「あー、もう、うっとーしーわねっ!」 

 「頼むから、解らないものを何でもかんでも弄るのは止めてくれ……」

 「くぅん……」


 イレイン、恭也、久遠の一人と一体と一匹は闘技場のど真ん中でモンスターと戦っていた。

 原因は単純明快、闘技場に迷い込んだ一行、見れば怪しげなレバー、止める間もなくためらいも無く馬鹿力でレバーを引くイレイン、壊れるレバー、湧き出るモンスター。


 「だってっ……ていっ! 気に……せいっ! なるじゃない……はぁっ!」


 イレインが腕に装備されたブレードを振るい、回し蹴りを放ち、ムチを振るう。

 その速度は明らかに常人を上回る速度。

 とんでもない速度と威力でモンスターを屠っていくのだが……


 「……限が無いな」

 「なんかこう、ドカンと一発で全滅させる技とか無いの?」

 「……そんな都合のいい技があるか」


 イレインがそう言うのも無理ないくらいに湧き出るモンスター。

 さすがに、大量すぎて恭也達の戦闘力をもってしても対処しきれないのだ。

 だが、その場に踏みとどまり耐え凌いでいるだけでもかなり無茶な事なのである。

 恭也とイレインだけなら凌げただろう。

 だが、恭也とイレインは久遠を守りながら戦わなければならない。

 久遠自身、戦闘力を保持しているが直接戦闘に優れているわけではない。

 まぁ、本来の姿に戻れば別だが戻れるわけもない。

 イレインは既に『静かなる蛇』以外の全装備を使い、久遠も既に人化しているし、恭也も既に飛針、鋼糸を使い果たし小太刀二刀で何とか凌いでいる状態。

 瓦解は時間の問題である。

















 黒き翼の救世主 その7 金色の雷光














 闘技場に向かう大河達。

 モンスターの群れを蹴散らしながら進んでいくと……


 「フィアッセ!?」

 「よかった、無事だったんだね、みんな」

 「そりゃこっちのセリフよ」


 黒い翼を展開させながら単身、魔物の群れをなぎ払っている……というか魔物を行動不能にしていっているフィアッセ。

 ぴくぴくと痙攣しているモンスターはどことなく哀れを誘う。


 「まだ生きてるじゃない、トドメをささないと……」

 「んー、でもねリリィ、この子達だって生きてるんだし可哀想だよ」

 「だからって……アンタ解ってるの!? モンスターよこいつらはっ!」

 「でも、もう動けないんだし……」


 そう言ってフィアッセはスーっと地面から僅かに身体を浮かせて滑るように先に進んでいく。

 慌てて追いかけると『もう、おいたは駄目だよ〜?』という何とも気の抜けた声と共にドサドサと魔物が倒れていく音がする。


 「……とんでもないですね」

 「…………」


 追いかけた大河達がその光景を見て絶句する。

 床に倒れ伏すモンスター達のその数、約40体。

 それが少し目を放した隙に一瞬で倒されていたのだ。


 「……無詠唱、多重同時処理の強みですね」

 「…………」


 詠唱がないと言うことは魔法使いにおいては最速を意味する。

 その上、それを幾つも同時に行えるのだとしたら……まさしく最強の魔法使いと言っても過言ではないだろう。

 自分達とは比べ物にならない殲滅力。

 そんな事は解っていた。

 レムの魔力矢を一瞬で全てかき消し、テレポートまで同時に行っていたのを目撃した時から解っていた。

 だが、実際に見て体感してみると、それがどれだけ驚異的なことかが解ってしまう。

 自分達なら、この数を突破するのに少なくとも数分は要するだろう。

 だが、彼女は一人でしかも一瞬でカタが付く。

 そんなの反則だ。

 到底、認められるものではない。

 努力もしないで、ただ生まれ持った力それだけで、自分達を上回るなんて……

 そんなリリィの視線に気付く事無くフィアッセは進んでいく。

 ただこの騒ぎを止める為に。












 「イレイン! 久遠連れて入り口までいけるか!?」

 「無理! 絶対無理! 何ていうかモンスター多すぎてここが何処だかすら判らないのに!」


 一方、恭也達はあまりの敵の多さにもう瓦解寸前まで押されていた。

 校舎内にもかなり流れ込んだものの、ここは異常である。

 人ごみならぬ『モンスターごみ』ともいえる真っ只中に取り込まれた状態なのだ。

 ろくに動き回れない上に押されすぎて乱戦状態になり久遠がほぼ戦力外。

 イレインもパワー残量の関係で必殺の『静かなる蛇』が使用できない。

 恭也も切り札の『神速』をその動き回れる範囲があまりに小さい為に切れずにいる。

 『神速』後は動きが鈍くなる上に回数もそんなには出来ない。

 『神速』が終わった後に崩されるのは目に見えている。


 「……これまで……か?」

 「ふざけないでよ! こんな場所で終わってたまるもんですか!」

 「くぅん……」


 恭也達が覚悟を決め、『神速』『静かなる蛇』をダメ元で使おうとする直前、爆音の嵐が吹き荒れた。

 耳を劈く様なけたたましい音の後には取り囲んでいたモンスター達の屍。 

 その中にしっかりと立っている黒い肩当と動きやすい様にスリットの入った赤く長いスカートを身に付けた蒼銀色の髪の少女。


 「まったく情けない……これが私を破った人だとは……」

 「レム……?」

 「話は後です……今は目の前の敵を屠る事に集中してください」

 「……ねぇ恭也。この人、なんかノエルに似てるわね」

 「実際、似たようなものだしな……」

 「……へ?」

 「くぅん?」


