「……解りました。それでイレインさん、貴女はどうしたいのですか?」

 「どうしたいも何も、私はさっさと元の世界に帰りたいんだけど帰れないんでしょ? だったら破滅とか言うのが来るまで好きに暮らすわよ」

 「破滅が来たら、それこそ帰るどころじゃなくなると思いますが?」


 ミュリエルの冷ややかな視線がイレインを射抜く。

 とりあえず『荷物』として送られてきたイレインだが放置しておけば何かやらかすのは目に見えていたので、先に学園長であるミュリエルに言っておくことにしたのだ。

 お陰で初日から遅刻という汚名を着ることになるのだが、ここでイレインを紹介しておかないと遅刻以上のことになりそうなので恭也もやむなしに連れてきている。

 そんなイレインだが、ミュリエルの視線も恭也の居心地悪さもどこ吹く風で自信満々に言い放った。


 「そんなの、破滅をぶっ壊せばいいだけじゃない。私、壊すのだけは得意だからさ」















 黒き翼の救世主 その6 黒の歌姫と召喚器












 コツコツ


 床と靴があたる音が響く。

 恭也、イレイン、久遠の一行は学長室を退室し、授業が行われている教室へと向かっていた。

 ちなみにフィアッセは既に学食の仕込みに行ってしまっている。


 「イレイン、もう少し慎んだ方がいい」

 「やーよ、私は私のしたい風に生きるんだから」

 「しかし、彼女を敵に回すと色々と制限受けると思うだが?」

 「あのねぇ、どうして私があんな女の顔色窺って立ち回らなきゃいけないのよ。制限なんかかけてきたって無視するわよ、当然」


 なに当たり前のこと聞いてるのよ? と言わんばかりの表情でイレインは恭也の顔を覗き込む。

 イレインの行動は基本的に至極シンプルな行動パターンで成り立っている。

 面白そうな話についていき、束縛を嫌う。

 まぁ、誰しもそういった面は多かれ少なかれ持っているのだが、イレインの場合はそれが非常に極端なのだ。

 解りやすく言うと子供っぽい。

 実際に、稼働時間だけ見れば子供なので仕方ない事なのかもしれないが。


 コツコツ


 「で? 恭也はどこいくのよ?」

 「何処って……授業に出るんだが」

 「んじゃ、私も付いていくわ、暇だし」


 ごく平然と、言い放つイレイン。

 久遠の頭を撫でながら『ん? あんたもくる?』などと機嫌良さそうに談笑している。


 「お願いだからやめてくれ……」


 コツコツ


 「別にいいわよ、どうせ恭也に勝手についてくし」

 「くぅん♪」


 コツコツ


 「ほら、久遠も行きたいってさ」


 コツコツ


 「頼むから勘弁してくれ」


 コツコツ


 「やーよ」


 コツコツ


 「…………」


 コツコツ


 「…………ねぇ?」


 コツコツ


 「なんだ?」


 コツコツ


 「もしかして………………迷った?」


 コツコツ


 「何を馬鹿な……」


 コツコツ


 「だって、さっきから恭也の歩き方って一貫性無いし。右行ったり左行ったり、道を知ってるなら遠回りでしかない歩き方よ?」


 コツコツ


 「…………そんな事は無い。見ろ、出口だ」


 コツコツ


 「いや、教室行くのに、なんで出口探してるのよ……」

 「くぅん」


 あくまで迷ってないと言い張る恭也につっこみを入れつつ、イレインと久遠は『出口』へと向かっていった。























 「……ったく、最低ねあいつ、最初の授業から遅刻なんて」

 「きっと、何か事情があったんでござるよ」

 「そうかしら?」


 大河の耳に隣に座ってるカエデとリリィがこそこそと喋っているのが聞こえてきた。

 大河としては、まだ来ていないベリオも心配なのである。


 (もしかしたらパピヨンになってるかもしれないし……)


