過日のモンスター騒動から約一週間が過ぎた。
モンスターの出所も、大量の雷のことも全て謎のまま事は終えていた。
その時に明らかになった事といえば、レムが警備ロボとしての扱いになっていたという事くらいか。
一週間が経ち、壊れた校舎の修復もなんとか終わり、明日から授業を再開……という告知を受け、つかの間の休みのラストにと、大河、未亜、セルの三人が買い物に出かけた帰りに再び事件は起こったのであった。
黒き翼の救世主 その8 黒き翼の救世主 T
「それにしても意外だったなぁ」
「なにが?」
大河の呟きに隣に歩いているセルが律儀に反応する。
先程まで、門限の関係で学園内につくまで走っていたのだが息一つ切らしていない。さすがは傭兵課クラスといったところか。
そんなセルをまるで化け物を見るかのような目で見ていた大河。
街中でむやみに召喚器を出すほど愚かではないので、正真正銘、己の力だけで全力疾走してきたのだ。
救世主だなんだと言っても召喚器を持っていなければただの男子高校生である。疲れるのは当然である。
同じ理由で未亜もヘバっていたのだが、暗くなっていたし、ある程度息も整ったところで帰宅を再開したのだ。
その道中の呟きである。
「何がって恭也に決まってるだろ?」
「ま、理由考えれば不思議じゃないと思うけどなぁ。ウチのクラスにもバイトしてるやつはいるだろうし」
「バイトはいいけど、何であんなにウエイター姿が様になってるんだ? 性格的に接客業は向かないと思ってたぞ」
「お兄ちゃんだって、着ればじゅうぶん様になるよ、きっと」
彼らがまだ街の方で買い物をしていた時、休憩に入った喫茶店でウエイター姿の恭也に出会ったのだ。
一分の隙も無い、まさしく板についた仕種で何事も無かったかのようにオーダーを取って引っ込んでいく恭也をみて、別人かと思ったが、当然当人だった。
「それにしても明日からまた授業か……ん?」
「どうしたのお兄ちゃん?」
「どうした、大河?」
「いや、今なんか……セルっ!」
召喚の塔まで歩いて来たところで不思議そうに夜空を見上げていた大河がいきなりセルを突き飛ばす。
そのほんの数瞬後、セルのいた地点に人が降って来た。
足から着地したところを見ると、セルの頭を踏みつけるようにして着地したかったらしい。
「……踏み台のくせに避けるでない」
身を起こしたセルと当真兄妹の前には突如上空から振ってきた謎の人物。
夜中に真っ黒な着物を着ておりまるで生首が浮いているように見える。
顔も長い銀色の前髪が邪魔して顔が窺えない。
ただその銀髪の姿を見ているだけでどこか不吉だった。
全身から闇が湧き出ているかのような感覚。
夜の闇が銀髪の身体を隠しているのではなく、銀髪の出している昏き闇が空を夜に染め上げているのではないかと思うほどの不吉。
「誰っ!?」
いきなり空から降って来た不審者を前に未亜が召喚器を召喚する。
その姿を見て謎の銀髪が『ほぅ……』と感心したような声をあげる。
「これは奇遇であるな、神の尖兵……の卵ども」
「……どういう意味?」
「そなた達、救世主候補なのであろう? ならば神に組する者……いや違ったの、人形か」
「……どういうことだ?」
「知らぬなら知らない方が良いこともある……まぁ、どの道結末は同じになるのは必定」
「だから一体何を……」
大河や未亜の問いなど全く聞こえていないかの様に振舞う銀髪。
今度はきょろきょろと辺りを見回している。
「そう言えば、アルヴァイン・ラスタを探すのに夢中で気付かなかったが、何処もやけに綺麗ではないかえ?」
「……?」
自分勝手に本人にしか解らないことを喋っていく銀髪に三人は首を捻る。
目の前の人物は一体何がしたいのだろうか?
