……

 一緒にアパートに帰ってきて……

 恭也が少し寝るって言うから、私が無理矢理ひざまくらしてあげて……

 気が付いたら私も眠くなっちゃって……

 いつの間にか起きてた恭也が、おかえしって言って膝枕してくれて……

 すごく気持ちいいからすぐに寝ちゃって……

 そして……

 そして……

 ……そして?


 「…………っ!?!?」


 思わず衝動的に自分の身体を抱きしめる。

 私はみっともなくブルブルと震えていた。

 怖い。

 怖い。

 怖い。

 まるで真っ暗な闇の中で一人取り残されたよう。

 まわりは全部闇で何処に手を伸ばしても触れるものは何一つない。

 そのくせ、周りからは気味の悪い音が聞こえてくる。

 そんな深い闇の中に放り込まれたかのような感じ。

 怖い。

 怖いよ恭也。


 気が付けば――――


 トン。


 「ふぃ、フィアッセ!?」

 「……ごめんね、恭也。少しだけ……少しだけこのままでいさせて……」


 出かける準備をしていた恭也に後から力いっぱい抱きついていた。


 「フィアッセ?」

 「振り向いちゃ……ヤだよ? きっとすごい顔してると思うから」

 「…………ん」

 「…………」

 「…………」

 「…………」

 「…………」


 どれくらい、そうしてただろう?

 それほど時間が経っていなかったのかもしれないし、実はかなり長い間そうしていたのかもしれない。

 ただ内容も殆ど憶えていない夢がとても怖かった。

 とても嬉しい事があった夢だったと思う。

 ただ、その嬉しいと思っている事がほんの些細な事でしかなくて……

 それ以外がとても悲しくて……

 その嬉しい事が、茨の道の途中で偶然手に出来た薔薇でしかない事に気づけなくて……

 道に茂り尽くした茨が道さえ見えなくして……

 茨が生い茂る大地で手にした薔薇だけを胸にただ途方に暮れる。

 目的地は解っているのに道に生い茂った茨が道を惑わす。


 彼の者は茨生い茂る大地で泣いていた。

 否、自身が泣いていることにすら気付けなかった。


 そんな夢。

 所詮はただの夢。

 ただ、今から自分がその道を歩まねばならぬかもしれない。

 ただただそれだけが怖かった。


 恭也は何も言わずにただそこにいてくれていた。

 ずっとこのままでいれたらどんなに幸せだろうね?

 ずっとこうしていたい。

 それはとても魅力的な提案だった。


 「ね、恭也?」

 「…………何だ、フィアッセ?」

 「私達……ずっと一緒だよね?」

 「……そうであればいいな」

 「私ね……多分この先、また恭也に抱きつきたくなると思う。拠りかかりたくなると思うの……だからその時は……また抱きついても……いい?」

 「構わない……それでフィアッセが楽になるのなら」

 「……ありがと、恭也」

 「…………」

 「それでね……もし私が何かに間違った時は……」


 そこまで言ったところで、アパートのドアが激しくノックされる。

 そして返事も聞かずにドアを開けようとして、よっぽど力が入っていたのだろうか、鍵を吹き飛ばしながら深夜の訪問者達が現れた。


 「フィアッセ殿! 高町ど……の?」

 「…………」

 「…………」

 「…………」

 「…………」

 「…………」

 「しっ、失礼したでござるっ、どうぞ続きを……」


 顔を真っ赤にしたカエデが踵を返そうとし……


 「……気持ちは解りますが、事実確認だけはやっておかないといけません」


 ……と言ってカエデの首筋を掴むミュリエルと……


 「…………」


 真っ赤になったままピクリとも動かないリリィの三人が訪問者だった。















 「大河くん……大河くん!」

 「マスター! しっかりしてくださいマスター!」

 「お兄ちゃん! 死なないでお兄ちゃん!!」

 「大河! 死ぬんじゃねぇ、大河っ!」


 あれ……みんなの声が聞こえる……

 変だな……俺は確か変なのと戦って……

 記憶が曖昧だけど勝ったんだろう、みんな生きてるみたいだしな。

 じゃあ俺もさっさと元気なところを見せてみんなを安心させないとな。

 そうまどろむ意識の中、身体を起こそうとして……


 「……がっ!? はっ!?」


 身体を起こす事もできず、うめき声をあげる事しか出来なかった。


 「息を吹き返した!? 大河くん! もう少し、もう少しで!」

 「マスター、しっかり! マスター!」

 「お兄ちゃん!? お兄ちゃん!!!」

 「大河! 起きろ大河ぁっ!」


 薄目を開けてみる。

 ベリオ、リコ、未亜、セルの四人が涙目で俺の顔を覗き込んでいる。

 おいおい、何て顔してるんだよ。

 そんなに泣くなっての、この史上初の男の救世主の俺がこんな所で死ぬわけないだろ?

 今度こそ身体を起こす。


 「……よっと、ってメチャ痛ぇ!?」

 「大河くん!」

 「マスター!」

 「お兄ちゃん!」

 「大河!」


 身体を起こしたら皆に抱きつかれた。

 そんなにヤバい状態だったのだろうか?


 「みんな大げさ過ぎるぞ、まぁ、俺は役得だけどな……あ、セルはもう離れてろよ」

 「大河ぁ〜〜、それが親友に言うセリフかよぉ〜?」

 「大げさなんて何言ってるの、お兄ちゃん! お兄ちゃん死にかけてたんだよ!?」

 「え?」

 「爆発音がしたので慌てて来てみたらリリィさんと学園長は呆然としているし、セルビウム君や未亜さんダウニー先生は傷付き倒れているし、大河君は血の海ですし」

 「マスターなんて見つけた時、心臓が止まっていたんですよ!? もう私、マスターに会えないのかと……」


 ちょっと待て。

 俺はなんで倒れていたんだ?

 確か……

 後に跳んだ後、思いっきり踏ん張ってトレイターで銀髪に剣を弾こうとして……

 全力でぶつかって……

 …………

 ………

 ……


 「…………っ!?」


 ある事を思い出し、痛む身体に鞭をうって歩き出す。


 「ちょっと、大河くん!? まだ動いちゃいけません!」

 「あれが本当なら……たしかこの辺に……たのむ、見つからないでくれっ!」


 近くの茂みの中を探す事、数十秒。

 それはあっけなく見つかった。

 大河を追って、心配そうに付き添っていた4人の目がソレを見て見開かれる。


 「そんな……こんなことありえません!」

 「…………」

 「うそ……」

 「マジかよ……」

 「…………」


 思い出した。

 完全に。

 あの激突の時……俺は……






 「ありえません! 召喚器が破壊されるなんて!」





 トレイターごと、あのセレル・レスティアスとか言う召喚器にぶった斬られたんだ……




 ベリオの叫びに大河も折れたトレイターも応える事はできなかった。



















 あとがき


 VS銀髪編、決着です。

 結果は見ての通り、大河が負け、トレイターを叩き折られるというとんでもない状況にw

 次話で銀髪の詳細などが語られます。

 あと、トレイターを失ってもただで転ぶ大河ではありません、大河を不当な扱いになんてしないので、大河ファンもご安心をw

 あとフィアッセの見た怖い夢。これもちゃんと意味がありますのでw

 ……決して、ただフィアッセを恭也に抱きつかせたくて書いただけのシーンじゃないんですよ!? ほ、ほんとですよ!?


 では、つぎのお話で会いましょう。


 あと、拍手更新、拍手レスと次回更新作を公開していますので、気が向いたら見てください。

 それではーw