 などと、寝そべりながら暢気に考えている大河。

 ちなみに傍から見れば、来てないベリオより授業が始まって早々寝そべってる大河の成績の方が心配なのは言うまでも無いことである。


 「あ、ベリオ殿でござる」

 「ベリオにしちゃ遅かったわね」


 二人の会話を聞いて、重い頭を上げて前を向く大河。

 教卓ではベリオが担当の先生に何か話している。

 何だろうか、と思いながら大河がベリオを見ていたら、後からリコに声をかけられる。


 「……朝、高町さんの『荷物』が届いたんです」

 「へぇ……じゃあ委員長が遅れたのって、荷物運びでも手伝ってたのか?」

 「どちらかと言うと、『荷物』管理だと思いますが……」

 「は?」


 普通に考えて、管理するのは持ち主である恭也の筈である。

 何故にベリオなのだろうか、という疑問。

 何か拙いものでもあったのだろうか? と考える大河。


 (実家から送られてきて、委員長に見られて拙いもの………………はっ!? もしや!)


 大河に天啓(他の者からすると馬鹿以外のなにものでもないのだが)が閃いた。

 これしかないと確信する大河。


 (間違いない! 恭也の持ってきたブツはエロ本だ!)


 イレインもそうだが、大河もかなり単純な思考回路になっているらしい。

 さらに大河は思考をめぐらせる。


 (……となると委員長の性格からしてエロ本を認める筈が無い。没収しているに違いない)


 ベリオを見る大河。

 見た感じではそういったものを持っていなさそうだが、仮にも盗賊の娘、盗んだ物を見つからない様に持ち運ぶスキルだって持っているんだろうと解釈する大河。

 対するベリオは自分が大河に見つめられていることに気付く。

 まぁ、遅れてきたのだから注目されてるのでしょう……と思っていたのだが、それにしては目つきがやけに真剣なのである。


 (どうしちゃったのかしら…………まさかまたよからぬことを?)


