黒と白の刃が迫る。
その全てが大河と未亜を刺し穿ち射殺そうと完全な包囲網で迫る。
「こんな所で……こんな所で負けられるかぁっ!」
大河の身体に赤の主としての力が宿る。
当真大河の全力を以ってして、後ろに居る未亜を救わねばならない。
(恭也だって出来たんだ、召喚器を持ってる俺が出来なくてどうする!)
弾く。
数えるのも馬鹿らしくなるくらいのあの凶刃全てを。
それが二人に許された助かる唯一の道。
ならば全て叩き落す選択肢しか大河は持ち合わせていない。
「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!」
雄叫びを上げながら大河は手にあるトレイターを振るい初めた。
黒き翼の救世主 その9 黒き翼の救世主 U
どれだけ剣を振るっただろうか。
数時間振り続けていたようにも思えるし、数秒の事だったようにも思える。
自分にこれだけの力があったのかと思うと同時に、何故これだけの力しか無いんだろうとも思った。
数発、後へ通してしまった。
たかが数発。
されど数発。
その数発で後ろにいる大切な妹が死んでしまっているかもしれない。
そうなったら……きっと狂う。
恐くて後を振り返れない。
それに……この刃舞は終わる事の無い輪舞。
相手の刃は尽きる気配を全く見せない。
…………
…………
余計な事を考えていたからだろうか、弾き損ねた。
トレイターに微妙に当たり、弾かれ弾道がそれる。
逸れた先は……俺の左胸。
「あ…………」
終わる。
終わってしまう。
俺が終わってしまう。
俺が終わったら後ろにいる未亜も確実に終わる。
ドドン……
どこか遠くで爆発音がしたような気がした。
ザクゥ
胸に黒き羽が刺さる。
不思議なことに刺さると思った羽がさらに逸れて何とか心臓だけは避けれた。
痛みをこらえて無理矢理顔を上げ前を見る。
恐ろしいほどの凶刃が消えていた。
変わりにクレーターが出来ていたが。
「大丈夫ですか当真くん! 当真さん!」
「ダウニー……先生」
「む……新手か」
「何者です!?」
「答える謂れはないわ、散れ」
片手を上げる銀髪。
助けに入ってきたダウニーを再び包囲する黒の羽と直接狙う白き羽。
ダウニーとてそんじょそこらの魔術師とは違うものの、フィアッセのように無詠唱ではない。
全て弾くのは不可能だし、さらに弾きつつ空中に浮いている銀髪に攻撃を試みるのは夢のまた夢である。
(このままでは白の主が……)
「終わりじゃっ……せめて来世では平和な時代にの……」
銀髪が片手を振り下ろす。
いや、振り下ろそうとした瞬間。
まさしくこのタイミングしかないというタイミングで反撃の一撃が銀髪のさらに上から舞い降りた。
「傭兵課クラス、セルビウム・ボルトの実力と度胸を甘く見るんじゃねぇっ!!!!!」
「なっ!?」
銀髪が声のした後上空を振り向いた時には既に不可避のタイミングだった。
眼前に広がるセルの大剣。
彼は銀髪が空に浮き上がってから、すぐに召喚の塔へと駆け上がっていっていたのだ。
あの状況では足手まといもいいところである。
セルにはこの大剣しかない。
所詮は剣。近づかなければ届かない。
近づけない限り彼は足手まとい。
彼は足手まといにはなりたくは無かった。
特に親友である大河と想い人である未亜の前では。
召喚の塔に登りきった時は既に大河達が追い込まれていた。
ダウニーが助けに入ったものの、少し猶予が出来ただけ。
銀髪を倒すしかないと判断した時、心は決まった。
運がよければ全身骨折ですむかもしれない。
その運にかけてセルは飛び降りた。
真っ直ぐに漆黒の翼へと向かって。
「傭兵課クラス、セルビウム・ボルトの実力と度胸を甘く見るんじゃねぇっ!!!!!」
「なっ!?」
正真正銘、命懸けの一撃。
外す外さないの問題じゃない。
必ず仕留める。
この一撃はそういう一撃。
この一撃に次は無い。
故に必殺で無ければならなかったのだ、この一撃が。
確かに、必殺の一撃だった。
不可避のタイミングだった。
だが……その一撃も優秀すぎる召喚器の能力に阻まれた。
ガキン!