 レムの魔力矢が辺りを薙ぎ払う。

 最早、迷っている暇は無かった。

 レムとて魔力に限界がある。

 それに比べて向こう側は数えるのも馬鹿らしくなる位の数なのだ。

 ここで逃げるか数を一気に減らさないと話にならない。

 この瞬間こそ最後のチャンスなのだ。

 この自由に動き回れるだけの範囲と、レムが敵を食い止めているお陰で出来た『溜め』の時間、この二つが揃った最初で最後、ただ一度きりの反撃のチャンス。


 「イレイン……久遠を頼む! 久遠、超特大のを頼んだ!」

 「あんたは!?」

 「少しでも数を減らす!」


 恭也がイレインの問いに答えた直後、姿が掻き消えた。

 『神速』……恭也の……否、御神の剣士が最強と言われる所以たる至高の技が発動したのだ。

 神速状態に入った恭也は……


 (御神流奥義之弐 虎乱)


 まさしく暴れ乱れる虎の如き力強い太刀捌きでモンスターの壁をガリガリと削っていく。

 それから少しして爆音と共に幾筋もの雷光が闘技場を覆いつくしたのだった。
























 大河達が闘技場に着いた時……そこは地獄と見紛うばかりの場所となっていた。

 鼻に衝く異臭。

 夥しい数のモンスターの屍。

 モンスターの屍からは炎があがっており、体内の成分が燃焼されているのか、薄緑色の炎や紫に近い色の炎がそこいらの死体から吹き上がっており異界を思わせるような状態だった。


 「……なに……これ……」

 「…………」


 その屍の山の中で膝をつき呆然としているレム。

 同じく膝をつき小太刀を地面に刺して呼吸を整えている恭也。

 何故か子狐に話しかけている金髪の女性。

 その女性の腕の中で丸くなっている子狐。


 「一体何が……」


 ベリオの呟きも至極当然だった。

 間違いなくモンスターの発生源はここだ。

 だが如何せん数が多すぎる。

 確かにフローリア学園はモンスターを管理しているが、ここまで大量のモンスターは所有していない。

 ならばこのモンスターは一体何処から来たのだろうか?

 それが謎の一つ。

 そしてもう一つの謎。

 それほど大量のモンスターを彼らはどうやって全滅させたのだろうか?

 恭也は間違いなく前衛だ、おまけに大河達と同じ魔法の無い世界から来たのだ。魔法は使えまい。

 レムは魔法を使えるが、ここまで大量の相手を全滅させるほどの魔力は持っていまい。それがあるなら恭也との戦いでもっと魔力矢を放てた筈だ。

 イレインの事は判らないが、やはり大河や恭也と同じ世界から来ているのだ。魔法は使えないだろう。

 どう足掻いても大量殲滅の決定打になる魔法を使える者がいないのだ。

 それにモンスターの死骸から見ても魔法での決定打だったのは一目瞭然だ。

 先程、爆音が闘技場の方から聞こえていたのも加味しても明らかである。

 だが、その時、魔力は感知出来なかった。


 モンスター達は一体何処から来たのか。

 彼らはそのモンスターをどうやって殲滅したのか。


 この二つが全く判らないのだ。

 判らなかったが、とりあえずベリオは彼らに回復魔法をかけねばならない事は明らかだったので彼らに駆け寄っていった。












 「……ええ、ですから撤退の策を考えていた所、信じがたいことに幾筋もの雷が降り注いだのです」

 「誰がそんな大魔法を……」

 「いえ、魔法の類ではありませんでした。魔力は微塵も感じられませんでしたので」


 モンスター大量発生事件後、各自事情聴取を受けていた。

 恭也、イレイン、久遠は先ず久遠の存在を隠す事に決めた。

 いくらファンタジーの世界だとは言え、未だ変身能力を持った人とは出会っていない。

 もし久遠が変身能力を持っているとバレれば、面倒な事になるかもしれないという考えから久遠の存在を隠す事にした。

 レムの方も人化した久遠を見てはいるが、雷の乱舞で放心状態になっている間に久遠が狐の姿に戻った為、巫女姿の少女=狐 の方程式が成り立っていない。


 「しかし、こんな大量のモンスター、一体何処から……」

 「我が学園に仇なす存在は限られていると思いますが?」


 ダウニーの問いにミュリエルは簡潔に答える。

 ミュリエルはほぼ間違いなく破滅の仕業だと考えている。

 だが……


 (どういうことです? 私はそんな指示はあたえていないですが……)


 破滅の黒幕であるダウニーにも心当たりが無かったのだ。

 自分達の仕業ではない。

 学園側も制御できないモンスターを大量に抱えておく利点は無い。


 (……我々の知らない勢力がいる可能性も考慮しなければいけませんね)


 ダウニーの危機感は募っていく。

 第三の勢力の事もそうだが……


 (異世界の戦士達……彼らは何者なのだ)


 召喚器すら無しに戦う剣士。

 異世界のテクノロジーで作られた自動人形。

 そして第三の勢力の仕業であろうモンスター群を討ち滅ぼした謎の力。


 (……ここは無理をしてでも先に不確定要素を消しておくべきか?)


 ダウニーの視線が恭也やイレインに突き刺さる。

 だが、彼の悩みは近々、ある出来事によって解消される事になるのだが、今の彼にその様な事、知るはずも無かった。














 あとがき


 7話です。

 何となく久遠圧倒的(?)です。

 一応捕捉しておくと、学園側にイレインが人形だということは言っていますが、久遠のことは何も話していません。

 さて、次話で第三の勢力っていうか、モンスター発生の真犯人が(多分)出てきます。