 全身をまんべんなく見られているベリオは、何だか恥ずかしくなりつつ大河の前に座った。

 本当は隣に座りたかったのだが、既に未亜が隣に座っているので仕方なく前に座ったのだ。

 席に着いたベリオは小声で大河に話しかける。


 「大河くん、さっきからなんですか、私の方ばっかり見て……」

 「え!? あ、ああ、ちょっと委員長が心配で……」

 「な、何をいきなり言い出すんですか!?」

 「でもま、何でも無かったみたいで安心だ」


 ベリオに話しかけられ、考えてる事がバレたのか!? と少しビビった大河は少しどもりながらそう答えた。

 いつもの大胆不敵というか恐いもの知らずといった感じの大河が、慌てながら心配していたものだから少し厄介な事になる。

 しかもその後、心底ホッとした表情になったので尚更である。

 ちなみに、大河が挙動不審になるくらい心配している=それだけベリオの事が気になっている という方程式が各々の脳内に描き出されたのは言うまでも無い。

 確かに間違ってはいないのだが、気になってる方向性が明らかに違うのに彼女らが気付くわけも無い。


 「大河くん……私が心配だったんですか?」

 「そりゃそ……」


 『そりゃそうだろ』と小声で話しかけようとしたところで教室の扉が吹き飛ぶ。

 騒音と扉の破片と共にスライムが教室に飛び込んできた。


 「モンスター!?」

 「なんで学園内に!?」


 驚愕しつつもスライムを撃破する未亜とリリィ。

 たかがスライム1匹くらい、どうってことは無いのだがさすがに校内にモンスターが徘徊しているのは異常事態以外の何者でもない。


 「マスター! 結構な数のモンスターが校内に放たれたようです!」

 「ほんとでござるよ、師匠!」


 いつの間にか外に出ていたカエデが廊下から大河を呼ぶ。

 皆が教室から出ると、スライムが大量に押し寄せてきている光景が目に入った。


 「なによこれ!? スライムだらけじゃない!」

 「……しかし、どこからこんなに大量のモンスター……って一つしか無いですよね」


 皆が気を引き締め、召喚器を召喚して戦闘体勢になる。

 お互い顔を見合わせ頷きあう。


 「よーし、みんな……『目標は闘技場よ! 私についてきなさい!』……ってお前が仕切るなー!」


 救世主クラスはいつもの調子で闘技場へ向かっていくのであった。














 このモンスター騒動は何も大河達のクラスだけではない。

 他のクラスにも現れているのだが、そこはさすがにフローリア学園、伊達や酔狂で学生に戦闘訓練をさせているわけではない。

 大河達ほど圧倒的な戦闘で無いにしろ、スライムや下級モンスターに遅れを取るはずも無い。

 だが、そうではない人だって学園内には居る。

 たとえば……コック達だ。


 「うおぁ!? も、モンスター!?」

 「料理長、どうしたの?」

 「……!? フィアッセちゃん、逃げるんだ!」

 「え……?」


 食堂内にも踏み込んできたモンスターの群れ。

 その中の槍を持ったオークの突きが料理の材料を抱えたままのフィアッセに迫る。

 料理長の声に反応したフィアッセがオークの方を振り向いた時には完全に不可避のタイミングだった。

 完全な不意討ち。

 0.5秒もしないうちにフィアッセの胸はオークの槍に貫かれ絶命するだろう。


 (え……?)


 フィアッセ自身もあまりの展開に反応できていない。

 ただ、目の前の光景を受け入れられない。

 ポカンとその光景を見る。

 もうだめだ、と料理長の瞳が閉じられる。

 フィアッセ自身が反応できず、あと数センチで槍がフィアッセの身体に到達するという瞬間、景色から色が抜け落ち時間が止まる。


 『そなた……このままでは死ぬぞ』

 (え……ええぇっ!?)


 突然フィアッセの脳内に直接響いてくる声。

 その声の指摘でようやく状況を把握したフィアッセ。


 『わらわが名を呼べ主よ……さすればわらわは真にそなたの力となろう』

 (あなたは誰?)

 『わらわはそなたの力なり……そなたと共に在り、そなたの力であり、そなたの強さと弱さなり』

 (ごめんね、よくわからないよ)

 『この世界風に言えば、そなたらが召喚器と呼ぶ存在……さぁ、わらわの名を呼ぶがいい。斯様な雑魚ども、たちどころに消し去ってくれようぞ』

 (…………)

 『そなたには、もうわらわの名前が解るはず……わらわを召喚せよ』

 (…………嫌)

 『な、なんじゃとっ!?』

 (……あなたの名前は呼べない。私は私の力でなんとかしたいの)

 『……そうか…………まったく、そなた……わらわでも強いのか弱いのか全く解せぬ』

 (……ごめんね)

 『よい、そなたは仮の状態であったとは言え、一度はわらわを下している。不意を衝かれぬ限り斯様な雑魚に負けはせぬ。本当に窮地に陥った時に再び聞くとしよう』

 (……きっと貴女の事は呼ばないよ?)

 『……今のそなたは強い。じゃがずっと強いわけでもない。力失くし、支えを失くし、全てを失くし、心折れし時が来た時、果たして同じ台詞が言えるだろうか?』

 (…………)

 『言えぬな……そなたとてそれが解っていよう。それが自覚できるうちはまだ強い。じゃが、そなたはきっと見失う。その強さを……自分の弱さの在り処を……』

 (…………)

 『強さも弱さも見失った時、それがそなた自身を見失う時。闇の中、自分すらも見失なった時、必ずや人間はわらわの誘惑に屈する。それは紛れもない純然たる事実』

 (…………そうだね。きっと負けちゃう。私、弱いから……)

 『強い弱いは関係ない。その時には弱さすら見失っている……さて、話が過ぎたの。在り得ぬ事だと思うが雑魚に遅れは取ることは許さぬぞ。わらわとてこの世界に来た以上、することが出来た故な…………』


 その言葉が終わると共に時間が動き出す。

 動き始めるモンスター。

 だが、オークの槍だけは時間が動き出しても動くことは無かった。


 「こうなったら……もう負けないからっ!」


 黒き翼を展開しているフィアッセ。

 首にかけられているペンダントが淡く光る。


 「えいっ!」


 フィアッセの掛け声と共にオークが吹き飛び動かなくなる。

 そんなことを露ほども気にせず、無策に突っ込んでくるモンスター。

 フィアッセはそんなモンスターの群れに意識を集中させて力を解放していった。



















 あとがき


 6話ですw

 なんと言うか、突拍子も無くモンスター徘徊しています。

 ついでに何の脈絡も無くフィアッセに召喚器がつきそうになってますw

 パート的に、恭也、イレイン、久遠組と救世主組とフィアッセのパートに分かれる感じw

 では、また次話でw