銀髪の黒き翼がその一撃を受け止める。
その黒き翼には自動防御の能力がついていたのだ。
主の意思に関係なく主を守る能力。
六対十二枚の翼の全てが銀髪を覆う。
「うおおおおおぉぉぉぉぉぉっっっ!」
だが、それを以ってしても止められない程の必殺だった。
上空からの重さののった一撃。
決死の一撃。
超重量の大剣の一撃。
それらが全て揃った一撃……容易く防げるものではなかった。
ベキベキメキャッ!
召喚器は見事、主を守りきる。
ただし、代償は当然あった。
セルの大剣の一撃は左側の翼全てをこそぎ落としていったのだ。
黒き翼の欠片と共に落下していくセル。
それを見て動けない程、当真大河という男は弱くは無かった。
「未亜っ! 今だ! 奴をっ!」
「う……うん!」
未亜の召喚器、ジャスティから反撃の一矢が放たれる。
満身創痍の未亜の渾身の一矢。
撃ち放った直後に未亜が倒れ伏す。
銀髪はセルに左側の翼を全て叩き壊された反動で棒立ち状態であった。
バランスの取れない翼でかわそうとするが、完全に回避できず左肩に矢が突き刺さった。
「ぐぅっ!」
大河はセルを受け止める為にセルの方に向かってジャンプしていた。
(間に合ってくれっ!)
ジャンプした後は最早、トレイターは必要ない。
後は届くか届かないかだけ。
だから大河は最後の札を切った。
「トレイター!」
セルを受け止める為にジャンプしながらトレイターを銀髪へ向かって投擲した。
完全に虚を突かれた銀髪だが、残った右側の翼がガードしようと銀髪の身を包む。
セルを何とかキャッチして大河が叫ぶ。
「変形しろっ!」
「なっ!?」
銀髪の前でトレイターが数個の爆弾へと銀髪を取り囲むように変形した。
そしてその直後、大爆音がフローリア学園に響き渡った。
銀髪が茂みの方へ墜落すると同時に取り囲んでいた黒き羽が全て消えうせる。
戦闘態勢を解いたダウニーが状況を確認する。
自分は無傷。
白の主は……傷だらけではあるが生きているだけでも奇跡だろう。
あの状況でよくも命があったものだとも思える。
赤の主はそれ以上に酷い。
全身が血みどろで、それこそ見た目だけで赤の主とも思えてしまう。
そんな状況でよくもまぁ、あれだけの事が出来たものだと思う。
セルビウム・ボルトも落下の衝撃がかなり堪えてはいるものの、大河に助けられて一応命はあるようだ。
この状況にダウニーは戦慄する。
相手は単騎だったのだ。
つまり単騎の相手に、赤白両方の主と傭兵課でTOPの実力を持つセルビウム・ボルト、それに破滅の主幹である自分の4人で挑んでこの有様なのである。
勝った。
それに自分は無傷だ。
それに何の意味がある?