「先日、少々呼びすぎた故にな……ここいら一帯は野獣でもに荒らされ尽くしたかと思っていたのじゃが……余程強い札でも持っておるのかの、この学園は」
「呼びすぎた……?」
「そなたら、少し前にここに野獣どもが大量に発生したのではないのかえ?」
「……まさか、お前が?」
「まさかも何も、わらわの仕業じゃが? ……もっともアレは頑固故にわらわの謀り事は徒労に終わったがの」
「あなたがあのモンスター達を操っていたの!?」
未亜がジャスティを構える。
同じくセルも大剣を構える。
しかし銀髪はやっぱりそれを意にも介さずに、ごく普通に立ったままだ。
「違うな、わらわは呼んだだけじゃ。その後の事など知らぬわ……まぁ、想像はつくがの」
「お前、破滅なのか?」
大河もトレイターを召喚する。
未亜の様に自分の意思で出したのではない。
この銀髪と会話をすればするほどに大きく膨らんでいく不安感につき動かされての事だ。
銀髪は特に戦闘態勢はとっていない。
だが、徐々に膨らんでいく不安が大河の中にはあった。
恐らく……いや間違いなく、この場で銀髪と戦う事になると本能が察知したのだ。
「破滅? 何を言い出すかと思えば……下らぬな」
「何が下らないんだ?」
大河の声に真剣味が増していく。
銀髪はやはり飄々とそれをかわし語る。
「……ふむ、無知のままにしておくのも哀れよの。教えてやろう。破滅など気にする必要もあるまい、そなたらは救世主、破滅、両方の資質を持っておるのだからな。己が身を敵か味方か悩む事もあるまい? 己が身は己の物、それが解らぬほど間抜けでもあるまい?」
「俺たちが破滅でもある?」
「あと、下らぬと言った理由はもう二つある」
「なに?」
「一つは、そなたらがどの様に思おうが、ここで果てるのに変わりが無いと言うことじゃ。死人に口なしと言うしの」
銀髪の周囲の風が渦巻く。
銀の前髪が風で上がり、真っ赤な双眸があらわになる。
「そして最後に……わらわを破滅と間違うなど笑止千万。そなたらは同胞の気配すら感じ取れぬのか……おろか者め」
渦巻く風の中……
銀髪が言い終えるのと同時に、音も無く銀髪の背に召喚器が現れた。
「……召喚器……か?」
「さて、わらわも目の前に明日の敵を見ておいて、野放しにして置くほどお人よしでは無い故にな……始末させてもらうぞ」
銀髪がそう言うのとほぼ同時に、銀髪の身体がふわりと浮き上がる。
彼女の背にある召喚器……それは六対もの黒き翼。
だがフィアッセのような鳥の翼のような形ではない。
機械仕掛けの翼。
黒ではなくメタリックブラックと言った方が適切な翼。
その翼から空気が噴出され銀髪の身体が夜空に浮かぶ。
月を背にしたその姿は神々しさを思わせた。
「ジャスティ!」
未亜の攻撃が迫るが、何事も無かったかのように軽く身を引いただけでかわしてしまう。
その隙に大河もジャンプして接近戦を挑むが、六対の翼が銀髪を守るようにして大河のトレイターを弾く。
「おお、恐い恐い。わらわは接近戦が苦手ゆえにな……」
そう言って銀髪はさらに上昇していく。
最早、大河が召喚器の力を使っても届かない場所にまで上った銀髪は両手を組み泰然として大河、セル、未亜を見下ろす。
「飛べぬというのは不便よの……空を飛べたらもう少しマシな戦いになりそうなものじゃが……己が力量不足を嘆くがいい」
主の言葉に呼応するように、六対の翼から白い羽のようなものが無数に射出され、大河達に襲い掛かる。
大河達は横っ飛びでそれをかわし、先まで大河達がいた地面に白い羽の雨が降り注ぐ。
地面に突き刺さっている白い羽も金属質に輝いており、触れれば何でも切り裂きそうな輝きを帯びていた。
かわしてホッと息をつくのも束の間、連続して白き羽の形をした凶器が降り注ぐ。
未亜はかわしながら黒き翼を持つ銀髪に狙撃を試みるが、所詮は単発攻撃、一瞬で見切られてかわされてしまう。
「ふん……存外すばしっこいの……腐っても救世主の資質は持っているというべきか」
「くそっ! このっ! 降りて来いこの卑怯者ーっ!」
「阿呆かそなた。降りるわけなかろうが……相手を責めるより己の不甲斐無さを悔やむがいい」
「ぐおおおっ! フリー○ムのパチモンみたいな召喚器のくせに言わせておけばー!」
「ふ○ーだむ? なんじゃそれは?」
馬鹿な会話とは反比例して攻撃は激しさを増していく。
あたかもその光景は夜空に降り注ぐ白き流星群。
流麗なその光景の裏には、人をゴミ屑のように惨殺せしめる刃が隠されている。
「くそっ!」
未亜以外に攻撃手段のないのが痛い。
大河とセルが接近出来ない以上、未亜しか攻撃手段を持つものがいないのが災いして完全に相手ペースである。
(方法はある……だけど一度きりの奇策、二度目はない……確実に決めないと殺られる……セルも、俺も……未亜も)
決める事が出来たなら、恐らく銀髪を倒せるだろう。
が、それを決める事自体が至難の技。
そもそも大河は接近戦型だ。
近寄れない以上、チャンスは限られている。
何とか作戦を立てようと未亜とセルを呼ぼうとした時、ある事に気付く。
白い羽に気を取られていた為に気付かなかったが……
「未亜っ!」
キンッ!
大河のトレイタが金属音を立てて羽を弾き返す。
足元に落ちている羽の色は……漆黒。
「ほぅ、気付いたかえ……」
「てめぇ……」
「さて……そなたらの負けじゃな……そなたらには見えにくいじゃろうが取り囲んだぞ」
大河と未亜が目を凝らすと、見えにくいが黒い羽の様なものが空間に固定されていた。
息を呑む大河と未亜。
完全に取り囲まれている。
「さすがに隠しながら配置した故に、そなたらとわらわの射線上には置けなかったが……これで事足りるじゃろう」
「お、お兄ちゃん……」
「くっ!」
「では仕上げじゃ」
銀髪の声と共に六対の翼から白い羽が放たれる。
それと共に黒き羽も大河達に迫る。
完全に逃げ場のない状況で大河はトレイターを構え、歯軋りをするくらいしか出来なかった。
あとがき
なんか出てきました。
口調で解ると思いますが銀髪は6話で聞こえてきたアレですw
さて、続きは次話でw