自分とてやられる寸前だった。
一歩間違えていたら全滅したのはこちらであった。
「恐ろしい相手でした……ですが辛うじて勝ちを拾いました。ここは早く生死確認をして、生きているならトドメをささなくては……」
ダウニーが近づいていく。
それが間違いだった。
ダウニーは遠くからその茂みに魔法を打ち込むべきだったのだ。
ダウニーはもともと剣士ではない。剣も使えることには使えるが、どちらかと言えば後衛、魔法使いなのだ。
故に気付かない。
その息を潜めるようにして待っていたその黒き凶刃に。
背後から黒き羽がダウニーを貫く。
全て消えうせた羽はその一刃を隠す為のフェイクだったのだ。
「かっ!? はっ!?」
ダウニーが倒れるのを見てよろよろと銀髪が身を起こして茂みから出てくる。
その姿は満身創痍。
六対十二枚の黒き翼は無残にも十枚が叩き折られ、爆破され、右側の二枚を残すのみになっている。
「お……おのれ……まさかここまでわらわを痛めつけてくれようとは……」
最早、羽を出す機能さえも満足に使えぬ。
正真正銘、最後の羽だったのだ、あの魔術師を討ち取った一刃は。
「くくく……ははははは……情けなさ過ぎて涙がでるわ」
あの男の救世主、剣使いかと思っていたが、まさか形を変える召喚器だったとは不覚。
あの弓の救世主もさすが救世主と言ったところか、決める場面で決めてきおった。あの一撃さえなければ爆弾の一撃はかわせたものを……
あの魔術師もかなりの腕であった。一瞬とは言えわらわの羽をあの二人を守りながら根こそぎ吹き飛ばした腕、並大抵ではあるまい。
だが……だが……あの傭兵……取り立てて何の力も無いくせに……
一番深手を負ったのは言うまでもなく、あの傭兵の一撃。
わらわの翼の半分を叩き折り、行動不能に近い状態に追い込んだ一撃。
特殊なものは何も無い、純粋で真っ直ぐな一撃。
大切なものを守る為に何とか、もっと上の存在に届くようにという信念の籠もった捨て身の一太刀。
技巧もそうだが、技巧よりもその魂で織り上げた唯一無二の一太刀。
『傭兵課クラス、セルビウム・ボルトの実力と度胸を甘く見るんじゃねぇっ!!!!!』
その懸命な姿が……
『わらわの……セレルの……みんなの全てを籠めたこの一撃で……』
昔のわらわと被って……
『うおおおおおぉぉぉぉぉぉっっっ!』
『はああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!』
引き裂きたくなる。
何故この男の一太刀はわらわに届いて……
何故わらわのあの一太刀はあの横暴な神に届かなかったのかと……
許せない。
この手で引き裂いてやらないと気がすまない。
わらわの一太刀が届かなかったのなら、あの男の一太刀も届いてはいけない。
その例外を認めてしまったら……わらわはどうやってセレル達に詫びればいいのか。
故にこの手で引き裂かねばならない。
認めない。
あの男の一撃を認めない。
あの男の一撃の存在など何の用も成さない結末でないとならない。
無残な結果でないといけないのだ。
それ以外、認めない。
だから……
「そこを退くがよい、例外の救世主よ……」
「へっ……さすがにそんな殺気ビンビンの奴を放って置けるほどお人よしじゃない」
「強がりを申すな……立っているのがやっとではないかえ?」
「そりゃお互い様だろ?」
起き上がってきたこやつを葬る。
幸い、あの男の手にはもう召喚器は……
「こいっ! トレイター!」
男の手に再び召喚器が戻る。
まずい。
わらわの力は既に尽きかけ……否、尽きている。
『真の翼(トゥルーウィング)』が使えればこの様な奴ら……
しかし、無いものは無い。
男が剣を掲げて走ってくる。
最早これまでか……
覚悟を決めた時、目の前の景色が白黒に染まる。
男の動きが止まった。
『ルーちゃん』
(……セレル)
『ルーちゃんは諦めるの? たった一度出来なかったくらいで』
(ばっ、馬鹿にするでないわ! 諦めているならこの様な世界に来ぬわ!)
『だったらもう一度信じて……今度こそ神様を倒すんでしょう?』
(ふ、ふん! 言われずとも倒してやるわ!)
『あのね、ルーちゃんがしようとしてる事は間違っていると思う。だけどルーちゃんはここで死んじゃいけないと思う……だからもう一度力を貸してあげる』
(セレル……わらわはそなたを……)
『さぁ、ルーちゃん、私を呼んで……』
あの時の焼き増しはするつもりは無い。
決める、一太刀で。
だから……
「再びわらわに力を! 来るがよい、セレル・レスティアス!」
雷鳴と共に……
この身に纏う不吉を引き裂き……
巨大な装飾剣の召喚器であるセレル・レスティアスがわらわの目の前に振ってきたのであった。
あとがき
黒き翼の救世主 U 別名セルの見せ場編をお送りしましたw
さて、この戦闘も大詰め。
次話で決着がつきます。
勝利するのは赤の主、当真大河か? それとも遂に召喚器を召喚した銀髪の救世主か?
今、召喚器だしたのなら背中の翼は何なんだという質問はスルーw
しかし、感想があると筆の進みが速いですw
ちょっと幸せな気分w
では次話で会いましょうw